胡 蝶 (こちょう)

●あらすじ
旅の僧が梅の花を眺めていると、胡蝶の精が現れ、春夏秋の花には戯れることができるが、梅の花には縁がないと嘆く。しかし、法華経の功力により梅の花にも戯れる事ができ喜びの胡蝶の舞を舞い消え失せていった。                 
社団法人 能楽協会 能楽事典ヨリ

●宝生流謡本  外九巻の三   三番目(太鼓あり)
     季節=春    場所=京都一条大宮   作成者=観世小次郎信光
     素謡(宝生) :  稽古順=平物    素謡時間=35分
     素謡座席順   シテ=前・里人 後・胡蝶の精  
                ワキ=旅僧

●観能記
◆胡蝶の舞(その1) 
投稿者:生方史郎  投稿日: 2月23日(日)   www.geocities.jp/kacha30/ubukata.html ヨリ
 小松市公会堂で宝生流能楽「胡蝶」を観賞しました。シテ(里女、のち胡蝶の精)は我が謡の師である藪俊彦氏、ワキ(旅の僧)は苗加登久治氏ほかの皆さんによる演能でした。「胡蝶」のあらすじは以下の通りです。
 『吉野の奥に住む僧が、花の都を見物しようと上京し、一條大宮のあたりにやって来ると、そこに由緒ありげな古宮があり、御殿の階の下に梅が今を盛りと美しく咲いています。僧が立ち寄って眺めていると、人気(ひとけ)無さそうな家の中から、一人の若い女が現れ、声をかけてきて、この御殿や梅の木について語ってくれます。僧は喜んで、女の素性を問いただすと、実は自分は人間ではなく、胡蝶の精だと明かします。そして「春、夏、秋と草木の花から花へと戯れる身ですが、まだ自分が姿を現わすことの出来ない早春に咲く梅花とだけは縁が無いのが悲しく、御僧におすがりし、法華経の功徳を受けたいのです」と言い、荘子が夢で胡蝶になったという故事や、光源氏が童たちに胡蝶の舞を舞わせて舟遊びをしたという故事を語り、もう一度、御僧の夢の中でお会いしましょうと夕空に消えて行きます(ここまでが前半)。 さて、夜になって、僧が読経して木陰に仮寝をしていると、その夢に胡蝶の精が現れ、法華経の功力によって梅花とも縁を得たことを喜び、花に飛び交う胡蝶の舞を見せ、やがて春の夜の明け行く霞の空に去って行きます。』 「胡蝶」は、能について一般的に言われる深遠とか幽玄とかいった趣の曲ではなく、また、人間の情念や怨念が癒される展開の「昇華劇」でもありません。むしろ、胡蝶の精を主人公とする可憐で軽みのある能劇で、まことに早春にふさわしい華やいだ曲だと感じました。
 舞台の正面には紅梅の立木が設えられ、物語が梅を中心に展開することを象徴しています。ワキの僧もこれを眺め、前シテもこれを見て泣き、後シテもこれを巡って華麗に舞うのです。 胡蝶の精の女面は、前半には、早春に存在し得ないはかない生き物として、可憐でつつましやかな表情に見えたのに、後半は、梅の花と戯れるシテの舞の様(さま)により、その表情が喜悦にあふれていたように見えたのは、それこそ仮面劇の最高の効果だとわかってはいても、実に不思議で幻想的な光景でした。 それにしても、どんな演劇の主役でもそうかもしれませんが、この能のシテの役者としての演じ甲斐と充実感はいかばかりでしょう。可憐さを漂わせる前半の里女の姿から、後半は、紫と赤を基調にした華やいだ長絹の装束に胡蝶をかたどった金冠をつけた姿に変身して登場し、華麗な舞を見せるのです。観衆の驚きと溜め息とが手に取るようにわかるシテのエクスタシーはいかばかりでしょう。 
また、地謡のコーラスと笛、大鼓(おおつづみ)、小鼓(こつづみ)、太鼓の四重奏とが醸し出す、えも言われぬ緊張感、しかもそれらがテンポや謡い方の変化によって物語の展開を暗示している様(さま)は、音楽としての能の素晴らしさも堪能させてくれました。 この曲の最後の場面はこんな具合です。思わず口ずさみたくなるような名調子です。 

●解説「胡蝶」の内容             
  nohgaku.s27.xrea.com/tokushu/kocho-1.htm ?ヨリ
21世紀の歳時記 〜梅に鶯はもう古い? in謡曲『胡蝶』
 地球温暖化防止条約京都議定書の発行が危ぶまれているが、地球の温暖化は、身近な季節感にも大きな影を落としている。「梅に鶯」は古来より早春の風物詩であるが、近頃、このカップルに危機が訪れている。 旅僧(奥吉野より都見物のため上京中)によると、早春、京都一条大宮(現京都市上京区一条大宮)の古宮において、満開の梅を眺めていると、胡蝶の精と称する都の女が現れ、荘子の蝶の夢の故事や『源氏物語』胡蝶巻等について語った上で、梅と胡蝶は季節を若干異にするので縁がないと嘆き、法華経の功徳で縁を得たいとも語ってから、夢の中での再会を約して消失してしまった。 地元の人からも同地における胡蝶の話等を聞いた後、仮眠していたところ、約した通り胡蝶の精が現れ、法華経の功徳により、梅と縁を得たことを感謝して舞い戯れ、春霞に紛れ去っていったとの事である。 現在、温暖化のためか否か確証されていないが、「梅に胡蝶」が定番となり得る勢いである。         
(文責:めぐ)

使用する面   能面-増女のつぶやき
 私は、どちらなのかしら。女?神? 少ぉし気もちがゆらぎます。まぁ、いずれにしても私は私。どこにあっても、どんな装束であろうとも。 まぁ、今日は『胡蝶』ですね。切ない気もちになってしまうから、女としての私に近寄ってみようかしら。梅花にあこがれてしまう妖精という存在も、とても不思議です。気高さよりも愛らしさで、せまってもようかしら。 あ、こういうことを考えている時間が大好き。ちょっと年かさだけれど、夢みる気もちを忘れられないところが、私の持ち味なのでしょう。あちこちで忙しいけれど、その度に私はいろいろな自分に出逢える。生まれ変わったら、生身の女優になってみたいものです。 (文責:小梅)

元になった和歌 (源氏物語)
  「花園の胡蝶をさへや下草に秋まつ虫は疎く見るらむ」   (源氏物語 胡蝶)
「こてふにも誘はれなまし心ありて八重山吹を隔てざりせば」(源氏物語 胡蝶) 
古事記の昔より、雅な人々の間で「春秋争い」という遊びが繰り広げられてきました。それぞれが自分の好みを様々の理由とともに述べて、風流な雰囲気を楽しむ遊びです。なので、勝負もつかなくてもよいのですが。源氏物語では、紫の上と梅壷の中宮(秋好中宮)の間で行われます。源氏の君の六条院が完成し、秋の彼岸を過ぎた頃に、大体の住人達は引越しをしてきます。このお邸は、六条京極辺り、そう六条の御息所のお邸があったところを含む周辺の四町ほどの敷地に造営された大邸宅です。西南は中宮、東南は源氏の君と紫の上、東北は花散里、西北は明石と、源氏に縁の深い人々が共に暮らすためのお邸でした。それぞれの女人の好みに合うように、庭園もしつらえてあり、中宮のお庭には秋の風情、紫の上のお庭には春の風情が色濃く出るようにしてありました。さて、「春秋争い」をしかけたのは、中宮でその秋の頃紫の上に歌を送りました。(以下略)


         源氏物語関係の謡曲7曲
                                      
小原隆夫調
 コード   曲 目      概           要     場所  季節  素謡時間
内04卷3 玉   葛  初瀬寺ニ参詣僧ガ玉葛ノ妄執ヲ供養 奈良   秋   40分
内05卷4 葵   上  葵ノ上ニ六条ノ御息所生霊トナリ嫉妬  京都   不   37分
内13卷3 半   蔀  雲林院で光源氏と夕顔の霊夢    京都   秋   30分
内14卷5 源氏供養  源氏物語54帖ノ紫式部ヲ供養     滋賀   春   46分
内20卷3 野   宮  葵ノ上ノ後日物語ヲ旅僧ニ語る     京都   秋   55分
外04卷5 須磨源氏  源氏物語の光源氏桐壷        兵庫   春   35分
外09卷3 胡   蝶  一条大宮ニテ胡蝶ノ精舞う        京都   春   35分

(平成22年2月19日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


    胡 蝶       
       

   胡 蝶(こちょう) 三番目   外九巻の三  (太鼓あり) 
     季 春   所 京都一条大宮       素謡時間約三十五分
  【分類】三番目物(鬘物)
 【作者】観世小次郎信光
  【主人公】前シテ:里の女、後シテ:胡蝶の精  ワキ 旅僧

  【詞章】                    (胡山文庫)

ワキ  次第上 春たつ空の旅衣。/\日も長閑なる山路かな。
ワキ     詞「これは和州三吉野の奥に山居の僧にて候。われ名所には住み候へども。
         未だ花の都を見ず候ふ程に。此春思ひ立ち都に上り。
         洛陽の名所旧跡をも一見せばやと思ひ候。
    道行上 三吉野の高嶺のみ雪まだ冴えて。/\。
         花遅げなる春風の吹きくる象の山越えて。
         霞むそなたや三笠山茂き梢も楢の葉の。
         広き御影の通すぐに花の都に着きにけり。/\。
ワキ    詞「急ぎ候ふ間。程なう都に着きて候。此処を人に尋ねて候へば。
         一条大宮とやらん申し候。心静かに一見せばやと思ひ候。
         又これなる処を見れば。由ありげなる古宮の。軒の檜皮も苔むして。
   カカル下 昔しのぶの忘草。誠に由ある処なり。
      詞「後車寄の辺なる。柴垣の隙より見れば。御階のもとに色殊なる梅花の。
         今を盛と見えて候。立ち寄り眺めばやと思ひ候。
シテ  呼掛詞「なう/\御僧はいづくと思し召して。この梅を眺め候ふぞ。
ワキ    詞「不思議やな人ありとも見えぬ屋づまより。女性一人来り給ひ。
         我に詞をかけ給ふぞや。偖ここをばいづくと申候ふぞ。
シテ    詞「さては始めたる御事にてましますかや。
         まづ/\御身はいづくより来り給へる人なるぞ。
ワキ     詞「これは和州三吉野の奥に山居の者にて候ふが。始めて都に上りて候。
シテ    詞「さればこそ見慣れ申さぬ御事なり。こゝは又昔より故ある古宮にて。
         大内も程近く処からなる此梅を。
   カカル上 雲の上人春ごとに。詩歌管弦の御遊を催し。眺たえせぬ花の色。
        心とゞめて御覧ぜよ。
ワキ    上 あら面白や処から。由ある花の名所を。今見る事の嬉しさよ。
       詞「さて/\御身はいかなる人ぞ。御名をなのり給ふべし。
シテ    詞「名所の人にてましませば。そなたの名こそ聞かまほしけれ。
ワキ カカル上 名所には住めども心なき。身は山賎の年を経て。
シテ    上 住む家桜いろ変へて。これは都の花盛り。
ワキ 上 心をとめて。
シテ    上 色深き。
地     上 梅が香に。昔を問へば春の月。/\。答へぬ影も我が袖に。
         移る匂も年を経る古宮の軒端苔むして。昔恋しき我が名をば。
         何と明石の浦に住む。海士の子なれば宿をだに定なき身や恥ずかしや/\。
ワキ    詞「猶々この宮のいはれ。又御身の名をも委しく御物語り候へ。
シテ    詞「さのみつつむもなか/\に。人がましくや思し召されんさりながら。
         真はわれは人間にあらず。われ草木の花に心を染め。
         梢に遊ぶ身にしあれども。深き望のある身なり。などやらん昔より。
         梅花に縁なき事を歎き。
   カカル下 来る春ごとに悲の。涙の色も紅の。梅花に縁なき此身なり。
地   クリ上 げにや色に染み。花に馴れ行くあだし身は。はかなきものを花に飛ぶ。
         胡蝶の夢の。戯なり。
シテ  サシ上 されば春夏秋を経て。
地     上 草木の花に戯るゝ。胡蝶と生れて花にのみ。契を結ぶ身にしあれども。
         梅花に縁なき身を歎き。姿を変へて御僧に詞を交し奉り。
シテ    下 妙なる法の。蓮葉の。
地     下 花の台を。頼むなり。
    クセ下 伝へ聞く唐土の。荘子があだに見し夢の。
         胡蝶の姿現なき浮世の中ぞあはれなる。定なき世と言ひながら。
         官位も影高き。光源氏の古も。胡蝶の舞人いろ/\の。
         御舟に飾る金銀の。瓶にさす山吹の。襲の衣を懸け給ふ。
シテ    上 花園の。胡蝶をさへや下草に。
地     上 秋まつ虫は。疎く見るらんと詠めこし。
         昔語を夕暮の月もさし入る宮のうち。人目稀なる木の下に。
         宿らせ給へ我が姿。夢に必ず見ゆべしと。
         夕べの空に消えて夢のごとくなりにけり夢の如くになりにけり。
               中入
ワキ  待謡上 あだし世の。夢待つ春のうたゝ寝に。/\。
          頼むかひなき契ぞと思ひながらも法の声。立つるや花の下臥に。
          衣かたしく木蔭かな/\。
               一せい
後シテ   上 ありがたやこの妙典の功力に引かれ。有情非情も隔なく。
          仏果に至る花の色。深き恨を晴しつゝ。梅花に戯れ匂に交はる。
          胡蝶の精魂あらはれたり。
ワキ カカル上 有明の月も照り添ふ花の上に。さも美しき胡蝶の姿の。
          あらはれ給ふはありつる人か。
シテ    詞「人とはいかで夕暮に。かはす詞の花の色。
   カカル上 隔てぬ梅に飛び翔りて。胡蝶にも。誘はれなまし。心ありて。
地     上 八重山吹も隔てぬ梅の。花に飛びかふ胡蝶の舞の。袂も匂ふ。
         気色かな。
              中ノ舞
地     上 四季をり/\の花盛。/\。梢のこゝろをかけまくも。
         かしこき宮の所から。しめの内野の程近く。野花黄鳥春風を領じ。
         花前に蝶舞ふ紛々たる。雪をめぐらす舞の袖。返す%\も。おもしろや。
シテ    下 春夏秋の花も尽きて。
地     下 春夏秋の花も尽きて。霜を帯びたる白菊の。花折り残す。
         枝をめぐり。廻り廻るや小車の。法に引かれて仏果に至る。
         胡蝶も歌舞も菩薩の舞の。姿を残すや春の夜の。明け行く雲に。
         羽根うちかはし。明け行く雲に。羽根うちかはして。
         霞に紛れて失せにけり。


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