演習室25 集団安全保障と勢力均衡

 

Seminar 25 Collective Security and Balance of Power

 

第1稿 2001/11/21(第4章) 2001/11/23(第5章)

第2稿 2002/11/9 (最小限の字句の訂正のみ)

 

【テクスト】

 

Inis L. Claude Jr., Power and International Relations, Random House, 1962, Ch. 4 "Collective Security: An Alternative to Balance of Power?" and Ch. 5 "A Critique of Collective Security".

 

 

 

【目次】

 

Chapter 4 Collective Security: An Alternative to Balance of Power?

 

(introduction)

 

1 Collective Security and the Fact of Power

2 The Development of the Collective Security Idea

3 The Wilsonian Contrast between Balance of Power and Collective Security

4 The Blurring of the Contrast

5 Similarities between Balance of Power and Collective Security

6 The Political Tactics of the Wilsonian Contrast

7 Essential Distinctions between Balance of Power and Collective Security

 

Chapter 5 A Critique of Collective Security

 

(introduction)

 

1 The League of Nations and Collective Security

2 Collective Security in the United Nations Scheme

3 The Mechanism of Collective Coercion

4 The Irrelevance of Collective Security

 

【内容】

 

 

 

Chapter 4  Collective Security: An Alternative to Balance of Power?

 

(introduction)

 

 集団安全保障は、国際関係の中央集権化の度合いという意味では、勢力均衡と世界政府の中間に位置するものである。

 

1 Collective Security and the Fact of Power

 

 集団安全保障を提唱する、ウィルソンに代表される理想主義者たちは、勢力均衡論を否定するということの論理的な必然として、国際関係における力に関して非現実的な認識しか持っていなかった、という風に、通説的には理解されている。

 

 しかしそうした理解は、ウィルソンの実際の議論を実証的に分析する限りは、誤りである。集団安全保障は、国際関係における力の問題からの逃避ではなく、その効果的な管理をめざすものである。ウィルソンは執拗なまでに、戦争を起こさないために列強の軍事力を統合する「共通の軍事力」を創出することによって集団安全保障を確立することを主張していたのであり、国際連盟にアメリカを参加させることで、どの一国も戦争を起こすことができないような圧倒的な軍事力を作っておく必要性を強調していたのであった。

 

 ウィルソンのこうした主張に対するアメリカ国内の反論もまた、国際連盟が国際場裡における力の側面を無視しているという理由からではなく、アメリカが国際的な強制システムに明確にコミットすることによって、アメリカの意図とは関わりなく自国の軍事力を行使せざるを得ないような立場になってしまうことを危惧するという理由からなされていたのであった。こうした反論に直面してウィルソンには、いかに自らが権力志向的な発想をしていないかを自己弁護する必要性が生じる。そうした戦略的な要請によって、彼は、連盟によってアメリカの主権が侵されるわけではない、軍事力が行使されることは実際にはまずない、という主張をして行かざるを得なくなったのである。

 

 もちろん、ウィルソンは道義的な力の重要性に関しても数多くの発言を行っている。カーなどに代表されるユートピアニズム批判は、そうした部分を切り取った議論である。しかし実際にはウィルソンは、物理的な力と道義的な力の双方を視野に入れていたのであり、ウィルソンはいかにして物理的な力を国際関係においてコントロールするかという大問題を正面から受け止めていたのである。

 

2 The Development of the Collective Security Idea

 

 集団安全保障という概念は、先駆的にはオスナブリュック条約、ウイリアム・ペン、ピットなどの議論にも現れている。20世紀に入りセオドア・ルーズベルトやヴァーレンホーヴェンといった人々、また種々の連盟運動などにより集団安全保障の必要性が熱心に提唱されるようになった。第一次大戦以後の人々のそうした熱情が、ウィルソンにも大きな影響を与えているし、連盟規約作成過程において、集団安全保障の意味とその必要性についてはほとんど反対のないほどに、合意を見ることができていたのである。

 

3 The Wilsonian Contrast between Balance of Power and Collective Security

 

 集団安全保障は、既存の秩序に対して恣意的に力を行使しようとするすべての国家に対して、すべての国家が行動することによって、すべての国家の安全保障を提供するものである。ウィルソンはこの集団安全保障体制を成立させるために、集団安全保障がいかに旧来の勢力均衡と異なるかという、変化の面を強調することになった。それが「ウィルソニアン・コントラスト」と呼ばれるものである。

 

 ウィルソニアン・コントラストに従うと、不安定な勢力均衡に対して集団安全保障は(1)優位性のジレンマを解決し、(2)小国・弱国に安定をもたらし、(3)国際システムをより組織化されたものにするということになるのである。

 

4 The Blurring of the Contrast

 

 集団安全保障の概念は、特に第2次世界大戦以降、単なる「よい同盟」と混同されて使われることが多くなってしまった。それにはさまざまな原因があるが、こうした混同が生じていく過程を典型的に知ることができるのが、ヴァンデンバーグの遍歴である。

 

 もともとは孤立主義者であったヴァンデンバーグは、大戦後まもなく集団安全保障論者へと転向した。しかしヴァンデンバーグにとって、集団安全保障は同盟ではないという意味で孤立主義的発想に近いものではあったが、主権が制約されるかどうか、という意味では集団安全保障よりも勢力均衡の方が孤立主義的発想になじむものでもあったのである。結果としてヴァンデンヴァーグは、同盟ではないが主権は侵されない、というような、一種矛盾するかのような集団安全保障を考えていたのである。そうした総論賛成、各論反対的な集団安全保障概念を持つ彼が、集団安全保障の考え方とは根本的には異なるはずのNATOの創設に寄与したことは、戦後世界における集団安全保障概念の不明瞭化という事態の典型的な事例である。

 

 ウォルファースは、こうした集団安全保障概念の不明瞭化を批判しているが、ここで問わなければならないのは、そもそもウィルソニアン・コントラストによって差異ばかりが強調されている集団安全保障と勢力均衡の類似点がどの程度あるのかという点の検討であろう。

 

5 Similarities between Balance of Power and Collective Security

 

 実際、勢力均衡と集団安全保障の間にはさまざまな共通性がある。双方とも国際関係における力の問題を扱い、国際関係を安定的に運営するシステムを提供することを目的としている。その根底には、勢力均衡は国家の侵略能力、集団安全保障は国家の侵略の意思に関する不信感があるが、実際には双方とも双方の要素を考慮に入れている。

 

 双方とも抑止の効果を計算に入れているという意味で、国家の政策決定者の合理性を前提としているし、集団安全保障が優位性を、勢力均衡が均衡に価値をおいていると言われるが、結局の所、ある国家の侵略行為に対して圧倒的な力を行使することができるという意味では同じである。

 

 さらに、平和のために戦争する力を持つということ、国家が共同して行動するということ、分散システムとしての主権国家体系を維持するということ、国家の行動の予測可能性を高めるということ、成功する条件として力の分散や政策の柔軟性を前提しているということなど、数多くの共通点がある。

 

 さまざまな政治家や学者が述べているように、こう考えてみると、集団安全保障は勢力均衡と連続し、補完し、修正された考え方であると考えることもできるのである。

 

6 The Political Tactics of the Wilsonian Contrast

 

 ではなぜウィルソンはあえて差異を強調していったのか。それは、第一次大戦後の世界において、アメリカが孤立主義を捨てざるを得ないという認識に立った場合、伝統的なパワー・ポリティックスに対するアメリカ国内の反感を避けるために、集団安全保障という概念を戦略的に選択したのである。

 

 実際、連盟の内実が同盟であり、ヨーロッパの安定のためにアメリカのコミットメントを持続させるという意図があったことも事実で、ウィルソンはそのことも十二分に認識していた。したがってウィルソンは、集団安全保障ではなく同盟を望むフランスに対しては連盟は同盟と同じであるとして説得し、同盟を嫌うアメリカ国内に対しては連盟は同盟ではないと説得することになったのである。

 

 この結果としてウィルソンは、当時の理想主義者からはアメリカを勢力均衡システムの中に巻き込もうとして不十分な理想主義者であると考えられ、後世では勢力均衡システムを拒んだことで過度な理想主義者であると考えられるようになってしまったのである。

 

 もちろん、ウィルソンは連盟の集団安全保障と勢力均衡との間には共通点もあると同時に、微妙な差異も見いだしていた。そういう意味で、こうした戦略的な論法とウィルソンの国際社会の安定化に対する信念は「幸福な一致」を示していたのである。

 

7 Essential Distinctions between Balance of Power and Collective Security

 

 集団安全保障は内向きであり、一般的・普遍的であり、世界の単一性を前提している。勢力均衡は外向きであり、世界の複数性を前提している。勢力均衡は紛争のパターンに基づく秩序であり、国家の競争を基礎に置き、競争的な安全保障を追求する。集団安全保障は紛争をチェックする協力パターンに基づく秩序であり、国家の一般的な協力に基礎を置く協力的な安全保障を追求する。

 

 勢力均衡の場合国家は、自国の利益が侵害されるときに限って介入するが、集団安全保障の場合、国家はあらゆる侵略に対して常に介入する。勢力均衡はもっとも非システム的なシステムであり、集団安全保障はかなりの程度集権化されたシステムである。

 

Chapter 5  A Critique of Collective Security

 

(introduction)

 

 集団安全保障に対する評価は、現実の適用可能性と理論的妥当性を混同したり、一方を一方に還元したりして説明することは益がなく、相互の関係を並行してみていかなければならない。

 

1 The League of Nations and Collective Security

 

 国際連盟は集団安全保障の制度的な表現と考えられている。実際、連盟が設立されるまでの議論から見ても、関係者たちは集団安全保障機構として連盟に大いに期待をしていた。実際にできあがりつつあった構想は、具体的にどのような技術的な要請が必要なのか、そして集団安全保障を機能させる際の留保の問題が曖昧である点などにおいて、不十分であった。

 

 アメリカが連盟に加入しなくなった時点で、連盟は大きく変貌せざるを得なかった。ウィルソン的な集団安全保障体制の確立は将来の課題となってしまったのである。かくして集団安全保障は形式的に採用されていたものの、実際には受け入れられているとは言い難いものとなった。その意味で連盟の経験は、実を結ぶことのない試みとなったのである。

 

2 Collective Security in the United Nations Scheme

 

 国際連合においても集団安全保障体制の確立が追求されたが、これは一部で言われるようにユートピアニズム的な発想からではなく、「必要な場合には武力によって」平和を維持するという積極的な関心のもと展開されたのである。アメリカの主導によって集団安全保障体制の必要性が提唱され、各国もその点ではほぼ一致していた。

 

 しかし実際には集団安全保障が適用不可能であるということは、安保理における拒否権の存在によって、やはり各国にとっても明らかであったのである。通説的には、安保理の拒否権は使われないことを前提に、もしくは期待して認められ、拒否権があっても集団安全保障体制は機能すると当事者たちが認識していたと言われることがあるが、それは大きな誤りである。

 

 実際には、拒否権は電気回路のヒューズのように、行使されれば集団安全保障は機能しない、ということが関係者たちに明確に認識されていた。それを認めたのは、ヒューズのたとえで言えば、火事になるくらいなら電気が止まった方がましであると言うこと、すなわち大国間の紛争においては、世界戦争が起こらないためにも集団安全保障が機能しない方がよい、という判断によるものであった。

 

 かくして安保理拒否権の存在によって、大国の反対がある場合には国際連合の集団安全保障が機能しない、ということが明確に認識されていた。その意味で、国連が集団安全保障体制を実現するものである、という風に主張するのは、国連に対する過大評価である。国連憲章第51条における個別的・集団的自衛権は、大国間の紛争に対して国連がほとんど為すすべがないことを如実に示している。

 

 朝鮮戦争においては、朝鮮国際連合軍が作られたが、これはソビエトが安保理をボイコットし、また中華人民共和国が国連に加盟していない、という状況、すなわちヒューズボックスにコインが入れられたような例外的状況において、国連がそもそも想定していた集団安全保障に近い形が実現したものである。

 

 それをきっかけに、国連の集団安全保障体制をより実質化させるべきであるという議論が沸騰し、「平和のための結集決議」なども出された。しかし、ソ連やインドなどの反対もあり、そうした一時の議論の高まりはやがて冷却化していくことになる。国連の集団安全保障を反共のために利用しようというアメリカの意図もあったが、アメリカは国連以上にNATOなどの同盟システムにより多くを期待していたのであった。

 

3 The Mechanism of Collective Coercion

 

 国際連合において、安保理のもとどのようにして集団的な強制のメカニズムを作るか、という点に関して議論が闘わされたのは、1946年に設置された軍事参謀委員会であった。強制メカニズムの選択肢としては、(1)各国が事が起きた場合に動くことを約束する、(2)各国が強制用の軍隊を編成しておく、(3)一種の国連軍のような軍事組織を作り、それを何らかの国際的な組織が管理する、というものがある。

 

 国際連盟においては(1)に近いものでしかなかった。国際連合においては、憲章の43条、45条などが示すように、特別協定が締結され、国際連合軍が結成されることが予定されていたが、これは単に同意することに同意したものであり、特別協定の内容は先送りにされていた。

 

 国際連合軍の編成に関しては、前述の軍事参謀委員会で議論が闘わされたが、結局合意を見ることなく挫折し、1948年以降同委員会は機能をほぼ失う。その過程はこれまで、ソビエトの一方的な反対の結果として理解されてきたが、それは事実に反している。

 

 軍事参謀委員会においては、いくつかの論点が問題になった。第一に国際連合軍の規模と強さに関してであるが、アメリカを除くソ連・イギリス・フランス・中国は、国連の集団安全保障が小国相手にしか機能しないということを十分理解しており、比較的小さなものを考えていたのに対して、アメリカはかなりの規模の軍隊の必要性を主張した。このことは、ソ連にアメリカの真意に対する疑惑を持たせることになった。

 

 第二に軍隊の構成に関しては、ソビエトが各国平均して平等に兵力を出すという平等の原則にこだわったのに対して、それ以外の国は、それぞれの国が持つ武力の特徴に合わせて兵力を出すという同等の原則を主張。さらに第三に、国連軍の自国以外の駐屯に関しても、ソ連がそれを限定的・時限的に捉えているのに対して、それ以外の国はより積極的かつ寛容であった。

 

 かくして、軍事参謀委員会における議論はソビエトの一方的な反対によってつぶれたのではなく、西側・東側相互の不信感、国連の集団安全保障を利用してどちらかがどちらかに対して有利につけ込もうとするのではないかという疑念によって頓挫したのである。

 

4 The Irrelevance of Collective Security

 

 国際連合において集団安全保障は、時折熱心に主唱されながらも、常に失敗に終わってきた。そもそも、集団安全保障には時代遅れの面がある。それは第一には、戦争や侵略を第一世界大戦時のリアリティーで捉えているということである。軍事技術の飛躍的な発展による武力による破壊の程度やスピードは今や飛躍的に増大しており、ひとたび侵略が起きてから集団安全保障のようなプロセスを経ている間に手遅れになってしまう可能性が高いのである。

 

 第二には米ソ二極化の構造によって、アメリカまたはソビエトに対する集団安全保障の嚆矢は、そのまま世界大戦を意味してしまうことになりかねない。また、侵略者が常に孤立しており、また何が侵略であるかが常に明白であるという想定もまた、現代にそぐわないものである。そういったことから考えて、集団安全保障体制ではもはや手遅れ、という判断が成り立つのである。

 

 いっぽう、そうした見解に対して、集団安全保障体制の実現はまだ早すぎる、という主張も根強くなされている。世界共同体的な意識や発想が醸成され、促進され、そうした意識や倫理を人間が持つようになれば、集団安全保障体制も十全に機能すると、そうした論者は考えるのである。

 

 しかし現代の政治家たちは、そうした観点からよりも、集団安全保障という考え方が極めて抽象的かつ一般的すぎることが、現実にそぐわないと判断しているのである。彼らから見て、国際関係の運営は、行動の予測可能性を高めることと、行動に柔軟性を持たせることとのジレンマを抱えながら行われなければならない。集団安全保障は、ルールブック通りに例外なく画一的に行動することを要請するが、現実の国際関係は、そうした教条的なやりかたではなく、もっとプラグマティックなやりかたで取り組まなければならないと政治家たちは考えるが故に、集団安全保障は現在では拒まれているのである。

 

 かくして、集団安全保障が非現実的であるのは、それが国際関係における力について非現実的だからではなく、国家の対外政策の変容に関して非現実的な期待を抱いているのである。

 

 とはいえ、集団安全保障の概念が、20世紀の国際関係を運営するにあたっていわばアイデアとして埋め込まれるに至ったことは重要であり、その限りにおいては集団安全保障は「採択」されたと考えることができるのである。

 

【コメント】

 

 一般的に共有されている通説を事実に基づいてきれいに覆し、さらにそれに基づいて集団安全保障という概念の持つ意味を歴史的に位置づけていく、というみごとな手さばきには感服しました。奇をてらわずに正面から正攻法で議論を作っていく姿勢もうらやましいほどに立派です。

 

 いわゆる「理論」還元的でなく、歴史的な現実をいわば素手でしっかりとらえるこうした作品が、最近はそれほどお目にかかれないのは残念です。40年前の仕事ですが、その知的完成度は逆に今になっていっそうよくわかるような気がします。グローバリゼーションの世の中にイニス・クロードは古い、という風に考えようと思えばできるのかもしれませんが、ここで展開されている知的作業の流麗さに匹敵する仕事は、そうはないと思いますし、自分で問題を発見して議論を作っていくという非常に大切な作業を身につけるためにも、とても役に立つと思います。国際関係論を志す方に自信を持っておすすめできる本です。

 

 ちなみに原著では、最初に勢力均衡、次にこの集団安全保障、最後に世界政府を検討しています。

 

 (2002年の補足)

 

 最小限の字句を訂正しました。誤字脱字はだいぶ消えたと思いますが、まだ残っているかもしれません。。。ただし、この要旨は「完全」でも「最良」でもありませんのであしからず。

 

 綿密な歴史記述と知的密度の高い文体は、わかりやすく読みやすい、けれど伝えている内容は得てして貧相で表面的もしくは一面的であったりもする英語が全盛の今となっては古色蒼然としているのかもしれませんが、最初は取っつきにくくても、じっくり読んでいけば行くほど、そこから得られる論理の操作、論証の運びといった、知の構築物としての秀逸さが見えてくる文章だと思います。

 

 あと、論文が書かれた頃の国際政治に対するリアリティー、すなわち冷戦状況下におけるウィルソニズムや国際連盟に対する冷たい評価(これが70年代以降になると相互依存論的な見方からもう少しポジティブにとらえ直されたりもする)、国連の集団安保に対する期待と失望、それゆえに世界政府論というものが今の我々からみると意外なほど真剣に検討され、一部では熱望されていた、といった当時支配的だったものの見方や風潮を理解しようとしないと、クロードの狙いがわかりにくいかもしれません。ただし、扱われている基本線は国際政治史の基礎中の基礎であり、また連盟や国連の規約、憲章を参照していけばここに出てくる具体的な事項に関する知識は得ることが出来るでしょう。そうした補助線を引きながら読んでいくと、理解が尚深まるのではないかと思います。

 

(芝崎厚士)

 

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