鷺 (さぎ)

●あらすじ
 能の曲名。四番目物又は五番目物(切能物)。世阿弥作とも伝えられるが未詳。『源平盛衰記』の「蔵人クランド取鷺事サギヲトルコト」を典拠とする。 まず官人(アイ)が登場、王が神泉苑シンセンエンで夕涼みをする旨を告げる(狂言口開クチアケと云う)。王(ツレ)が大臣(ワキツレ)、従臣(ワキツレ数人)、輿舁コシカキ(ワキツレ二人)、そして蔵人(ワキ)を引き連れて神泉苑へ着く。王は池の洲崎にいる白鷺(シテ)を捕らえて来るよう大臣に命じ、その命を受けた蔵人は鷺を捕りに行く。鷺は一旦飛び去るが、勅諚であると聞くと、喜んで舞い戻る。蔵人はこれを王に捧げ、王は蔵人に爵を、そして鷺には五位の位を賜る。鷺は羽を羽ばたかせて舞(乱ミダレ)を舞い、やがて何処かへ飛び去る。

●宝生流謡本      外八巻の五   四番目    (太鼓あり)
    季節=夏    場所=京都神泉苑   作者=世阿弥元清
    素謡稽古順稽古順=初伝序之分   素謡時間=18分 
    素謡座席順   子方=帝王
               シテ=鷺
               ワキ=蔵人
               ワキヅレ=従者

●観能記
 9/4(日)、「金沢能楽会別会能」を観に行った。番組は、能2番、狂言、仕舞などで、宗家や人間国宝の方が何人も出られると言う豪華版。チケットも定例能よりずっと高い。 宝生和英さんのお能は、私は4度目になるが、娘は初めて。日本にいる間に見せておきたいと言う気持ちもあった。なはさんを誘ったら、観たいと仰ったので3人で車で行くことに。雨を心配したがどうやら持ちこたえ、早めに行ったので能楽堂内の駐車場に入れた。 鷺の鳥をご存知だろうか。ゴイサギである。鷺は白い鳥と思っていたが、ゴイサギは青みがかった灰色。この鳥の名前の由来と言われる、能「鷺」を紹介します。 (シテは近藤乾乃助さん)だが、シテの鷺は、鷺冠(さぎかんむり)をいただき、鷺の扇を持ち、白づくめの衣装だ。   
           作者:世阿弥元清 出典:平家物語、源平盛衰記など
 ストーリーは簡単。延喜の御世に醍醐天皇(子方)が平安神宮の神泉苑で遊んでいると、鷺(シテ)が飛んできます。帝はそれを捕まえるように大臣(ワキヅレ)に命じます。大臣はその宣旨を蔵人(くろうど・ワキ)に伝えるが、蔵人は空を自由に飛びまわる鳥を捕まえるのは難しいことだと躊躇します。すると大臣は王土の下では、鳥でさえも王威に服するものだと蔵人を励まします。
 鷺が逃げようとしたので、蔵人は「勅定だ」と呼びかけると、鷺は引き返し羽を垂れ地にひれ伏します。喜んだ帝は蔵人に五位の位を授与するとともに、鷺にも五位を授けます。鷺は嬉しそうに舞い(他の作品にない特別の舞)、空に放されます。 ここから「五位鷺」の名が生まれたと言われ、日本の位階制度では、従五位以上は貴族なので、ゴイサギは一般人よりエライとか。  この能では、シテの鷺は少年あるいは還暦を過ぎた老人が直面(面をつけない)で演じるとされているそうだ。
ワキの役目を語っておられた。今回の役は、僧ではなく蔵人(帝の秘書のような役割)、大臣の命令のまま鷺を捕まえるのだが、鷺をいたわるようなしぐさ、それでいて重々しさが感じられ、やはり存在感が違うと思った。 子方は、堂々とした演技だった。
 「鷺」では、鷺そのものが、清楚な鷺の装束で美しい舞を見せます。この舞と囃子について、次のお稽古の時先生にお聞きしたいと思っている。

●「鷺」
 鷺を人格化し、その清らかな舞を見せる能である。特に筋と云うべきものはなく、品位と風格だけで舞う舞であり、一方、慶祝の趣が強い能でもある。シテは、全て白一色の扮装で、清浄無垢の姿を表す。従って、シテは元服前の少年又は還暦後の老人に限って許され、青年・中年の演者は舞わない慣例となっている。宗家以外の演者は、七十歳以上に限るとか、又は装束の中に白以外の色を一色用いるとか云う定めを持つ流儀もある。直面ヒタメンを原則とするが、面を用いるときは、延命エンメイ冠者カンジャ又は邯鄲男カンタンオトコ・若男ワカオトコの面を懸ける。白い長絹チョウケン(上着)を羽毛のように翻ヒルガエして舞う鷺の舞は「乱ミダレ」と云い、『猩々ショウジョウ』の特別な演出の場合、即ち『猩々乱』(又は『乱』)の舞と共に、普段とは変わった足遣いをする特殊な舞である。ワキ方の小書「真シン之
型」と称し、十一人のワキツレが登場する演出もある。なお王のツレを子方にする場合も多い。

●参 考〈鷺サギ〉「鷺」
 サギ(鷺)は、コウノトリ目サギ科 (Ardeidae) に属する鳥類の総称で、水鳥の仲間である。雪客(せっかく)という異称もある。  コウノトリ目サギ科の鳥の総称。形はツルに似、やや小さく、飛翔時に首を縮める。眼の周囲は裸出し、尾羽は短い。樹上に巣を営み、主に魚類を捕食。世界に約60種、わが国には約15種が分布。雪客セッカク。    参考:小学館発行「万有百科大事典」ほか

●さぎみだれ
 能の舞事のひとつ。能「鷺」で勅諚に従って帝の前に舞い降りた鷺が舞う舞。笛・小鼓・大鼓・太鼓の楽器編成で奏される太鼓物である。白鷺の清浄無垢な世界が重視されることから、元服前の少年か、還暦または古稀を過ぎた者以外には上演が許されない。舞の型には鷺の姿を模したかのような抜キ足など特殊な足遣いもみられるが、技術的なことよりも演者の人間性や生き様が舞台に反映する難しさがあるとされる。装束も白一色に統一して清純さを表現する。なお、乱には2種類あり、単に乱といえば通常「猩々」の乱を指すが、「鷺」の乱とは異なるものである。

●解 説  | 好雪録 | 村上湛 古典演劇評論  2012/1/15 鷺の蔵人
 今日はちょっとオカタイ、考証メモである。「蔵人」とは、律令で定められた以外の後補の官職。 いわゆる令外官(りょうげのかん)である。 職掌は天皇の秘書官であり、それこそ結髪から食事の給仕から、天皇の実生活に関わるありとあらゆる役をこなす。 雑用役だが、何と言っても君辺に侍り、御つれづれには会話のお相手もする、晴れの役職であり、宮廷の華だった。 位階は六位だが、昇殿資格は五位以上だから、普通これでは天皇の御座所・清涼殿には上がれない。 従って、「六位の蔵人」に限り破格の処遇で殿上人に列せられ、のみならず、天皇占有の禁色・麹塵(きくじん=山鳩色)の袍の着用が認められた。 麹塵の袍など、いかなる高位の者でも着用できない。これは恐るべき名誉である。 これだけでも、「蔵人」がいかに羨望の的であったか、お分かり頂けよう。 要するに、「士烏帽子・掛直垂・白大口」の武士姿で任官する職ではない。では、なぜこの能の「蔵人」は、貴族らしい扮装をしないのだろうか?私が想像するに、これは正規の官職ではなく、「百官名」としての「蔵人」のイメージなのではなかろうか。 (中略) それゆえ、原典の設定をさほど深く考えず、いわば「武士の代表」として舞台に出たのが、この能の「鷺の蔵人」だったのではないか。 本日のツレ・王(醍醐天皇)の扮装は「垂纓の冠・単狩衣・緋指貫」だった。 故実で考えれば、蔵人だって天皇に準じた扮装で良さそうなものである。 だが、「垂纓の冠・単狩衣・指貫」姿の蔵人が、屁っ放り腰で鷺を捉えに掛かったら、これはよほど締まらない格好だろう。 やはり天晴れ武士らしい「士烏帽子・掛直垂・白大口」姿のワキがキリリと動いてこそ〈鷺〉のワキというものだ。能の扮装一つにしても、まだ考察されていないことは沢山あるのである。 2012年1月15日 | 記事URL

平成21年11月20日(金)  あさかのユーユークラブ 謡曲研究会


                鷺 
                          作者=世阿弥元清
           子方=帝王
           シテ=鷺
           ワキ=蔵人
           ワキヅレ=従者

●能「鷺」:延年の舞とのかかわり - 壺 齋 閑 話
 能には鶴亀や猩々など動物を題材にしたジャンルのものがいくつかあるが、おおむねめでたさを祝う、祝祭的な雰囲気のものが多い。鷺もまたそのような祝祭的な雰囲気に満ちた能である。作者や典拠は定かではない。能以前に栄えた伝統的な芸能である延年の舞が進化したのだろうとする説が有力である。あるいは民衆芸能が昇華したものかもしれない。能の作品の中では素朴さを感じさせる逸品である。
 ストーリーといえるほどのものはない。延喜の御世に醍醐天皇が神泉苑で遊んでいるところを、鷺が飛んできた。帝はそれを捕まえるように大臣に命ずる。大臣はその宣旨を蔵人に伝えるが、蔵人は空を自由に飛びまわる鳥を捕まえるのは難しいことだと躊躇する。すると大臣は王土の下では、鳥でさえも王威に服するものだと蔵人を励ます。
人の気配に気づいた鷺が逃げようとしたところを、蔵人は鷺に対して宣旨である旨を告げる。すると鷺は王威にひれ伏してなされるままになり、帝の前まで連れ出される。喜んだ帝は蔵人に五位の位を授与するとともに、鷺にも五位を授ける。ここから五位鷺の名が生まれたという具合に、一種の語源譚にもなっている。
 この能では、シテの鷺は少年あるいは還暦を過ぎた老人が直面で演じることとされている。例外的に壮年の俳優が演じる場合もあるが、その場合には延年という特殊な面をつける。
以下に紹介するのは、先日NHKが放映した宝生流の能である。シテは近藤乾之助が演じていた。
舞台にはまず間狂言が登場し、これから延喜の帝が神泉苑で夕涼みする旨を告げる。つづいて大勢の臣下を従えて延喜の帝が登場する。帝は子方である。(以下テクストは「半魚文庫」を活用)


ワキ、ワキツレ
  一セイ「久方の。月の郡の明らけき。光も君の。恵かな。
ワキ、ツレ
   サシ「それ明君の御代のしるし。万機の政すなほにして。
      四季をり/\の御遊までも。捨て給はざる叡慮とかや。
ツレ   「まづ青陽の春にならば。
ワキツレ 「処々の花のみゆき。
ツレ   「秋に時雨の紅葉狩。
ワキツレ 「日数も積る雪見の行幸

ツレ   「寒暑時を違へされば。
ワキツレ 「御遊のをりも。
ツレ   「時を得て。
ワキワキツレ上歌「今は夏ぞと夕涼。今は夏ぞと夕涼。松の此方の道芝を。
      誰踏みならし通ふらん。これは妙なるみゆきとて。小車の。
      直なる道を廻らすも同じ雲居や大内や。神泉苑に着きにけり。
      神泉苑に着きにけり。
ツレサシ 「面白や孤島峙つて波悠々たるよそほひ。誠に湖水の浪の上。
      三千世界は眼の前に盡きぬ。十二因縁は心の裏に空し。げに面白き景色かな。
地    「鷺の居る。池の汀は松ふりて。池の汀は松ふりて。都にも似ぬ。
      住居はおのづからげにめづらかに面白や。或は詩歌の舟を浮め。
      又は糸竹の。聲あやをなす曲水の。手まづ遮る盃も浮むなり。
      あら面白の池水やな。あら面白の池水やな。

ここで鷺が舞台に出てくる。白鷺であるから衣装はすべて白づくめだ。直面の頭の上の冠には、鷺をかたどった飾り物がついている。

鷺の姿を目に留めた帝が、とって参れと命ずる。以下上述したようなやり取りが続いて鷺は帝の前にひれ伏す。

ツレ   「いかに誰かある。
ワキツレ 「御前に候。
ツレ   「あの洲崎の鷺をりから面白う候。誰にても取りて参れと申し候へ。
ワキツレ 「畏つて候。いかに蔵人。あの洲崎の鷺をりから面白うおぼしめされ候ふ間。
      取りて参らせよとの宣旨にて候。
ワキ   「宣旨畏つて承り候さりながら。かれは鳥類飛行の翅。いかゞはせんと休らへば。
ワキツレ 「よしやいづくも普天の下。卒土のうちは王地ぞと。
ワキ   「思ふ心を便にて。
ワキツレ 「次第々々に。
ワキ   「芦間の蔭に。
地    「狙ひより狙ひよりて。岩間のかげより取らんとすれば。
      この鷺驚き羽風を立てゝ。ぱつとあがれば力なく。手を空しうして。
      仰ぎつゝ走り行きて。汝よ聞け勅諚ぞや。勅諚ぞと。呼ばはりかくれば。
      此鷺立ち帰つて。本の方に飛び下り。羽を垂れ地に伏せば。
      抱きとり叡覧に入れ。げに忝き王威の恵。ありがたや頼もしやとて。
      皆人感じけり。げにや仏法王法の。かしこき時の例とて。
      飛ぶ鳥までも地に落ちて。叡慮に適ふありがたや。叡慮に適ふありがたや。
      猶々君の御恵。仰ぐ心もいやましに。御酒を勧めて諸人の。舞楽を奏し面々に。
      きぎの蔵人。召し出され様々の。御感のあまり爵を賜び。
      ともになさるゝ五位の鷺。さも嬉しげに立ち舞ふや。
シテ   「洲崎の鷺の。羽を垂れて。
地    「松も磯馴るゝけしきかな。

舞 ここで鷺は喜びの舞を舞うが、他の作品にはない、特別の舞である。

シテ   「畏き恵は君朝の。
地    「畏き恵は君朝の。四海に翔る翅まで。靡かぬ方も。なかりければ。
      まして鳥類畜類も。王威の恩徳逃れぬ身ぞとて。勅に従ふ此鷺は。
      神妙々々放せや放せと重ねて宣旨を下されければ。げにかたじけなき宣命を。
      ふくめて。放せばこの鷺。心嬉しく飛びあがり。心嬉しく飛びあがりて。
      行くへも知らずぞなりにける。

開放された鷺は喜び勇んで空中に飛び立ち、舞台から去っていくところで一曲が終了するといった具合である。




あさかのユーユークラブindexページに戻る

郡山の宝生流謡会のページに戻る

このページのトップに戻る

謡曲名寄せに戻る