論文評22 Article Review 22

 

Deborah J. Gerner and Philip A. Schrodt, "Taking Your Academic Expertise Public: Lessons Learned Responding to the 11 September Crisis", International Studies Perspectives 3 (2002), pp.221-229.

9・11と国際関係研究者:アカデミズムの社会的役割

 世界を震撼させた9・11の同時多発テロ事件より1年が経過し、その後も予断を許さない情勢が続いている。国際関係をめぐる大事件が勃発すると、国際関係研究者は「忙しく」なるものであるが、そこで研究者としての、さらには市民としての資質が試されることにもなる。本論文は、カンザス大学教授でイスラム、および外交政策研究者であるガーナー、シュロット夫妻が9・11以後体験した、社会に向けた活動を回顧したエッセイである。

 

 カンザス市は、軍の基地や軍関係の施設を近くに持つこともあり、必ずしも国際関係に迂遠な場所ではなかった。しかし、大学での中東やイスラムに関する研究者の層は薄く、実質的に中東政策を専門としているのはガーナー一人で、ガーナーと共に中東に住んだ経験を持ち、政治学の視点から研究をしているシュロットと共に、事件後はカンザス周辺からの取材やシンポジウム、講演などの申し込みが殺到することになった。

 

 事件発生後に彼らが最初に行わなければならなかったのは、情報収集である。あまりに大量の、そしてその多くは不確実な情報が簡単に手に入る現在においては、情報を見つける(finding out)よりも情報をよりわける(filterling out)することの方が重要であった。

 

 情報を得るためには、次の3つの手段が用いられた。第一に、短期的には、噂や誤った情報の類がメディアなどを通して大量に流れるので、それらを学問的な常識や基礎的知識にもとづいて真偽を判断していくことである(たとえば事件直後に流布した、これはパレスチナゲリラの仕業である、というような噂など)。
 

 第二に、中期的には、実際に何が起きたのか、そしてそれに対して何が行われようとしているのかを、Webを駆使して、様々な立場のメディアや研究機関、国際組織などの情報を多角的に分析していくことで明らかにしていくことである(CNNが流した悪名高い、テロの「成功」を喜ぶパレスチナ難民の映像の真偽など)。
 

 第三に、長期的には、教育の場で基礎的な知識を教えていくことで、今回の事件によって高まったイスラムに対する関心に答えていくことで、一般庶民の偏見をただしていくことである。
 

 次に、秋から冬にかけて彼らは、大学や宗教グループ、市民グループの招請に応じて、数多くのフォーラムに参加して話をした。そうしたフォーラムの参加者には専門家や知識人も多かったが、同時に今回の事件をきっかけに政治的に覚醒した人々も少なくなかった。

 

 こうしたフォーラムでは、なかなか議論がかみ合わなかった。というのも、第一には、「戦争」という言葉が一人歩きしたことが象徴するように、専門家として分析的であろうとする彼らと、誇張しがちで感情的になっていた参加者との間にギャップがあったためである。第二の理由は、海外経験の有無によって、事件に対する態度がはっきり分かれたと言うことである。「なぜ彼らがアメリカを憎むのか?」という問いを理解できるのは、アメリカ以外を知らない大学の先生よりは、外国の文化の中で生活したことのある農民の方であった。

 

 そして、彼らがアメリカを憎む理由を説明することと、彼らのテロという行動を正当化することとをきちんと分けていく必要があった。さらには、フォーラムで議論する場合に、人々は「マクラフリン・グループ」などでおなじみの賛成対反対、という単純明快な、エンターテイメント性の強い、丁々発止の議論に慣れているために、議論が分析的で、方向性が一つにまとまっていったり、また複雑に展開したりすることにかえってとまどったりすることもあったという。

 

 彼らが引っ張りだこになったのはフォーラムだけでなく、テレビなどの電子メディアや、新聞などの活字メディアにおいても同様であった。テレビでは15分か30分くらいインタビューをしてそのうち30秒あるいは3分くらいが編集して報道される場合と、長い時間をかけてパネル・ディスカッションを行
う場合とがあった。 

 

 自分の言いたいことを伝える場合には、もっとも強い主張を明確に(インタビュアーの水の向け方に誠実である以上に)、簡潔に述べるべきであり、また撤回したい発言についても躊躇なく言うべきであること、パネルでの議論についても、感情的にならず、落ち着いて、言うべきことを的確に効率よく伝えていくことが大事であるという。また、オフレコでインタビューアーやパネラーとコミュニケートしておくことも大切である。そうしたおしゃべりは、これらを見聞する一般の人々がこの事件をどう見ようとしているのかを知る機会でもある。

 

 彼らは研究者としてできる限り誠実で公平な分析と説明を心がけているが、同時に「民主主義の市民」として特定の政治的な立場を持っていることも自覚している。そして、その両者を混同しないように行動することを心がけたという。たとえば彼らは、アメリカが武力を行使せずしてこの問題を解決するための10の提言を行い、それは各種メディアで広く紹介された。しかしこれはあくまで市民としての行動であり、専門家としてのそれではない、ことを断っている。
 

 彼らがこうした体験談、「博士号の口頭試問の連続」のような日々を紹介した理由は、我々研究者は、必要とされたときに自らの知識や洞察を社会に対して提供する義務を持っており、そのことによって、社会に何らかの恩返しをし、人々が少しでもよりよく世界を理解できるようにする使命があると考えているためである。彼らは自分の経験を誇っているわけではなく、自らの経験と、そこから得た教訓を率直に提供することで、学問と社会の関わり、というすべての国際関係研究者に共通する課題に彼らなりに答えているということができる。

 

 自己の属する組織内での定められた役割をこなすことのみが、研究者の役割ではない。我々はすべて、ある社会の中で、無限に細分化された役割のほんの一部分を担っているに過ぎないのである。しかしだからこそ、自分が立っている足場から、社会全体に対して貢献すべき機会が訪れたときには、間断なくその実践に踏み込まなければならない。本論文は、日頃正面から語られることの少ない国際関係研究者の社会的実践を取り扱った、希有で、かつ示唆に富む作品なのである。

(芝崎厚士)

 

 

 

 

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