小 督(こごう)

●あらすじ
高倉天皇の寵愛をうけていた小督の局は、琴の名手でした。小督は、寵愛を受けていることを、中宮の父清盛が怒っていると知り、密かに身を隠しました。それを知った帝の嘆きはひと通りではなく、夜には月ばかりをながめていました。  八月十五日の夜更け、帝は源仲国を勅使として、嵯峨野にあるらしい小督の隠れ家に遣わしました。仲国は、月下に鞭をあげ駒を早めて尋ねまわります。  仲国は、とある片折戸の家から流れ出る琴の音を聴きました。それは、まさしく小督の琴の音で、しかも、夫を想って恋うという名の想夫恋の曲でした。  やっとのことで小督と対面することができた仲国は、帝の御書を授け玉休の日ごとの御衰を告げると、小督は、涙ながらに返書をしたためます。御返書を受けた仲国は、名残りの酒宴で舞を舞い、勇み立つ馬にゆらりと乗り、小督の見送りをうけ都へと帰るのでした。

●宝生流謡本    外十一卷の三  四番目又は二番目  (太鼓なし)
     季節=秋  場所=前・京都仲国の館 後・山城国嵯峨野
     素謡(宝生) : 稽古順=入門   素謡時間45分 
     素謡座席順   ツレ=小督の侍女 
               シテ=前・後共源 仲国 
               ワキ=臣下 
               ツレ=小督の局  

●解 説
小 督               
小督の局(保元2年(1157年)〜没年未詳)は、平安時代末期、第80代高倉天皇の後宮の女性。桜町中納言藤原成範(ふじわらのなりのり)の娘で、藤原通憲(信西)の孫。本名は不明(角田文衞説では成子とされる)。類稀な美貌の箏の名手であったと伝えられる。始めは冷泉隆房の愛人だったが、高倉天皇に見初められ寵姫となる。しかし中宮の建礼門院徳子の父であった平清盛の怒りに触れ、坊門院範子内親王(高倉天皇第二皇女)を出産したのちに出家させられた。元久2年(1205年)に藤原定家が嵯峨で彼女の病床を見舞った記録が残るが(『明月記』)、その後の消息は不明。
『平家物語』巻六や『たまきはる』に登場するほか、能の「小督」にも取り上げられている。能の「小督」はこのうち嵯峨野の場面に取材したもので、金春禅竹作の四番目物。現在も比較的盛んに上演される、美しくも哀切な名作である。
高階仲国
小督の局は、仲国によって、嵯峨から内裏へ帰った後、治承元年(1177)11月範子内親王を出生した。(1177-1210 賀茂斎院 土御門天皇の准母 建永元年1206坊門院の院号を賜る)仲国の父は、高階仲行で保安2年(1121年)〜治承3年(1179年)平安時代末期の廷臣。大膳大夫高階仲範の子。子息に仲基、仲国らがある。従五位上、蔵人。

●観能記@    
小 督    
 2005年8月7日(日)11:00〜 於:横浜能楽堂  シテ(源仲國):櫻間右陣
高倉天皇の寵愛を受けた小督局は、相国入道平清盛の怒りをかって、宮中を逃れて身を隠します。寵姫の失踪に心を痛めた天皇は源仲國に小督局捜索の命を下し、天皇の使いが仲國の元を訪れるところからこの能が始まります。場所は嵯峨野、片折戸(片開きの扉)の質素な家だという情報しかありませんが、それを頼りに仲國は嵯峨野に赴きます。今夜は八月の十五夜、琴の名手だった小督局が月の光のもとで琴をつま弾くかも知れない、その音を頼りにすればという仲國の目算もある。
ここで中入。舞台には小督局とその侍女、里人(アイ)が入場、舞台中央に対角線上に片折戸と柴垣の作り物が置かれます。これで嵯峨野の隠れ家の"中"と"外"が表現されます。自分達に隠れ家を提供してくれた里人に請われて琴を奏でる小督局。家の"外"には馬を駆って小督局の住まいを探し回る仲國の姿。琴の音に惹かれて片折戸を開きます。
仲國の申し出を、質素に暮らす身を恥じて最初は拒む小督局。それでも柴垣の傍でじっと目通りを待つ仲國の心に免じて、局は家の中に仲國を招き入れます。天皇からの心のこもった文を局に渡す仲國。ありがたく文をおしいただく小督局。中国の故事を例にあげて「このような悲恋もあるのに、この現世でこのようなありがたいお使いを賜ってもらえる自分は幸せです」と感涙にむせぶ。
作り物の取り払われた舞台上、天皇の文を届ける大役を無事終えた仲國にお礼の酒が振る舞われます。ここからは櫻間師の颯爽とした男舞にしばらく目が釘付けになる。昨年『鵺』の後シテで拝見したシャープさが今年も魅力的。しっとりとした物語の中に、大きなアクセントとしてこの男舞は見ものの一つだと感じました。櫻間師、今年もかっこいいです♪
舞い終え、天皇への返書を携えた仲國が、ゆっくりと橋掛かりに退場して行きます。名残惜しそうに仲國の背中を見送る小督局と侍女。見送る姿に余韻を感じました。

●観能記A
「小督」     
「近藤乾之助 謡う心、舞う心」を今、少しずつ読んでいて、演目の解説をしている頁は能を観てから読もうと思っていたのに、つい誘惑に駆られて「小督」のところを読んでしまった。
それがずーと引っ掛かっている。乾之助は「仲国と小督の間には何かあるのではないかと思います」と書いている。つまり、恋仲ではないにしても、思いを寄せるような気持ちがあるということで、もしそうでなければ小督がシテで仲国がワキでいいはず。でも「小督」のシテは仲国。それをずーと考えながら恣意的に観るというちょっと良くない見方をしている。なお、この仲国は現在は源仲国ではなく高階仲国だというのが本当らしい。
高倉院に想われる小督は、中宮の父、平清盛を恐れ、自ら嵯峨野辺りに姿を隠す。高倉院は悲しみに明け暮れ、仲国を遣わす。頃は中秋の名月の夜、仲国は小督が琴を弾かぬことはない、小督の琴の調べならよく知っていると、片折戸を目印に嵯峨野に馬を走らせる。囃子よかった。少し低めの笛、槻宅聡(高い音少し不安定に感じましたが)は森田流?と小鼓、幸正昭、それに若武者、広忠は取り合わせの妙。一声、馬で駆けてくる感じ。小督の琴の音をよく聞き知っている仲国。小督は「げに恥ずかしや仲国は殿上の御遊の折々は笛仕れと召し出され」と二人は互いにそれぞれの楽器の音を知っているのだ。
この恥ずかしやは文字通りではない、こちらが恥ずかしくなるほど、相手が優れているといった意味合いで使われている。互いの楽器が奏でる音色がわかるのは、音楽に造詣があるもの同士ということであるけれど、何やら艶めいた感触もありそう。高倉院と小督の間にある恋慕の情が、手紙と琴の音を介して仲国を介して秋の風景のなかに行き交うような感じはする。
仲国が単に橋渡しなのか、仲国と小督の間にどこかにうっすら情が隠されているのか、そうだとしても当時は許されない事だから、それを匂わすだけなのかも。酒宴を催し、男舞を舞う仲国。「ひき留むべき言の葉もなし・・・言の葉もなき。君の御心、我等が身まで物思いに。立ち舞うべくもあらぬ心。今は帰りて嬉しさを。何につつまん唐衣ゆたかに袖打ち合わせ御暇申し・・・」立ち上がり、帰る仲国を見送る小督の姿で終曲。どうも何かあやしい。シテ、清水寛二は、丁寧に演じている。
しかし、そんなわけで二人の仲が、ただただ一筋に気になっておりました。

(平成22年7月16日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                     小 督 (こごう)  (太鼓なし)

         季 秋  所 前:京都仲国の里 後:山城国嵯峨野  素謡時間 45分
  【分類】四番目二番目    
  【作者】世阿弥元清   典拠:
  【登場人物】 シテ:源 仲国 、ツレ:小督の局  ツレ:小督の侍女  ワキ:臣 下 

         詞 章                   (胡山文庫)

ワキ    詞 「これは高倉の院に仕へ奉る臣下な り。さても小督の局と申して。
         君の御寵 愛の御座候。中宮は又正しき相国の御息女にて御座候間。
         世の憚を思し召しけるか。小督の局暮に失せ給ひて候。君の御歎き限なし。
         昼は夜の大殿に入り給ひ。夜は又 南殿の床に明かさせ給ひ候ふ所に。
         小督の局の御行方。嵯峨野の方に御座候ふ由聞し召し及ばれ。
         急ぎ弾正の大弼仲国を召して。小督の局の御行方を尋ねて参れとの宣旨に任せ。
         唯今仲国が私宅へと急ぎ候。いかに仲国のわたり候ふか。
シテ    詞「誰にてわたり候ふぞ。
ワキ     詞「これは宣旨にて候。さても小督の局の御行方。
         嵯峨野の方に御座候ふ由聞し召し及ばせ給ひ。
         急ぎ尋ね出で此御書を与へよとの宣旨にて候。
シテ    詞「宣旨畏つて承り候。さて嵯峨にてはいかやうなる所とか申し候ぞ。
ワキ     詞「嵯峨にてはたゞ片折戸したる所とこそ聞し召されて候へ。
シテ    詞「げにげに左様の賎が屋には。片折戸と申す物の候。
         殊更今夜は八月十五夜明月にて候に。琴彈き給はぬ事あらじ。
         小督の局の御調をば。よく聞き知りて候なり。御心やすく思しめせと。
   カカル上 委しく申し上げければ。
ワキ カカル上 この由奏聞申しけれ ば。御感の余り忝くも。寮のお馬を給はるなり。
シテ    上 時の面目畏つて。
地     上 やがて出づるや秋の夜の。/\。月毛の駒よ心して。雲居に翔れ時の間も。
         急ぐ心の行方かな。/\。
               中入り
小督  サシ上 げにや一樹の蔭に宿り。一河の流を汲む事も。皆これ他生の縁ぞかし。
         あからさまなる事ながら。馴れて程経る軒の草。忍ぶたよりに賎の女の。
         目に触れなるゝ世のならひ。あかぬは人の心かな。
地     下 いざ/\さらば琴の音に立てゝも忍ぶこの思ひ。
地     上 せめてや暫しし慰むと。/\。かきなす琴のおのづから。
         秋風にたぐへば啼く虫の声も悲の。秋や恨むる恋や憂き。
         何をかくねる女郎花。我も浮世の嵯峨の身ぞ。人に語るなこの有様も恥かしや。
               一声
後シテ   上 あら面白の折からやな。三五夜中の新月の色。二千里の外も遠からぬ。
         叡慮畏き勅を受けて。心もいさむ駒の足並。夜のあゆみぞ心せよ。
         牡鹿なく。この山里と詠めける。
地     下 嵯峨野の方の秋の空。さこそ心も澄み渡る片折戸を知るべにて。
         名月に鞭をあげて。駒を早め急がん。
シテ    上 賎が家居の仮なれど。
地     上 若しやと思ひこゝ彼処に。駒を駈寄せ駈寄せて控へ/\聞けども琴彈く人はなかりけり。
         月にやあくがれ出で給ふと。法輪に参れば琴こそ聞え来にけれ。
         峯の嵐か松風かそれかあらぬか。尋ぬる人の琴の音か楽は。
         何ぞと聞きたれば。夫を想ひて恋ふる名 の想夫恋なるぞ嬉しき。
シテ    詞「疑もなき小督の局の御調にて候。いかにこの戸あけさせ給へ。
小督    詞「たそや門に人音のするは。心得て聞き給へ。
トモ     詞「中々にとかく忍ばゝあしかりなんと。まづこの樞を押しひらく。
シテ    詞「門さゝれては適ふまじと樞を押へ内に入り。
   カカル上 これは宣旨の御使。仲国これまで参りたり。その由申し給ふべし。
小督    上 現なやかゝるいやしき賎が家に。何の宣旨の候ふべき。門違にてましますか。
シテ    詞 「いやいかに包ませ給ふとも。人目づつみも洩れ出づる。
   カカル上 袖の涙の玉琴の。調は隠れなきものを。
小督 カカル上 げに恥かしや仲国は。殿上の御遊のをり/\は。
シテ    上 笛仕れと召し出されて。
小督    上 馴れし雲居の月も変らず。
シテ小督 上 人を訪ひ来てあひにあふ。その糸竹の夜の声。
地     下 ひそかに伝へ申せとの勅 諚をは{ば?}何とさは。隔て給ふや中垣の。
         葎が下によしさらば。今宵は片敷の袖ふれて月に明かさん。
地     上 所を知るも嵯峨の山。/\。御幸絶えにし跡ながら。
         千代の古道たどり来し行方も君の恵ぞと。深き情の色香をも。
         知る人のみそ花鳥の。音にだに立てよあづま屋の。主はいさ知らず。
         調はかくれよもあらじ。
ツレ    詞「仲国御目にかゝらざらん程は帰るまじきとて。
         あの柴垣のもとに露にしをれて御入り候。
   カカル下 勅諚と申し痛はしさといひ。何とか忍ばせ給ふべき。こなたへや入れ参らせ候はん。
小督    詞「げに/\われもさやうには思へども。
   カカル下 余りの事の心乱れに。身の置き所も知らねどもさらば。
     下二 此方へと申し候へ。
ツレ    詞 「さらば比方へ御入り候へ。
シテ    詞「心得て候。勅諚に任せこれまで参りて候。さても/\かやうにならせ給ひて後は。
         玉体衰へ叡慮なやましく見えさせ給ひて候。
         せめての御事に御行方を尋ねて参れとの宣旨を蒙り。辱くも御書を賜はつて。
         これまで持ちて参りて候。
   カカル下 恐ながら直の御返事を賜はりて。
     下二 奏し申し候はん。
小督    下 もとよりも辱かりし御恵。及びなき身の行方までも。頼む心の水茎の。
         跡さへ深き御情。
地     下 変らぬ影は雲居より。なほ残る身の露の世を。
         憚りの心にも訪ふこそ。涙なりけれ。
     クリ上 げにや訪はれてぞ身に白玉のおのづから。ながらへて憂き年月も。
         嬉しかりける住居かな。
小督  サシ上 たとへを知るも数ならぬ。身には及ばぬ事なれども。
地     上 妹背の道は隔なき。かの漢王のその昔。甘泉殿の夜の思ひ。
         たえぬ心や胸の火の。煙に残る面影も。
シテ    上 見しは程なきあはれの色。
地     下 なか/\なりし契かな。
    クセ下 唐帝のいにしへも。驪山宮の私語。洩れし始を尋ぬるに。
         あだなる露の浅茅生や。袖に朽ちにし秋の霜。忘れぬ夢を訪ふ嵐の。
         風の伝まで身にしめる。心なりけり。
小督    上 人の国まで訪ひの。
地     上 哀を知れば常ならで。なき世を思ひの数々に。
         余りわりなき恋心こころ身を砕きてもいやましの。恋慕の乱なるとかや。
         これはさすがに同じ世の。頼も有明の。月の都の外までも。
         叡慮にかゝる御恵みいとも畏き勅なれば。宿はと問はれてなしとはいかゞ答へん。
地  ロンギ上 これまでなりやさらばとて。ぢきの御返事賜はり御暇申し立ち出づる。
小督    上 月に問ふ宿は仮の露の世に。これや限の御使。思出の名残ぞと慕ひて落つる涙かな。
地     上 涙もよしや星あひの。今は稀なる中なりと。
小督    上 終に逢ふ瀬は。
地     上 程あらじ。迎の舟車の。頓てこそ参らめと。いへど名残の心とて。
シテ    上 酒宴をなして糸竹の。
地     上 声澄みわたる。月夜かな。
シテ    下 月夜よし。
                 男舞
シテ  ワカ上 木枯に。吹き合すめる。笛の音を。
地     上 ひき留むべき言の葉もなし。/\。
シテ    下 言の葉もなき君の御心。
地     下 我等が身までも物おもひに。立ち舞ふべくもあらぬ心。年は帰りて嬉しさを。
         何に包まん唐衣ゆたかに袖打ち合せ御暇申し。急ぐ心も勇める駒に。
          ゆらりとうち乗り。帰る姿のあと遥々と。小督は見送り仲国は。
         都へとこそ。帰りけれ。


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