宝生流謡曲 雲雀山

●あらすじ
横佩の右大臣豊成公は、由なき者の讒言を信じて我が子の中将媛を雲雀山で殺すよう家臣に命じます。しかし家臣はあまりの痛わしさに殺すことができず、姫を庵にかくまい、姫の乳母侍従が物狂を装って春秋の草花を売るその代で姫を養っていくこととします。 ある日、花を売りに出た侍従は雲雀山あたりに鷹狩に来た豊成公と偶然出合い、身の上を尋ねられます。侍従は花を買ってほしいと頼んだ後、花に託して身の上話をそれとなく語り、隠れ住む姫が痛わしいと狂気したように舞を舞います。女が姫の乳母侍従であると気づいた豊成公は、前非を悔いて姫の行方を探していると明かし、その隠れ家の在りかを問います。侍従は最初大臣を疑って姫はすでに亡くなったと偽りますが、ついに真心にうたれて山の庵へ案内します。父子は再会を喜び、侍従共に奈良の都へと帰ってゆきます。                  
(「宝生の能」平成13年4月号より)

●宝生流謡本(参考)    外十六巻の三  四番目略三番目 (太鼓なし)
    季節=春     場所=大和国雲雀山(奈良県)
    素謡(宝生) :  稽古順=入門   素謡時間44分 
    素謡座席順   子方=中将姫
               シテ=乳母侍従
               ワキ=横佩の右大臣
               ワキヅレ=横佩の家人  後ワキヅレ=従者

●中将姫縁起(参考)
中将姫の父君は右大臣藤原豊成。母君は紫の前。大和長谷の観音さまに願いをこめて授かったのが中将姫で長谷観音さまの御化身としてこの世に出られたお方です。 五歳の春、病で母君が亡くなり継母照夜の前に育てられることになった。継母は豊寿丸を生んでからは、姫を邪魔ものに思い、暗殺しようと毒を盛ったが、かえって仏罰にあたり豊寿丸を亡くしてしまう。そこで継母は一層姫を恨み、父君が諸国巡検の留守中、家士伊藤春時に命じて紀伊国有田郡ひばり山で姫を殺害させようとした。しかし、春時は姫が六巻の称讃浄土経を読誦して、父の現世安穏、亡き母の追善菩提、そして無慈悲な今のお母さんの心持ちが一日も早くやわらぐよう、両親の幸せを祈念するその徳風に感化されて殺害すること出来ず姫の袖を切り取り自分の股に突きさし流れ出る血潮をぬぐい、これが殺した証拠だと都へ持ち帰った。家老国岡将監に先ずその由を伝えたところ、あに計らんや家老は自分の一人娘瀬雲が姫を身代りとして犠牲にし、これが姫のみ首ですと継母を満足させた。
家士春時は妻と共に再びひばり山に馳せ参じ、ひばり山別所の谷へささやかな草庵を結び木の実を拾い薪を積み山下に出ては往来の人の情を受けて姫を養育した。 春時夫妻は真砂山真砂寺(今の仁平寺)で剃髪し名を得生、妙生尼と改めた。得生寺の寺名はこの得生の名より興る。
かくて山の一年が明けた正月に、頼みとする春時が病のために亡くなった。姫は世のはかなさを感じて称讃浄土経壱千巻書写の誓願を起し石の机で写経、朝夕読経の勤行を怠らなかった。
       なかなかに山の奥こそ住みよけれ
                草木は人のとがをいわねば
一方都では、諸国巡検から帰った父君が姫の姿が見えないのを不審がると、照夜の前は、姫は御不在中、目も当てられぬ不仕だらな行いをしたので勘当しましたといつわった。一人娘を犠牲にした国岡将監が、何とか親子の対面をさせようと計り、諸国巡検の報告に熊野三山参りをなされるよう指示し、その帰途、雲雀山で狩をさせ、計らずも親子の対面、うれしくも都へ連れもどすことになった。時に姫は十五歳の春。都へ帰った姫はつらつら憶うのに、豊寿丸、瀬雲さん等私のために犠牲になって下さった、この方々の菩提を弔わねばとて、十七歳の時大和の当麻寺に足を運び一心専念仏道を行ぜられました。ある時一人の尼僧が現れて蓮の茎を用意せよと告げられた。姫は早速その由を天子に申し上げたところ、たちまち百駄の蓮の茎が集り、老尼の指図で姫がその糸で一丈五尺の浄土曼荼羅を織り示されました。時に天平宝字七年。この曼荼羅感得の時、老尼は十三年ののち汝を迎えて花のうてなで会おうと言われた。やがてその年、宝亀六年四月十四日、二十五菩薩のご来迎があり二十九歳で大往生を遂げられました。

■雲雀山得生寺の由来
別名「中将姫寺」として知られている。人皇四十五代聖武天皇のとき、時の賢臣横佩の右大臣藤原豊成公の姫「中将姫」が、継母のにくしみによって雲雀山に捨てられた遭難の旧跡で姫の家士伊藤春時が創造した。承平の頃光勝大徳が中興して「安養院」の号を改め、「雲雀山得生寺」と名付く。享徳の頃明秀光雲上人が中興して浄土教(西山浄土宗)今に連綿と続いている。文亀の頃、山から里へこの寺を高井に移し、永禄10年宮城に移し、寛永5年(今から360年前)今の地新田蓮坪に移す。今の得生寺本堂は、寛永5年4月の建立である。中将姫をおまつりしている開山堂は正平6年(今から660年前)の建立である。有田川の清流に近く、熊野古道に沿うて建立され、境内には万葉の歌碑一里塚(県指定)等あり、能の雲雀山。歌舞伎の中将姫古跡の松。浄るりのひばり山姫捨松。などで有名である。
浄土曼茶羅(重要美術品)。二十五菩薩(面及び金欄装飾付)。中将姫一代画伝。縁起書三巻。中将姫山居の語。糸繍仏。等をはじめ沢山の宝物がある。
■日本西方四十八願所第四十番札所
■紀州名刹十二支霊場札所
■近畿ぼけよけ地蔵尊二十四霊場第四番札所
■交通 紀伊宮原駅よりタクシーで5分  糸我バス停より徒歩3分
(御本尊) 阿弥陀如来
(開創) 伊藤晴時により草創、明秀光雲上人により中興。
(所在地) 和歌山県有田市糸我町中番229  (電話) 0737-88-7110

●藤原豊成公の邸跡  奈良市
中将姫の父、横佩の右大臣藤原豊成は、不比等の孫にあたる人で奈良市の旧元興寺付近に広大な邸を持っていたようで、邸跡と称される寺が三つある。
■誕生寺  奈良市東木辻町
誕生寺は藤原豊成の邸跡とされる尼寺で、中将姫はここで生まれたという。境内には中将姫産湯の井戸があり、傍らに中将姫の石像があるというが、門が閉ざされていて入ることができなかった。寺の前には「中将姫誕生霊地」と刻まれた碑が建っている。
■有田市役所の資料より
天平19年(747)右大臣藤原豊成の娘として生まれた中将姫が13才の時、継母の妬みにより殺害されんとした遭難の霊山です。姫は伊藤春時に守られ育てられたが、15才の春、父豊成公が熊野詣での帰りに雲雀山で狩りをして、計らずも親子の対面となり都へ帰られたが、姫はこの三年の間に亡き母親菩提のため称賛浄土経壱千巻を写経され、その功徳がやがて奈良の当麻で浄土大曼陀羅を織られることになりました。  また、地元では白山ともよばれており、霊山白山権現が祭られていたが、明治40年の合祀令により、糸我稲荷神社に合祀されています。
有田市役所 〒649-0392 和歌山県有田市箕島50番地 電話: 0737-83-1111

謡曲研究会 平成23年7月15日(金)あさかのユーty−クラブ


        雲雀山     四・三番目(太鼓なし)  
 
         子方  中将姫                季 春
          シテ  乳母侍従  
         ワキ  横佩右大臣藤原豊成       所 大和国雲雀山
         ワキヅレ 横佩の家r人
         ワキツレ従者三四人

ワキツレ「かやうに候ふ者は。横佩の右大臣豊成公に仕へ申す者にて候。
      扨も豊成公姫君を一人御持ち候ふを。さる人の讒奏により。
      大和紀の国の境なる。雲雀山にて失ひ申せとの仰にて候ふ程に。
      これまで御供申して候へども。余りに御痛はしく存じ候程に。
      柴の庵を結び姫君を隠し置き申して候。また侍従と申す乳母。
      春は木々の花を手折り。秋は草花を取り里に出で。
      往来の人にこれを代なし。かの姫君を過し申し候。
      今日も侍従を呼び出し。里へ出でよと申さばやと存じ候。
      いかに申すべき事の候。
シテ  「何事にて候ふぞ。
ワキツレ「いつもの如くけふも又里へ御出で候へ。
シテ  「さらば姫君に御暇を申し。里へ出でうずるにて候。
      いかに申すべき事の候。今日も里へ出で候いて。
      やがて帰り候べし御暇賜り候へ。
子方サシ「げにや寒竃に煙絶えて。春の日いとゞ暮し難う。
シテ  「弊室に灯消えて。秋の夜なほ長し。家貧にしては親知少く。
     賎しき身には故人疎し。親しきだにも疎くなれば。
  下二「よそ人はいかで訪ふべき。
地 上 「さなきだにせばき世に。さなきだにせばき世に。
      陰れ住む身の山深みさらば心のありもせで。
      たゞ道せばき埋草露いつまでの身ならまし露いつまでの身ならまし。
      かくて煙も絶えだえの。かくて煙も絶えだえの。光の陰も惜しき間に。
      よその情を頼まんと。草の枢を引きたてて又里へこそ出でにけれ里へこそ出でにけれ。
ワキ次第「傾く峰の雲雀山。傾く峰の雲雀山。上るや雲路なるらん。
ワキ詞 「これは横佩の右大臣豊成とは我が事なり。
ワキヅレ「それ狩場は四季の遊にて。時をりふしの興を増す。
  上歌「梓の真弓春くれば。梓の真弓春くれば。霞む外山の桜狩。
      雨は降り来ぬ同じくは濡るとも花の。木蔭に宿らん。
      さて又月は夜を残す。雪にはあくる。交野の御野禁野につゞく天の川。
      空にぞ雁の声は居る空にぞ雁の声は居る。
シテサシ「さつき待つ花橘の香をかげば。昔の人の袖の香ぞする。
    詞「げにや昔も君のため。故ある果を集めつゝ。常世の国まで行きしぞかし。
   上歌「われも主君の御為に。色ある花を手折りつゝ。葉末に結ぶ露の御身を。
      残しやすると思草。いろ/\の。
シテ上歌「頃をえて。咲く卯の花の杜若。
地 上歌「紫染むる。から衣。
シテ下歌「色香にめでて。花召され候へ。
地 上歌「月は見ん月には見えじながらへて。/\。憂き世を廻る影も。
       はづかしの森の下草咲きにけり花ながら刈りて売らうよ。
      日頃へて。待つ日はきかず時鳥。匂求めて尋ねくる。花橘や召さるる/\。
ワキヅレ詞「いかに尋ね申すべき事の候。この花をば何の為に持ち給ひて候ふぞ。
シテ 詞「さん候これは故ある人に参らせん為に手折り持ちて候。
     何れにてもあれ色香にめでて召され候へ。
     「花檻前に笑んで声いまだ聞かず。鳥林下に鳴いて涙つきがたし。
     げにも尽きぬは花の種。いろいろなれや紅は。
     いづれ深百合深見草を。御心よせに召され候へ。
ワキヅレ詞「げに面白き売物かな。さてこの花を売る事は。何の故にてあるやらん。
シテ 詞「あらむつかしとお尋ねあるや。
     「召されまじくはお心ぞとよ。
地 上歌「いろいろの。/\。人の心は白露の。枝に霜は置くともなほ常磐なれや橘の。
      目ざましぐさの戯れ。そなたの身には何事も包む事はなくとも。
      こし方なれや古へを。忍ぶ草を召されよや忍ぶ草を召されよ。
シテ下歌「麻裳よい。
地 下歌「麻裳よい紀の関守が手束弓。いるさか帰るさかいづれにてもましませ。
      などや花は召されぬあら花すかずの人々や花すかぬひとぞをかしき。
ワキヅレ詞「さらばこの花を買ひ取り候ふべし。又御身のこし方を懇に御物語り候へ。
シテ上歌「春霞。立つを見捨てゝ行く雁は。
地 上歌「花なき里に住みや習へると。心そらなる。疑いかな。
シテサシ「款冬あやまつて暮春の風に綻び。
地 上歌「又躑躅は夜遊の人の折をえて。驚く春の夢のうち。
      胡蝶の遊び色香にめでしも皆これ心の花ならずや。
シテ下歌「実に面白き遊花の友。
地 下歌「春の心や。惜しむらん。
地 クセ「思へ桜色に。染めし袂の惜しければ。衣更へ憂き。けふにぞありける。
      それのみかいつしかに。春を隔つる杜若。いつから衣はるばるの。
      面影残るかほよ鳥の。鳴きうつる声まで身の上に聞く哀さよ。
      かくてぞ花にめで。鳥を羨む人心。思ひの露も深見草の。
      しげみの花衣野を分け山に出で入れどもさらに人は白梅雨の。
      思いはうちにあれど色になどやあらはれぬ。
シテ上歌「さるにても。馴れしまゝにていつしかに。
地 上歌「今は昔に奈良坂や。児の手柏の二面。
      とにもかくにも故郷のよそめになりて葛城や。高間の山の嶺続き。
      こゝに紀の路の境なる雲雀山に隠れ居て。
      霞の網にかゝり。目路もなき谷かげの。鵙の草ぐきならぬ身の。
      露に置かれ雨にうたれ。かくても消えやらぬ。御身の果ぞ痛はしき。
地 下歌「遠近の。
シテ上歌「遠近の。
地 上歌「遠近の。たづきも知らぬ。山中に。おぼつかなくも。呼子鳥の。
      雲雀山にや待ち給ふらん。いざや帰らん。/\。      中ノ舞
ワキ 詞「やあ如何に御事はめのとの侍従にてはなきか。豊成をば見忘れてあるか。
      さても我が姫よしなき者の讒奏により失ひしかども。
      科なき由を聞き後悔すれども適はず。まことや御事が計として。
      この雲雀山の谷陰に。柴の庵を結び隠し置きたるとは聞きしかども。
      真しからぬ所に。今おことを見てこそさてはと思へ。
      姫はいづくにあるぞかくさず申し候へ。
シテ下歌「これは仰とも覚えぬものかな。人のかごとをお用ひありて。
      失ひ給ひし中将姫の。何しにこの世にましますべき。
      いかに御尋ありとても。
地 下歌「今は御身も夏草の。茂に交る姫百合の。
      知られぬ御身なり何をか尋ね給ふらん。
ワキ 詞「げにげにそれはさる事なれども。先非を悔ゆる父が心。
      涙の色にも見ゆらんものを。はやあり所を申すべし。
シテ 詞「まことさやうに思しめすか。
ワキ 詞「なかなか諸天氏の神も。正に照覧あるべきなり。
シテ上歌「さらばこなたへ御入りあれと。そことも知らぬ雲雀山の。
      草木をわけて谷陰の。栞を道に足引の。
地 上歌「山ふところの空木に。草をむすび草を敷きて。
      四鳥の塒に親と子の。思はず帰り逢ひながら。互に見忘れて。
      たゞ泣くのみの心かな。げにや世の中は。定なきこそ定なれ。
      夢ならば覚めぬまに。はやとくとくとありしかば。
      乳母御手を引き立てゝ。お輿に乗せ参らせて。御悦の帰るさに。
      奈良の都の八重桜咲きかへる道ぞめでたき
      咲きかへる道ぞめでたき


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