★File No.8  タンポンダッシュ★

都心から少し外れたマンションの一室に彼女等のオフィスはあった。彼女等の経営するこの会社で行われているものは客である男性に街中で女性のタンポンを引っ張らせるというなんとも大胆なものである。もちろん引っぱられる側の女性は専属の女性だが、最初はこのような職業を女性二人で行っていること自体嘘くさく思っていた。さらには、バックに暴力団関係者がいて取材自体がNGに終わるのではないかという恐れさえあった。

私たちは狭いがそれを感じさせない空間作りと、ラベンダー色で統一されたオフィスの一角にある敷居で囲まれた応接間に通された。話によるとラベンダーにはリラックスの効果があるのだそうだが、不安のせいなのか、紫=水商売=…という陳腐な発想が浮かんでしまったのもまた事実である。

しかし、実際に彼女等にあって話を聞いていくうちに恐れが嘘のように消えていった。彼女等は一人が大学を卒業とともに会社を立ち上げた経営者で(以後Aさん)、もう一人の女性が大手企業の営業職から行き詰まりを感じ退社後経営者であるAさんに引き抜かれたと言う(以後Bさん)。余談だが彼女等の容姿はとても華やかで品がある。更に、容姿もさることながら経歴も華やかだ。二人とも某一流大学の経営学部を卒業しており、留学経験まである。彼女等はこの仕事を100%ビジネスとして一から立ち上げたと言うのだ。

しかし、そこでまた別の疑念が浮かび上がった。どうして女性の地位を貶めるであろうこの職業を自ら女性である彼女等がビジネスとして選択したのかということである。私はずばり質問してみた。直接取材に応じてくれたのはAさんだけだったが、Aさんは苦笑いとも取れる表情で聞かれるであろう質問に感じ良く明確に答えてくれた。

「私たちは性の開放をうたうつもりも、女性の地位を女性自ら貶めているつもりもありません。私たちが提供するこのサービスは厳しい現実から開放されたときのための、少しでも別の空間で夢のような、子どもに帰ったときのような場を提供するサービスです。たとえて言うなら夢をお金で買うことのできる大人の男性のための夢の鬼ごっこなのです。」
Aさんが言うには、彼女等が相手にしている客とは厳しい審査を通り抜けた一部の人間だけなのだそうだ。その審査がどのようなものか、最後まで私たちには話してはくれなかったが、一部のVIPも利用しているという。実際に客を相手にする女性も某有名コンパニオン派遣会社の契約社員なのだそうだ。しかし、彼女等にこのようなコネクションがあるのはどうも腑に落ちない。このことに対してもAさんは答えてはくれなかった。

順序が逆になってしまったが、この職業をビジネスとして立ち上げた理由を聞いてみた。Aさんはこの質問に対してもなぜか苦笑いとも取れるあいかわらずの表情であいかわらず感じよく明確に答えてくれた。彼女のこの表情はこれが普通なのだろうか。
「私たちはこの職業、夢を代行演出する職業が今現在最も必要とされているものだと自覚しております。私たちの行うその代行演出方法が性風俗と同等なものであることに少し疑問を感じられているかもしれませんが、現実的な非現実の夢を与える手段と性的快楽は切っても切れないものだということもまた自覚しなければならないものなのです。ただし、直接的な性交渉は現実の続きでしかありません。直接女性とは関わりあわないこの演出方法だからこそ現実的な非現実の夢、快楽と開放を与えることができるのです。」

彼女の口調のせいなのか、思わず納得してしまいそうだが、それで本当に客がつくのだろうか。そのことについても言及してみたところ、これがまた大変好評だというのだ。また、このサービスは一ヶ月に一度しか受けられないという。
「私たちが提供するこのサービスは非現実のものだということを前提に考えてもらっています。このことはお客様にも納得していただいていることです。あくまでも、現実から開放されたときの夢のようなひと時の演出です、そのためこのことはお客様に一番最初に説明することなんです。」
そのことが逆にありがたみを増すのか、ほとんどの客がリピーターとなっているそうで、現在1ヶ月先まで予約が埋まっているという。

順調に進んでいるようだが、トラブルもおそらくあったことだろうと思う。このことにも質問してみたところ、トラブルに関する質問がくることは予想していたようで、あいかわらずの対応で答えてくれた。
「現在のところトラブルは発生していません。そのための審査があるわけですし、相手をする女性に対しても厳しい研修を受けた者達なのでこのことは基本ですのでこちらから言うことは一つしかありません。それは、行為が終わったあと何事もなかったように引き払うことだけです。」


しかし、そのうち何らかのトラブルが発生してしまうことも予想しているようだ。
「一度だけですが、こういうことがありました。お客様が途中で恥ずかしくなってしまったのか、なかなか引っぱりに行ってくれなくなってしまった事があるのです。その間に大学生くらいの男性が女性にナンパをしようとしたことがありました。彼女はプロですのでその男性をうまくあしらってくれましたが、そのことで更にお客様は引っ張りにいくタイミングを失ってしまったらしく、お客様には満足してもらえない結果に終わってしまいました。また、お客様が痴漢に間違われるのを防ぐためにも、このことからお客様の審査の一環に、恥ずかしがらずに引っぱりに行ってくれる要素を追加することになりました。」
あいかわらず審査の内容は話してはくれなかったが、この追加要素は何で審査しているのか気になるところだ。

実際のサービス内容に話が及び、Aさんは2つのパンフレットを広げた。どちらもラベンダー色を基調としているが、書いてある内容の差に驚かされた。いや、内容はよく読めば同じものだ、一方の表現がすごいのだ。一つはよくある性風俗と何ら遜色のないような、もしくはタンポンを引っぱるだけなのによくもまあ、こんな言葉が出てくるものだ、と呆れてしまうようなコース名で書かれてあるパンフレットと、もう一方は女性ならではと言ったらよいのだろうか、彼女らにこういうことを言うとセクハラだと思われ兼ねないので言わなかったがそのような印象を受けるのパンフレットの二つだ。なぜこのような同じ内容だが2種類のパンフレットを作るようにしたのか質問したところ、彼女は今度は本当に苦笑いの何ものでもない表情で恥ずかしそうに答えた。

「このことに関しては私たちの間でも最後まで意見が分かれました。私はこの品のない表現のパンフレットは私たちのお客様には必要はないのでは、と思っていましたが、Bの言う男の心理というものに賭けてみることにしました。実際にお客様にどのパンフレットを渡すのかは発案者であるBが決めることですが、どちらのパンフレットも好評のようです。もちろんお客様にはパンフレットが2種類あることを公表していませんが、これからもこのスタイルでやっていこうと思っています。」

ここで取材の時間が終了となってしまったが、それと入れ替わりにBさんが営業先から戻ってきた。営業先や営業内容を聞いてもBさんにうまくかわされてしまったが、最後にこの職業を選んだ理由を聞くとBさんはあっさりと答えた。
「そう、みんな引っぱりたいのよ。」
そう言うとBさんは足早に自分の机に向かっていってしまったのだった。

この取材を終え、何事もなかった安堵感と、女性が行っている性ビジネスに対する姿勢にある種の感動を覚えるとともに、Bさんの一言で何とも言えぬ虚脱感に襲われた。そう、私も心の底では引っぱってみたい=夢を見てみたいのかもしれない。ただ、Bさんのあまりにもあっけらかんとしたビジネス的態度にAさんの夢を代行演出すると言う言葉が虚しく頭の中でこだました。演出する側はあくまでも演出するだけであり、夢を見る立場とはまったく違うのだ。そんなことは言われなくても理解していたつもりだったはずなのだが。ただ彼女らはプロであり、そのようなそぶりは客の前ではおそらく見せないのであろう。彼女らは夢を演出代行する企業家なのだから。

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