論文評12 Article Review 12

 

Mark A. Boyer, Mary Caprioli, Robert A. Denemark, Elizabeth C. Hanson, and Steven L. Lamy, "Visions of International Studies in a New Millennium", International Studies Perspectives, 1-1(2000), pp. 1-9.

『国際問題』第492号(2001年3月)、79−81ページ。

 

国際関係学の課題としての教育・学習環境の改善

 

International Studies Perspectives誌(以下ISP)は、国際関係学会(International Studies Association, ISA)が二〇〇〇年に新たに刊行した学術雑誌である。第一期の編集者は、ボイヤー(コネティカット大)、カプリオリ(マサチューセッツ・ダートマス大)、デネマーク(デラウエア大)、ハンソン(コネティカット大)、ラミー(南カリフォルニア大)の5名である。彼らの手になる本論文は、この新しい学術誌の基本的な指針を示している。その指針はそのまま、現在の国際関係研究一般が抱える課題への対処となっているとみなすことができる。

 

ISPの柱となるのは以下の4つである。すなわち、(1)国際関係学に関する革新的なビジョンの提示、(2)国際関係学教育(pedagogy)のあり方の研究、(3)国際関係研究者と実践者との積極的な対話の促進、(4)国際関係学という職業に関する種々の情報交換、である。

 

第一のビジョンの提示については、現在理論的、哲学的、方法論的に極めて多様化している国際関係研究の現状に鑑みて、分野全体の状況を概括して展望するような研究、ある特定の分野や、ISA会員にはなじみの薄いディシプリンに関する研究などを広く募集する。こうした論文を掲載して将来の国際関係学の方向性を探り、また新たな多様性を生み出すことで国際関係学の可能性を広げることが目標である。

 

第二の国際関係学教育については、「知っているなら教えられる("if you know it, you can teach it")」という時代は既に去ったという認識のもと、国際関係学教育の質を向上させるための処方箋を蓄積することが目標となる。これまで、教師は教師となるまでに教育のスキルを専門的に習得する機会をほとんど持たなかった。しかし、大学間、もしくは学部間で優秀な学生を集める競争が激化していること、そして大学の社会的な役割に関するアカウンタビリティーの向上が課題となりつつあることから、従来の教育のあり方は変更を迫られている。

 

具体的には、従来の受動的かつ教官中心の手法から、より能動的で学生中心の手法へと転換が図られており、シミュレーション、ディスカッション、事例教育、問題解決型学習、マルチメディア統合型学習などが採用されつつある。米国ではピュー・教職員フェロー(the Pew Faculty Fellowship)が90年代以降数百万ドルを投入して国際関係学の教育改善に寄与しているという。

 

むろん、これまでの伝統的な教育にも意義はある。加えて、こうした新たな能動的教育法は時間がかかり、また教えられる知識の量もより限定的になるという短所もある。そうした点を踏まえた上でISPは、国際関係学教育に関する様々な事例研究を蓄積していくことで、あるべき教育の姿を探究する場を創出することを狙っている。

 

第三の研究者と実践者(政策立案・実行者)の対話は、アカデミックな議論に実践者を巻き込むことで、研究者の政策提言がより実行可能性(feasibility)の高い、現実的なものとなると同時に、実践者がアカデミックな環境における創造的かつ自由な思考法になじむという相乗効果を期待するものである。ISPは、研究者の政策志向の研究、実践者の経験に根ざした論文を掲載し議論を重ねることで、研究者集団と現実の政策との間のギャップを埋めることを目標として掲げる。

 

第四点は、職業としての国際関係研究に関する、就職(アカデミックな分野であるかどうかは問わない)の情報やそのノウハウ(いわゆる'job talk'の技術など)に関する論考を掲載すること、さらにはこれまでニューズレターが果たしてきたような夏期講座の紹介、論文募集、新しい研究プログラムの紹介や各種新規情報の通知などが同誌上でなされることになる。

 

これら四点は、重要であるものの既存の雑誌が必ずしも重点的には扱わなかったものであって、ISPはその間隙を埋めるものである。ただし実際には、第一号では論文としては(2)と(3)が掲載されているのみである(本論文は(1)として分類されている)。(1)や(3)が他の雑誌でもある程度は実現可能であり、(4)が情報提供的な性格を強く持つことを考えると、(2)の国際関係学教育の向上がISPの特色となるように思われる。ビジネスの分野に由来するアカウンタビリティーの必要性が、大学教育へと波及してきているということだけでなく、国際関係研究者は研究者であると同時に、等しい比重において教育者である以上、教育の専門家としての自己変革を進めていくことが要請されているのである。

 

この点に関して、東京大学医学教育国際協力センターが昨年発行した報告書(『東京大学医学教育カリキュラムプロジェクト報告書』、『第一回東京大学医学部医学教育ワークショップ報告書』)は示唆に富む。

 

同報告書は、教育・学習環境の不備から学生が、「野心あふれる学習者から並の努力と最小限の成功のみで満足する学生に変化し」、学生と教官との間の距離が広がってしまう傾向を指摘する。その原因には、@不適切なカリキュラム開発(講義形式の偏重など)、A学生の専門職意識(professional development)の形成の遅れ(一生涯にわたる自己学習の習慣の形成に対する認識不足など)、Bカリキュラム管理の不備、C教育のための教官能力開発(Faculty Development, FD)の不備がある。そして、これらを改善する施策について、海外から招聘した教授を交えて多数の教官が参加して議論を行い、今後の指針作りが進められているのである。

 

高等教育が大衆化するにつれて、また専門家として必要な知識が増大するにつれて、少数のエリート養成に適した従来の手法が機能不全に陥るのはある意味で必然的な現象である。カリキュラム整備とFDの促進によって、知識を効率よく吸収すると同時に、オリジナリティある研究を生産できるような学生を育成していくことは国際関係学においても重要な課題であり、東大医学部のこうした試みから学ぶべき点は多い。ISAが清新な理念のもとに立ち上げた学術雑誌ISPが、今や喫緊の懸案となりつつある国際関係学教育・学習環境の改善や向上の橋頭堡となることを期待したい。

(芝崎厚士)

 

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