藤 栄(とうえい)

●あらすじ
最明寺時頼は摂津の芦屋で一夜の宿を借り、月若という前領主の子が伯父の藤栄に領地を奪われた事を聞く。次の日、鳴尾の何某と浦遊びに興ずる藤栄の元へ出向き、最後は正体を明かして藤栄を懲らしめ、月若を助ける。「藤栄」は、「鉢木」と同じく最明寺入道北条時頼の回国譚に取材した能で、摂津芦屋の豪族の領地争いを、曲舞や羯鼓などの「芸尽くし」として仕立てた能。作者は不明だが、制作は南北朝期にまでさかのぼる古作の能。 .

●宝生流謡本(参考)     外十六巻の二   四番目    (太鼓)
       季節=春   場所=摂津国芦屋
       素謡(宝生) : 稽古順=中序   素謡時間=65分 
        素謡座席順  ツレ=鳴 尾
                 シテ=芦屋藤栄
                 ワキ=最明寺時頼      子方=月 若   
                 ワキヅレ=月若の家人    立衆=鳴尾の従者数人

北条時頼(最明寺)時宗の父関係 2曲
 小原隆夫 調べ
コード 曲 目 概 説 場所 習順 季節 謡時間
外16巻2 藤  栄 最明寺時頼芦屋ノ領主ヲ正す 兵庫 入門 春 35分
内03巻4 鉢  木 佐野源左衛門ノ雪夜ニ摂持ト本領安堵 栃木 中序 冬 65分

●演能記
「藤栄」(とうえい) シテ 高橋 亘
          宝生流能楽師 高橋亘(宝生会月並能) 宝生能楽堂 2008.4.13
  シテ 高橋 亘、  子方 高橋 希、  鳴尾 澤田宏司
  立衆 藪 克徳 辰巳大二郎 金森隆晋
  ワキ 野口敦弘、アイ 三宅右矩 三宅近成
   大鼓 大倉正之助、小鼓 幸信吾   太鼓 大江照夫、笛 一噌幸弘
水戸黄門漫遊記がおそらくは講談師によって作られた幕末以降、身分を隠して諸国を回り世直しをする黄門像がもてはやされ、今に至ってもテレビシリーズが放映中という、根強い人気を誇っています。地元としては有り難い話であります。ですが、この身分を隠して諸国を回るというのは、実は最明寺入道、北条時頼の廻国伝説の方が古い話で、こちらの方が本家本元というところでしょうか。実際の時頼が諸国を巡ったのかどうかは、水戸黄門同様に怪しいところですが、名君が民情視察に回り世直しをするというテーマは、よほど日本人のメンタリティーに合っているのでしょうね。
時頼の廻国伝説といえば、能ではまず鉢木を上げるべきでしょうし、こちらでは時頼と常世の関わり、後の所領安堵の話に焦点が当たっています。一方、この藤栄も時頼が登場して事件を解決しますが、能としてのスポットはシテ藤栄の舞尽しにあるようで、自然居士にも通じるところがありそうです。ただしこの曲、観世にはありませんで、私としてはあまり馴染みのない曲。また金春、喜多の二流では藤永と書くようです。
今回は高橋亘さんとご子息希クンの共演ということで、当日のブログにも書いた通り、楽しみにしていた舞台です。その希クンの演じる子方、月若と、ワキツレ野口能弘さんの家人が出し置きの形で登場してきます。二人が地謡前に着座すると次第の囃子が奏されます。
さて落ち着いてみると、子方がやけに品のある様子。ワキはワキツレに、幼き人が由ありげに見えるがどなたのお子かと問いかけます。ワキツレはいったんは「名も無き人」と答えますが、実は芦屋の地頭だった亡き藤左衛門の跡取り息子であること、叔父の藤栄に所領を押領されて零落していることを明かします。ワキは重書(ジュウショ:土地の権利書)を持っていないのかと尋ねますが、重書はワキツレが持っています。ワキは重書を見せてほしいと言い、いったんは「大事のもの」と断ったワキツレも、重ねての所望に胸元から重書を出しつつ、立ち上がってワキに重書を渡し正中へ下がって再び下居します。重書を見せてもらったワキは、証跡正しいものを持っているのに、なぜに訴訟を起こさないのだと問いかけます。ワキツレは、運の悪いことに執権の最明寺殿が修行の旅に出てしまっていて訴訟の起こしようもないのだと嘆きます。ワキは今日の宿のお礼に、三日の内にこの月若を世に立たせてやろうと言い、不審がるワキツレに、世の中には奇特なることもあるのだ、と説き伏せて重書を預かり、藤栄のもとに向かうことにします。
ワキツレは子方を立たせ、ワキの後について、後見座から鏡板の方へ進み囃子方の後にクツログ形になります。するとシテとアドアイの太刀持ちが登場してきます。士烏帽子に直垂、白大口姿のシテは常座で浦遊びに出掛けると述べて太刀持ちを呼び共を言い付けて出掛けようとしますが、笛太鼓の音が聞こえてくるのでアイに聞いてくるように命じます。 アイは藤栄の浦遊を鳴尾殿が酒迎に来たと告げ、ワキはそれを待つことにしてワキ座で床几にかかります。 (後略)

●参 考   ホテル竹園芦屋
鎌倉時代、北条時頼の時世の頃、西芦屋村に芦屋藤左衛門家俊という大地主がいました。弟の藤栄に幼い息子の月若の後見を頼み亡くなりました。しかし藤栄は悪い人でした。月若から土地を奪って追い出してしまいます。月若は芦屋浜の海人となり惨めな暮らしをしていました。そこへ通りがかった修行僧、最明寺実信入道が一夜の宿を頼み、高貴な面差しの月若を不審に思い、訳を聞きます。藤栄の悪事を知った最明寺入道は船遊びに興じる藤栄の諭して月若の土地を取り戻してやります。以後、藤栄は月若を助けて繁栄を築いたと言われます。このお話は能「藤栄」として知られています。又、修行僧最明寺実信入道、実は北条時頼の後の姿でした。諸国を旅した漫遊記は「水戸黄門漫遊記」の原型と言われています。月若町はこの月若にちなんでつけられました。と、いうお話でしたが、私の好きな聞こえの良い、つ・き・わ・か・の響きは高貴な方のお名前だった様です。月若町、月若橋、そして月若公園。むかし、むかし、の昔話しに出てくる「月若」の名前がついた月若公園。この月若公園には高浜虚子三代句碑(高浜虚子さんと、長男の年尾氏、そしてお嬢さんの稲畑汀子さん)があります。以前は木陰になって見にくかったのですが今回石碑の向きを変えられてとっても見やすくなりました。         住所:? 兵庫県芦屋市大原町10?1  

●観能記              ameblo.jp/wa-ai/entry-10487653532.html ヨリ
私は都合で、「藤栄(とうえい)」というお能と「酢薑(すはじかみ)」という狂言を観劇しました。
久しぶりのお能の会でしたが、やはり、声の響き方が好きだなぁとしみじみしました。どこか楽器に似た声の質や伸びが舞台を越えて、客席いっぱいに響いてたったひとりの声からオーケストラのような迫力が生まれる、能楽師、狂言師の皆様は、本当、声の職人さんだ! と実感!!お能の方は、舞と声で全てを表現するシンプルな力強さがあったのですが、狂言の方は初めて見る形!笑い声と笑顔が垣間見える、楽しい舞台でした。 酢売りと薑売りが秀句(洒落)を言い合って勝負するお話なのですが、ひとつの秀句のたびに、二人が笑い合うその大きな笑い声が爽快で、思わずつられ笑いしてしまいました。お能と狂言、いつもの落ち着いた雰囲気と、少し新鮮な賑やかな舞台、両方が楽しめて何よりでした。

あさかのユーユークラブ 謡曲研究会 平成23年7月15日(金)


            藤 栄 

         藤 栄(とうえい)   外16巻の2   (太鼓あり)
         季 春      所 摂津国蘆屋  素謡時間 35分
  【分類】四番目 (    )
  【作者】        典拠:
  【登場人物】 シテ:芦屋藤栄 ツレ:鳴尾 ワキ:最明寺時頼 ワキズレ:月若の家人

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ  次第上 行方定めぬ道なれば。/\来し方もいづくならまし
       詞「是は諸国一見の艘にて候。我未だ西国を見ず候程に。この度思い立ち内国行脚と志して候。
    サシ上 城南の離宮に赴き都隔つる山崎や。関戸の宿は名のみして。
         泊まりも果てぬ旅の習い。憂き身はいつもまじはりの。塵の浮世の芥川。
         猪名の小篠を分け過ぎて。
     下歌 月も宿かる昆陽の池水底清くすみなして
     上歌 芦の葉分の風の音。聞かじするに憂き事の。捨つる身までも有馬山隠れかねたる世の中の。
         憂きに心はあだ夢の。さむる枕に鐘遠き。難波は跡に鳴尾潟蘆屋の郷に着きにけり/\
       詞「急ぎ候程に。蘆屋の郷に着きて候。日の暮れて候程に。宿をからばやと思い候。
         如何にこれなる塩屋の内へ案内申し候。
ワキヅレ  詞「易き程の御事にて候へども。余りに見苦しく候程に。お宿は叶ひ候まじ。
ワキ     詞「我等如きの世を捨て人に。何を御恥ち候べき。唯御かし候へ。
ワキヅレ カカル上 十符の菅菰。頻りに松風や浮世の夢をさますらん。偖いつの世の情ぞや。
         雨は降らねど此の宿は。一樹の影と覚えせられ。かかる姿と御なり候。
ワキ     詞「偖重書は御持ち候はぬか。
ワキヅレ  詞「重書はこれに候。
ワキ     詞「そと御見せ候へ。
ワキヅレ  詞「いやいや大事の物にて候程に。
ワキ     詞「そと見申してやがて返し申さうずるにて候
ワキヅレ  詞「さらば御意にて候程に御目にかけ候べし。
ワキ     詞「何々蘆屋の庄七百余町の所。一男月若に譲り置く所なり。
         蘆屋の藤左右衛門の尉家俊。や。何とてかやう証跡正しき物を御持ち候ひて。
         御訴訟は候はぬぞ。
ワキヅレ  詞「その事に手は候。運の尽くる所は。最明寺殿さへ修行に御出で候由承り候間。
         何とも了簡なく候。
ワキ    詞「あら痛はしや候。今夜のお宿の御恩に。此幼き人を三日が間に世に立てて参らせうずるにて候。
ワキヅレ  詞「是は何とやらん真しからず候。
ワキ    詞「御不審尤もにて候さりながら。世には奇特なろ事もあるものにて候。
         唯某に御まかせ候へ。
ワキヅレ  詞「さらば頼み申さうずるにて候。
ワキ    詞「偖藤栄殿の在所はいづくにて候ぞ。
ワキヅレ  詞「あれに見えたるが藤栄殿の御館にて候。今日は浦遊びに御出で候由申し候。
ワキ    詞「さらば浦に出でて。彼の人に会い申し候べし。又重書をば某に御預け候へ。
         月若殿をば御同道候へて。跡より御出であろうずるにて候。
ワキヅレ  詞「心得申し候。
シテ    詞「是は蘆屋の藤栄なら。今日は日もうららに候程に。浦遊びに出でばやと存じ候。
         いかに誰かある。
                 シカ/\
シテ    詞「今日は日もうららに候間。浦遊びに出でうずるにてあるぞ。
        供仕り候っへ。
                 シカ/\
シテ    詞「又灘にあたつて。笛太鼓の音の聞こえ候は。いかなる事ぞ聞いて来り候へ。
                 シカ/\
シテ    詞「いやいや松風波の音にてなし。笛太鼓の音にてある間。確かに聞いて来たり候へ。
                 シカ/\
シテ    詞「何と某が浦遊びにつき。鳴尾殿の御酒迎ひと申すか
                 シカ/\
シテ    詞「さらばこれにて待たうずるにて候。
                 下羽
ツレ    上 川岸の。
地     上 川岸の。根白の流。あらはれにけりやそよの。
シテ    上 あらはれて。
地     上 あらはれて。いつかは君と。
シテ    上 君と。
地     上 我と。
シテ    上 我と。
地     上 君と。枕定めぬやよがりもそよの。
シテ    詞「これまでの御出で祝着申して候。
ツレ    詞「御酒迎ひの為に酒を持ち手参りて候。一つきこし召され候へ。いかに能力。
                 シカ/\
ツレ    詞「何にても一曲奏で候へ。
                 シカ/\
シテ    詞 「さあらば一指舞はうずるにて候。
シテ    上 吉野龍田の花紅葉。
地     上 更級越路の。月雪。
                 男舞
シテ サシ上 ここに又シイウといへる逆臣あり。
地     上 彼を亡ぼさんとしたもうに。オオゴオと云う海を隔てて。攻むべきやうもなかりしに。
    クセ下 黄帝の臣下に、カテキ庭上の。池の面を見渡せば折節秋の末なるに。
         寒き嵐に散る柳の一葉水に浮みしに。また蜘蛛といふ虫。
         これも虚空に落ちけるが其の一葉の上に乗りつつ。
         次第/\にささがにのいとはかなくも柳の葉を。吹き来る風に誘われ。
         汀によりし秋露の。立ち来る蜘蛛のふるまひげにもと思いそめしよりたくみて船を造れり。
         黄帝これに召されて。烏江を漕ぎ渡りてシイウをやすく亡ぼし。御代を治め給ふ事。
         一万八千歳とかや。
シテ    上 然れば船の船の字を。
地     上 君にすすむと書きたり。偖また天子の御船を龍ガンと名ずけ奉り。
         船を一葉といふ事この御宇ろり始まれり。又君の御座船を。
         龍頭鶴首と申すも。此の御代より起これり。
                ワキ狂言セリフアリ
シテ    詞 「ああ暫く。最前は舞をまい候間。今度は八つ撥を打つて聞かせうといへ。
                 シカ/\
シテ    詞「行くへも知らぬ修行者に。舞一さしと請われたるは。天晴藤栄が為には面目なり。
         総じて藤栄八つ撥を打つたる事はなけれども。余りに彼奴が憎くさに。
         わざとカッコの撥を大きに拵らへ。
   カカル上 小笠の内へ見参申さでは叶へまじ。
地     上 もとより鼓は波の音。
                 カッコ
地     上 もとより鼓は波の音。寄せては岸をどうどはうち。天雲まろへ鳴神の。
         とどろ/\となる時は。降り来る雨ははら/\/\と。小篠の竹の。
         音も八つ撥も いざ打たう/\。
シテ    詞「此上は指扇をのけられ候へ。
ワキ    詞「やあ是こそ鎌倉の最明寺実信よ見忘れたるか藤栄。
         何とて八つ撥をば打たぬぞ打てとこそ。汝は過分の振る舞いかな。
         何とて総領付若をば追い出し。賤しき蜑のやつこなす事。
         前代未聞の曲事なり。我諸国を修行する候全く余の儀にあらず。
         かやうの在在所所の政道を致さんが為なり。いかに月若。
         さぞこの間は無念にありつらんな。今日は最上吉日なれば。
         蘆屋の庄七百餘町の所。月若に与ふる所なり。まつた藤栄が事は。
         重科人の事なれば。いかなる流罪にも行ふべけれども。
         よしよし慈悲は上より下り。仇をば恩にて報ずるなれば。
         汝が知行それは相違有るべからず。今日よりは総領を総領とし。
        一家班女たるべしと。
   カカル上 重ねて下知を下しけり。
地     上 げに有難き御政道。直ぐなる時の世に出づる。月若が心の中。
         天にもあがるばかりなり。
         やばて本宅に立ち帰り/\。知行の道も正しく。
         総領庶子繁盛し一族の栄花かはもなし。百姓も万民も。
         皆朝恩にほこりて。栄うる御代とぞなりにける。


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