宝生流謡曲 経 政
                                   2009/12/15更新
●あらすじ
京都の仁和寺、御室御所の守覚法親王は、琵琶の名手である平経政を少年の頃から寵愛されていました。ところが、このたびの一ノ谷での源平の合戦で経政が討たれてしまったので、生前彼にお預けになったことのある「青山(せいざん)」という銘のある琵琶の名器を仏前に供え、管弦講(音楽法要)を催して回向するように、行慶僧都に仰せつけになります。行慶は、管弦を奏する人々を集めて法事を行います。 するとその夜更け、経政の亡霊が幻のように現れ、御弔いの有難さにここまで参ったのであると、僧都に声をかけます。そして、手向けられた琵琶を懐かしんで弾き、夜遊の舞を舞って興じます。しかもそれもつかの間、やがて修羅道での苦しみにおそわれ、憤怒の思いに戦う自分の姿を恥じ、灯火を吹き消して闇の中へと消え失せます。
 

●宝生流謡本      外九巻の二   二番目    (太鼓なし)
    季節=秋   場所=山城国仁和寺   作者=世阿弥 原典:『平家物語』経正都落
    素謡稽古順稽古順=平物   素謡時間=27分 
    素謡座席順   シテ=平 経政
              ワキ=僧都行慶

●解 説        経政:夢幻の中の管弦講:平家物語(能、謡曲鑑賞)
能「経政」は小品ながら良くまとまった作品である。他の修羅能のように複式夢幻能の体裁をとらず、一場で構成されている。動きは少なく、筋も単純だが、音楽的要素に富み、幻想的な雰囲気に溢れているので、観客を飽きさせることはない。作者は不詳、平家物語巻七に題材をとったと思われる。 平経政(史実上は経正)は清盛の弟経盛の長男で敦盛の兄に当たる。年少の頃から俊才の誉れが高かったという。仁和寺門跡覚性法親王に愛され、その音楽の素質を買われて、「青山」という唐伝来の琵琶の名器を与えられた。経政は一門が源氏に追われて都落ちをするとき、仁和寺に法親王を訪ねて青山を託したことが平家物語巻七に語られている。後に経政は一の谷で負死する。恐らくまだ十代の若者であったろう。 能の作品は、経政の法親王とのかかわりや、琵琶の名器「青山」を巡る後日譚の体裁をとっている。法親王が経政の冥福を祈って、琵琶をもちいての管弦講を催したところ、経政の幽霊が現れて、法親王への感謝と死の苦しみを語り、幽霊となった我が身を恥じながら、闇の中に消えていくというものである。
この曲は、観世流の謡曲テキストにおいては、初級の謡本の中に収められており、弱吟としては初めて稽古する作品である。初級の曲らしく、旋律は美しく、かつ謡いやすい。謡曲ファンにはなじみの深い曲である。

●参 考    
平 経正(たいら の つねまさ)は、平安時代末期の平家一門の武将。歌人。平経盛の長男で、平清盛の甥にあたる。一門の中の俊才として知られ、歌人、また琵琶の名手として名を挙げた。藤原俊成や仁和寺五世門跡覚性法親王といった文化人と親交が深く、とりわけ覚性からは、経正が幼少時を仁和寺で過ごしたこともあり、楽才を認められ琵琶の銘器『青山』を下賜されるなど寵愛を受けた。 寿永2年の平家都落ちの際に仁和寺に駆けつけ、拝領の『青山』を返上し和歌を残した逸話は、『平家物語』中「経正都落」、『源平盛衰記』中「経正仁和寺宮ヘ参リシ事」条などで著名である。寿永3年、一ノ谷の戦いにおいて、河越重房の手勢に討ち取られた。公式に確認されている子女はないが、後世彼の子孫を称するものに生嶋氏がある。また能の演目である『経政』は、経正を題材とした修羅物である。

●平 経正  TAIRA no Tsunemasa(謡曲では経政)
 生年未詳。平清盛の弟・経盛の長男。清盛の甥。弟に経兼、広盛、経俊、経光(養子)、敦盛(「平家物語」で確認できるのは経俊、敦盛のみ)。一の谷の合戦で討死。最終官位は正四位下皇后宮亮(こうごうぐうのすけ)。  詩歌管絃にすぐれ、特に琵琶の名手。倶利伽羅峠の合戦に副将軍として出陣した際、途中の竹生島(ちくぶしま: 琵琶湖の北部にある島)で琵琶を演奏すると白い竜が経正の袖の上に現れたというエピソードがあるくらいです。  幼いころには仁和寺で稚児(寺院の雑用をする少年[※])として仕えていました。13歳で元服、17歳のときに仁和寺の所有だった国内屈指の名器「青山」(せいざん)を賜わり、都落ちの際にはそれを仁和寺の守覚法親王に返しに行きました(巻七「経正の都落ちの事」)。
 仁和寺を去るときには僧侶たちから稚児にいたるまでが経正に取りすがって別れを惜しみ、なかでも経正を稚児時代から知っている行慶(ぎょうけい)は桂川の岸まで経正を送っていき、別れ際に一首の歌を贈ります。  「あはれなり老木若木も山桜 おくれ先立ち花は残らじ」
これに対する経正の返歌 「旅衣(たびごろも)夜な夜な袖を片敷きて思へば我は遠く行きなん」
 ここまではしんみりとした場面なのですが、次のこの一文で雰囲気は一気に軍記モードに切り替わります。 さて、巻いて持たせられたりける赤旗、さっとさし揚げたれば、あそこここに控へて待ち奉る侍ども、『あはや』とて馳せ集まり、その勢百騎ばかり、鞭をあげ、駒を早めて、程なく行幸に追っ附き奉らる。 この切り替えは本当に見事で、「平家物語」の数ある名文の中でも私が特に好きな一節のひとつです。本当はもっと別れを惜しみたい、京を離れたくないという気持ちがあるんだけれども、その名残を振り切って自分は都を去らねばならないんだと経正が敢えて自分に言い聞かせる、そういう心理をもこの転換の鮮やかさから感じられるんですね。
 さて経正はこの二箇所以外は出番のない、地味な人ですが、「建礼門院右京大夫集」にこんな話があります。  中宮徳子が実家の西八條邸に滞在していたとき、ある晩に維盛や経正、藤原隆房などの殿上人、右京大夫を含む女房たちが集まって歓談したり楽器を演奏したりして夜が明けるまで楽しみました。

●謡蹟めぐり関連                  (平1・9記 高橋春雄記)
「経政」の曲中のクセ前後に出てくる名文句に心をうたれ、調べ現代語訳を試みてみました。
白楽天  琵琶行
大絃噌々如急雨   大絃はそうそうとして 急雨の如く
小絃切々如私語   小絃は切々として 私語の如し
[現代語訳]大絃は激しく鳴って夕立のように、小絃はしめやかで、ささめきのようである。
白楽天  管絃
第一第二絃索々   第一第二の絃は 索々たり
秋風払松疎韻落   秋の風松を払って 疎韻落つ
第三第四絃冷々   第三第四の絃は 冷々たり
夜鶴憶子篭中鳴   夜の鶴子を憶うて 篭の中に鳴く
第五絃声最掩抑   第五の絃の声は 最も掩抑せり
隴水凍咽流不得   隴水凍り咽んで 流るることを得ず
[現代語訳]五絃琴の第一・第二の絃は低く太い音で、秋風が松の枝に吹く時のようにざわざとしたひびきです。第三・第四の絃は調子が高くてりんりんとひびき渡り、夜の鶴が子を思って籠の中で鳴くような哀切さがあります。第五の絃は最もその音がするどく、また押さえつけられたようであり、かの朧頭の水が氷に閉ざされて咽び滞っているのを思わせます。(以下略)

平成25年3月15日(金) 
あさかのユーユークラブ 謡曲研究会


     経 政            二番目(太鼓なし)  
 
             シテ  平 経政          季 秋
             ワキ  僧都行慶          所 山城国仁和寺

 〔名乗リ〕
ワキ詞  「これは仁和寺御室に仕え申す。僧都行慶にて候。
      さても平家の一門但馬の守経正は。いまだ童形の時より。
      君御寵愛なのめならず候。然るに今度西海の合戦に討たれ給いて候。
      また青山と申す御琵琶は。経正存生の時より預け下されて候。
      かの御琵琶を仏前に据え置き。管弦講にて弔い申せとの御事にて候ほどに。
      役者を集め候
 〔サシ〕
ワキ   「げにや一樹の蔭に宿り。一河の流れを汲むことも。皆これ他生の縁ぞかし。
      ましてや多年の御知遇。恵みを深くかけまくも。忝くも宮中にて。
      法事をなして夜もすがら。平の経正成等正覚と。弔い給うありがたさよ
 〔上歌〕
地謡   「殊にまた。かの青山と云う琵琶を。かの青山と云う琵琶を。
      亡者のために手向けつつ。同じく糸竹の声も仏事をなし添えて。
      日々夜々の法の門貴賎の道も。あまねしや貴賎の道もあまねしや
                        <上歌の間にシテ登場>
 〔サシ〕
シテ   「風枯木を吹けば晴天の雨。月平沙を照らせば夏の夜の。
      霜の起居も安からで。仮に見えつる草の蔭。露の身ながら消え残る。
      妄執の縁こそ。つたなけれ
ワキ   「不思議やなはや深更になるままに。夜の燈火幽かなる。光の中に人影の。
      あるかなきかに見え給うは。如何なる人にてましますぞ
シテ詞  「われ経正が幽霊なるが。御弔いのありがたさに。これまで現れ参りたり
ワキ   「そも経正の幽霊と。答うる方を見んとすれば。また消え消えと形もなくて
シテ   「声は幽かに絶え残って
ワキ   「正しく見えつる人影の
シテ   「あるかと見れば
ワキ   「また見えもせで
シテ   「あるか
ワキ   「なきかに
シテ   「陽炎の
 〔上歌〕
地謡   「幻の。常なき身とて経正の。常なき身とて経正の。もとの浮世に帰り来て。
      それとは名のれどもその主の。形は見えぬ妄執の。
      生をこそ隔つれども我は人を見るものを。げにや呉竹の。筧の水は変わるとも。
      住み飽かざりし宮の中。幻に参りたり夢幻に参りたり
ワキ詞  「不思議やな経正の幽霊形は消え声は残って。なおも言葉を交わしけるぞや。
      「よし夢なりとも現なりとも。法事の功力成就して。
      亡者に言葉を交わすことよ。あら不思議の事やな
シテ詞  「われ若年の昔より宮の内に参り。世上に面をさらすことも。
      偏に君の御恩徳なり。
      「中にも手向け下さるる。青山の御琵琶。娑婆にての御許されを蒙り。
      常は手馴れし四つの緒に
 〔下歌〕
地謡   「今も引かるる心ゆえ。聞きしに似たる撥音の。これぞ正しく妙音の。
      誓いなるべし
 〔上歌〕
地謡   「さればかの経正は。さればかの経正は。未だ若年の昔より。
      外には仁義礼智信の。五常を守りつつ。内にはまた花鳥風月。
      詩歌管弦を専らとし。
      春秋を松蔭の草の露水のあわれ世の心に洩るる花もなし心に洩るる花もなし
ワキ   「亡者のためには何よりも。娑婆にて手馴れし青山の琵琶。
      おのおの楽器を調えて。糸竹の手向けを勧むれば
シテ詞  「亡者も立ち寄り燈火の影に。人には見えぬものながら。
      「手向けの琵琶を調むれば
ワキ詞  「時しもころは夜半楽。眠りを覚ます折節に
シテ詞  「不思議や晴れたる空かき曇り。にわかに降り来る雨の音
ワキ   「しきりに草木を払いつつ。時の調子もいかならん
シテ詞  「いや雨にてはなかりけり。
      「あれ御覧ぜよ雲の端の
地謡   「月に双びの岡の松の。葉風は吹き落ちて。村雨の如くに訪れたり。
      面白や折からなりけり。大絃はそうそうとして。急雨の如しさて。
      小絃は切々として。ささめごとに異ならず
 〔クセ〕
地謡   「第一第二の絃は。索々として秋の風。松を払って疎韻落つ。
      第三第四の絃は。冷々として夜の鶴の。子を憶うて籠の中に鳴く。
      鶏も心して。夜遊の別れとどめよ
シテ   「一声の鳳管は
地謡   「秋秦嶺の雲を動かせば。鳳凰もこれに愛でて。梧竹に飛び下りて。
      翼を連ねて舞い遊べば。律呂の声々に。情声に発す。
      声文をなすことも。昔を返す舞の袖。衣笠山も近かりき。
      面白の夜遊やあら面白の夜遊や
地謡   「あら名残惜しの。夜遊やな
シテ詞  「あら恨めしやたまたま閻浮の夜遊に帰り。心を延ぶる折節に。
      「また瞋恚の起こる恨めしや
ワキ   「前に見えつる人影の。なお現るるは経正か
シテ詞  「あら恥ずかしや我が姿。早や人々に見えけるぞや。
      「あの燈火を消し給えとよ
地謡   「燈火を背けては。燈火を背けては。共に憐れむ深夜の月をも。
      手に取るや帝釈修羅の。戦いは火を散らして。瞋恚の猛火は雨となって。
      身にかかれば。払う剣は。他を悩まし我と身を斬る。
      紅波は却って猛火となれば。身を焼く苦患。恥ずかしや。人には見えじものを。
      あの燈火を消さんとて。その身は愚人。夏の虫の。火を消さんと飛び入りて。
      嵐と共に。燈火を嵐と共に。燈火を吹き消して暗まぎれより。
      魄霊は失せにけり魄霊の影は失せにけり


あさかのユーユークラブindexページに戻る

郡山の宝生流謡会のページに戻る

このページのトップに戻る

謡曲名寄せに戻る