論文評3 Article Review 03

 

ネオクラシカル・リアリズムと対外政策の理論

 

Gideon Rose, "Neoclassical Realism and Theories of Foreign Policy", World Politics 51 (October 1998), pp.144-172.

 

(『国際問題』(2000年5月号)、80−82ページ所収)

 

 90年代におけるIR理論の変動は、コンストラクティビズムの登場や国際法、比較政治や国内政治分析との相互接近などによって特徴づけることができる。しかし、こうした動きと同時並行的に、ネオ・リアリズムもまた、大きく変容しつつある。ローズ(外交問題評議会・国家安全保障プログラム副議長)の手になる本論文は、そうしたネオ・リアリズムの変容を、ネオクラシカル・リアリズムの登場を軸にして整理した作品である。

 

 導入部でローズは、これまでネオ・リアリズムが理論的洗練と引き替えに捨象してきた、対外政策における個々の国家の行動に関するより立ち入った分析を行う試みとして、(1)国内政治理論(Innenpolitik Theories)、(2)攻撃的リアリズム(Offensive Realism)、(3)防御的リアリズム(Deffensive Realism)、(4)ネオクラシカル・リアリズム(Neoclassical Realism、以下ncr)をあげている。

 

 続くFOUR THEORIES OF FOREIGN POLICYでは、それぞれを詳細に説明する。まず(1)国内政治理論であるが、これは国内の政治構造が対外政策を決定すると見なす考え方である。その代表的な議論がいわゆる「デモクラティック・ピース」論であることは言うまでもない。ローズは、(1)の欠点として、類似した国内体制を持つ国々が異なる行動をとること、異なる国内体制を持つ国々が類似した行動をとることを十分に説明できないことを指摘している。

 

 次に(2)の攻撃的リアリズムは、ホッブス的アナーキーを前提し、国内要因を軽視して、国際システム上の圧力が安全保障を高めようとする国家を刺激して攻撃的にするとみなす議論である。ローズによると、(2)の欠点は(1)と同様、類似した圧力を受けている国が異なる行動をとること、異なる圧力下にある国が類似した行動をとることを十分に説明できないことにある。

 

 (3)の防御的リアリズムは、(1)と(2)の折衷的な形態である。アナーキーを緩く取り、国家はセキュリティ・ディレンマが過度に高まるときに限って(2)のような行動をとるのであって、通常はバランスを保ち平衡を維持しようとするとみなす立場である。そして(3)は、国家の対外政策を、システム上の圧力に対応した結果としての行動("natural conduct")として説明できる場合と、国内要因を含めたそれ以外の要素に基づく行動("unnatural conduct")として説明できる場合とに分ける。ローズはこの(3)の立場をある程度評価しながらも、対外政策決定要因間の関係を都合よく使い分けようとする点を、理論的な一貫性を欠くものとみなして批判している。

 

 こうして登場するのが、ncrである。ncrは、対外政策決定要因を、第一義的には国際システム上の圧力に求める。しかし同時に、国際システム上の圧力を各国がどのように「翻訳」(translate)するかという点において、さらに実際にどの程度パワー・リソースを「動員」(mobilize)しうるかという点において国内要因を重視する、という立場である。そしてncrは、国際社会におけるアナーキーをあいまい(murky)であると前提し、対外政策の目的を狭い意味での安全保障の確立と捉えず、アナーキーが不確実であることへの対処としての外的環境の形成・操作能力の向上とみなす。すなわちncrは対外政策を、異なる政策決定者がシステム上の圧力を主観的に解釈し、異なる政治構造に起因する動員能力に規定される形で遂行するものと捉えるのである。ローズは、このようなncrを、純粋な構造主義リアリストとコンストラクティヴィストの中間に位置すると述べる。

 

 次節THE RISE AND FALL OF THE GREAT POWERSでは、ncr的分析の先駆者として、ギルピン、P・ケネディ、マンデルボームを「第一の波」、フリードバーグ・レフラーを「第二の波」、そして現在のザカリア、ウォルフォース、シュウェラー、クリスチャンセンなどを「第三の波」と位置づける。続くPERCEPTION AND MISPERCEPTION IN INTERNATIONAL POLITICSでは、政策決定者の認識の問題、BRINGING THE STATE BACK INでは国内政治構造の問題を、ncrがどのように分析するかを紹介している。さらに次のDESIGNING SOCIAL INQUIRYで、ncrの分析の特徴とncr的な分析を進めていく際の注意点を整理する。最後のCONCLUSION: THE ROAD AHEADでは、ユニット・レベルの分析とシステム要因との関連、相対的なパワーの変化とアイデアの関連など、今後さらに深められていくべき点をまとめている。

 

 これまでに登場した理論的立場を整理し、その対比において登場したncrは、確かにそれら先行理論の欠点をかなりの程度克服したものだといえる。国内政治理論やコンストラクティヴィズムへの大胆な接近も、従来のネオ・リアリズムとは一線を画した姿勢である。ローズも述べるように、理論的な簡潔さと複雑な要因を説明する能力とを可能な限り同時に追求することは、社会科学一般に共通する課題である。当事者のアイデンティティと研究者の分析概念を峻別しつつトータルに分析しようと試み、外交史研究者顔負けのマルチ・アーカイヴァルな史料渉猟に取り組むncrの人々の努力は、モナディックな世界観の持ち主とされてきたリアリストが多文化主義・多言語主義的な観点を視野に入れはじめたという意味でも、高く評価しなければならない。

 

 ローズは、ncrはリアリスト・パラダイムの核となる概念や前提を棄てることなく、現実の世界へより一層近づくことを可能にすると述べているが、これは本当であろうか。確かにncrは、システム要因やアナーキーといった概念や前提を「棄てて」はいないが、大幅に変更している。その変更の度合いはリアリスト・パラダイム自体を結果として破綻させるような性格を帯びているようにさえ見えるし、さらに言えばリアリスト・リベラリスト・コンストラクティヴィストというような区別さえ無化してしまう含意をも持つ。リアリズムにおけるこうした変容は、現実を説明する能力を高めることによってパラダイム間の差違が実質的に無意味となり、新たな国際関係研究の視座が再構築される可能性の一端をも示しているといえるだろう。

(芝崎厚士) 

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