論文評17 Article Review 17

 

Takashi Inoguchi and Paul Bacon, "The Study of international relations in Japan: towards a more international discipline", International Relations of the Asia-Pacific 1-1 (2001), pp.1-20.

『国際問題』第501号(2001年12月)、98−100ページ。


日本における国際関係研究:歴史と現状

 International Relations of the Asia-Pacificは、日本国際政治学会が今年から発行する初の英文学術雑誌である。ホルスティ、ナイ、ハンチントンといった大物が寄稿する中、巻頭を飾ったのが同学会理事長の猪口孝教授(東京大学)と、秀明大学のベーコン講師(以下IB)の手になる本論文である。


 本論文の目的は、ウェーバーが1998年に発表した論文、"The Sociology of a Not So International Discipline" (International Organization 52-4、後にPeter J. Katzenstein et al. (eds.), Exploration and Contestation in the Study of World Politics, MIT Press, 1999.に収録)が行った「国際関係論の社会学」的な手法を日本に採用して、アメリカと比較しつつ日本の国際関係論研究の性格を明らかにすることである。


 冒頭でBIは、理論的・方法論的な多元主義(theoretical / methodological pluralism)が国際関係論研究においても望ましいことを確認する。そして、ウェーバーが明らかにしようとしたこととして、(1)アメリカの国際関係研究は歴史的な偶然の産物であり、それだけが唯一絶対の方法ではないということ、(2)アメリカ流のやり方に駆逐されないような、国家や地域の特性を生かした研究が存在してきたことをあげている。こうした観点を採用して、本論文では日本の国際関係研究が、日本的な独自性を持つと同時に、他国の研究と協働可能な性質を持つことが解明される。


 アメリカの国際関係研究の歴史を一通り振り返ったあとでBIは、日本とアメリカの共通性として、自国で出版される学術誌の執筆者が自国出身者によってほぼ占められ、支配(dominate)されている点をあげている。しかし、ウェーバーに倣って、掲載されている論文をメタ理論的な立場ごとに分類すると、日本とアメリカでは大きな違いが出る。


 ウェーバーの分類は(1)形式化された合理選択、(2)量的分析、(3)ソフトな合理選択、(4)ポストモダンでないコンストラクティビズム、(5)ポスト構造主義・マルクス主義、フェミニズム、(6)その他、である。International OrganizationInternational Studies Quarterlyは、前者が(3)と(4)、後者が(1)(2)に、という重点の違いこそあれ(1)〜(5)にほぼ分類可能である。しかし、1988−98年の『国際政治』では、実に61.1%が(6)であり、ついで(4)が24.6%、(1)や(2)はそれぞれ1%程度という結果になった。欧米を対象にしたウェーバーの分類では日本の国際関係研究の特質はつかめないのである。


 BIによれば、日本の国際関係研究には四つの伝統がある。それは、(1)国家学(Staatsslehre)、(2)マルクス主義、(3)歴史主義(historicism)、(4)アメリカ政治学、である。国法学的伝統は事実の詳細な既述を旨とし、マルクス主義は抵抗の科学(opposition science)として政府批判を主眼とし、歴史主義はランケ史学的に「事実それ自体に語らせる」ことを重んじ、戦後になってアメリカ政治学的な方法論が加えて導入されるようになったのである。


 同時に、戦後日本の国際関係研究は主に3つの疑問を核にして展開されてきた。それは(1)日本の国際関係への関与の何処が誤っていたのか、(2)どのような国際的な取り決めが平和と安全を保障するのか、(3)日本外交の改善すべき点はどこか、である。戦後初期は(1)の疑問が主役となり、外交史研究が研究の花形となった。(2)の疑問は主にジャーナリズムで議論されたため、国際関係研究者が学問的な議論に相対的に力を入れないような傾向をも生んだ。(3)は80年代以降顕著になってきたが、理論的なバックグラウンドは依然として十分ではない状態である。

 

 以上のことを踏まえてBIは、日本とアメリカの国際関係研究を比較する。アメリカでは国際関係研究は政治学の一分野として扱われ、専門化へのプレッシャーが強く、研究者はアメリカの研究市場において激しい競争を強いられる。一方日本では、競争はそれほど激しくなく、またディシプリンも集権化していない。国際関係研究者が社会・人文などさまざまな学部に散在していることがその原因の一つである。


 しかし、国際政治学会の会員が1999年には2000人に達したことからみて、競争は以前よりも激しくなる可能性がある。同学会の会員名簿における会員の分類を見てみると、(1)理論、(2)地域研究、(3)外交史・国際政治史、がそれぞれほぼ同じくらいの数で、これはフランスに類似している。また、大学の半分を擁する東京圏では理論的研究が、地方では地域研究や外交史が、という「分業」的体制も看取される。さらに、若手研究者はアメリカに近く、理論一般の議論をしたり、英文雑誌に投稿したりする数も増えている。そういう意味では日本の若手研究者はアメリカの国際関係研究者のカウンターパートとして、またほかの国々の研究者との共同作業を進んで行うことが出来る状態にあるとBIは見ている。


 四つの伝統と三つの疑問という鍵概念を使うことで、BIは日頃多くの日本の国際関係研究者が漠然と感じる欧米IRに対する違和感を見事に明らかにしている。同時に、若手研究者における変容をもとに、国境を越えた研究者の協働可能性を示しており、日本の国際関係研究の個別性と普遍性の可能性をバランス良く提示した、傾聴に値する議論である。


 ただし、理論的・方法論的多元主義を標榜するのであれば、同じ土俵を予め共有している日米の研究者の理解可能性だけではなく、日本の国際関係研究の独自性から出発した協働可能性を探ることもまた、同時に必要であろう。というのも、そうすることは、アメリカの研究を受容するだけでなく、日本の国際関係研究のおもしろさを輸出することで、アメリカの、ひいては世界の国際関係研究を豊かに変えていくことにもつながると思われるためである。そのためには、日本の国際関係研究を社会学的だけでなく、歴史学的に、とりわけ思想史的に分析することが課題となるであろう。

(芝崎 厚士)

 

 

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