綾 鼓(あやのつづみ)

●あらすじ
「綾鼓」は、管弦の宴のおりに垣間見た美しい女御の姿に恋心をいただいた庭掃の老人が、鼓の音がなったらもう一度姿を見せるという女御の言葉を伝えられ、懸命に鼓を鳴らすが、綾が張られた鼓ゆえ鳴らず、老人は恨んで池に身を投げるという能。この能の後半は女御に取り付いた老人の霊が、女御を陰惨に責める。金剛流と宝生流のみが上演曲とする。
類曲に「恋の重荷」があり、世阿弥の『三道』に「恋の重荷、昔綾の大鼓なり」と記される。この「綾の大鼓」が「綾鼓」の原曲であろう。

●宝生流謡本  外十二巻の四   四番目(太鼓あり)
     季節=秋   場所=筑前国木の丸殿(福岡県)   作成者=世阿見元清 
     曲の名称が流派により異なる「綾鼓」=宝生・金剛・喜多「恋重荷」=観世・金春
     素謡(宝生)  稽古順=奥伝    素謡時間40分
     素謡座席順  ツレ=女御
              シテ=前・庭掃の老人 後・老人の怨霊  
              ワキ=臣下

●能 恋重荷(こいのおもに)<金春流>
♪日時:2001.02.11(sun) 15:00 - NHK教育放送♪収録:豊田市能楽堂
♪出演者:前シテ(老人)、後シテ(老人の霊):桜間金記  ツレ(白河院の女御):金春康之
ワキ(廷臣):和泉昭太朗  アイ(従者):野村万禄
その他出演者:笛、小鼓、大鼓、太鼓、  地謡 8名
    舞台:京・白河御所(京都御所)
♪内容:年甲斐もなく高貴な女性に恋をしてしまった哀れな老人の悲劇。
第一場:ツレ(若女の面)が登場、舞台向って右手の床几に腰掛ける。舞台正面手前には小道具の重荷(団ボール箱大)が置かれている。ワキが登場し、山科の荘司(しょうじ)という老人が御所の菊の下葉を採る作業中にたまたま見かけた女御の姿に魂を奪われたことを知ったと語る。ワキが前シテ(尉面:じょうめん、老人の面)を呼び出して橋掛りの両端で向かい合い、彼の恋心を冷ますために一計を案じてシテに告げる。とても持ち上げられそうもない荷を担いで百度千度と廻るなら女御が姿をお見せになると。文字通り”恋重荷”。廷臣としてみれば叶わぬ老人の思いを諦めさせる方便であった。当然老人に持ち上げられるはずもなく、老人は逆切れ状態。恨みを残して退場。
第二場:アイが登場し、その後老人が空しさを感じて自ら命を絶ったと語る。その旨をワキに伝えてアイは退場。驚いたワキは、ツレに老人の死を告げ、老人の心情を思い、女御に一目でも庭に姿を見せてはと進言。ツレは進み出て例の重荷を前にする。そこに亡霊と化した後シテ(怨霊の面。蓬髪で長い杖)が登場。囃子方に合わせ、恨みつらみを語りながら舞う。しかし、最後は自分は”葉守りの神”となり女御を陰から守ろうと言い残しゆっくりと去って行き、幕。
♪感想: 女の恨みが怨霊と化して現れる話は能だけでなく別の演劇や映画でもあるが、男のそれも老人の恋の恨みというのは珍しいのでは?後シテの恨みの舞はそれほどの激しさはなく、恨むというよりは嘆くといった風で怖さはない。ツレの女御は美しく着飾っているが、役らしい役はない。最後に翻意して”葉守りの神”になろうとの決意は男ならではと思うのは私だけだろうか?


●恋重荷 
(こいのおもに)ろうそく能 <観世流>
   前シテ(山科荘司)後シテ(荘司の亡霊) 観世喜正   ツレ(女御)武田文志
   ワキ(侍臣)殿田謙吉   アイ(御所の下人)野村万之介
   笛 一噌隆之 小鼓 観世新九郎  大鼓 柿原弘和  太鼓 観世元伯
   後見 観世喜之 弘田裕一
   地謡 岡 久廣 浅見重好 松木千俊 遠藤和久
      武田友志 坂井音雅 坂井音隆 坂井音晴
【解説概要】
解説は今回の「恋重荷」のシテをお勤めになる観世喜正さん。今年度の日本の伝統芸能「能と狂言」の講師お二人の舞台。切り戸口から白地の紋付袴で登場した喜正さんがゆっくりとした口調で解説をしてくださいました。本日の演目は「恋重荷(こいのおもに)」です。
これは京都、白川院の御所に仕える山科荘司(やましなのしょうじ)という老人が、「分をわきまえず」美しい女御に恋をしてしまいます。到底持ち上がらない重荷を持って庭を廻ったら、重荷を持っている間は姿を見せよう、と言って綺麗な綾錦で包んだ重荷を用意します。
身分不相応でからかったりする"という見方もありますが、到底持ち上がらない重荷を持てない事を知って、身分不相応と諦めるよう窘めたのでは、という見方も出来ます、と喜正さん。しかし、重荷を持つことが出来ず、ついに荘司は憤死してしまいます。その後、亡霊となった荘司は女御に鹿背杖を女御に突きつけ責め立てます。「うらめしや」と。
観世喜正さん:私は世間では決して若くはありませんが、この世界ではまだまだ若手でございます。この年で「恋重荷」を演ずることはあまりないのですが、やらせていただくことになりました。重習(おもならい)曲と言われる曲で1時間ほどの能です。一度2000年に「恋重荷」のシテを演じられたそうですが、暫くぶり・・・ということですね。
観世喜正さん:この公演での「恋重荷」は男女の情愛を描いたものです。先ほど(楽屋で)萬斎さんにこの狂言についてお話を伺っておりましたが、この内沙汰は同じように男女の情愛を描いた作品として選んだ、とのことでした。
【あらすじ】
白川院の御所に、菊の下葉を取る山科荘司(やましなのしょうじ)という身分卑しい老人(前シテ)がいた。あるとき、荘司は女御(ツレ)の姿を垣間見て、恋をしてしまう。卑しい者がうっかりと姿を見ることさえ罪であるのに、ましてや恋をするなど言語道断。臣下(ワキ)は荘司の恋を諦めさせようと、綾錦で包んだ重荷を用意し、これを持って庭を百回、千回と廻ったならば、いま一度女御の姿を見せようと約束する。勇む荘司は荷を持とうとするがどうしても持てず、ついには空しく成り果てる。これを聞いて悔やむ女御の前に荘司の亡霊(後シテ)が現れ、恨みを込めて責め苛むのであった。    
        
※参考 第32回神遊ろうそく能 パンフレットより

【恋重荷について・・・】
宝生流などにある「綾鼓(あやのつづみ)」と類曲として有名です。元々は作者不明の「綾の太鼓」という曲を世阿弥が改作したものと言われています。原作に近いものが「綾鼓」で、後に観世流がさらに手を加えたものが「恋重荷」と聞いていますが・・・諸説あるとのことで、研究もしていない私のようなものが「こうだろう」などとは言えないのですが、あらすじは類似しているようですが、クライマックスが違うんですね。(実際に「綾鼓」を観た事がないのですが・・)「綾鼓」は女御を許さず、恨みぬいて終わりますが、「恋重荷」は最後の最後に涙を浮かべて許しを請う女御の姿に怨みの念も鎮まり、最後は葉守の神となって守ろう、と言って去っていきます。(以下略)

(平成22年8月7日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


         能 綾 鼓  (あやのつづみ) Ayanotudumi   詞章

          前シテ 庭掃きの老人
          後シテ 老人の怨霊  
          ツレ 女御
          ワキ 廷臣
          アイ 従者

「あらすじ」
筑前の国(福岡県)の木の丸の御所に、桂の池という有名な池があり、いつも御遊の宴が催されています。ここの庭掃きの老人が、御遊の折美しい女御の姿を垣間見て、恋心を抱くようになります。この噂を聞いた女御は、池のほとりの桂の木に鼓をかけさせて老人に打たせ、もしその鼓が鳴れば思いを叶えようと伝えます。老人は喜んで一心に鼓を打ちますが一向に鳴りません。
その鼓は綾で張ってあったので鳴る筈はありません。そうとは知らぬ老人は、打ち続けますがついに精根尽きて、桂の池に身を投じてしまいます。
老人が自殺してからまもなく、女御は正気を失い池の水音が鼓に似ているなどと口走ります。やがて池の中から老人の怨霊が現れ、女御を激しく責め立て恨みの言葉を残して、また波の底に沈みます。

ワキ   詞「これは筑前の国木の丸の皇居に仕へ奉る臣下にて候。偖も此處に桂の池とて名池の候ふに。
    常は御遊の御座候。ここに御庭掃の老人の候ふが。女御の御姿を見参らせ。
      静心なき恋となりて候。此事を聞し召しおよばれ。恋には上下をわかぬ習なれば。
      不便に思し召さるゝ間。かの池の邊の桂木の枝に鼓を掛け。老人に撃たせられ。
      彼の鼓の声皇居に聞えば。其時女御の御姿まみえ給はんとの御事にて候程に。
      かの老人を召して申し聞かせばやと存じ候。いかに誰かある。
    狂言シカシカ
ワキ   「いつもの御庭掃の老人に。急いで参れと申し候へ。
    狂言シカシカ
ワキ   「いかに老人。汝が恋のことを忝くも聞し召し及ばれ。不便に思し召さるゝ間。
      桂の池の桂木の枝にかけ置かれたる鼓を。老人参りてうち候へ。
      彼の鼓こ声皇居に聞えば。今一度女御の御姿をまみえさせ給はんとの御事なり。
      急ぎ参りて鼓を仕り候へ。
シテ   「仰畏つて承り候。さらば参りて鼓を仕り候ふべし。
ワキ   「こなたへ来り候へ。此鼓の事にてあるぞ急いで仕り候へ。
シテ   「実にや承り及びたる月宮の月の桂こそ、名にたてる桂木なれ。
      これは正しき地辺の枝に。かゝる鼓の声いでば。それこそ恋のつかねなれと。
      夕の鐘の声そへて。又うち添ふる日並の数。
地  次第「後の暮ぞとたのめおく。/\。時の鼓をうたうよ。
シテ一セイ「さなきだに。闇の夜鶴の老の身に。
地    「思をそふる。はかなさよ。
シテ   「時の移るもしら波の。地「鼓はなにとて。ならざらん。
シテ サシ「後の世の近くなるをばおどろかで。老にそへたる恋慕の秋。
地    「露も涙もそほちつゝ。心からなる花の雫の。
      草の袂に色そへて何をしのぶのみだれ恋。
シテ   「忘れんと思ふ心こそ。地「忘れぬよりは。思なれ。曲「然るに世の中は。
      人間萬事塞翁が馬なれや。ひまゆく日かずうつるなる。年去り時は来れども。
      終にゆくべき道芝の。露の命の限をば。誰に問はましあぢきなや。
      などさればこれ程に。知らばさのみに迷ふらん。
シテ   「驚けとてや東雲の。眠をさます時守の。うつや鼓の数しげく。
      音にたゝば待つ人の。面影もしやみけしの。綾の鼓とはしらずして。
      老の衣手力添へて。うてども聞えぬは。もしも老耳の故やらんと。
      きけども/\。池の波窓の雨。いづれもうつ音はすれども。
      音せぬ物は此鼓の。怪しの太鼓や何て。音は出でぬぞ。
地 ロンギ「思やうちも忘るゝと。綾の鼓の音も我も出でぬを人や待つらん。
シテ   「出でもせぬ雨夜の月を待ちかぬる。心の闇を晴すべき時の鼓もならばこそ。
地    「時の鼓のうつる日の。昨日今日とは思へども。
シテ   「頼めし人は夢にだに。
地    「見えぬ思に明暮の。
シテ   「鼓もならず。
地    「人も見えず。こは何となる神も。思ふ中をばさけぬとこそ聞きし物をなどされば。
      か程の縁なかるらんと。身を恨み人を喞ち。かくては何のため。
      いけらんものを池水に。身を投げてうせにけりうき身を投げて失せにけり。   中入 間
ワキ  詞「いかに申し上げ候。かの老人鼓のならぬ事を恨み。
      桂の池に身を投げ空しくなりて候。かやうの者の執心も余りに恐ろしう候へば。
      そと御出あつて御覧ぜられ候へ。
ツレ   「いかに人々聞くかさて。あの波のうつ音か。鼓の声に似たるはいかに。
      あらおもしろの鼓の声や。あらおもしろや。
ワキ   「不思議やな女御の御姿。さもうつゝなく見え給ふは。
      いかなる事にてあるやらん。
ツレ   「現なきこそことわりなれ。綾の鼓は鳴るものか。
      鳴らぬをうてと云ひし事は。我がうつゝなき始なれと。
ワキ   「夕波騒ぐ池の面。
ツレ   「なほうちそふる。
ワキ   「声ありて。
後シテ  「池水の。藻屑となりし老の波。
地    「又立帰る執心の恨。
シテ   「恨とも嘆とも。いへばなか/\おろかなる。
地    「一念嗔恚邪婬の恨。晴れまじや/\心の雲水の。魔境の鬼と今ぞなる。
シテ   「小山田の苗代水は絶えずとも。心の池のいひははなさじとこそ思ひしに。
      などしもされば情なく。ならぬ鼓の声たてよとは。
      心を盡し果てよとや。心づくしの木の間の月の。
地    「桂にかけたる綾の鼓。
シテ   「なるものか/\うちて見給へ。
地    「うてや打てやと責鼓。よせ拍子とう/\うち給へ/\とて。
      しもとをふり上げ責め奉れば。鼓はならでかなしや悲しやと。
      叫びまします女御の御声。あらさてこりやさてこりや。
地    「冥途の刹鬼あおう羅刹。/\の。呵責もかくやらんと。
      身を責め骨を砕く呵責の責といふとも。これにはまさらじ恐ろしやさてなにと。
      なるべき因果ぞや。
シテ   「因果歴然はまのあたり。
地    「歴然は目のあたり。知らたり白波の池の。ほとりの桂木にかけし鼓の時もわかず。
      うち弱り心つきて。池水に身を投げて。波の藻屑と沈みし身の。
      程もなく死霊となつて。女御に憑き祟つて。しもとも波も。
      打ちたゝく池の氷のとう/\は。風わたり雨落ちて。紅蓮大紅蓮となつて。
      身の毛もよだつ波の上に。鯉魚が踊る悪蛇となつて。
      まことに冥途の鬼といふともかくやと思ひしら浪の。
      あら恨めしや恨めしや。あら恨めしや。恨めしの女御やとて。
      恋の淵にぞ。入りにける。


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