論文評24 Article Review 24

 

Hidemi Suganami, “ The International society perspective on world politics reconsidered”, International Relations of Asia-Pacific, 2-1 (2002), pp. 1-28.

 

「国際社会論」としての英国学派:理論的概括と展望

 

 いわゆる欧米のIRの中でも、英国学派(British School)ほど日本の国際関係研究において手放しで高い評価を与えられてきたシューレは少ない。おそらく、歴史や実証を重んじる日本の伝統的な学問的風土となじむこと、合州国IRの科学主義的な偏向のエスカレーションに「ついていけない」人々の自己弁護の根拠として利用しやすいこと、などが原因になっていると思われる。

 とはいえ、英国学派の学問形成に関する考察や理解はこれまで充分とは言えなかった。ワイトやブルらの個々の著作が読まれることがあっても、英国学派の学問的系譜をめぐる体系的な考察はほどんどなされてこなかった、と言って良い。

 しかし、英国学派に属する人々自身もまた、自らの立場を体系化してこなかった傾向がある。その意味で近年、ブザンやリトル、ダンなどによって英国学派の学問的独立性や独自性を明確にしようとする試みがなされてきたのは喜ばしい。キール大学のスガナミ教授は、英国学派の伝統を受け継ぐ日本人研究者として夙に高名であるが、本論文は彼による、丹念な英国学派の理論的系譜をたどった作品である。

 スガナミによれば、英国学派の議論は「国際社会論(the international society perspective or discourse concerning international society)」と総括することのできる議論である。そしてその特徴は、国際社会に対する(1)構造面の分析、(2)機能面の分析、(3)歴史面の分析、の3点によって特徴付けられる。

 第一の構造面の分析に属する研究としては、マニング(C.A.W. Manning)The Nature of International Society (1962)を嚆矢とし、ブルのThe Anarchical Society (1977)、そしてジェームズ(A. M. James)Sovereign Statehood (1986)に至る流れをあげることができる。

 第二の機能面の分析としては、ブルの上掲書のほか、ビンセント(John Vincent)Nonintervention and International Order (1974)およびHuman Rights in International Relations (1986)、そして若手ではウィーラー(Neil Wheeler)Saving Strangers (2000)、ジャクソン(R. H. Jackson)Global Covenant(2000)などがこの系譜に属する。

 第三の歴史面の分析は、ワイトのSystem of States (1977)、ブルとワトソンの共編であるThe Expansion of International Society (1984)、ゴング(G. A. Gong)The Standard of Civilization in International Relations (1984)、ワトソンのThe Evolution of International Society (1992)、近年ではブザンとリトルによるInternational Systems in World History(2000)などをその代表とする。以下スガナミは、それぞれの系譜の特徴について検討を加えて行く。

 第一の構造面の分析は、国際社会なるものが存在すること、そしてそれが基本的にどのような条件によって存在していると主張しうるか、ということが焦点になる。ここでスガナミが力点を置くのは、マニングとブルとの間の継承関係であり、ブルがいかにマニングの原初的な気付きを精錬して行ったかが丁寧に明らかにされる。次に、ブルとハート、ケルゼンとの間の影響関係についても指摘がなされており、最後に彼等が人類全体の共同体としての世界社会の可能性に気付きつつもそれを充分考察しなかった点に注目している。

 第二の機能面の分析、すなわち存在すると考えられる国際社会なる秩序がどのように維持されているかをよりミクロな視点から分析する系譜に関しては、ブルの議論に存在する、オッペンハイムなどに見られる19世紀法実証主義に基礎付けられた「多元主義」(pluralism)的見方と、国際連盟規約、国連憲章等にみられるような、グロティウスに端を発するような「連帯主義」(solidarism)的見方という区分を出発点に、ブルやビンセントらが徐々に前者から後者へとシフトし、国際社会における正義や規範の問題へ着目していく過程が説得的に論じられている。

 第三の歴史面の分析、すなわち第一、第二の点に立脚して分析可能な国際社会が人類史上においてどのように形成され、展開され、変容し、現在に至るのか、という点に関する研究の系譜については、ワイトの考察から出発して、文化的同一性、勢力均衡論の妥当性、国家を単位とする以外のシステムの可能性、さまざまな国家システム間の規範の共有可能性等に則して、研究のマッピングが試みられている。

 そして結論部分においてスガナミは、英国学派の国際社会論は一つの理論(a theory)というよりも部分的に経験的で、部分的に規範的な、そして法実証主義的がそうであるのと同様の意味で実証的(positivistic)なさまざまな議論(arguments)であると結論づけ、特に「社会的なダイナミクス」に着目した、世界社会論的な方向性と連絡しうるような研究の方向性に今後のより発展的な研究の可能性を見い出している。

 多少自画自賛的なポートレイトであることを割り引いても、個々の研究者や著作の関連付けを簡潔かつ的確に行っている点は高く評価できるものである。しかし、英国学派の最大の謎は、なぜこのような学派が形成されたのかという点にあると評者は考えているのだが、それは1958年にロックフェラー財団の助成によって、米国のカウンターパートとして活動を開始した「国際政治理論に関する英国委員会(British Committee on Theory of International Politics)」に対する言及だけでは片付かない問題である。

 おそらく、単なる法実証主義の影響という以上の意味での社会科学としての方法論的基盤の形成と、アナーキー、国際社会、世界社会を排他的に峻別していくという意味ではアメリカンIRと同狢と言わざるを得ない世界認識の形成とをより深く分析して行かないことには、英国学派の学問的意味が徹底的に解明されることはないであろう。本論文はそうした分析へも国際関係研究者を誘ってくれる魅力的なテクストである。

(芝崎 厚士)

 

 

 

 

 

 

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