つぶやきピアノ小説「ライフ・ラプソディ」    shun&ぴあ


・第1楽章 (shun)

ハンガリー・ラプソディーを弾く時はいつも緊張する。
今日は上手く弾けるだろうか?
僕はピアニストを目指す学生で、毎日練習に明け暮れている。
まず第一は曲のイメージを創る事が基本。
頭の中で曲の盛り上がりから終曲までを演奏する。
そして、深く息を吸って、心から出てくる内なる物を一気に指先に押し流す。
ハンガリーの民族性を、リストの技巧を僕はどこまで表現できるのだろうか?
君は美人でお金持ちだ。スタイルも良く、短いスカートをはいては
毎晩六本木で遊んでいる。ピアノなんて興味もない。
だけど毎日僕の安アパートに遊びに来ては、僕の練習の邪魔をするんだ。
「ねぇ?ピアノなんて何処が面白いの?」
そう訊きながら君がふざけて弾いた「ラプソディー・イン・ブルー」は
僕よりはるかに上手かった・・・。
練習したって上手くならないしな〜っ。コンクール入賞なんて無理だし・・・。
薄暗い天井の木目を見ながら彼女の頭でシビレてきた左腕を動かそうか迷っていた。
そうだ!僕はやっぱり歌手になろう!!歌手は楽器も出来なくていいし、
自分の声だけだから簡単かも!
ふわ〜〜〜〜あっ。安心したら何だか眠くなってきちゃった。
ふわ〜〜〜あっ。明日は・麻布十番に・・声楽教室を・・・捜しに・・・・
い・・・・・こ・・・・・・・うっ・・・・・・・・・ZZZZZZZZ・・・・・

・第2楽章 (ぴあ)

”あ!え!い!う!え!お!あ!お!”
”か!け!き!く!け!こ!か!こ!〜”
声楽教室に通い始めて2週間、想像よりも退屈な練習が毎日のように続いている。
僕は何をしているのだろうか?ピアニストを目指す気持ちは何処へいったのか?
いつか心の叫びは僕の目をうつろにし、その視線は空を見上げることさえもできない。
そういえば彼女が言っていたっけ。
「毎日が楽しければいいのよ!」
分からない答えを探しつつ、それでも思考することを止めようとしている私もいる。でも
考える行為を止めたら僕はどうなるのだろうか。君の弾いた「ラプソディ・イン・ブルー」は
僕が想っていた君とは正反対の君の姿を、僕に語りかけていた・・・・・

気が付いたら僕は声楽教室を飛び出していた。

・第3楽章 (shun)

「歌なんて僕は好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない。
 声楽教室なんて、やっぱり、やっぱり、やっぱり面白くない。
 ブツブツブツ・・・・・・・・・・・」
 歩きながら僕はつぶやいていた。

部屋に帰ると僕のクリンゲルが白い鍵盤の歯をむき出しにして笑っていた。
−やっぱりピアノが好きだ!−
僕のクリンゲルは韓国製のピアノで、けして高いモノではない。
だけど僕は彼が好きだ、優しい彼の音色が好きだ。
始めて出会ったのは3年前の日曜日、渋谷から南青山に向かう途中の
小さなピアノ屋だった。
彼は一番奥でその深く艶の出るウォールナット材を鈍く光らせ、
白い鍵盤を見せて笑っていた。−新品。75万円を44万円−
僕はその金額に一目惚れしたのだ。
「すいません、ちょっと弾いてもいいですか?」
「どうぞどうぞ、だけどその場所はあまりいい位置じゃないから・・・」
「え? 一番いい音がでる位置ってどこなんですか?」
店の人は入口近くの黒い小柄なピアノを指差した。
黒いピアノは奥に長い店の全てのピアノが見える位置で、
その気品と繊細さをかもし出していた。
−スタンウェイ・アンド・ソンズ。260万円−
と書かれたそのアップライトピアノは、触れる事さえ許されない
女王様のように僕には見えた。
「↓タラララ、タラララ、タラララララララ・・・・・・・・」
まずは高音部から半音づつ僕の指が低音へとすべりおちた!
「↑ダン!ダン!ダン!ダンダンダンダララララララ・・・・」
今度は低音からCのスケールでいっきに駆け上がる!
ペダルは踏みっぱなしだ!ピアノは今にも動きだすのを我慢するかのように
反響板をグワ〜ン!グワ〜ン!と唸らせていた。
「ダン!ダン!ダン!ダダダ、ダン!ダン!ダン!ダダダ・・・」
曲はブラームスのラプソディー。ト短調Op72−2。
せつないブラームスの調べだ。ブラームスは誰を想いこの曲を作ったのか?
そしてクリンゲルは僕と一緒にこの曲に涙してくれた。
彼はまさに僕だった。木目調に細かい装飾を施されたその容姿は
ヨーロッパ、ピアノ文化に憧れ、これでもかと言わんばかりに
アールヌーボを強調する。正面は細かな草花をあしらい、
立体に彫刻されたフレームは前面板を飾っていた。象眼細工の鍵盤、
くねっと曲げられたネコ足。金のつる草模様のペダル。
しかし僕は知っていた、気が付いていた。そのガッチリとした
分厚い側板、直線的な身体、そのオブラートに包んだような音も、
アジア人が一生懸命ヨーロッパ人に成り済ましているような、
そんな姿に僕は気付いていた。
僕はその象眼細工の鍵盤の吸い付くようなタッチの良さにつられ、
3曲も続けて弾いてしまったのだった。
−それから3回目のバイト代を貰った頃だろうか?
そのピアノ屋に行ったら、やっぱりそいつは、ちょっと下品に
白い歯を見せ、ニヤリと笑って僕を待っていた。−
入口の黒いピアノは僕が来た次の日に売れてしまったそうだ。

「ガチャ!」君が昼間っからスパンコールの短いスカートを
はいて僕の部屋に入って来た。
「なんだよ、僕は今日ピアノを弾いていたいんだ。君がいると
ピアノに集中出来ないんだよ、だから今日は帰ってくれないか?」
「ねえ、そんなのいいじゃない。」と君が言う。
いつもなら、−だけど今日は違った、悲しそうな顔をしていた。
僕たちの交際が君のお父さんにバレてしまったんだ!
君のお父さんは有名なピアニストで、全国ピアノコンクールの審査員だ。
僕は最初きみのお父さん目当てで君に声を掛けたんだけど、
今は本当に君を好きになってしまったみたいだ。
もちろん君のお父さんは僕の存在すら知る由もなかった訳だけれども、
この前の君の朝帰りで、何もかもバレてしまったみたいなんだ。
僕がピアノを弾く事も・・・。
そして交際を許すたった一つの条件が、次のコンクールでの優勝。
課題曲はリストのハンガリアン・ラプソディー第15番“ラコッツィ行進曲”
うわ〜っ!もう絶対ダメだ!、こんな僕に優勝なんて出来るわけがない。
はたして予選すら通れるのかな?
君のお父さんは僕に点数を入れてくれるのかな?
振り向くと僕のクリンゲルは白い鍵盤の歯をむき出しにしてニンマリと笑っていた。

・第4楽章 (shun)

まったく頭にくる!
僕はピアニストをめざす学生で、安アパートに住んでいて、
バイトで皿洗いをしていたのだけれど、仕事はきついし、ピアノは弾けない。
おまけに店長がイヤな奴だったので、今日店を辞めて出て来たところだった。
バイト代を貰おうと思ったら、スゴイ顔をしてヤツ(店長)が言った。
「急に辞めると言われて迷惑を掛けられているのはこっちの方だ!
こっちが金を払ってもらいたいぐらいだ!」
僕はお金を払ってくれない店長に本当に頭に来ていたのだが、
急に辞めると言った僕もなぜかお店に対して悪い事をしたような気がして、
お金も貰わずに店を出て来てしまったところだった。
「やべ!今日は家賃を払う日だよ、まいったなあ」
ドカ!!
「いてててててて・・・」
誰かが僕の肩にぶつかってきた!
「ニイチャ〜ン。どこ見て歩いてんねん!」
うわっ!絵に描いたようなこのインネンを付けられる光景を目の前にし、
今日は仏滅か?などと余計な事も考えながら、逃げる前にとりあえず謝った!
「すみません!」
「待てやニイチャン!謝って済んだら警察はいらんちゅーねん!」
僕はいきなり猛ダッシュをかました。
走り出したタイミングが良かったのか、あのヤクザ風の男は追ってこない。
しかし、今のアクシデントで、今朝バイトに行く前に買ったラフマニノフの
楽譜がボロボロになって少し破れてしまった。

部屋に帰ると僕の練習が気になったのか、君がピアノを弾いて待っていた。
「どうしたの?そんなに汗をかいて、楽譜もボロボロじゃない。」
君は僕の荒い息などさほど気にもしない様子で僕の手から楽譜と取り上げた。
「一緒に弾きましょ。」
僕達はそのボロボロになった楽譜を広げて譜面台に置いた。
曲は「2台のピアノのためのロシアン・ラプソディー」
もちろんピアノは一台しかない。しかし僕達はいつもこうして連弾のように
ピアノを弾いた・・・協奏曲やジャズもオーケストラやバンドスコアも・・・

たとえば君がハンマーで、僕の弦を叩いたら、
僕は音色を響かせよう、夜中でもぜったい響かせよう。
真夏の都会の夕暮れを、ツバメが飛んで行くように、
上に上がって、下へ降りて。速くなって、遅くなって。
僕の指は制御の効かない不安な心の出口となる。
あの時弾いたピアノの音色は二度と出なかっただろ?
あの時感じたデジャヴゥーにも似た感覚はもうなくなっただろ?
あの時聴いた君の音楽には嘘のない純粋さがあっただろ?
あの時二人が共感できたのは言葉ではなかっただろ?

気が付くと時計は夕方の7時を回っていた。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
大家さんがピアノの苦情でやって来たのだ。おまけに家賃の支払いの延期を頼んだら、
家賃を払うまでピアノを禁止されてしまったんだ。学校の練習室は
コンクールまでビッシリと予約が入ってる。部屋での練習が断たれた今、
優勝はおろか予選すらも絶望的だ。
ああ〜!どうしようコンクールまで後2週間。今日は7月の12日(水)。
カレンダーを見ると“仏滅”の二文字が青い字で書かれてあった・・・・。

・第5楽章 (ぴあ)

「いらっしゃいませ〜!」
僕は夜のコンビニが好きだ。都会の雑踏の中での静かな空間。誰にも
気兼ねなく、そう、まるでピアノを弾いている時のように・・・
今日は少し歩きたくて、わざと遠くのコンビニまで来たのだ。
「お客さ〜ん!おつり忘れてますよ〜!」
店員が追いかけてきて僕の手のひらに小銭を押し込む。するとその店員、
「お客さんはピアノを弾かれる方ですよね?」
「えっ、どうして知ってるの?」
「やっぱりそうですね!実は私、お客さんの隣の部屋に住んでいるんです」
「・・・・・」

話を聞くと、彼もピアノを弾いているらしい。なんでも今、リストのラコッツィに
取り組んでいるので僕の演奏が参考になっているとか。

?????

・第6楽章 (ぴあ)

コンクール予選まであと2日。あとはただひたすら練習するのみ。
彼女は今日も来ていて、黙って僕のピアノを聴いている。
そんな彼女のことにまで気を使っていられないのだが、それでも
心の中のどこかでは彼女がいることを意識している自分がいる。
僕は何故ピアノを弾いているのか。何故コンクールに出るのか。
彼女のためにコンクールに出るような気持ちでいたら、そんな僕の
奏でるピアノの調べはどのようなものになってみんなの心に届くの
だろうか?
彼女は聴いている。僕の全てを、ピアノを通して聴いている。

すると突然彼女が部屋から出て行った。心の中では動揺しながらも、
そんなことはお構いなしといったように練習を続ける。
音が微妙に震えている。いや、心が震えているのかもしれない。
彼女を追いかけようとして部屋から出たとたん、そこで泣いている
彼女の姿を見つけた。

ふたりの間では全てが分かっていた。所詮、このままでは無理なのだ。
それが分かるだけに、僕は彼女に言葉をかけることさえも出来ない。

再び部屋に戻り、ピアノを弾く。今出来ることはそれだけだ。
するとまた彼女も入ってきて、先ほどと同じようにじっと聴いている。
二人の間に永遠の時が流れている・・・・

・第7楽章 (shun)

「その楽譜を取ってくれないか?」隣の人が言った。
僕は今、控え室で順番待ちをしている。
コンクール出場まであと2時間。
2時間後には審査員の待つステージの上だ。
僕の頭の中は今ピアノでいっぱいだ。
指はこうして待っている間も、止まる事なくピアノを弾き続けている。
目は開いていても、鍵盤が僕の目の前で走馬灯のように駆け巡っている。
あれから僕は眠る時間も惜しんで練習を続けてきた。
自宅で、学校で、スタジオで。
コンビニの彼と出逢ったのは本当にラッキーだった。
彼は僕の為に夜でも練習出来るスタジオを紹介してくれ、
学校の練習室も、スケジュールを調整してくれた。
おまけに彼は大家さんの大のお気に入りで、僕の所々の問題も次々と解決してくれた。
また、彼の弾くピアノは完璧だった。ミスタッチなどは、ほとんど無かった。
彼の指摘で僕は3度、6度、8度のパッセージの練習に、日の4分の1の時間を費や
した。
その他にもラコッツィやリストの生い立ちについて丁寧に説明してくれたり、
はたまたコンクール出場の際のコツや、緊張しない方法に至るまで、
彼は惜しみの無いアドヴァイスを僕に与えてくれた。
そして、彼は昨日すでに第1次予選を終え、今日は会場で君と一緒に僕を見ているは
ずだ。
第1次予選の課題曲は2曲。
ベートーベンのピアノソナタから任意の曲を1曲と、
リストの超絶技巧練習曲か、ハンガリアン・ラプソディーの中から任意の曲を1曲だ。
もちろん僕は君のお父さんのお気に入りのラコッツィを弾かなければいけないのだけ

今はラコッツィで良かったと思っている。
だって、コンビニの彼もラコッツィで参加を決めていた訳だから、
僕の弾くラコッツィーを聴いて知り合う事ができた訳だし、
彼がいなければ僕は、今ここにさえ居なかったかもしれない。
本当に彼には感謝している。
僕に、このあと残された役目は、その成果をいかに発揮できるか、
この残された時間に、どれだけステージに向かって集中出来るかだ。

「82番の方、ステージの袖にスタンバイして下さい。」
スタッフの声が僕に響いた。
演奏2分前、あの断頭台のようなステージで、僕は今から照明を浴びる。
光があたる事を信じて。

※第8楽章は、ぴあ編とshun編と2通りの完結があります。
 両方とも読んでくださいね。

・第8楽章 (ぴあ編)

さあ、出番だ!!

あれ?舞台が暗い??おかしい。照明はついているのに・・・・
心なしかピアノが泣いているように見える。
まずはベートーヴェンのピアノソナタOp.109。まずは心を落ち着けよう。
と思うまでもなく、今日の僕はやけに冷静だ。
ふと思い出す、彼女の泣き顔。そう、僕は分かっている。このコンクールに
本線はおろか予選さえ通過できないだろうということを。
ひょっとしたら彼女の前でピアノを弾けるのは今日が最後なのかもしれない。
最後かも。。。。

その瞬間に僕は決心した。今弾きたい曲を彼女のために弾こう!と。
僕が選んだのはやはりブラームスのラプソディOp.79,No.2。そう、僕の
思い出の曲。彼女に捧げたい、彼女に聴いて欲しい、彼女の心に響かせたい!

どこかで気になっていた。何で僕はピアノを弾くのか?この曲を弾いている時には
僕は分かっている。そう、僕自身のために弾いているのだ。僕の感情をすべて
剥き出しにしてくれるピアノ!僕の気持ちを彼女に伝えてくれるピアノ!!そして
僕の親友であり、いつでも僕の気持ちを無条件に受け止めてくれるピアノ!!!

暗闇の底から突き上がるように弾く旋律!もう止まらない! 感情は嵐のように
ピアノに乗り移っていく。誰にも止められない世界。僕とピアノとふたりだけの世界・・・・

「やめたまえ!!」 審査員の声がした。でもそれきりで、あとは皆ただひたすら
僕の演奏を聴いていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

当然の結果だが、僕は見事に予選落ちした。でもこの時の演奏はずっと忘れない。


ライフ・ラプソディ ぴあ編 完

・第8楽章 (shun編)

ピアノコンクールから2週間が過ぎた。
結果は2次予選で落選。
もちろん君との交際もいまだに認めてもらっていない。
しかし、今の僕は違っていた。2週間前の僕とは明らかに違う自分になっていた。
コンクールは落選。君ともつきあえないけれども、僕には明確な目標が出来たんだ。
今、純粋にピアニストになりたいと思っている。
いや、ピアニストになる事を決意したのだ!
この気持ちは揺るぎない僕の本心だ!信念だ!
君との交際を認めてもらおうと努力したあの2週間。
僕は今までにない上達をみせた。
そして、ラコッツィを弾き終えた時に悟ったのだ。
結果などどうでもいいと。
僕はピアノが好きだ。ピアニストになりたいのだと。
君との交際が、たとえ今許されなくても、
一流のピアニストになって君を迎えに行くと、堅く心に決めたのだ。
そして僕がその目標の為に、選んだ次の曲は
リストの「スペイン・ラプソディー」
コンクールでは落ちたものの、僕の演奏を聴いた学校の先生が次の定期演奏会に
ピアニストとして僕を推薦してくれるというのだ。こんなチャンスは滅多にない!
僕の学校の定期演奏会は、毎年オーケストラを引き連れて
NKホールで発表する大規模なイベントだ。これで成功すれば夢への第一歩となる。
よーし頑張るぞ!今日からまた猛特訓だ。
スペイン・ラプソディーは高度な技術を要求される難曲だ。
そのうえコンチェルト版のためオーケストラとの曲作りでも、深い曲の解釈を
求められる。けれどもクライマックスのオクターヴ交互連打の所で
どうしても指が止まってしまうんだ。どうしても弾けそうにないんだ。
それは僕の予想以上の高い壁かもしれない。

「ガチャ!」君が短いスカートをはいて僕の部屋に入ってきた。
「どうしたんだい?」僕が驚いて君の顔を見ると、君の肩ごしに
男の人が立っていた。逆光のその男のシルエットに、
もしかして君のお父さんが僕達の交際を許しに来たのか?と思ったが、
よく見ると後ろの男は、あのコンビニの彼だった。
「お父さんが私達の交際を許してくれたの。」
僕は一瞬、君の言葉が理解できなかったが、目の前に映る光景は、
僕の頭をハンマーで思いっきり叩きのめした。
仲よさそうに腕を組んでいるその光景は、だんだんと白くなり、やがて真白になった。
2人が弁解している声は、まるで、遠くの部屋で話しをしているように聞こえた。
そう。彼はコンクールで優勝していたのだ。
ピアノのライバルが現れたと思っていたら、実は恋のライバルだったなんて・・・。
「それじゃあ」2人の姿が僕の目にようやく見えてきた。
2人は深くお辞儀をして僕の部屋の扉を閉めた。

「バタン!」

涙も出ない。「♪パラララ〜、パッパッパパーララッパーララ・・・」僕は
ガーシュウィンのラプソディー・イン・ブルーのマヌケな出だしを口ずさんでいた。
僕は大丈夫。僕はピアノさえ在ればなんとか生きて行ける。
ピアノだけが僕の人生だ、と。
麻布十番の坂を下り、いつもと違う弁当屋へ、鼻歌でも歌いながら歩いて行こう。
その頃には曲も明るい楽章に入っている事だろう。
「すいません。唐揚弁当1つ・・・」
次の瞬間、僕の頭に電撃が墜ちた!
「いらっしゃいませ!」
それは、とびっきりの笑顔だった。
彼女は白いシャツにジーンズ姿で、弁当屋さんのエプロンをしていた。
そしてまたとびっきりの笑顔でこう言った。
「歌、お上手ですね。」
彼女は歌がとても好きだと言う。
僕の頭の中で幸せの鐘をハンマーが叩き始めていた。
お弁当を受け取り、笑顔でお店を出たんだけれど、
僕は何度も何度もお弁当屋を振り返ってしまっていた。
「ああ!その角を曲がると、あのお弁当屋さんがもう見えなくなってしまう!!」
そして、ゆっくりとその角を曲った次ぎの瞬間に僕はもうこんな事を頭の中で考えて
いた。
やっぱり明日から、声楽教室に歌を習いに行こうかな〜? なーんて♪。


つぶやきピアノ小説
「ライフ・ラプソディー」でした。

おわり。(¬ε¬ )