昭 君(しょうくん)

●あらすじ
「昭君」は、漢と胡国の和平のため、胡国の韓邪将につかわされた昭君の老父母が、昭君への思いを述べ、昭君が旅立った時に植えた柳が枯れてしまったので、昭君は異国の地で亡くなったのに違いないと涙する。哀れに思った里人が、故事にあるように柳を鏡に映して昭君の姿を見るように勧めるので、老父母がその通りにしてみると、美しい昭君の霊と、鬼のような韓邪将の霊が映る。やがて韓邪将の霊は、鏡に映った自分の姿を恥じ姿を消し、昭君の姿だけがいつまでも映るという能です。 .

●宝生流謡本(参考)   外十三巻の三  四番目・五番目  (太鼓あり)
     季節=春    場所=唐土かうぼの里
     素謡(宝生)   素謡 : 稽古順=中序  素謡時間45分 
     素謡座席順   ツレ=母王母 
               シテ=前・父白桃 後・韓耶将  
               ワキ=里人    
               子方=昭君

●観能記
能 宝生流『昭君』 前シテ/白桃 後シテ/韓耶将 田崎隆三
          ツレ/王母 金森秀祥  子方/昭君 佐野 幹
          ワキ/里人 高井松男  アイ/所の者 茂山正邦
          笛 寺井久八郎  小鼓 住駒匡彦  大鼓 柿原崇 
          後見 佐野由於 佐野 登
          地謡 小倉健太郎 野月 聡 山内崇生 高橋 亘
             水上輝和 近藤乾之助 當山孝道 朝倉俊樹
 唐土、こうほの里に白桃・王母という夫婦がおり、昭君という娘を持っていた。
昭君は比類なき美人で漢の帝に大変寵愛されていたが、帝が和睦のために胡の国に美人をひとり遣わす約束をし、「宮廷の障子に官女の似顔絵をかかせ、一番劣った容姿の絵の者を胡国に遣わす」という取り決めをしたところ、昭君が行くことになってしまう。他の官女は絵師に賄賂を渡して美しく描かせたが、昭君は帝の寵愛と自分の美しさに油断して何もせず、賎しい姿に描かれてしまったのだ。不本意ながら帝は昭君を胡国に遣わした。夫婦が慣れぬ国に渡った昭君のことを嘆き悲しみ、娘が胡に渡る時に植えていった柳の下を掃き清めているところに里人が訪れる。里人に事情を話し終えた白桃が、鏡には恋しく思う人が映るというからと、昭君の柳を鏡に映して見ると、亡くなった昭君の魂が両親に会いに現れる。ところが、鏡に映ったのは胡国の大将・韓耶将の霊で、昭君の両親に会いに来たという。しかしその姿は冥土の鬼と見まごうばかりの恐ろしさであったため、韓耶将は我が身を恥じて立ち去り、鏡には昭君の姿のみが残る。

●王昭君 解説
王 昭君(おう しょうくん、紀元前1世紀ごろ)は、匈奴の呼韓邪単于、復株累若?単于の時代の閼氏(単于の妻)。姓を王、諱を?とも(出典は、班固『漢書』)。字を昭君。日本では通常、王昭君と呼ばれるが、地元(フフホトの方)では単に昭君と呼ばれている。荊州南郡(現在の湖北省沙市)出身で、楊貴妃・西施・貂蝉と並ぶ古代中国四大美人の一人に数えられる。
前漢の元帝の時代、匈奴の呼韓邪単于が、漢の女性を閼氏(匈奴の言葉で君主の妻)にしたいと、元帝に依頼したところ(逆に漢王朝が持ちかけたという説もある)王昭君が選ばれた。『西京雑記』によると、元帝は匈奴へ贈る女性として後宮の中の一番醜い女性を選ぶため、宮女の似顔絵帳の中の一番醜い女性を選ぶことにした。宮女たちはそれぞれ自分の似顔絵を美しく描いてもらうため、似顔絵師の毛延寿に賄賂を贈っていたが、ただ一人賄賂を贈らなかった王昭君はわざと一番醜く描かれていたため、王昭君が匈奴への嫁として選ばれた(王昭君が絶世の美女でありながら、それまで全く元帝の目に留まることがなかったのも、毛延寿がわざと醜く描いた似顔絵のせいであった)。皇帝に別れを告げるための式で王昭君を初めて見た元帝は、王昭君の美しさに仰天したが、この段階になって王昭君を匈奴へ贈る約束を撤回すれば匈奴との関係が悪化することは明らかだったため撤回はできず、元帝は不本意ながらも王昭君をしぶしぶ送り出した。その後の調査で、宮女たちから多額の賄賂を取り立て、賄賂を出さなかった王昭君をわざと醜く描いていた毛延寿の不正が発覚したため、激怒した元帝は毛延寿を斬首刑に処したという。以後、王昭君は呼韓邪単于の閼氏として一男を儲けた。その後、呼韓邪単于が死亡したため、当時の匈奴の習慣(遊牧民に多く見られるレヴィレート婚)に倣い、義理の息子に当たる復株累若?単于の妻になって二女を儲けた。漢族は父の妻妾を息子が娶ることを実母との近親相姦に匹敵する不道徳と見なす道徳文化を持つため、このことが王昭君の悲劇とされ、民間伝承となった。『西京雑記』によると、呼韓邪単于が亡くなり、匈奴の習慣に習い息子の復株累若?単于の妻になった。そのとき、王昭君は、反発したが漢王朝から命令されしぶしぶ妻になったと記述がある。
王昭君の墓は、現在の内モンゴル自治区のフフホト市にある。陵墓の周囲には王昭君の郷里の家を再現した建物や庭園が整備され、また敷地内には匈奴博物館などがあり、観光スポットとして人気が高い。
陳舜臣 著 新潮社 中国美人伝 P85~123  漢末期の王莽時代に王昭君の子や孫がしばしば史書に登場する。

●演能記「昭君」        観世流能楽師 柴田 稔師  銕仙会所属  青葉乃会主宰
 この「昭君」で私は「呼韓邪 単于(こかんや ぜんう)」という役でした。 これは紀元前1世紀、中国が前漢の時代。隣国の胡国の大将が「呼韓邪 単于(こかんや ぜんう)」です。 呼韓邪単于が漢国に妻を要求し、漢国と胡国とのあいだで政略結婚の犠牲になったのが「王昭君」なのです。 能では呼韓邪単于は悪玉として扱われ、その姿も醜く、「姿を見るも恐ろしや」とか、「鬼とはみれども、ひととはみえず」と表現しています。 それこそ『美女と野獣』の関係です。 能では呼韓邪単于が王昭君を妻にしてまもなく、二人とも亡くなったという設定です。 王昭君の老父母のもとに、この二人の亡霊が現れるというのが、能「昭君」の後場です。 しかもこの作品で面白いのは、亡霊が現れるのは鏡の中なのです。 老父母の持つ鏡(これは舞台正先に置いてあります)に、王昭君が映り、それに寄り添うように呼韓邪単于も映っています。この鏡に移る姿を見て老父母は驚いているのです。 実際には王昭君も呼韓邪単于も舞台に出ているのですが、鏡に映っている姿として捉えなければなりません。このからくりを理解していないと能「昭君」の後場の面白さは半減します。 王昭君の役は象徴的な存在ですから、子方が演じることが多いです。 今回は大人の鵜沢光さんが演じましたが、彼女は小柄なので、中方の昭君だったりして・・・
 私の呼韓邪 単于(こかんや ぜんう)の扮装は、黒頭をかぶり、面は「黒ベシ見」をつけました。真っ黒な顔です。醜さを強調するために考えられたのでしょうか。魔王団扇を手に持ち、背中には剣を背負っています。 狩衣の上からは「りょうとう」と呼ばれる側次(そばつぎ)を着ました。これはいかにも獣の皮を身にまとっている、そんな印象を受けます。 いかにも、いかにも、野蛮で恐ろしげな姿になっているのです。 舞台では老父母、王昭君、鏡の作り物が四方に位置をとっているので、舞台はがぜんせまくなっています。 その中を、力強く、激しく動き、大きなスケールを出さなければなりません。 「昭君」の能を最後に引き立たせるのは、この呼韓邪単于ですから、この役はとても重要な役なのです。 この日の出来は、ビデオを見て、自分の目で確認すればよいのですが、これは非常に勇気のいることです。

(平成22年11月18日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


             昭 君 

       昭 君(しようくん)   外十三巻の三      (太鼓なし)
      季  春      所 唐土こうほの里     素謡時間 45分
  【分類】四五番目 (    )
  【作者】        典拠:
  【登場人物】前シテ:父白桃後シテ:単于幽霊 
             つれ:母王母   ワキ:里人  子方:昭君幽霊

         詞 章                    (胡山文庫)

ワキ    詞 「これは唐土かうほの里に住居する者にて候。
         さても此処に白桃王母と申す夫婦の候ふが。一人の息女を持つ。
         其名を昭君と名づく。帝に召されて御寵愛限なかりし所に。
         さる子細あつて胡国へうつされて候。夫婦の人の歎たゞ世の常ならず。
         近所の事に候ふ程に。立ち越え訪はゞやと思ひ候。 
シテ、ツレ一セイ散りかゝる。花の木蔭に立ち寄れば。空に知られぬ。雪ぞ降る。
シテ  サシ「 れは唐土かうほの里に住まひする。白桃王母と申す。夫婦の者にて候ふなり。
ツレ    上 かやうに賎しき身なれども。美名をあらはす息女あり。
シテツレ二人上 昭君とかれを名づけつゝ。容顔人に勝れたり。されば帝都に召されて後。
         明妃と其名を改めて。天子にまみえおはします。
シテ    上 かほどいみじき身なれども。猶も前世の宿縁離れやらざる故やらん。
シテツレ二人上 諸人の中に撰ばれて。胡国の民に移され。漢宮万里の外にして。
         見馴れぬかたの旅の空。思ひやるこそ悲しけれ。
          されども供奉の官人ども。旅行の道の慰に。絃管の数を奏しつゝ。
         馬上に琵琶を弾く事も此時よりと聞くものを。
   カカル下 画図にうつせる面影も今こそ思ひ知られたれ。
地     上 かの昭君の黛は。/\。緑の色に匂ひしも。
         春や暮るらん糸柳の思ひ乱るゝ折毎に。
         風諸共に立寄りて木蔭の塵を掃はん木蔭の塵を掃はん。
シテ    上 いざ/\庭を清めんと。祖夫は箒をたづさへたり。
         王墓遅しと待ちいたり
ツレ    上 げにや心も昔の春。老の姿もさゝがにの。いと苦しとは思へども。
         風結ぶ涙の袖の玉だすきかゝる思も子故なり。
シテ    上 たゞ世の常の庭掃きと人もや見るらん恥かしや。
ツレ    上 日は山の端に入相の。
シテ    上 かねて知らする夕嵐。
ツレ    上 袖寒しとは思へども。
シテ    上 子の為なれば。
ツレ    上 寒からず。
シテツレ次第下 落葉の積る木蔭にや。嵐も塵となりぬらん。
地     下 落葉の積る木蔭にや。/\。嵐も塵となりぬらん。
       上 げに世の中に憂き事の。/\。心に懸かる塵の身は。
         掃ひもあへぬ袖の露涙の数や積るらん風におち。
         水には浮ぶ落葉をもしばし袖に宿さん。
       下 涙の露の月の影。/\。それかと見ればさもあらで。
         小笹の上の玉霰音もさだかにきこえず。
シテ    詞「あまりに苦しう候ふ程に。休まばやと思ひ候。
ワキ    詞「いかにこの家の内に白桃の渡り候ふか。
シテ    詞「誰にて御入り候ふぞ。
ワキ    詞「いや某が参りて候。
シテ    詞 「こなたへ御出で候へ。
ワキ    詞「さても昭君の御事。御心中察し申して候。
シテ    詞 「御訪ありがたう候。
ワキ    詞「又申すべき事の候。この柳の木の本を立ち去らずして清め給ふは。
         何と申したる御事にて候ふぞ。
シテ    詞 「げによく御不審候ものかな。昭君胡国へ遷されし時この柳を植ゑ置き。
         われ胡国にて空しくならば。この柳も枯れうずると申しつるが。
   カカル下 御覧候へはや片枝の枯れて候。
ワキ    詞 「げに/\御歎尤にて候。扨々昭君をは。
         何しに胡国へは遷され給ひて候ふぞ委しく御物語り候へ。  
シテ  クリ上 さても昭君胡国へ遷されしその古をたづぬるに。
地     上 天下を治めし始なり。
シテ サシ上 然れば胡国の軍こはうして。従ふ事期し難し。
地     下 されば互に和睦して。其しるし一つなからんやとて。
         美人を一人つかはすべき御約束のありしに。
    クセ下 そも漢王の宣旨には。三千人の寵愛。いづれをわくる方もなし。
         もろ/\の宮女の。跡高位の姿を。賢聖の障子に似せ画にこれを現し。
         中に劣れるさまあらば。則ち彼を撰みて。胡国の為につかはし。
         天下の運を静めんと。綸言ならせ給へば。数数の宮女達。
         これをいかにと悲み。絵かける人を談らひ。皆賂を贈りつゝ。
         御約束のありし故。
シテ    上 されば写せる其姿。
地     上 何れを見るも妙にして。柳髪風にたをやかに。桃顔露を含んで色猶深き姿なり。
         中にも昭君は。ならぶ方なき美人にて。帝の覚えたりしなり。
         それを頼める故やらんたゞうち解けてありしに。画図に写せる面影の。
         余りいやしく見えしかば。さこそは寵愛。甚だしゝとは申せども。君子に私の。
         詞なしとや思しけん。力なくして昭君を胡国の民に遣さる。
シテ    詞「昔桃葉といひし人。仙女と契浅からざりしに。仙女空しくなりて後。
         桃の花を鏡に映せば。さながら仙女の姿見えけるとなり。
         此柳もさながら昭君の姿なり。いざさせ給へ鏡に映して影を見ん。
ツレ     上 それは仙女の姿なり。いかでこれには譬ふべき。
シテ    詞 「いやそれのみならず鏡には。恋しき人の映るなり。
ツレ カカル上 夢の姿を映しゝは。
シテ    詞 「しんやうが持ちします鏡。
ツレ     上 古里を鏡に映しゝは。
シテ    詞 「とけつといひし旅人なり。
ツレ     上 それは昔に年をへて。
シテ    上 花の鏡となる水は。
地     上 散りかゝる花や曇るらん。思はいとゞます鏡もしも姿を見るやとえんとんに向つて。
         泣き居たりえんとんに/\。
                 中入り
昭君 サシ上 これは胡国に遷されし。王昭君の幽霊なり。さても父母別を嘆き。
         春の柳の木の本に。泣き沈み給ふ痛はしさよ。
       詞「急ぎ鏡に影を映し。
       上 父母に姿を見え申さん。春の夜の。朧月夜に身をあらなして。
地     上 曇りながらも。影見えん。
                 早笛
ツレ カカル上 恐ろしや鬼とやいはん面影の。身の毛もよだつばかりなり。
         いかなる人にてましませば。鏡には映り給ふらん。
後シテ   上 これは胡国の夷の大将。呼韓邪単于が。幽霊なり。
ツレ    上 胡国の夷は人間なり。今見る姿は人ならず。目には見ねども音にきく。
         冥途の鬼か恐ろしや。
シテ    詞 「韓邪
       上 将も空しくなる。同じく昭君が父母に。対面の為に来りたり。
ツレ    上 よしなかりける対面かな。姿を見るも恐ろしや。
シテ    詞 「そも恐るべき謂はいかに。
ツレ    上 心に知らぬ我が姿。鏡に寄りて見給へとよ。
シテ    下 いで/\。
       詞 「鏡に影をうし。
       上 まことに
       詞 「気疎き姿かと。鏡に寄り添い影を見れば。
   カカ ル上 恐れ給ふもあら道理や。
地     上 荊棘をいたゞく髪筋は。(ハタラキ)/\。
シテ    上 主を離れて空に立ち。
地     上 元結更にたまらねば。
シテ    上 さね葛にて結びさげ。
地     上 耳には鎖を下げたれば。鬼神と見給ふ姿も恥かし鏡に寄りそひ立つても居ても。
         鬼とは見れども人とは見えず。その身かあらぬかわれならば。
          恐ろしかりける顔つきかな面目なしとて立ち帰る。
    キリ下 ただ昭君の黛は。/\。柳の色に異ならず。罪をあらはす浄玻璃は。
         それも隠はよもあらじ。花かと見えて曇る日は。上の空なる物ひ。
         影もほのかに三日月の。曇らぬ人の心こそ。誠を写す鏡なれ/\。


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