論文評2 Article Review 02

 

国際法と国際関係論の相互接近

 

 Slaughter, Anne-Marie, Tulumello, Andrew S., and Wood, Stephan, "International Law and International Relations Theory: A New Generation of Interdisciplinary Scholarship", American Journal of International Law, 92 (1998), pp. 367-397.(『国際問題』第481号(2000年4月)、103−105ページ所収)

 

 日本の国際関係論はこれまで、インターディシプリナリー(学際的)な性格を持つと自己主張してきた。こうした主張は、欧米の国際関係論(IR)がそうした性格を持たないという認識に根ざした、一種の差異化を計ろうとする意識の反映でもあった。しかし、ここ数年の間に、IRの学際性は増す一方であり、その勢いは国際関係論における動きを凌駕していると言ってもよいほどである。

 

以下で紹介する、ハーバード・ロー・スクールのスローター教授とトゥルメッロ講師、ヨーク大学のウッド助教授(以下STW)の共著は、そうした学際化の重要な局面の一つであるIRIL(国際法)の相互接近を総括し、展望を示した意義深い作品である。簡潔な文体、詳細な参考文献と注が付されていることも手伝って、本論文はIRIL双方の研究者にとって極めて有益であり、広く読まれてしかるべき文献である。

 

 STWはまず、EXPLAINING THE INTEREST IN INTERDISCIPLINARY SCHOLARSHIPにおいて、IRILが相互接近するようになってきた背景を説明している。第一にあげられるのは、国際協力にかかわる各種制度の発達、グローバリゼーションに伴う国際的なガバナンスへの関心の増大といった外的環境の変化である。第二の背景は、現実的な有効性をとり戻したいと考えるIL側と、制度主義、イギリス学派やIO誌が持つIL重視の伝統、コンストラクティビズム、リベラル学派それぞれの立場から法への関心を強めてきたIR側、双方の知的潮流の変動である。

 

 こうしたことから相互接近がはじまるのであるが、STWによると、当初はIL側が「患者」でIR側が「治療法」と形容できるような、ILIRを一方的に受容する傾向が強かったという。そうした受容のあり方は、次節HOW INTERNATIONAL LAWYER ARE USING INTERNATIONAL THEORYにおいて3つに類型化されている。すなわち、第一に種々の国際問題を分析して解決策を検討する。第二に、ある特定の国際制度の構造と機能を説明する。第三にある特定の組織、あるいは国際法一般を検討して再概念化していくこと、である。

 

 しかし、こうした片務的な関係は次第に解消されつつある、というのがSTWの認識である。続くBRINGING LAW TO BEAR (AGAIN) ON INTERNATIONAL STUDIESでは、IRを受容したILの側から、新たに提起されることになった課題を3点に整理している。まず、第一に法的規則、制度、過程が主体や行為におよぼす因果関係上の影響で、特に規範が定着していく過程の重要性が問題となる。次に、主体や社会構造の構成に対して法が果たす役割の検討で、ここでは法が定着していく過程によって主体のアイデンティティや利益、社会システムそのものが作られていくという論点が重要になる。最後に、国際的な規範が形成される際に、国内、そしてトランスナショナルな主体によって作られる法を、説明変数として重視するという点である。

 

 こうしてこれまでの相互接近の流れと成果をまとめた上でSTWは、ILIRは相互に対等な立場からさらに学際的な研究を発展させていく必要があると論じ、その展望として3つのサブ・フィールドと6つのリサーチ・アジェンダを提起している。

 

 3つのサブ・フィールドとはすなわち、(1)国際的ガバナンス(2)規範の共有による社会の構成(と再構成)(3)国内法と国際法の分析の統合である。また、6つのリサーチ・アジェンダとは、@レジームの設計、A法形成過程の設計、B共有された規範を基礎とした言説、C国際関係の構造や構成上の変容、D国家を構成する諸主体が国境を越えて構成するネットワーク、E埋め込まれた制度主義(embedded institutionalism)の研究、である。そして結論でSTWは、こうした相互接近の動きが今後も進展し、実りある研究が生み出されることへの期待を表明しつつ、擱筆している。

 

 「IRILはお互いを再発見した」、と筆者達は述べる。こうした相互接近はあくまで「再」発見である。戸井田道三が論じたように、現実を学問によって分割したのは人間であり、我々はそのことを忘れがちである。国際関係研究もその例外ではない。生の現象が複雑であることと、現象に対する認識が一定の抽象を伴うこととの間のバランスを、現在に必要な水準に再調整する試みとして、こうした動きを評価しなければならない。

 

 もちろんこの「再」発見は、専門化が進む以前の認識にそのまま立ち返ることを意味しない。例えば、法と政治の接近はもとより、国内・国際の相互関連、トランスナショナルな諸関係への着目、規範や法の形成過程の重視、といった諸問題の系は、STWが言及するイェスップよりはるか以前の田中耕太郎による大著『世界法の理論』(一九三二−三四)の主題であった。こうした先駆的な着眼から学びつつ、さらに工夫をこらして、現在あるべき学問をデザインしていかなければならないであろう。

 

 その際に鍵となるのは、本論文が各節で説明している背景・傾向・論点・アジェンダなどを、学問史的な背景に即して歴史的に、いわば縦方向に再構成していく作業である。STWは、"intellectual history"の必要性は筆者達も認識しているし、トレンドの分析を90年代以降に限って平面的に描いていることの「限界」もまた、筆者達は謙虚に表明している。本論文の成果を踏まえた、そうした知的な作業が今後望まれるであろう。

(芝崎厚士)

 

Home