枕 慈 童 (まくらじどう)

●あらすじ
 古代中国、魏の文帝の時代、?縣山の麓から霊水が流れ出るというので、勅使が源を尋ねるべく、その山に派遣されます。勅使の一行は、菊の花の咲き乱れた山中の庵に、一人の不思議な少年を見つけます。勅使が「人間の住まないような山奥にいるお前は化生の者か」と尋ねると、少年は「あなたこそ化生の者でしょう。私は周の穆王に仕えていた侍童です」と答えます。勅使は「周というのはもう数代も前の世だ」と驚きます。話を聞くと、少年は、穆王に召し使われていたが、誤って王の枕をまたぎ、その罰でこの山に配流されます。しかし、少年に悪意のないことを知って憐れんだ王が、その枕に二句の偈(仏徳を讃えた詩)を書きそえて与えました。その文字を菊の葉の上に写して書くと、その葉の露が霊薬となり、それを飲んでいたため、少年は七百年後の今でも若いままで生きながらえていたのです。少年自身も、自分の長命に驚き、楽しく舞を舞ったあと、寿命を帝に捧げ、そのまま山中の仙家へと帰ってゆきます。

●宝生流謡本      外十四巻の一   四五番目略脇能    (太鼓あり)
    季節=秋    場所=唐土麒麟山   素謡稽古順稽古順=平物   素謡時間=20分
    素謡座席順   シテ=慈童
               ワキ=臣下

●演能記
 能「枕慈童」を舞います -     
宝生流    平山身体文化研究室
個人的なことですが2012年10月27日(土)水道橋の宝生能楽堂で催される「篁風会」(藪克徳師主宰)にて、能「枕慈童」のシテを舞います。
御話は中国を舞台にしたおとぎ話です。 帝に寵愛された慈童が、枕をうっかりまたいでしまうという不敬の罪のため遠流に処されるのですが、 帝は、枕に妙文を書き添えたものを下さり、侍童は自分でも妙文を菊の葉に書きつけて、そこに降りた露のしたたりを飲んでいたため、700歳になっても少年のままの姿を保っています。 慈童は菊の咲き乱れる山で舞を舞い、菊の水を汲み、枕を戴き、現皇帝にも不老長寿を授けます――重陽の節句の元ともなったおとぎ話です。日本酒の銘柄「菊水」、「菊の露」、お菓子の「菊寿糖」など、このお話にちなんだものはとても多いのです。観世流では「菊慈童」という曲です。来て下さる方が、気持ちよく観て、寿命も延びるように感じて下さると最高なのですが・・。少年愛のなまめかしさ、700歳の少年という超現実的な存在、・・・難しいことばかりです。
[ Post Date ]2012/10/27

●観世流の「枕慈童」
 本日御覧頂く観世流「枕慈童」は、他流(宝生、金春、金剛、喜多の四流)の同名の「枕慈童」とは別な曲で、上演が珍しい能です。一方、観世流には「菊慈童」という能もあり、これが他流の「枕慈童」と同じ曲です。なぜ、こんなややこしい事になっているかの理由は、次のような経緯によります。 観世流十五世の観世元章(かんぜ・もとあきら、1722-1774)は、「明和の改正謡本」で有名な家元で、この改正謡本は、観阿弥・世阿弥以降の全謡本を史実、文法など、あらゆる点から考証し、全面的に内容を改訂して刊行されたものです。全210曲の選曲もかなりユニークで、曽我物は1曲も含めず、当時の廃曲を復活するなど、さらに驚かされるのは、「高砂」のような改訂の余地が無いかと思われる物まで、本文に細かい異動がある事です。
つまり、徹底的な改訂が行われましたが、この「改正謡本」は、国学色が濃く、理屈っぽ過ぎるという理由と、能役者は、ほぼ全曲の文句を覚え直さなくてはなりませんから、大変不評で、元章亡きあと、次の家元の代には、直ぐに従来の謡本に戻されました。


          古代中国関係 18曲
                                       
小原隆夫調べ
 コード    曲 目      概           説     場 所  季節   素謡   習順 
内04巻1  鶴   亀  唐の玄宗帝新年春の節会事始め  唐国   春   10分  平物
内08巻3  楊 貴 妃  玄宗皇帝ノ愛妃ノ魂パクヲ探す     唐国   秋   55分  初奥
内12巻5  猩   々  猩々ガ親孝行ノ高風ニ福ヲ与える   唐国   秋   10分  平物
内16巻2  是   界  是界坊ノ野心比叡山ノ僧ニ打砕カレル 京都   不   32分  入門
内16巻3  芭   蕉  唐ノ帝芭蕉ヲ愛シタ 芭蕉ノ精僧ニ語ル  唐国   秋   70分  中奥
内16巻5  天   鼓  帝ニ奉セシ天鼓ハ 王伯王母ガ鳴ラス  唐国   秋   45分  初奥
内19巻5  唐   船  日本子ト 迎ニ来タ唐子ノ 情ニ帰国  福岡   秋   50分  初奥
内20巻1  邯   鄲  濾生が夢 50年の栄賀も一炊の夢  唐国   不   38分  初序
外03巻1  項   羽  虞美人草ト項羽ノ物語り        唐国   秋   30分  平物
外05巻1  西 王 母  桃ノ精 御代ヲ寿ぐ            唐国   春   22分  平物
外06巻1  咸 陽 宮  秦ノ始皇帝 宮殿ニ燕国ノ刺客ニ襲レル 唐国   秋   23分  入門
外06巻5  石   橋  大江定基ガ出家唐デ修行       唐国   夏   25分  初序
外10巻5  鐘   馗  鐘馗ノ悪魔退治             唐国   秋   20分  平物
外13巻3  昭   君  美女昭君ノ異国ニ亡クナリ父母ニ嘆く  唐国   春   45分  中序
外13巻4  三   笑  三賢人ノ談笑               唐国   秋   25分  入門
外14巻1  枕 慈 童  700年前周王ニ使エタ仙家慈童ニ逢ウ  唐国   秋   20分  平物
外15巻1  張   良  張良黄石公ノ沓ヲ取リ兵法ヲ学ぶ    唐国   秋   25分  入門
外16巻1  皇   帝  玄宗皇帝寵妃楊貴妃ヲ助ける     唐国   春   27分  入門

●能  枕慈童  金剛流
□周の穆王に仕える少年慈童は、不敬の罪を問われ、野獣の住む深山、麗県山に流されます。時は移り七百年後、魏の文帝の世となります。文帝の臣下が麗県山から流れ出る薬の水の源をたずねて山に分け入ります。山中の小屋には慈童が七百年を経てもなお少年のままの姿で昔を回想しています。勅使はその姿に驚き数百年も生きた者はない、化生の者であろうと訝ります。慈童は穆王から拝領の枕を見せ、枕に書きつけた二句の偈を菊の葉に書きつけその葉から滴り落ちた露を飲み、七百歳の齢を保ったと語りこの菊の酒を自らも飲み、勅使にもすすめ「楽」を奏し帝の治世が千年,万年も栄えるようにと祈り七百歳の齢を授け、群菊をかきわけ仙家に入ります。

●能「菊慈童」    観世流      (枕慈童:邯鄲の枕の夢) (壺 齋 閑 話)
 菊慈童は、菊花の咲き乱れる神仙境を舞台に、菊の花のめでたさと、その菊が水に滴り不老不死の薬になった由来を語り、永遠の美少年の長寿を寿ぐ曲である。リズミカルな謡に乗って、美少年が演ずる舞は、軽快で颯爽としており、この曲を魅力あるものにしている。華やかな舞尽くしの能である。 中国の河南省を舞台に設定しているが、直接の出典は、太平記巻十三にある「神馬進奏事」である。後醍醐天皇が駿馬を得た喜びを描く条で、そのなかに慈童の逸話が出てくる。周の穆王は希代の名馬に乗ってインドに至ると、そこで釈迦に出会い、漢語を以て、四要品の中の八句の偈を賜る。穆王は中国に帰って後、これを秘蔵して人に知らせることがなかった。或る時、穆王の寵愛していた童が誤って王の枕をまたいでしまった。本来なら死罪に値するのだが、罪一等を減じられて?県山に流される。だがそこは「山深して鳥だにも不鳴、雲暝して虎狼充満せり。(後略)

(平成23年3月18日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


           枕 慈 童     四五番目略脇能
    
                      季節=秋   場所=唐土麒麟山   
                  ツレ=なし
                  シテ=慈童
                  ワキ=臣下

●能「菊慈童」(枕慈童:邯鄲の枕の夢) (壺 齋 閑 話)
 菊慈童は、菊花の咲き乱れる神仙境を舞台に、菊の花のめでたさと、その菊が水に滴り不老不死の薬になった由来を語り、永遠の美少年の長寿を寿ぐ曲である。リズミカルな謡に乗って、美少年が演ずる舞は、軽快で颯爽としており、この曲を魅力あるものにしている。華やかな舞尽くしの能である。 中国の河南省を舞台に設定しているが、直接の出典は、太平記巻十三にある「神馬進奏事」である。後醍醐天皇が駿馬を得た喜びを描く条で、そのなかに慈童の逸話が出てくる。
周の穆王は希代の名馬に乗ってインドに至ると、そこで釈迦に出会い、漢語を以て、四要品の中の八句の偈を賜る。穆王は中国に帰って後、これを秘蔵して人に知らせることがなかった。或る時、穆王の寵愛していた童が誤って王の枕をまたいでしまった。本来なら死罪に値するのだが、罪一等を減じられて、?県山に流される。だが、そこは「山深して鳥だにも不鳴、雲暝して虎狼充満せり。されば仮にも此山へ入人の、生て帰ると云事なし」という有様。王はお守りのためにと、八句の偈のうち二句を、童に書き与える。 ―爰に慈童君の恩命に任て、毎朝に一反此文を唱けるが、若忘もやせんずらんと思ければ、側なる菊の下葉に此文を書付けり。其より此菊の葉にをける下露、僅に落て流るゝ谷の水に滴りけるが、其水皆天の霊薬と成る。慈童渇に臨で是を飲に、水の味天の甘露の如にして、恰百味の珍に勝れり。加之天人花を捧て来り、鬼神手を束て奉仕しける間、敢て虎狼悪獣の恐無して、却て換骨羽化の仙人と成る。是のみならず、此谷の流の末を汲で飲ける民三百余家、皆病即消滅して不老不死の上寿を保てり  以上が出典となった話の概要であるが、この曲のもともとの姿も、これを汲んだかたちで、童が罪を得て追放される前段と、不老不死を寿ぐ後段との、前後二つの場からなる複式能であった。今日の姿は、前段を省いて後段のみにし、舞尽くしの能に仕立て直したものである。
なお、観世流以外の流派では枕慈童といっている。枕をまたいで罪を得たという説話から、そのように名づけたのだろう。また、金剛流のみは、今でも前後二段からなる古体を演ずることがある。もしかしたら、この曲は金剛の能であったのかもしれない。
舞台正面には、菊をあしらい、中央に枕を載せた台が置かれる。その 背後には、これも菊で飾った藁屋が置かれ、その中に慈童が控える。(以下、テキストは「半魚文庫」を活用。)

  次第
ワキ、ワキツレ「山より山の奥までも。山より山の奥までも。道あるや時世なるらん。
ワキ   「これは魏の文帝に仕へ奉る臣下なり。さても我が君の宣旨には。
      てっけんざんの麓より薬の水涌き出でたり。其水上を見て参れとの宣旨を蒙り。
      唯今山路に赴き候。急ぎ候ふ程に。これははや?県山に着きて候。
      これに庵の見えて候。先づこのあたりに徘徊し。事の子細を窺はゞやと存じ候。

ここで、藁屋の中から童役のシテが出てくる。童の面をかぶり、髪を長く垂らした少年の姿である。

シテ サシ「夫れ邯鄲の枕の夢。楽むこと百年。慈童が枕は古の。思寝なれば目もあはず。
地    「夢もなし。いつ楽を松が根の。いつ楽を松が根の。嵐の床に仮寝して。
      枕の夢は夜もすがら身を知る袖はほされず。頼めにし。
      かひこそなけれひとり寝の枕詞ぞ。恨なる枕詞ぞ恨なる。
ワキ  詞「不思議やな此山中は。虎狼野干の栖なるに。これなる庵の内よりも。
      現れ出づる姿を見れば。其様化したる人間なり。如何なる者ぞ名をなのれ。
シテ  詞「人倫通はぬ処ならば。其方をこそ化生の者とは申すべけれ。
      これは周、の穆王に召し仕はれし。慈童がなれる果ぞとよ。
ワキ   「これは不思議の言事かな。誠しからず周の代は。既に数代のそのかみにて。
      王位も其数移り来ぬ。
シテ   「不思議や我はそのまゝにて。昨日や今日と思ひしに。次第に変る往昔とは。
      さて穆王の位は如何に。
ワキ   「今魏の文帝前後の間。七百年に及びたり。非想非々想は知らず人間に於て。
      今まで生ける者あらじ。いかさま化生の者やらんと。身の怪めをぞ為しにける。

シテとワキとの押し問答がのどかに続き、ワキはシテにいわれるまま、枕の要文を伺い見て驚く。

シテ   「いやなほも其方こそ。化生の者とは申すべけれ。忝なくも帝の御枕に。
      二句の偈を書き添へ賜はりたり。立ち寄り枕を御覧ぜよ。
ワキ   「これは不思議の事なりと。各立ち寄り読みて見れば。
シテ   「枕の要文疑なく。
シテワキ 「具一切功徳慈眼視衆生。福寿海無量是故応頂礼。
地    「此妙文を菊の葉に。置く滴や露の身の。不老不死の薬となつて七百歳を送りぬる。
      汲む人も汲まざるも。延ぶるや千年なるらん。おもしろの遊舞やな。

(楽)ここでシテの舞う楽の舞は、舞楽をかたどった優雅でしかものびのびとした舞である。地謡もノリのきいたリズミカルな謡ぶり。一曲の見せ場といえる。

シテ   「ありがたの妙文やな。
地    「すなはち此文菊の葉に。すなはち此文菊の葉に。悉く現る。さればにや。
      雫も芳しく滴も匂ひ。淵ともなるや。谷陰の水の。処は?県の山の滴。
      菊水の流。泉はもとより酒なれば。酌みては勧め。掬ひては施し。
      我が身も飲むなり飲むなりや。月は宵の間其身も酔に。
      引かれてよろ/\/\/\と。たゞよひ寄りて。枕を取り上げ戴き奉り。
      実にも有難き君の聖徳と岩根の菊を。手折り伏せ手折り伏せ。
      敷妙の袖枕。花を筵に臥したりけり。

「よろ/\/\/\と、たゞよひ寄りて」のところでは、シテは酔いの振りをして、足元もよろよろと漂いながら舞う。

シテ   「もとより薬の酒なれば。
地    「もとより薬の酒なれば。酔にも侵されず其身も変らぬ。七百歳を。保ちぬるも。
      此御枕の故なれば。いかにも久しき千秋の帝。
      万歳の我が君と祈る慈童が七百歳を。
      我が君に授け置き。所は?県の。山路の菊水。
      汲めや掬べや飲むとも飲むとも尽きせじや尽きせじと。菊かき分けて。
      山路の仙家に。そのまゝ慈童は。入りにけり。


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