演習室08 ネティズンの時代

Seminar08 The Age on Netizens

12/22/00 第1稿(1章、2章)

 

【テクスト】

 

公文俊平編『ネティズンの時代』NTT出版、1996年。

 

【目次】

 

第1章 ネティズンとはなにか

 第1節 ネティズンということばの誕生

 第2節 ネティズンということばの意味づけ

第2章 近代化の流れをふりかえる

 第1節 近代化の三つの局面

 第2節 シティズン(市民)とネティズン(智民)

 第3節 市民革命と智民革命

 

【内容】

 

第1章 ネティズンとはなにか

 第1節 ネティズンということばの誕生

 

ネティズン(Netizen)という言葉をはじめに使ったのは、マイケル・ハウベンで、1993年のことである。ハウベンは、商用ネットワークとは別の「コミュニティ・ネットワーク」を地域社会において立ち上げ、世界中の人々をコミュニティ・ネットワークを通してコミュニケートできるようにし、さらにはコミュニティ・ネットワークを通して民主主義国の政治参加を促進し得ると考えていた。

 

ネティズンという言葉は、インターネットユーザー達の自称であった"net.citizen"をハウベンが縮約したものである。

 

日本語に訳すとすれば、ネティズンは「智民」ということになるであろう。これは、後述する「智業」「智場」と関連付ける公文氏独特の用法である。

 

 第2節 ネティズンということばの意味づけ

 

 公文氏は『情報文明論』において、近代文明を「初期軍事・産業・情報文明」と位置付けた。近代文明は軍事化・産業化・情報化の過程を経て、軍事文明・産業文明・情報文明へと転化していく。情報文明への展開は70年代半ばから始まったが、その過程は第三次産業革命(情報産業革命)の進展と軌を一にしていた(産業化は、軽工業段階、重化学工業段階を経て情報産業段階へと移行するというのが公文氏の解釈)。こうして、情報化と情報産業化は同時並行的に進んでいる。

 

 『情報文明論』において欠けていたのは、プロト情報化過程の存在、前期智業家の果たしていた役割、などに関する考察であった。ネティズンという言葉の出現もきっかけになって、公文氏は人文化または智業化過程の存在、近代化における市民の市民革命の担い手としての役割を再検討する必要性を感じている。というのも、そうした市民の役割と「よく似たような役割」をネティズンが果たしていく可能性があるためである。

 

第2章 近代化の流れをふりかえる

 第1節 近代化の三つの局面

 

 公文氏の解釈では、「近代」とは中世の封建社会をも含む概念である。古典古代の宗教文明の次に登場するものである。

 

 人間の社会においては、「人々の日々の行為の少なからぬ部分は、他人の行為を触発したり止めさせたりすること」=「行為の相互制御」に従事している。これを広義の「政治行為」と定義する。政治行為の基本形式は、@脅迫と強制、A取引と搾取、B説得と誘導である。近代社会は、「これら三つの形式のそれぞれの組に特化するタイプの社会組織や、大規模な社会システムが出現し、進化してきた」という特徴がある。

 

 近代化の第一の局面では、近代主権国家とそれらを要素とする国際社会が登場する。主権国家は、脅迫や強制を通して、国益を増進してきた。戦争を行って獲得した領土の領有権を外交の場で認知させていった。国際社会は主権国家にとっての外交の場である。

 

近代主権国家と国際社会の成立の契機となったのが、16世紀以降の軍事革命による軍事エンパワーメントであった。近代主権国家の成立の背景には、西洋では6世紀ごろから、日本では10世紀頃から始まった封建化過程があった。その結果として、近代人の生活領域は地球大に拡大した。

 

 近代化の第二の局面では、近代産業企業とそれらを要素とする世界市場が登場する。産業企業は、取引・搾取力の源泉としての富の蓄積や誇示に関心を持つ。自分の生産したサービスを市場で販売することで富を獲得する。世界市場は産業企業にとっての商取引(商品の販売)の場である。

 

近代産業企業と世界市場の成立の契機となったのが、18〜19世紀以降の産業革命による経済的エンパワーメントであった。近代産業企業の成立の背景には、西洋では12世紀頃から、日本では13世紀頃から始まった商業化の過程があった。その結果として、近代人の生活領域は三次元に拡大した。

 

 近代化の第三の局面では、近代情報智業とそれらを要素とする地球智場が成立する。ここで「智業」とは「説得と誘導を人々の間の主要な相互制御の形式としながら、当面は説得力や誘導力の獲得と発揮をめざして競争するような組織」である。また「智場」とは「説得や誘導を通して『通識』つまり、その通有が前提とされている知識や情報の普及が前提とされている知識や情報の普及(=通有)が試みられる場」である。

 

情報智業は、説得・誘導力としての智の獲得と発揮に関心を持つ。智業は、自分が発見・創造した情報や知識を、智場で普及することを通じて智を獲得する。インターネット上に具体化されている地球智場は、情報智業にとっての情報と知識の普及の場である。

 

近代情報智業の成立の契機となったのは、14世紀以降のルネサンスと宗教革命、15世紀の印刷革命、17世紀の科学革命などといった、「人文化」と呼びうる社会変化過程であり、それを通じて登場した「文人・著作家・芸術家・学者」などと呼ばれた人々を、近代情報智業家の前身=前期智業家と言うことができる。こうした知的エンパワーメントの結果として、近代人の生活領域はサイバースペースへと拡大し、バーチャル・リアリティやバーチャル・ライフの植民が進展する。

 

 第2節 シティズン(市民)とネティズン(智民)

 

 シティズン(市民)とは、「都市に棲んで、商工業(すなわち商品としての財やサービスの生産と販売)にたずさわる人々」である。いっぽうネティズン(智民)とは、狭義には「情報通信ネットワークに棲んで、智業(すなわち通識としての知識や情報の創造と普及)にたずさわる人々」であるが、ここではより広義の「情報通信ネットワークに棲んで、智業や企業にたずさわっている人々」という定義を採用する。

 

 ネットワークとは、ここでは「社会システムとしてのネットワーク」=「そのなかでの相互行為がもっぱら説得や誘導であるような社会システム」=「コミュニケーション・ネットワークとでも呼ぶことがふさわしい社会システム」である(「智場」はコミュニケーション・ネットワークの一種である)。

 

 中世ヨーロッパにおいては、商業化が進展するにつれて第三身分としての地位を獲得し、徐々に近代民主国家の国民として、グローバルに活躍するようになった。そしてそうした市民の中には、王侯貴族をパトロンとして、知識や情報の普及にたずさわる人も出現してきた。それが「文人・著作家・芸術家・学者」などの「前期智業家」である。彼らはいわばネティズンの前身としての「前期智民」「旧ネティズン」である。

 

 現代におけるネティズンは、NGONPOやボランティアに見られるように、コンピュータ・ネットワークを駆使してコミュニケーションやコラボレーションを図る。彼らの存在や活動は消極的にしか規定されていないことが多いが、「自分たちが正しい、善い、美しい、面白いと思うものや状態を世界に実現し普及させる」という積極的な目的がある。それは公文的な意味での「智業」であり、その意味でNGONPOの台頭はネティズンの台頭に他ならない。

 

 こうした近代情報智業の発展においては、情報の独占的保有より、「情報の意味を理解し、それを活用してすぐれた説得力を発揮することによって、自らの持つ説得力(知的影響力=智)自体をさらに強化しうる人々の出現」が死活的重要性を持つ。学会や大学の変容から看取できるように、情報化の過程は前期智業と近代情報智業が対立・競合しつつ選手交代する過程であり、そこでは新旧の間の角逐・競合・協力の物語が展開されるであろう。

 

 過去の市民たちすべてが近代産業企業家となったわけではなく、労働者や消費者となる人も少なくなかった。このことは智民たちのすべてが近代情報智業家になるわけではなく、智業活動の一端を担ったり、情報社会での享受者となったりする人も多い。

 

しかし情報社会のネティズンは、産業社会の市民よりも、一方でははるかに積極的、他方でははるかに控え目な役割を果たす。産業社会においては、マス・コミュニケーションやパーソナル・コミュニケーションは一方的かつ強引であったが、情報社会においては、サーバーに見られるように、よろしかったら見てくださいという形の控え目なコミュニケーション方式を採用できる。また、情報の入手については、サーチ・エンジンなどを活用して、積極的な情報収集が可能となるのである。

 

 こうした一対多のコミュニケーションを智民たちの「パブリック・コミュニケーション」と呼ぶ。ネティズンのコミュニケーションのもうひとつの形態は、「同じ目標や志を共有する人々の、共通目標の実現を目指す協働行動を支援する」ための「グループ・コミュニケーション」であり、両者を併せて「コミュニティ・コミュニケーション」と呼ぶ。パブリック・コミュニケーションとグループ・コミュニケーションは相互補完的に作用する。

 

 第3節 市民革命と智民革命

 

 近代社会における市民たちは、私有財産権を主権に対置させ、さらに人権や主権在民の観念を下支えにして市民革命を成功させ、近代主権国家を近代民主国家として再編した。

 

 これと同様に、ネティズンたちは、情報権を国家主権や私有財産権に対置させて、自らの存続の基盤とし、さらには民主国家や大規模産業企業に対して、さまざまな異議申し立てを行う。それが全面的かつ徹底的に行われるものを、「智民革命」と呼ぶことができ、これは今世紀末から来世紀はじめに起きるであろう。

 

 情報権の例としては、いわゆる「コピーレフト」やプライバシーの保護をあげることができる。

 

以上

芝崎 厚士

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