三 山(みつやま)

●あらすじ
大原の良忍聖はかねて融通念仏を広めて歩いていますが、このほど大和の国に入ります。そして一人の里女に、このあたりの名所である三山について尋ねると、女は、香久、畝傍、耳無の三山を合わせて一男二女の山ということ、香久山に住む男が畝傍、耳無の二つの里の女と契って両方に通い、二人の女は互いに男を争って耳無の里の桂子はついに負けて池に身を投げて死んだことなどを語り、自分は桂子であるが自分の名を名帳(融通念仏宗入信者名簿)に書き入れてほしいと頼んで池の底に沈んでしまいます。良忍聖が弔いの念仏を唱えていると、桂子と畝傍の里の桜子の亡霊が現れ争う様を見せます。両者とも冥土でいまだ執念に悩まされるのです。しかし良忍聖の念仏によって、桂子、桜子共々恨みも晴れて西方浄土に生まれ変わることを喜びます。
(「宝生の能」平成9年6月号より)

●宝生流謡本    外八巻の三    四番目 (太鼓ナシ)
    季節=春   場所=大和国耳無山
    素謡(宝生) : 稽古順=初序 素謡時間45分
    素謡座席順   ツレ=桜子 
              シテ=前・里女 後・桂子   
               ワキ=僧良忍   

●参考解説 三山       
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三山(さんざん、みやま)3つの山のこと。またはその山に鎮座する3つの神社のこと。
大和三山 -- 香具山・畝傍山・耳成山
熊野三山 -- 熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社
出羽三山 -- 月山・湯殿山・羽黒山
因幡三山 -- 甑山・今木山・面影山

●観能の記  能「三山(みつやま)」に見る面(おもて)の劇的効果    平成16年3月7日
 今日は三月の金沢定例能を見に県立能楽堂へ出かけました。能「三山(みつやま)」が素晴らしかったです。「三山」とは、香久山、畝傍山、耳無山の大和三山のことで、畝傍山に住む桜子という女性と耳無山に住む桂子という女性が香久山に住む男を巡って争い、やがて男の心がその名の如き花やかな桜子に傾いたため、失意の桂子は耳無の池に身を投げるという、万葉集に歌われた恋の伝説を題材にした物語です。 能では、前場でシテの桂子の霊がその謂われをワキの良忍聖(ひじり)に語りますが、「男うつろふ花心 かの桜子に靡(なび)き移りて 耳無の里へは来ざりけり」と語るところで微かにうつむく所作から、女のあふれる悲しみの思いが伝わってきました。
 また、シテが、前場の美しい女を表象する増(ぞう)の面(おもて)から、後場の髪乱れ憂いを含んだ女を表象する女増髪(おんなますかみ)の面に付け替える効果は恐ろしいばかりです。と言うのは、前場で自分の名を良忍聖の融通念仏の名帳に記してもらい、聖と一緒に念仏を和して心癒されたかに見えた桂子が、業消えやらず、後場で再び現れ、嫉妬のあまり桜子を罵り桂の枝で打ち据えようとしますが、その変容のすさまじさが、面が替わることで恐ろしいほどリアルに私たちに伝わって来るのです。でも、最後は、妄執を吐き出すことで感情が浄化(カタルシス)され、桂子は桜子と一緒に成仏します。 シテの桂子は我が師匠である薮俊彦師が、ツレの桜子はご子息の薮克徳さんが演じられました。まだ二十歳代の克徳さんの謡や所作からは、若さの抗し難い魅力が発散して眩いばかりです。桂子の妄執の嵐に吹き寄せられて登場する軽やかな足取りからも、少し急ぎすぎかとも思えましたが高い声の美しい謡からも、桜子の美少女ぶりが目に見えるようでした。   


●謡蹟めぐり                        
(平成8年9月高橋春雄記)
今にして思うと、この甘樫丘から大和三山を眺めた感動がその後の私の謡蹟めぐりに大きな刺激を与えたようである。これ以前に謡蹟と意識して訪ねたのは、能「夜討曽我」に出演が決まり、ここに来る直前に訪ねた富士市曽我寺の「曾我兄弟の墓」のみであるから、まさに私の謡蹟めぐりの出発点とも言える所である。 飛鳥路散策(大和三山と甘樫丘)昭和56年6月、奈良でKDDの謡曲全国大会(末広会)が開催された時、会が終わった後、村本、秋元、太田、宮嶋、三上の皆さんと飛鳥路を訪ね、甘樫丘から畝傍、耳成、天香具山の「三山」を眺め、なんとも言えぬ感銘を受けたのが、つい先日のように想い出される。
甘樫丘再訪と三山めぐりを、併せて畝傍、耳成、天香具山の三山を廻ってみた。甘樫丘から眺める三山の眺めはやはり格別である。畝傍山は神武天皇が初代の都を置かれた地とされ、山麓には天皇を祀る橿原神宮や、神武天皇の御陵がある。耳成山の麓には桂子が身を投げたという耳成の池がある。このあたり公園として整備され、身を投げるような雰囲気ではないが、池の傍らには桂子を偲ぶ歌碑が建っている。「耳無の池し恨めし吾妹子が 来つつ潜かば水は涸れなむ」作者不詳と書かれているが、その意味は「耳無の池は恨めしい、あの子がさまよって来て水にはいったら、水がかれて死ねないようにしてくれればよかったのに」とのことである。天香具山は多くの歌に詠み込まれた名山である。
万葉集に、大和三山妻争いの歌があることを思い出し、調べてみた。
 「香具山は 畝傍をしと耳成と相争ひき 神代より かくにあるらしいにしへも
 しかにあれこそうつせみも つまを争うらしき   中大兄皇子 巻一」
この歌の冒頭の原文は「高山波(かぐやまは) 雲根火雄男志等(うねびををしと) 耳梨与(みみなしと) 相諍競伎(あひあらそひき)」となっているが、この「雄男志等」を畝傍「雄々しと」と解するか、畝傍「を愛し(惜し)と」と解するかで山の性が変ってくるので古来から論争がある由である。「愛しと」「惜しと」と解して、香具山と耳成山を男性、畝傍山を女性とする注釈書が多いそうだが、「雄々しと」と解して、女の香具山が男の畝傍山を雄々しいとして男耳成と争うという説、同じく女の香具山が男の畝傍山を雄々しいとして女の耳成と争うという説もあるという。謡曲「三山」では、これらの説と違って、香具山が男、耳成、畝傍が女となっている。 これらの三角関係があまりにややこしいので、頭の中を整理するため表にしてみた。
「愛しと」説      畝傍山(女)   耳成山(男)   香具山(男)
「雄々しと」説一   畝傍山(男)   耳成山(男)   香具山(女)
「雄々しと」説二   畝傍山(男)   耳成山(女)   香具山(女)
謡曲「三山」     畝傍山(女・桜子) 耳成山(女・桂子)香具山(男・公成)
歌にあるように、神代の昔から現代に至るまで争いが絶えないようである。

●三山の人物解説
天香久山の膳の公成は、耳成山の桂子を捨て、畝傍山の桜子のもとに通うようになる。色香ある桜子を羨む桂子は嫉妬のあまり、耳成山の池に身を投げる…。 大和を訪れた良忍上人のもとに桂子桜子の霊が現れる。桜咲き誇る春の夜、二人は桂と桜の枝を持って打ち合うも、夜明けとともに消えていく。山々や木々が人間と同じように恋をなす古代万葉の神話的世界が、中世の大和を舞台に能に結晶し、そして現代の我々の前に現れる。
〔'3/4/26 第19回研究公演 パンフレット掲載〕文・長谷部好彦(響の会通信編集委員)

(平成21年11月20日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                  三 山   (みつやま)

         季 春      所 大和国耳無山     素謡時間 45分
  【分類】二番目物 (修羅物)
  【作者】世阿弥元清   典拠:前半分は伝説か 後半は平家物語
  【登場人物】前シテ:里の女、後シテ:桂子  ツレ:桜子   ワキ:僧良忍上人 

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ 次第上 法の心も三つの名の。/\。大和路いざや尋ねん。
      詞 「これは大原の良忍聖にて候。我融通念仏を国土に弘め候。此度は大和路にかゝり。
         念仏をも弘めばとや思ひ候。
    道行上 住みなれし大原の里を立ち出でて。/\。なほ行末は深草山木幡の闇をうち過ぎて。
         宇治の中宿井出の里。すぐればこれぞ足引の。大和の国に着きにけり/\。
      詞 「急ぎ候ふ間。ほどなう大和の国に着きて候。   シカ/\
         此処に三山と申して名所のある由承り及びて候。此あたりの人に尋ねばやと思ひ候。
シテ    詞 「なう/\あれなる御僧。なにと御尋ね候ふとも。これを知りたる人は少なかるべし。
         総じてこの山は。万葉第一に出されたる三山の一つなり。耳無山ともみなし山とも。
         語るによりて妄執の。よしある昔の物語。
   カカル下 閻浮にかへる里人の。耳無山の池水に。沈みし人の昔がたり。よくよく問はせ給へとよ。
ワキ    詞 「げに/\万葉集に曰く。大和の国に三山あり。香山は夫畝傍耳無山は女なり。
         これに依つて三つにあらそふと書けり。此謂を委しく御物語り候へ。
シテ    詞 「まづ南に見えたるは香久山。西に見えたるは畝傍山。此耳無までは三つの山。
   カカル上 一男二女の山ともいへり。
ワキ    詞 「さてかく山を夫とは。何しに定め置きけるぞ。
シテ    詞 「それはあの香久山に住みける人。畝傍耳無二つの里に。
         二人の女に契をこめて。二道かけて通ひしなり。
ワキ カカル上 さてうねみ山の女の名をば。
シテ    詞「桜子ときこえし色このみ。
ワキ    上 耳無山の女の名をば。
シテ    詞「桂子といはれし遊女なり。
ワキ カカル上 さて争は。
シテ    上 花や緑。
ワキ    上 契の色は。
シテ    上 隔もなく。

   ( 小謡 一つ世に ヨリ  弔ひ給へ上人よ マデ )

地     上 一つ世に二道かけて三山の。/\。名を聞くだにも久方の。天の香久山いつしかに。
         語るもよそならず。わが耳無やうねみ山。争ひかねて池水に。
         捨てし桂の身の果を弔ひ給へ上人よ弔ひ給へ上人よ。
ワキ    詞 「なほ/\三山の謂委しく御物語り候へ。
地   クリ上  そも/\大和の国三山の物語。世も古にならの葉や。かしはでの公成といふ人あり。

   ( 独吟 又其頃 ヨリ  跡弔いてたび給へ マデ )

シテ  サシ上 又其頃桂子桜子とて。二人の遊女ありしに。
地     上 彼のかしはでの公成に。契をこめて玉手箱。二道かくるさゝがにの。
         いと浅からぬ思夫の。月の夜まぜに行き通ふ住家はうねみ耳無山。
シテ    上 里も二つの采女のきぬ。
地     下 花よ月よと。争ひしに。
シテ    上 男うつろふ花心。かの桜子に靡き移りて。耳無の里へは来ざりけり。
地     下 其時桂子恨みわび。さては我には変る世の。夢も暫しの桜子に心を染めて此方をば。
シテ    下 忘れ忍ぶの軒の草。
地     下 はや枯れ%\になりぬるぞや。
    クセ下 桂子思ふやう。もとよりも頼まれぬ。二道なればそのまゝに有り果つべしと思ひきや。
         其うへ何事も。時に随ふ世の習。ことさら春の頃なれば。
         盛なる桜子にうつる人をば恨むまじ我は花なき桂子の。身を知れば春ながら。
         秋にならんも理や。さるほどに起きもせず。寝もせで夜半を明かしては。
         春のものとて長雨降る。夕暮に立ちいでて。入相もつく%\と。南は香久山や。
         西はうねみの山に咲く。さくら子の里見れば。よそめも花やかに。羨ましくぞ覚ゆる。
シテ    上 生きてよも明日まで人のつらからじ。
地     上 この夕暮を限ぞと。思ひ定めて耳無山の池水の。
         淵にのぞみて影うつる名も月の桂の緑の髪もさながらに。池の玉藻のぬれ衣。
         身を投げ空しくなり果てゝ。此世には早みなし山。其名をあはれみて跡弔はせ給へや
シテ    詞 「いかに申すべき事の候。妾をも名帳に入れて賜はり候へ。
ワキ    詞 「やすき間の事。さて御名を承り候ふべし。
シテ    詞 「名をば桂子と遊ばし候へ。
ワキ    詞 「なに桂子と申し候ふや。
シテ    詞 「よし/\名をば申すま唯十念授け給へ。
ワキ    上 げに/\さのみは問ひがたしと。掌を合はせて南無阿弥陀仏。
シテ    詞「南無阿弥陀仏。
シテワキ二人下 若我成仏十方世界。念仏衆生摂取不捨。
地     下 これまでなりや名帳の。名は桂子と書き給へ。これより外に我が名をば。
         いくたび問はせ給ふとも。言はじや聞かじ耳無の。
         生けるものにはあらずとて池水の底に入りにけり池水の底に入りにけり。
               中入。
ワキ  待謡上 耳無の池の玉藻のぬれ衣。/\。恨もこゝに有明のその名も月の桂子の。
         なき跡いざや弔はん/\。。
ツレ  サシ上 なう上人。此みゝなしの山嵐に。吹きさそはれて来りたり。これ/\助けたび給へ。
      詞 「我はあのうねみ山に住む。桜子といはれし女なるが。風の狂ずる心乱に。
      上 かやうに狂ひさぶらふなり。さりとては上人よ。因果の花につき祟る。
        嵐をのけてたび給へ。

   ( 囃子 あら羨ましの桜子や ヨリ  跡弔いてたび給へ マデ )

後シテ  上 あら羨ましの桜子や。又花の春になるよなう。
      詞 「忘れて年を経しものを。見よかし顔に桜子の。花のよそ目も妬ましや。
   一声上 光散る。月の桂も花ぞかし。
地     上 たれ桜子に。移るらん。
              カケリ
シテ    上 盛とて。光を埋む花心。
地     上 争ひかねて桂子が。
シテ    上 恨ぞまさる。桜子の。
地     上 花も散りなば青葉ぞかし。
シテ    上 などや桂をへだつらん。
ツレ    上 恥かしやなほ妄執は有明の。侭きぬ恨を御前にて。懺悔の姿を現すなり。

   ( 囃子 あれ御らんぜよ ヨリ  跡弔いてたび給へ マデ )

シテ    詞 「あれ御らんぜよ桜子の。よそめにあまる花心。ことわり過ぐる景色かな。
ツレ    上 もとより時ある春の花。咲くは僻事なきものを。
シテ    詞 「花ものいはずと聞きつるに。など言の葉を聞かすらん。
ツレ    上 春いくばくの身にしあれば。影唇を動かすなり。
シテ    上 さて花は散りても。
ツレ    上 又も咲かん。
シテ    上 春は年々。
ツレ    上 頃は。
シテ    上 弥生に。

   ( 独吟・仕舞 又花の咲くぞや ヨリ  跡弔いてたび給へ マデ )

地     上 又花の咲くぞや。/\。見ればよそめも妬ましき。花のうはなり打たんとて。
         桂の立枝を折り持ちて。みゝなしの山風。松風春陰も。吹き寄せて/\。
         雪となれ桜子。花は根に帰れ。われも人知れず妬さも妬しうなりを。
         打ち散らし打ち散らす。中に打てども去らぬは家の。
         犬ざくら花に伏して吠え叫び悩み乱るゝ花心。うねみやまのとなり。
         因果の焔の緋ざくら子。さて懲りやさて懲りや。あらよそめをかしや。
         因果の報はこれまでなり。花の春一時の。恨を晴れて速に。有明桜光そふ。
         月の桂子もろともに。西に生るゝ一声の。御法を受くるなり跡弔いてたび給へ。


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