弓 八 幡 (ゆみやわた)

●あらすじ
「弓」の入った錦の袋を持ち現れた老人 後宇多天皇の臣下が、男山石清水八幡宮二月初卯の御神事に陪従として参詣せよと宣旨を賜り、八幡の石清水八幡宮に向かいます。やがて八幡宮につき神拝しようとすると、多くの参詣の人の中に、錦の袋を弓に入れた老翁がいます。不思議に思った臣下が老翁に、何処から来たのかを尋ねると老翁は「私は長年この八幡宮に仕えている者ですが、君に弓を捧げようと思って、貴方が来るのを待っていたのです」と答えます。またこれは神の思し召しである事を臣下につたえ、弓矢をもって天下を治めた謂れを語ります。さらに老翁は石清水八幡宮の謂れを語り、実は自分は八幡宮の神託を伝えるために現れた高良の神であると言い消え失せます。
姿を現した高良の神 さて臣下が帰ろうとすると、どこからか音楽が聞こえてきて霊香が薫じてきます。するとそこへ、高良の神がその姿を現します。高良の神は舞を舞い、御代を祝い、八幡宮の神徳を讃えるのでした。

●宝生流謡本   外九巻の一        脇能(太鼓あり)
     季節=春    場所=山城国男山    作成者=世阿弥
     素謡(宝生)     稽古順=入門    素謡時間=36分
     素謡座席順    ツレ=男
                 シテ=前・老翁 後・高良の神   
                 ワキ=臣下   

●参考
史跡     岩清水八幡宮 京都府八幡市八幡町高坊
 「弓八幡」ゆみはちまん ゆみやわた 岩清水八幡宮末社高良の神シテが桑の弓、蓬の矢をもって、天下を治めたこの宮の神徳を崇め、天下安穏を誓う。 早春の脇能。
 弓八幡のシテ高良の神とは高良玉垂命(こうらたまだれのみこと)であります。この命は八幡宮に合祀されている武内宿禰、月天子の神格化、神功皇后征韓の武将 藤大臣、海底の竜神安曇磯良など諸説ありますが、この曲では藤大臣を想定して作曲されたのではと、小倉師は述べてられます。
この神社の本社は、福岡県久留米市御井町 高良大社であります。この神社を主題にした能「高良山」が、平成11年に観世流によって上演された記録があるようです。
 この神社は明治12年に再建された社で、往時から見ると規模はかなり小さくなり、一間社入母屋造桧皮葺の社で、見つけ出すことが難しい位です。
       高良神社   同所  男山山麓 岩清水八幡宮頓宮脇 一の鳥居そば

●演能記
粟谷能の会 - 『翁』付『弓八幡』を勤めて
『翁』付『弓八幡』を勤めて―翁と繋がる弓八幡のクセー 喜多流能楽師 粟谷明生
平成19年4月16日、厳島神社御神能で4年ぶりに『翁』付脇能『弓八幡』を勤めました。披キの『翁』は同じ御神能で平成7年(39歳)ですから、丁度12年前、そのときの脇能も『弓八幡』でした。現在、御神能は初日と三日目を喜多流の出雲家と粟谷家が、二日目は観世流大江家が受け持って、この伝統を継承しています。近年、喜多流の翁大夫は執事の出雲康雅氏が隔年に、その間を粟谷能夫と私が交代で勤め、すでに14、5年が経っています。初日の番組は『翁』付の五番立が基本で、脇能は『高砂』『弓八幡』『養老』の三曲のうちの一曲が、二番目物も勝修羅の三曲『田村』『八島』『箙』のうちの一曲がそれぞれ順番に組まれ、毎年演じられています。
『翁』は「能にして能にあらず」といわれ普通の能とは異なり別格です。発生は平安時代や鎌倉初期といわれ、中世室町時代初期に出来上がった能に比べ、演出や構成に特異性が見られます。室町時代後期に吉田神道の影響を受けましたが、その形はほぼ現在まで大きな変化はなく伝えられています。私が厳島神社で『翁』を勤める喜びのひとつに、屋外しかも海の上という特殊な場所で舞えることがあります。晴雨に関わらず翁烏帽子に装束を纏い日光や風、大地の香り、そしてここでしか味わえない潮の織りなすいろいろな現象を肌で感じながら勤める『翁』は貴重なひとときです。屋内の能楽堂では得られない自然の中で舞える喜びを満喫し、無事奉納が終わると能楽師として、さあこれからまた一年がはじまる、とけじめも付き意欲も湧いてきます。 (中略)

『弓八幡』について
『翁』が一通り終わると、脇能の『弓八幡』となります。
『弓八幡』は脇能の中でも渋い曲で演者にとっては、さほど遣り甲斐のある曲ではありません。世阿弥も「すぐなる體は『弓八幡』なり、曲もなく真直なる能、當御代の初めに書きたる能なれば秘事もなし」と世子申楽談儀に書いているように、特別演出する小書もなく特別な型所があるわけでもないので、『高砂』に比べると面白みは少々下がるように思います。
『弓八幡』のような簡素な曲は演者が見せるというより『翁』と同じように真摯に、ただただきっちりと正統に脇能らしく謡い、脇能らしい力漲る構えや運びに心がければいいと思います。観客はその中から泰平の御世を祝う心を想像されればよろしいかと思います。今回初ツレを経験したのは昨年より我が家で勉強している佐藤陽君で、東北大学で勉学中にこの道に入りたくなり、今能楽師を目指している者です。喜多能楽堂改修工事も無事終わり、4月には本舞台も使用出来るようになったので、佐藤君と本舞台で二、三度稽古しましたが、やはり厳島の能舞台は橋掛りの位置が喜多能楽堂とは違い特殊なので、前日に場当たりをして舞台に慣れておくことにしました。その成果があり、見当違いや間違いもなく無事勤めてくれたことは嬉しいことでした。これからの益々の精進を期待しています。『弓八幡』を再演するにあたって再度伝書を見ましたが、やはり「常の通り」とあるだけです。但、桑弓をワキに渡すところは通常初同で渡すとされていますが、意味合いからも「今日ご参詣を待ち申し、これを君に捧げ物と申し上げ候」とワキとの問答の時に渡した方がよいので、前回同様そのようにしました。『弓八幡』の主題はこのワキとの問答にあると思います。弓矢をもって戦勝を祝うのではなく、弓を袋に入れて武をおさめるという平和主義者世阿弥の思想がここにあります。スポンサーである武人足利氏を褒め称えながらも、帝を尊重する曲作りには世阿弥の芸能者魂がこのすぐなる能から伺えます。
『弓八幡』脇の五段次第、道行、シテの眞之一声、下げ歌、上げ歌、問答、初同となり、続いて序、サシ、クセ、ロンギ、中入となり舞があってキリの仕舞所と、典型的な脇能の構成で進行していきます。サシから居クセまでは神功皇宮が三韓を従えさすために九州で祭壇を飾り祈ったこと、そして敵を滅ぼし応神天皇を生んだこと、その神が八幡山について石清水八幡宮となった故事を語ります。そしてこのクセの詞章が神楽発祥や『翁』に通じ、寿山が記載する伝書に同様に書かれていたのを知り興味が湧きました。居クセが終わり、前シテの尉は自ら高良神(かわらのしん)であると名乗り消え失せ、中入となります。後場は高良の神躰として現れ、御世を寿ぎ泰平の御世を祝い舞を舞います。  (後略)

(平成22年2月19日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


        弓八幡

         弓八幡(ゆみやはた)  外九巻の一   (太鼓あり)
        季 春      所 山城国男山  素謡時間 36分
  【分類】脇 能 (    )
  【作者】        典拠:
  【登場人物】前シテ:老翁、後シテ:高良ノ神  ツレ:男  ワキ:臣下 

         詞 章                     (胡山文庫)

ワキ  次第上 御代も栄ゆく男山。御代も栄ゆく男山。名高き神に参らん。
ワキ    詞 「そもそもこれは後宇多の院に仕え奉る臣下なり。
          さても頃は二月初卯八幡の御神事なり。郢曲のみちなれば。
         陪従の参詣仕れとの宣旨を蒙り。唯今八幡に下向仕り候。
    道行上 四の海波静かなる.時なれや。波静かなる時なれや。
          八洲の雲もおさまりて。げに九重の道すがら往来の旅も豊かにて。
          めぐる日影も南なる。八幡山にもつきにけり.八幡山にもつきにけり。
ワキ     詞「急ぎ候ふほどにこれは早や。八幡山につきて候。心静かに神拝を申さうずるにて候。
              真ノ一セイ
シテ、ツレ 上 神まつる。日も二月の今日とてや。のどけき春の。朝ぼらけ。
ツレ     上 花の都の空なれや。
シテ、ツレ 上 雲もおさまり。風もなし。
シテ    上 君が代は千世に八千代にさざれ石の。巌となりて苔のむす。
シテ、ツレ 上 松の葉色も常磐山。緑の空ものどかにて。君安全に民厚く。
         関の戸ざしもささざりき。もとよりも君を守りの神国に。
         わきて誓いもすめる世の。月かげろうの石清水たえぬ流れの末までも。
         生けるを放つ大悲の光。げにありがたき。時とかや。
     下歌 神と君と道すぐにあゆみを運ぶこの山の。

  ( 小謡 松高き ヨリ  運ぶなり マデ )

      上歌 松高き枝もつらなる.鳩の峯。
ツレ     上 枝も連なる鳩の峯。
シテ、ツレ 上 くもらぬ御代は久方の。月の桂の。男山げにもさやけき影に来て。
         君万才と祈るなる。神に歩みを運ぶなり.神に歩みを.運ぶなり。
ワキ    詞 「今日は当社の御神事とて。参詣の人人多き中に。
         これなる翁の錦の袋に入れて持ちたるは弓と見えたり。
         そもいずくより参詣の人ぞ。
シテ    詞「これは当社に年久しく仕え申す者なり。
         又これに持ちたるはは弓なり。身の及びなければ直奏申す事かなわず。
         今日当社参詣を待ち得申し。これを君に捧げ物と申しあげ候。
ワキ    詞 「ありがたし有難し。まずまずめでたき題目なり。さてその弓を奏せよとは。
         私に思いよりけるか。もし又当社の御神託か。
       上 わきて謂れを申すべし。
シテ    詞「今日当社御参詣に。桑弓を捧げ申すこと。則ちこれこそ神慮なれ。
ツレ    上 その上聞けば千早ふる。
シテ、ツレ 上 神の御代には桑の弓。蓬の矢にて世を治めしは。
         すぐなる御代のためしなれ。よくよく奏し。給えとよ。
ワキ カカル上 げにげにこれは泰平の。御代のしるしは顕れたり。
        詞 「まずその弓を取りいだし。神前にて拝見申さばや。
シテ    詞 「いやいや弓をとりいだしては。何の御用のあるべきぞ。
ツレ    上 昔もろこし周の代を。治めし國の始めには。
シテ    詞「弓箭をつつみ干戈をおさめし例をもつて。
ツレ    上 弓を袋に入れ。
シテ    上 劔を箱におさむるこそ。
ツレ    上 泰平の御代のしるしなれ。
シテ、ツレ 上 それは周の代これは本朝。名にも扶桑の國を引けば。

  ( 小謡 桑の弓 ヨリ  めでたかりける マデ )

地謡    上 桑の弓とるや蓬の.八幡山。取るや蓬の八幡山。誓いの海は豊かにて。
         君は船。臣は瑞穂の國國も残りなくなびく草木の。
         恵みも色もあらたなる。御神託ぞめでたき神託ぞめでたかりける。
ワキ     詞「桑の弓箭の矢にて世を治めし謂れ猶々申し候え。
地謡  クリ上 そもそも弓箭をもって代を治めし始めといっぱ。人皇の御代はじりても。
         則ち当社の。御神力なり。

  ( 独吟・囃子 しかるに ヨリ  豊かなりける マデ )

シテ  サシ上 しかるに神功皇后。三韓を鎮め給いしより。
地謡    上 同じく応神天皇の御聖運。御在位も久しく國富み民も。豊かに治まる天が下。
         今に絶えせぬ。例とかや。
    クセ下 上雲上の月卿より。下萬民に至るまで樂しみの声つきもせず。
          しかりとは申せども。君を守りの御恵みなおも深き故により。
         欽明.天皇の御宇かとよ。豊前の國宇佐の郡。蓮台寺の麓に。八幡宮と現れ。
         八重旗雲をしるべにて。洛陽の。南の山高み。曇らぬ御代を守らんとて。
         石清水いさぎよき霊社と現じ.給えり。されば神功皇后も。
         異国退治の御ために。九州。四王寺の峯において。七か日の御神拝。
         例も今は久かたの。天の岩戸の神あそび。群れいて謡うや榊葉の。
         青和幣白和幣とりどりなりし神霊を。
シテ    上 遷すや神代の跡すぐに。
地謡    上 今も道あるまつりごと。あまねしや神籬の。おがたまの木の枝に。
         黄金の鈴を結びつけて千早ふる神遊び。七日七夜の御神樂まことに天も納受し。
         地神も感應の海山。治まる御代に立ち帰り。国土を守り給うなる。
         八幡三所の神徳ぞめでたかりける。
   ロンギ上 げにや誓いも.影高き。げにや誓いも影高き。
         この如月の神祭りかかる神慮ぞありがたき。
シテ、ツレ 上 ありがたき千世の御声を松風の。ふけ行く月の夜神樂を。奏して君を祈らん。
地謡    上 いのる願いも瑞籬の。久しき代より仕へてし。
シテ、ツレ 上 われはまことは代代を経て。
地謡    上 今この年になるまでも。
シテ、ツレ 上 生けるを放つ。
地謡    上 高良の神とはわれなるが。この御代を守らんと。唯今ここに来たりたり。
         八幡大菩薩の。御神託ぞ疑うなとて かき消すようにうせにけり/\。
                <中入>
  ( 仕舞・独吟 都に帰り ヨリ  豊かなりける マデ )

ワキ  待謡上 都に帰り.神勅を。都に帰り神勅を。ことごとく奏しあぐべしと。
         言えばお山も音樂の。聞こえて異香薫ずなる。
         げにあらたなる奇特かなげにあらたなる.奇特かな。
後シテ   上 あら有難やもとよりも。人の国よりわが国。他の人よりはわが人と。
         誓いの末もあきらけき。真如実相の月弓の。八百万代に末までも。
         動かず絶えず君守る。高良の神とは.わが事なり。
地謡    上 二月の。初卯の神楽おもしろや。
シテ    上 うたえや謡え。日影さすまで。
地謡    上 そでの白木綿かえすがえすも。千代の声ごえ。謡うとかや。
                <神舞>
地謡 ロンギ上 げにや末世と.言いながら。/\。神の威光はいやましに。
         かくあらたなる御相好。拝むぞたっとかりける。

  ( 仕舞・独吟 御代を守りの ヨリ  豊かなりける マデ )

シテ    上 御代を守りの御誓い。もとより定めある上に。
         殊にこの君の神徳。天下一統と守るなり。
地謡    上 げにげに神代今の代の。しるしの箱の明らかに。
シテ    上 この山上に宮居せし。
地謡    上 神の昔は。
シテ    上 ひさかたの。
地謡    上 月の桂の男山。さやけき影は所から。畜類鳥類鳩吹く松の風までも。
         皆神体と現れ.げにたのもしき神ごころ。
         示現大菩薩八幡の.神徳ぞ豊かなりける神徳ぞ豊かなりける。


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