論文評19 Article Review 19

 

Yoshinobu Yamamoto, "Globalization and Change in the International System", Japan Review of International Affairs 15-2 (Summer 2001), pp.87-105.

 

『国際問題』第503号(2002年2月)、73−75ページ。

 

グローバリゼーションと国際システムの変容

 

 「グローバリゼーション」は、前世紀の最後の10年間における社会科学の議論を彩った、もっとも流通した概念の一つであった。本論文は、「グローバリゼーション」論を整理し、包括的な見取り図を提示している。なお、本誌2000年12月号に、ほぼ同内容の日本語版が掲載されている。

 山本氏は、グローバリゼーションをめぐる議論は多種多様であるが、体系的な把握が十分ではないと考える。そこで、グローバリゼーションが国際システムに与える様々な影響を体系的に、そして相互関連性に留意して描き出す分析枠組として、タルコット・パーソンズの有名な社会システム論におけるAGIL図式を採用する。

 パーソンズのAGILとは、社会システムを維持するために必要な4つの要素をさす。第一に「適応機能:adaptation (A)」、すなわち経済、第二に「潜在的なパターンの維持及び緊張の処理latency (L)」、すなわち文化や価値体系、第三に「体系の統合:system integration(I)」、すなわち「社会」や制度、第四に「目標達成:goal attainment (G)」、すなわち政治、である。以下ではこれら4つの位相におけるグローバリゼーションの進展と、それが国際システムに与える影響を検討していく。

 経済(A)に関しては、第一に、生産/販売システムなどを核とした超領域的なグローバル・システムが形成され、グローバルなスタンダード化が進行している。国家や企業はグローバル・システムに対抗して自由化・効率化を進めて競争に適応しようと試み、また国際的なレジーム形成によって経済の自由化と同時にシステムの安定化が図られている。

 第二に、グローバリゼーションによって全体としての経済厚生は拡大するものの、貧富の格差は拡大する。格差は国内・国家間だけにとどまらず、トランスナショナルな階層間でも拡大している。経済的魅力に乏しい国は、援助の対象となるか、「放棄」される危険もある。こうした格差に取り組み、グローバルな再配分システムを構築していかなければならない。第三に、工業化が地球規模で拡大する結果、環境問題や資源枯渇が課題となる。

 文化、価値体系(L)に関しては、自由主義市場経済に立脚したネオ・リベラリズム、民主主義、人道、人権、ジェンダー、環境、そして地球意識(globality)といった価値が広がりつつある。しかし、価値の普遍化に対しては「アジア型人権」のような抵抗もあり、均質化は安定的ではない。加えて、ネオ・リベラリズムと環境などに顕著なように、それらの価値の間には必ずしも整合性はなく、葛藤や対立が存在する。そうした対立を緩和し、管理するために、対話・議論・相互理解といったシステムを構築することが必要となる。

 「社会」、制度(I)に関しては、国際レジームの形成、国際システムの法律化(legalization)などに代表されるような制度化が進展している。NGOの活動はさらに活発化し、国際的NGOのネットワークによってグローバルな市民社会(global civil society)が形成され、さらには国家や国際機関などを含めた様々な主体がルールや慣行を形成して役割を分担するグローバル・ガヴァナンスが進展しつつあることが指摘できる。

 政治(G)に関しては、国家間における個別の国益追求のみではなく、国際システム全体の目標追求という要素が増大した新しい国際政治が登場している。その際には、国際レジーム形成によって大きな影響を蒙るもののレジーム形成に直接関与できないという「民主主義の負債(democratic deficit)」という事態も生じている。また、伝統的な主権も大きく変容、または溶解している面があるが、主権は特に途上国にとってグローバリゼーションに対抗する有効な武器ともなっている。安全保障分野においても、戦争のコストが著しく低下し、個別の安全保障から集団的・共通安全保障への転換が着実に進展している。しかし、戦争や内戦などの可能性は消えず、集団安全保障体制の確立にはほど遠い。

 続いて、グローバリゼーションに伴う国際システムの変容のとらえ方として、(1)質的に異なる「新段階」に入ったという見方、(2)資本主義成立以後の「長期的趨勢」の一時期にすぎないという見方、(3)興隆・衰退のサイクルの上昇期に入ったという「サイクル論」的見方、(4)国際政治の基本原則は変化していない、と考える見方を紹介し、どれか一つに還元するのではなく、それらの要素を複合的・重層的に検討していく必要性を強調する。

 最後に山本氏は、グローバリゼーションの進展はAGILが国家という「コンテナ」の中に閉じこめられていた状況を開放する、というベックの議論を引きつつ、「コンテナ」理論を超える必要性を提唱している。

 おそらく議論に値する論点の一つは、グローバリゼーションの進展をパーソンズの図式で把握することの妥当性についてであろう。ジョン・アリーは「社会(society)」という静態的・領土的な概念に基礎を置いた社会学はグローバリゼーションの進んだ現代世界においては有効性を失ったと述べて、フローやトラベル、といった面に注目する「動く社会学(mobile sociology) を提唱している(John Urry, Sociology Beyond Society, Routledge, 2000.)。こうした見方は特に社会学者の一部に顕著に見られるが、これほどラディカルにではないにせよ、少なくともパーソンズ図式の「動かない」把握と併せて、「動く」把握を導入していくことは必要である。

 また、パーソンズのAGIL自体も改良の余地がある。かつて馬場伸也は国際社会の動向を図式化する際に、パーソンズのAGILを改良し、Lを排除し、拡散(D)を導入した独自の図式を提起した(馬場『アイデンティティの国際政治学』東京大学出版会、1980年)。アリーや馬場の議論をとらえ返すことは、コンテナ理論を超える有効な手がかりになるであろう。

 

(芝崎厚士)

 

 

 

 

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