巻 絹(まきぎぬ)

●あらすじ
 時の帝が霊夢を受け、絹千疋を熊野権現に奉納するよう命ずる。
 ところが都からの使は、途中音無の天神に立寄って和歌を詠んでいたために一人遅刻してしまう。怒った役人は男を縛り上げると、天神様が巫女にのりうつってあらわれて男を救う。
 巫女は和歌の徳をたたえて舞をまい、神楽を奏している内に物狂おしくなって激しく狂い舞うが、やがて正気に戻る。

●謡本(宝生流)参考   外十四巻の四     四番目・略脇能 (太鼓あり)
       季節=冬  稽古順=入門     素謡時間=39分 
       場所=紀伊国熊野
       シテ=覡(ミコ)    ワキ=勅使    ツレ=男

●巻絹とは
絹の反物のこと。ここでは千疋の巻絹が集められていますが、疋とは布二反分のことで、一反で一人分の着物が出来るので二千人分の量であり、大量です。能では水衣(シテが一番上に着ている白い衣)を竹に挟んだものを使用します。 都の男(ツレ)が登場する。音無天神に参詣し、梅に誘われ、和歌を詠む。 「次第」というシテやツレか登場するときに演奏される囃子とともに登場します。謡によって、旅の大変さや目的地までの距離など道中の情景を描き出します。

音無天神
平安時代、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社を中心とした熊野三山への信仰が高まり、皇室や貴族をはじめ、武士や庶民階級にまで熊野詣が流行しました。その様子は蟻の熊野詣と言われるほどでした。ツレが訪れた熊野本宮の中に末社の音無天神社があります。音無天神社の祭神は少彦名命(すくなひこなのみこと)と言われています。明治22年の大水害のために流出し、現在、他の摂社などとともに旧社地大斎原の石祠に合祀されており、社殿はありません。

和歌の徳・・・その後和歌の徳が語られます。昔は、梵語の呪文を翻訳せずにそのまま仏に読み唱える陀羅尼をすれば、仏の功徳を得ることが出来、同じように神に和歌を唱えれば、神の功徳を得ることが出来ると思われていました。この考え方が和歌陀羅尼説です。ここでは行基菩薩と婆羅門僧正の和歌のやり取りなど多くの和歌が登場します。また神が和歌を詠んだことも登場します。「出雲八重垣」は、古事記に記載のあるスサノオノミコトの「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」です。また「片そぎの寒き世」は、新古今和歌集の住吉明神の和歌「夜や寒き衣や薄き片そぎの行きあひの間より霜や置くらん」のことです。日本の神は人の前に現れ、和歌を詠むことから、和歌は陀羅尼であるという考え方が出てきたのでしょう。
巫女が祝詞を上げ、神楽を舞うと、神の威力が増して、どんどん狂おしくなり、激しくなる。やがて、神は天に上がり、巫女は本性に戻るのであった。

神楽・・・幾種類かある能の舞事(囃子の演奏にあわせた舞)の一つで、神道における神楽を模したものです。女神や巫女が幣を持って優美に舞います。初めは神楽特有の舞をしますが、途中から幣を捨て、祝言を表す颯爽とした神舞に変わります。本曲以外では「三輪」「龍田」などで舞われます。小書き(特殊演出)がつくと、神舞になる部分が神舞にならず、全部を神楽特有の譜で舞います。巫女は、神楽が終わった後にノリの良い謡を挟んでイロエを舞います。イロエとは、舞台を一巡する間に様々な情景を表現するもので、巻絹の場合、神秘的な世界を表現します。
ポイント・・・多くの能では、最初は普通の人であったのが後半から鬼になったり、神が宿ったりなど本質を現します。しかし「巻絹」ではシテが途中から神がかりになるのではなく、最初から神がかりの状態で舞を舞うところに特徴があります。また、劇的な演出として、縄をシテが解いてワキへ投げるという所作があり趣向を凝らしています。中でも一番の見せ所はやはり神楽にあります。神楽を舞う中で、数々の神が巫女に乗り移り、物狂いの状態になりますが、そのテンポのよさが印象的です。

●能  巻 絹    金剛流
シテ:金剛永謹  ツレ:元吉正巳  ワキ:宝生 閑  間 :前田晃一
□巫女に乗り移る神、神と人との異次元の物語。
千疋の巻絹を熊野三社に納めよとの宣旨をうけ、勅使が熊野に下向して諸国からの巻絹を集めます。
都から巻絹を納める男が途中、音無天神に参詣します。折しも冬梅の香りが聞こえてきます。
男は心の中で和歌を詠み天神に手向けます。「音無に、かつ咲き初むる梅の花、匂はざりせば誰か知るべき」音無天神で思わぬ時を費やしたため男は納入の期限に遅参してしまいます。勅使は男を咎め縛らせます。 やがて神がった不思議な様子の巫女が現れ、その男は私に(音無天神)和歌を手向けたために遅参したのです、縄を解けと命じます。勅使は下賤の者が和歌など詠む筈がないと疑います。巫女はその証にと手向けの和歌の上の句を男によませ、下の句をつけます。
勅使の疑いを晴らした巫女は自ら男の縄を解き、和歌の徳を語り婆羅門僧正と行基菩薩が和歌を詠み交わしたことや神々の和歌を教えます。 巫女は勅使の求めに祝詞を奏上し、神楽を舞います。
巫女の神憑りは次第に激しく「高足下足の舞いの手を尽くし」て舞い狂い、やがて神は上がり巫女は正気にもどります。
○ひとこと『千疋』一疋は反物二反『巻絹』軸に巻いた絹の反物。当時は超貴重品。この能では折り畳み竹に挟む。『神楽』女体の神や巫女の舞い。笛、小鼓、大鼓、太鼓の囃子で舞う。
弊を持って舞い後半、笛の譜が変わりシテは弊を扇に変えて舞うリズミカルで雅な舞。

□この曲は和歌の徳(恩恵)を軸に展開されるドラマ性の高い能です。
和歌は古代から行われている日本固有の詩歌で、神をすずしめ人を幸せにすると古今集仮名序にる能の主題の花形の一つです。この曲では「クセ」で和歌の徳が語られます。前半の主役は巻絹を納める都の男です。音無明神に敬虔に祈り和歌を手向けます。凜とした寒気のなかに梅の香りが清らかです。男も清らかにみえます。男を責める勅使の怒りが鮮烈です。男は下賎の人、和歌を詠むには和歌四式など“教養なくては詠める筈がない”と勅使が疑うのも至極当然です。
男は神に救われます。男が神に和歌を手向けたことや、クセの前置きに述べられる「神は人の敬いに依って威を増し、人は神の加護によれり」に拠ってです。神は巫女に乗り移って現れます。つまり巫女は神と巫女の二つを持っています。神は男の縄を解き、和歌の徳を述べます。巫女は祝詞を奏上し神楽を舞い神をすずしめます。
○ひとこと『クセ』流麗な文辞で綴られ、一曲の中心をなす。室町時代の芸能、曲舞を取り入れた。

□巫女が舞う神楽と、巫女に憑いた神が巫女から離れる『キリ』と呼ばれる終曲部がこの曲の見どころです。特に神楽は、通常は途中で笛の譜が変わりますが、この曲の神楽は総神楽と称して笛譜は変わらず終わりまで弊を持って舞い通し神憑りを強調します。総神楽は重く扱われます。
「不思議や祝詞の巫女物狂」と巫女の神気はいよいよ昂ぶり熊野全山の神々が巫女に憑き、
舞い狂い「高足下足の舞いの手を尽くし」と絶頂になり、いきなり巫女は弊を投げ捨て神は上がり巫女から離れます。劇的な結末です。高足下足とは当時の舞いの型(振り)の名称でしょうか。  (梅)  平成22年度第1回東京金剛会例会

平成22年4月16日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


巻 絹             

  巻   絹(まきぎぬ)  外十四巻の四   (太鼓あり)
         季  冬      所 紀伊国熊野  素謡時間 39分
  【分類】四番目 略脇能 (    )
  【作者】        典拠:
  【登場人物】   シテ:神子、  ツレ:男   ワキ:勅使 

         詞 章                     (胡山文庫)

ワキ    詞「抑も是は当今に仕へ奉る臣下なり。さても我が君あらたなる霊夢を蒙り給ひ。
         千疋の巻絹を三熊野に納め申せとの宣旨に任せ。国々より巻絹を集め候。
         さる間都より参るべき巻絹未だ遅なはり候。参りて候はゞ神前に納めばやと存じ候。
ツレ  次第上 今を始の旅ごろも。/\。紀の路にいざや急がん。
    サシ上 都の手ぶりなりとても。旅は心の安かるべきか。殊更これは王土の命。
         重荷をかくる南の国。聞くだに遠き千里の浜辺。山は苔路のさかしきを。
         いつかは越えん旅の道。休らふ間も無き心かな。
     下歌 これとても。君の恵によも洩れじ。
     上歌 麻裳よい。紀の関越えて遥々と。/\。
         山また山をそことしも分けつゝ行けばこれぞこの。
         今ぞ始めて三熊野の。御山に早く着きにけり。/\。
      詞 「急ぎ候ふ程に。三熊野にきて候。先々音無の天神へ参らばやと思ひ候。や。
         冬梅のにほひの聞え候。いづくにか候ふらん。これなる梅にて候。
         この梅を見て何となく思ひ連ねて候。
      下 南無天満天神。心中の願を叶へて給はり候へと。
地     下 いひもあへねば言の葉を心の内に手向けつゝ。急ぎ参りて先づ。
         君に仕へ申さん。
ツレ    詞 「いかに申し候。都より巻絹を持ちて参りて候。
ワキ    詞 「何とて遅なはりたるぞ。その為に日数を定め参るなかに。
   カカル上 汝一人おろかなる。
地     上 その身の科はのがれじと。/\。やがて縛めあらけなき苦を見せて目のあたり。
         罪の報を知らせけり/\。
シテ    詞「なう/\ その下人をば何しに縛め給ふぞ。その者はきのふ音無の天神にて。
         一首の歌をよみわれに手向けし者なれば。納受あれば神慮。少し涼しき三熱の。
         苦を免るそれのみか。
   カカル上 人倫心なしその縄解けとこそ。
地     上 解けや手櫛のみだれ髪。
地     上 解けや手櫛の乱れ髪の。神は受けずや御注連の縄の。
         引き立て解かんとこの手を見れば。心強くも岩代の松の何とか結びし。なさけなや。
ワキ    詞 「これはさて何と申したる御事にて候ふぞ。
シテ    詞 「この者は音無の天神にて。一首の歌を詠みわれに手向けし者なれば。
         とく/\縄を解き給へ。
ワキ    詞 これは不思議なる事を承り候ふ物かな。
         かほど賤しき者の歌など詠むべき事思もよらず。
         いかさまにも疑はしき神慮かと存じ候ふよ。
シテ    詞「なほも神慮を偽とや。さあらば彼の者きのふ我に手向けし言の葉の。
         その上の句をかれに問ひ給へ。我また下の句をばつゞくべし。
ワキ    詞「この上はとかく申すに及ばず。いかに汝真に歌を詠みたらば。
         その上の句を申すべし。
ツレ カカル上 今は憚り申すに及ばず。かの音無の山陰に。さも美しき冬梅の。
         色殊なりしを何となく。心も染みてかくばかり。音無にかつ咲きそむる梅の花。
シテ    詞「匂はざりせば誰か知るべきと。
   カカル上 詠みしは疑なきものを。
地     上 もとより正直捨方便の誓ひ。曇らぬ神慮。すぐなる故にかくばかり。
         納受あれば今ははや。疑はせ給はで歌人を。宥させ給ふべし。
         または心中に隠し歌も神の。通力と知るなれば。げに疑のあだ心。
         打ち解けこの縄を。とく/\許し給へや。
地   クリ上 それ神は人の敬ふによつて威を増し。人は神の加護によれり。
シテ  サシ上 されば楽む世に逢ふ事。これ又総持の義によれり。
地     下 言葉少うして理を含み。三難耳絶えて寂念閑静の床の上には。
         眠はるかに眼を去る。
    クセ下 これによつて。本有の霊光忽ちに照らし自性の月。漸く雲をさまれり。
         一首を詠ずれば。よろづの悪念を遠ざかり天を得れば清く。
         地を得れば安しあらかじめ。唯有一実相唯一金剛とは説かずや。
シテ    上 されば天竺の
地     上 婆羅門僧正は。行基菩薩の御手を取り。霊山の。
         釈迦の御もとに契りて真如朽ちせず逢ひ見つと詠歌あれば御返歌に。
         伽毘羅衛に契りし事のかひありて。文殊の御顔を。拝むなりと互に。
         仏々を現すも和歌の徳にあらずや。
         又神は出雲八重垣片そぎの寒き世のためしいはずとも伝へ聞きつべし。
         神のしめゆふ糸桜の風の解けとぞ思はるゝ。
ワキ    詞 「さあらば祝詞を参らせられて。神をすずしめ御申し候へ。
シテ    詞 「心得申し候。
      上 謹上再拝。
      下 そも/\当山は。法性国の巽。金剛山の霊光。この地に飛んで霊地となり。
         今の大峰これなり。
地     上 されば御嶽は金剛界の曼荼羅。
地     上 華蔵世界。熊野は胎蔵界。
シテ    上 密厳浄土有難や。
地     上 ありがたや
              神舞  
地     上 不思議や祝詞の神子物狂。不思議や祝詞の神子物狂のさもあらたなる。
         飛行をいだして。神がたりするこそ。恐ろしけれ。
シテ    下 証誠殿は阿弥陀如来。
地     上 十悪を導き。
シテ    下 五逆をあはれむ。
地     上 中の御前は。
シテ    上 薬師如来。
地     上 薬となって。
シテ    上 二世を助く。
地     上 一万文殊。
シテ    上 三世の覚母たり。
地     上 十万普賢。
シテ    上 満山護法。
地     上 数数の神々かの覡につくも髪の。御幣も乱れて空に飛ぶ鳥の。
         翔り/\て地に又踊り。数珠を揉み袖を振り。高足下足の。舞の手をつくし。
         これまでなりや。神はあがらせ給ふと云ひ捨つる。
         声の内より狂覚めて又本性にぞ。なりにける。


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