竹  雪 (たけのゆき)

●あらすじ
 越後国の住人直井左衛門は、妻と離別して近くの長松に住まわせ、二人の子の姉を母の方に、弟の月若を自分の方に置きました。新たに妻を迎えた直井は、宿願のため参籠する間、月若のことを後妻に頼んで出掛けました。 その留守中、継母に虐げられた月若は家を出ようと思い、暇乞いに実母を訪ねます。そこへ継母から迎えが来て仕方なく月若は家に帰ります。継母は実母へ告げ口に行ったのであろうと腹を立て、月若のこそでを剥取り、薄着の月若に降り積もった竹の雪を払わせます。月若は厳しい寒さの中、家に入ることもかなわず、遂に凍死してしまいます。その知らせを受けた実母と姉が、涙ながらに雪の中から月若を捜し出し、悲しみにくれていると、直井が帰宅して事の次第を知り、後妻の無情を共に嘆きます。すると「竹故消ゆるみどり子を、又二度返すなり」と竹林の七賢の声がして、不思議にも月若は生き返ります。親子は喜びあい、この家を改めて仏法流布の寺にしました。
(「宝生の能」平成9年12月号より)

●宝生流謡本         外八巻の四   四番目    (太鼓なし)
           季節=冬       場所=越後国   作者=不明
    素謡稽古順稽古順=初伝奥之分     素謡時間=53分 
    素謡座席順   ツレ=月若の姉
              シテ=月若の母
              ワキ=月若の父
              子方 =月若

●謡蹟めぐり  
 真行寺と長昌寺   新潟県上越市      
(平16・3高橋春雄記)
JR直江津駅から海岸に向かって500メートルほど、上越市中央にある真行寺は、ワキ直井左衛門の邸跡と伝えられる。本堂の白壁が美しい。庫裡の玄関前には、謡曲「竹雪」に因み「長松」と名付けたと説明されている、10メートルほど横に枝のびた黒松がある。その松の下には自然石に「謡曲竹雪旧跡」と刻んだ碑が建っている。案内を乞うと快く招じ入れてくれ、内部の庭も拝観することが出来た。本堂や庫裡の前、また寺の中の庭もよく手入れされており、曲に出てくる竹林の面影はなく、月若が寒空に、ほころびた衣類を来て竹の雪を払い凍死したのを想像するのは困難である。
 月若の母の実家は上越市小池にある長昌寺であるといわれる。かなり山奥の荒れた寺で、私が訪ねた時は人の気配はなかった。私は直江津からタクシーで行ったのだが、かなり時間がかかったような気がする。地図で真行寺と長昌寺との距離を測ってみたらおよそ20キロはあるようだ。月若は雪の山道をただ一人で母を訪ねてここまでたどり着き、また呼び戻されて元来た道を戻ったのである。 曲中に「彼の唐土の孟宗は、親のため雪中に入り筍(たかんな)をまうく」とある。
京都市の祇園祭には沢山の山が出るが、その中に「孟宗山」があり、この一節のことを示しているのでその写真を掲げてみる。 その由来は中国の史話「二十四孝」に基づくもので、呉の国の孟宗が、病気の母の為に好物のたけのこを求めて、雪の竹やぶを歩き回り掘り当て母親に与えたところ元気を取り戻したという物語である。 山車の上部の傘や木々には雪が積っており、御神体の人形は唐人衣裳に蓑、笠をつけ、右手に雪のかぶった筍、左手には鍬を肩にかついで立っている。

●参 考  雪の風情の能楽を楽しむスペシャル公演!
 歌人・馬場あき子さんの能楽講座の20回記念に特別公演を開催します。 能は新潟が舞台の貴重な能「竹雪」。そして、季節は冬・2月。 能楽堂の中庭の竹林に雪が降り積もれば、まさに能「竹雪」の世界です。一番新潟らしい季節・冬に、新潟ゆかりの能を野外能の雰囲気でお楽しみいただけるまさに、「スペシャル」な能楽公演です。

●雪見能」ここがお薦め!
 大好評の馬場あき子・能楽基礎講座20回を記念して、スペシャル能楽公演の開催が決定しました!馬場さんの解説の後、実際の能や狂言を一級の能楽師による上演でお楽しみいただける贅沢な内容です。その名も「雪見能」能楽堂で“雪見”?一体“雪”はどこに…?
(一の雪)雪づくしのプログラム
上演する能は、「竹雪(たけのゆき)」という新潟が舞台となった貴重な能です。能「竹雪」も狂言「木六駄(きろくだ)」も、雪の情景が舞台となった、まさに雪づくしのプログラムです。それぞれのストーリーに雪が非常に重要な意味をもっています。作り物(能の舞台セット)や小道具にも雪を模したものが多く登場します。
(二の雪)「竹の雪」の背景
能舞台の鏡板をはずせるりゅーとぴあ能楽堂ならではの機能を活用し、中庭の美しい竹林の背景を用意します。季節は冬、二月。雪が竹林に降り積もれば、まさに「竹雪」の世界。屋内にいながら野外能の雰囲気を楽しめる趣向です。
(三の雪)オリジナル和菓子
ご来場のお客様に、「竹雪」をイメージして作った和菓子をサービスいたします。特製のオリジナルお菓子ですので、詳しくは当日のお楽しみです。開場時や休憩時、ホワイエからの眺めを楽しみながら、おいしい「雪」をご堪能ください。
※中庭の竹林の雪はお天気次第ですので、実際には雪がない場合や、天候によって鏡板をはずさない可能性もあります。しかし、馬場さんのお話や能楽師の熱演によって、きっと舞台に雪の情景が現れることでしょう。どうぞご期待ください。
 
●観能記      2011年2月18日(金) 雨後晴   「国立定例公演」   於:国立能楽堂 
「竹 雪」(喜多流)
   シテ/月若の母 香川靖嗣    子方/月若の姉 内田貴成  同/月若 友枝大風
   ワキ/直井左衛門 宝生 閑   アイ/継母 野村萬斎  同/従者 高野和憲
   囃子方/    笛 一噌仙幸・小鼓 鵜澤洋太郎・大鼓 亀井忠雄
   地謡/後列 地頭 友枝昭世 副地頭 粟谷明生 長島 茂・狩野了一
             /前列 佐々木多門・友枝雄人・内田成信・大島輝久
   後見/  主 塩津哲生・副 中村邦生・友枝真也
   能柄:四番目・人情物 所:越後 季節:冬・十二月 作者:不明
   作り物:正先・竹垣に竹雪を立てる
 宝生・金剛・喜多流にある曲だが、喜多流ではあまり上演されない稀曲。 1996年 友枝昭世・2008年 塩津哲生で上演、今回は 96年版に基づく再演。 後妻の継子虐めを主題とした劇性の高い現在能で、雪に埋もれ凍死した子の両親の嘆きを憐れみ、竹林の七賢が子を蘇生させるという物語。シテは勿論であるが、二人の子方・ワキ・アイら全てが重要な役割を持つ。 香川の低く抑えた謡に力があり、ゆっくり静かな所作に強さがあった。劇性ある曲を、能らしく倹しく演じた技量が素晴らしい。掛けた「白曲見」の面や白い装束が、雪景色に映えて美しかった。 子方、大風くんの我慢強さと、貴成くんのいじらしさが舞台を引き締めた。萬斎の憎々しい継母振りや、閑の安定感ある重厚な演技は見応えあった。又、名手・上手が揃った囃子方も素晴らしかった。
 地頭 昭世・副地頭 明生が率いる地謡は、最初ややばらつきがあったが、次第に調子を上げてシテを支えた。全体に劇能として、まとまりのある好舞台であった。      (75分)

平成21年11月20日(金) あさかのユーユークラブ  謡曲研究会


   竹  雪    

          竹 雪(たけのゆき)  外八巻の四  (太鼓なし)
         季 冬      所 越後国  素謡時間 53分
  【分類】四番目    
  【作者】        典拠:
  【登場人物】 シテ:月若の母、ツレ:月若の姉 ワキ:月若の父 子方:月若

          詞 章                   (胡山文庫)

ワキ    詞「是は越後の国乃住人。直井の左衛門何某にて候。
         偖も某妻を持ちて候を。仮初めながら離別して。
         あたり近き長松と申す所に置きて候。彼の者二人の子を持つ。
         姉をば長松の母にそへ置き。弟月若をば某一跡相続の為に。
         此の家の内に置きて候。かように候処に。又新しき妻を語らひて候。
         某この間宿願の事候ひて。あたり近き所に参籠仕り候間。
         月若が事を委しく申し置かばやと存じ候。
                ワキ 狂言
子方 カカル上 げにや世の中に月若ほど果報なき者よもあらじ。
         明け暮れ思いを信濃なる秩父の山。秋果てぬればハワソの森。
         頼む方なきなり果てぬ。唯長松におはします。母と姉御に暇を乞ひ。
     下二 何方へも行かばやと思い候。
シテ  サシ上 此の程は松吹く風も寂しくて。伴ふものは月の影人も訪ひ来ぬかくれ家の。
         柴の枢の明け暮れは。いつまで誰を長松の。みどり子故の住居かな。
子方    詞「如何に申し候。月若が参りて候。
シテ    詞「何月若と申すか。あら嬉しと来りたるや。人数多連れて来りたるか。
子方    詞「いや一人来るて候。
シテ    詞「あら心許なや。早日の暮れてあるに。何とて一人は来りたるぞ。
子方 カカル上 さん候唯今来る事は継母後の。
シテ    詞 「ああ暫く。
      上 名のらずは如何でそれとも夕暮れの。面影かはる。月若かな。
      下 哀れやげに我そひたりし時は。さこそもてなしかづきしに梓弓。
         やがていつしかひきかへて。身に着る衣は唯うづらの。所々もつづかねば。
         なにともさらに木綿四手の肩にもかかるべくもなし。
         花こそ綻びたるをば愛すれ。芭蕉葉こそ破れたるは風情なれ。
地     下 いづくに風のたまりつつ。寒を防ぎけるらん。

  ( 小謡 短か夜の ヨリ  かくあらじ マデ )

地     上 短か夜の 夢かや見れば驚くは。/\。
         山田の鹿の如くなるふしど荒れたつ草むらに。
         尋ねて来るこころざし 親子ならでは。かくあらじ/\。
               狂言二人
シテ    詞「何父御の召され候とや。あら悲しやたまたま来たりたるを。
         さりながら召しにて候はばとく参りて。
         又この程に来りて母を慰め候へ。
               中入り 狂言二人
子方    上 さりとては払はでかくてあるならば。
地     上 払はでかくてあるならば。我のみならず。母上も姉御前も思いは。
         長松の風。身にしむばかりふくる夜の。
         雪寒うしてはらひかねかへらんとすれば門をさす。
         明けよと叩けど音もせず。あら寒むや耐え難や。月若助けよ。
         げにや無常のあらき風。憂き身ばかりつらきかなと。
         思うかひなき月若は 終に空しくなりけり/\。
               狂言
後シテツレ 下 げにげに生を受くる類ひ。誰か別れを悲しまぜざる。されば大聖釈尊も。
         羅御意長子と説き。又西方極楽の教主法蔵比丘は。御子の太子を悲しみ。
         鹿野園に迷はせ給ふとこそ承りて候へとよ。況や人間に於いてをや。
         誰かは子を思はざる。
シテツレ次第下 降るに思いの積もるゆき/\消えし我が子を尋ねん。
地   次第上 降るに思いの積もるゆき/\消えし我が子を尋ねん。         
シテ 一セイ上 子を思う。身を白雪のふるまひは。
地     上 ふるにかへらぬ。心かな。
イテ    上 花は根に。鳥は古巣に帰れども。
ツレ    上 我は二度この道に。
シテツレ  上 帰れん事も片糸の。一条にただ思いかり。
       下 忘れて年をふる雪の。つもりの恨みの深ければ。行く水に数ならぬ。
         身は有明の月若に。誰かきくれて五障の雲の隙よりもあくがれ出づるはかなよ。
シテ     下 上なきおもいは富士の嶺の。
シテツレ  下 かくれぬゆきともあらはれなば。
地      下 恥ずかしやいづくへやり身は小車の我が姿。

  ( 小謡 習わぬ業を ヨリ  雪を払はん マデ )

地     上 習わぬ業を菅蓑は。/\。寒風もたまらず。いつを呉山にあらねども。
        笠の雪の。重さよ老いの白髪となりやせん戴く雪を払はん。
        まづ笠の雪を払はん。

  ( 独吟 暁梁王のそのに ヨリ  何に譬えなん マデ )

シテ  サシ上 暁梁王のそのに入らざれだも。雪群山にみち。
ツレ     上 夜イウ公が楼に登らねども。月千里に明らかなり。
シテツレ  下 恐ろしや見渡せば。ここは湘浦のうらかとよ。まだらに見ゆる雪の竹。
         涙や色を染むべき。
ツレ     上 彼の唐土の孟宗は。親のため雪中に入り筍をまうく。
シテ    上 今我は引きかへて。
地     上 子の別れ路を悲しみて。竹の雪を掻き除くる。
         我が子の死骸あらば孟宗にはかはりたり。嬉しからずの雪の中や。
       下 重いの多き年月も。はや呉竹の窓の雪夜学の人乃燈も。
         払はばやがて消えやせん。谷を隔つる山鳥の。
         尾を踏む峯の竹には虎や棲むらん恐ろしや。
         世を鶯の声立て煙は竹を白雪の明石といへば須磨の浦の。
         海士の焼くなる塩やらん。
地  ロンギ上 空に知られて木之元に。吹き立てて降る雪は狼藉か落花か。
シテ    上 母は泣く泣く雪をかけば。
ツレ    上 姉は父御を恨みて人知れぬ涙せきあへず。
地     上 すはや死骸の見えたるは。
シテ    上 いかに月若母上に。
ツレ    上 姉こそ我と。
地     上 呼べども叫べども。答ふる声のなどなきぞ。消えよと思う。
         雪は積もりて月若が別れを何に譬えなん/\。
後ワキ   詞「この間所願成就して。唯今下向仕り候。あらふしぎや。
         某か四壁の内に。人乃泣く声の聞こえ候はいかに。や。
         さればこそ如何に姫。これは何と申したることぞ。
ツレ    詞 「さん候月若長松へ来り給いしを。父御の召しとて帰りて候へば。
         払ひて仰せ候程に払いて候へば。もとより衣は一重なり。
         寒風に責められ空しくなりて候を。
         情ある人乃長松へ此の由かくと申し候程に。
         母上これまで御出でにて候。
      下 いづれも親にてましませども。母御はこれ程悲しみ給ふに。
         父御前は子をば思い給わぬぞや。継母御をば恨むまじ。
     下二 唯父御こそ恨めしう候へ。
ワキ    詞 「いや某は月若に竹の雪を払えと申したる事は。
         ゆめゆめなき事にて候そとよ。定めて人乃境涯にてそ候らん。
         これと申すもとにかくに。唯某が咎にてこそ候へ。あら面目なや候。
シテ    下 身を梁乃燕の習い。すみねたき事を聞きながら。様をも今までかへばるは、
         かれを思う故なるに。そも継母はいかなれば。此の月若をば殺しけん。
         余所の嘆きは一旦の思い。唯憂き身独りの嘆きぞかし。
         命惜しともおもはれず。
ワキ    下 身は白雪と消えばやなん
地  カカル下 理りや面目なや思はぬ外の嘆きかな。
地     上 二人の親の悲しみの。不可思議なる哀れみにや。虚空に声ありて。
         竹林の七賢竹故消ゆるみどり子を。二度かへすなりと。
         告げ給ふ御声より。月若生き返り悦びは日々にすふ。
     キリ下 かくて親子にあひたけの。/\。世をふる郷をあらたまねて。
         佛法流布の寺となし。佛種の縁となりにけり。
         二世安楽の縁深き。親子の道ぞ有難き/\。
   竹雪    

          竹 雪(たけのゆき)  外八巻の四  (太鼓なし)
         季 冬      所 越後国  素謡時間 53分
  【分類】四番目 (    )
  【作者】        典拠:
  【登場人物】 シテ:月若の母、ツレ:月若の姉 ワキ:月若の父 子方:月若

          詞 章                   (胡山文庫)

ワキ    詞「是は越後の国乃住人。直井の左衛門何某にて候。
         偖も某妻を持ちて候を。仮初めながら離別して。
         あたり近き長松と申す所に置きて候。彼の者二人の子を持つ。
         姉をば長松の母にそへ置き。弟月若をば某一跡相続の為に。
         此の家の内に置きて候。かように候処に。又新しき妻を語らひて候。
         某この間宿願の事候ひて。あたり近き所に参籠仕り候間。
         月若が事を委しく申し置かばやと存じ候。
                ワキ 狂言
子方 カカル上 げにや世の中に月若ほど果報なき者よもあらじ。
         明け暮れ思いを信濃なる秩父の山。秋果てぬればハワソの森。
         頼む方なきなり果てぬ。唯長松におはします。母と姉御に暇を乞ひ。
     下二 何方へも行かばやと思い候。
シテ  サシ上 此の程は松吹く風も寂しくて。伴ふものは月の影人も訪ひ来ぬかくれ家の。
         柴の枢の明け暮れは。いつまで誰を長松の。みどり子故の住居かな。
子方    詞「如何に申し候。月若が参りて候。
シテ    詞「何月若と申すか。あら嬉しと来りたるや。人数多連れて来りたるか。
子方    詞「いや一人来るて候。
シテ    詞「あら心許なや。早日の暮れてあるに。何とて一人は来りたるぞ。
子方 カカル上 さん候唯今来る事は継母後の。
シテ    詞 「ああ暫く。
      上 名のらずは如何でそれとも夕暮れの。面影かはる。月若かな。
      下 哀れやげに我そひたりし時は。さこそもてなしかづきしに梓弓。
         やがていつしかひきかへて。身に着る衣は唯うづらの。所々もつづかねば。
         なにともさらに木綿四手の肩にもかかるべくもなし。
         花こそ綻びたるをば愛すれ。芭蕉葉こそ破れたるは風情なれ。
地     下 いづくに風のたまりつつ。寒を防ぎけるらん。

  ( 小謡 短か夜の ヨリ  かくあらじ マデ )

地     上 短か夜の 夢かや見れば驚くは。/\。
         山田の鹿の如くなるふしど荒れたつ草むらに。
         尋ねて来るこころざし 親子ならでは。かくあらじ/\。
               狂言二人
シテ    詞「何父御の召され候とや。あら悲しやたまたま来たりたるを。
         さりながら召しにて候はばとく参りて。
         又この程に来りて母を慰め候へ。
               中入り 狂言二人
子方    上 さりとては払はでかくてあるならば。
地     上 払はでかくてあるならば。我のみならず。母上も姉御前も思いは。
         長松の風。身にしむばかりふくる夜の。
         雪寒うしてはらひかねかへらんとすれば門をさす。
         明けよと叩けど音もせず。あら寒むや耐え難や。月若助けよ。
         げにや無常のあらき風。憂き身ばかりつらきかなと。
         思うかひなき月若は 終に空しくなりけり/\。
               狂言
後シテツレ 下 げにげに生を受くる類ひ。誰か別れを悲しまぜざる。されば大聖釈尊も。
         羅御意長子と説き。又西方極楽の教主法蔵比丘は。御子の太子を悲しみ。
         鹿野園に迷はせ給ふとこそ承りて候へとよ。況や人間に於いてをや。
         誰かは子を思はざる。
シテツレ次第下 降るに思いの積もるゆき/\消えし我が子を尋ねん。
地   次第上 降るに思いの積もるゆき/\消えし我が子を尋ねん。         
シテ 一セイ上 子を思う。身を白雪のふるまひは。
地     上 ふるにかへらぬ。心かな。
イテ    上 花は根に。鳥は古巣に帰れども。
ツレ    上 我は二度この道に。
シテツレ  上 帰れん事も片糸の。一条にただ思いかり。
       下 忘れて年をふる雪の。つもりの恨みの深ければ。行く水に数ならぬ。
         身は有明の月若に。誰かきくれて五障の雲の隙よりもあくがれ出づるはかなよ。
シテ     下 上なきおもいは富士の嶺の。
シテツレ  下 かくれぬゆきともあらはれなば。
地      下 恥ずかしやいづくへやり身は小車の我が姿。

  ( 小謡 習わぬ業を ヨリ  雪を払はん マデ )

地     上 習わぬ業を菅蓑は。/\。寒風もたまらず。いつを呉山にあらねども。
        笠の雪の。重さよ老いの白髪となりやせん戴く雪を払はん。
        まづ笠の雪を払はん。

  ( 独吟 暁梁王のそのに ヨリ  何に譬えなん マデ )

シテ  サシ上 暁梁王のそのに入らざれだも。雪群山にみち。
ツレ     上 夜イウ公が楼に登らねども。月千里に明らかなり。
シテツレ  下 恐ろしや見渡せば。ここは湘浦のうらかとよ。まだらに見ゆる雪の竹。
         涙や色を染むべき。
ツレ     上 彼の唐土の孟宗は。親のため雪中に入り筍をまうく。
シテ    上 今我は引きかへて。
地     上 子の別れ路を悲しみて。竹の雪を掻き除くる。
         我が子の死骸あらば孟宗にはかはりたり。嬉しからずの雪の中や。
       下 重いの多き年月も。はや呉竹の窓の雪夜学の人乃燈も。
         払はばやがて消えやせん。谷を隔つる山鳥の。
         尾を踏む峯の竹には虎や棲むらん恐ろしや。
         世を鶯の声立て煙は竹を白雪の明石といへば須磨の浦の。
         海士の焼くなる塩やらん。
地  ロンギ上 空に知られて木之元に。吹き立てて降る雪は狼藉か落花か。
シテ    上 母は泣く泣く雪をかけば。
ツレ    上 姉は父御を恨みて人知れぬ涙せきあへず。
地     上 すはや死骸の見えたるは。
シテ    上 いかに月若母上に。
ツレ    上 姉こそ我と。
地     上 呼べども叫べども。答ふる声のなどなきぞ。消えよと思う。
         雪は積もりて月若が別れを何に譬えなん/\。
後ワキ   詞「この間所願成就して。唯今下向仕り候。あらふしぎや。
         某か四壁の内に。人乃泣く声の聞こえ候はいかに。や。
         さればこそ如何に姫。これは何と申したることぞ。
ツレ    詞 「さん候月若長松へ来り給いしを。父御の召しとて帰りて候へば。
         払ひて仰せ候程に払いて候へば。もとより衣は一重なり。
         寒風に責められ空しくなりて候を。
         情ある人乃長松へ此の由かくと申し候程に。
         母上これまで御出でにて候。
      下 いづれも親にてましませども。母御はこれ程悲しみ給ふに。
         父御前は子をば思い給わぬぞや。継母御をば恨むまじ。
     下二 唯父御こそ恨めしう候へ。
ワキ    詞 「いや某は月若に竹の雪を払えと申したる事は。
         ゆめゆめなき事にて候そとよ。定めて人乃境涯にてそ候らん。
         これと申すもとにかくに。唯某が咎にてこそ候へ。あら面目なや候。
シテ    下 身を梁乃燕の習い。すみねたき事を聞きながら。様をも今までかへばるは、
         かれを思う故なるに。そも継母はいかなれば。此の月若をば殺しけん。
         余所の嘆きは一旦の思い。唯憂き身独りの嘆きぞかし。
         命惜しともおもはれず。
ワキ    下 身は白雪と消えばやなん
地  カカル下 理りや面目なや思はぬ外の嘆きかな。
地     上 二人の親の悲しみの。不可思議なる哀れみにや。虚空に声ありて。
         竹林の七賢竹故消ゆるみどり子を。二度かへすなりと。
         告げ給ふ御声より。月若生き返り悦びは日々にすふ。
     キリ下 かくて親子にあひたけの。/\。世をふる郷をあらたまねて。
         佛法流布の寺となし。佛種の縁となりにけり。
         二世安楽の縁深き。親子の道ぞ有難き/\。


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