論文評6 Article Review 06

 

ネットワーク社会の基礎理論

 

Manuel Castells, "Materials for an exploratory theory of the network society", British Journal of Sociology 51-1 (January/March 2000), pp. 5-24.

 

(『国際問題』第486号(2000年9月)、73−75ページ所収)

 

British Journal of Sociology誌は年頭にあたり、「ミレニアムに直面する社会学」と銘打って現状を展望し、今後の社会学の方向性を占う特集を組んだ。その巻頭を飾ったのが本論文である。編集者ウリーによれば、本論文が巻頭を飾ったのは、寄稿者たちが現代社会の変容として等しく言及する現象こそ、本論文の著者、UCバークレー校教授のキャステルズが浩瀚な三部作(The Information Age, Blackwell, 1996-98)で分析した「情報化時代(Information Age)」の到来に他ならないためである。

 

こうして本論文は、英語圏の社会学がもっとも太い線において共通の前提としている現今の社会的変容としての、情報化時代におけるネットワーク社会のありようを理論的に概観した作品である。加えて、上記三部作は近々改訂版が刊行される予定であり、本論文はその改訂を踏まえ、キャステルズが持論を概括した仕事でもある。以上の点からみて本論文は、国際関係研究がネットワークや情報化社会をめぐる議論とリンクしていく上で、有益なインターフェースとなりうる素材といえるだろう。

 

まず序論部分でキャステルズは「情報化時代」を、エネルギーの生産と分配に基づく産業化時代の次に到来した、「人類社会における諸活動が、マイクロ・エレクトロニクスを基礎に置く情報コミュニケーションや、遺伝子操作にもとづく科学技術上のパラダイムに従って展開される歴史的な時期」と定義する。

 

次節では、社会に関する基本的な用語を定義し、関連付けている。人間は、生産/消費、経験、権力をめぐる諸関係を通して象徴的コミュニケーションを行って意味を創出し、文化を形成する。人々は文化を借用・適応しつつ、アイデンティティを作る。そして、「科学的な知識を利用して、再生産可能な方法で物事を行う方法を明確に示す」ものであるテクノロジーは、そうした象徴的コミュニケーションによる意味創出作用の本質的な手段としての役割を果たす。

 

第三節では、ここ二〇年ほどの間に生じた社会変容として、@新たなテクノロジー・パラダイムの登場、A新たな経済の登場、をあげている。@の特徴は、一連の新たな情報テクノロジー(インターネット、分散型ネットワーク、生体組織の設計と操作を可能にした生物学革命、知識・情報生産の向上と加速化)の登場にある。Aの特徴は、知識創出、情報処理・制御能力に依存していること、グローバル単位でネットワーク化されていることである。

 

続く第四節では、「連結された結節点のセット(a set of connected node)」としてのネットワークの基本的特質として、@ネットワーク内部での有用性にもとづく包摂と排除、A一種のオートマトンとしての価値自由性・中立性をあげている。ネットワークは昔から存在したが、六〇年代後半以降の情報テクノロジーの急激な発展が、中央集権的なヒエラルキーから情報ネットワークへと社会構造を変容させたのである。

 

第五節では、情報ネットワーク化の影響を総括している。第一に生産面では、市場がグローバルな規模で統合される一方、労働はネットワークとの接続の有無や(valuable / devalued labour)、ネットワーク内部の変化への対応能力の有無(self-programmable / generic labour)に従って二極分解し、階級関係は曖昧になる。第二に消費面では、労働形態に応じて消費形態や能力が個人化・多様化する。

 

最大の変化を余儀なくされるのは、第三の権力面である。中央集権的組織形態をとってきた国家は、権力を共有し組織的なネットワークを形成する結節点の一つとしての「ネットワーク国家」に変容する。ある主体が権力のフローの源泉となる(flows of power)以上に、フローそれ自体が権力となる(power of flows)のである。

 

第四に経験面では、人々の接触形態が自己依存的なコミューン(self-reliant communes)と、絶えず入れ替わる諸個人の(ever shifting individuals)のネットワークに二分されること、第五に文化面では、ハイパーテクストの中のリアル・ヴァーチャリティを解釈することで、人々は個人単位で文化を構成し、自己生産・消費するようになること、などを指摘している。そして結論部分でキャステルズは、ネットワーク社会が大幅に変化する可能性は少ないものの、社会変動を引き起こす活動として、(1)宗教などに基づいた排他的な文化コミューンの形成、(2)エコロジーやフェミニズムなどといった、別の目的をもつネットワークの形成、をあげている。

 

情報化の進展によって時間と空間が「時を超えた時間(timeless time)」と「フローの空間(space of flows)」へと変質する。あらゆる文化表現が特定の経験と切り離された形で電子ハイパーテクスト中に包含され解釈されることで、文化は(「ヴァーチャル・リアリティ」とは逆の)「リアル・ヴァーチャリティ」の文化となる。政治はメディア上で展開されるスキャンダル合戦で帰趨を決する悲喜劇と化し、国家はネットワークのユニットとなる。このように脱領域化傾向を強調するキャステルズの見取り図は、ブレンナーも指摘したように変化をゼロ・サム的に把握しすぎている面がある。

 

国際関係研究者としては、従来の社会構造それ自体は消滅することなく変容しながら、こうした新しい社会構造が同時に、多重的に形成展開されているという程度に変化を理解し、拒否反応を示すのでもなくまた過剰に迎合するのでもない形で、恣意的な撮食を避けつつこうした議論を受け止め、分析に生かすべきであろう。

 

とりわけ注意すべきは、キャステルズが持論を「社会形態論(social morphology)」という視角から構想している点である。ゲルナーが遺著Nationalism(New York University Press, 1997)で、あらゆる社会生活は「文化(culture)」と「組織(organization)」に基づいて営まれてきたのであって、ネーションとナショナリズムはその歴史的一形態に過ぎないと喝破したように、人類史における特殊な社会構造としての近代国際関係を観察していく、社会形態論的な視点が今後ますます重要になっていくと思われる。

 

本論文のようなネットワーク社会論への接近の意義は、単に近年の変化についての情報入手のみにあるのではない。こうした議論が根底に持つ認識論的な転回は、必然的に国際関係研究者にも要請されており、そうした転回を引き受けていくことで国際関係研究のあり方を再構成するきっかけとすることもまた、等しく重要となるであろう。

(芝崎厚士)

 

 

 

 

 

 

Home