葛  城 (かずらき)

●あらすじ
能の曲目。三、四番目物。五流現行曲。世阿弥(ぜあみ)作か。古名『雪葛城』。修験道(しゅげんどう)の祖である超人の役(えん)の行者が、葛城(かつらぎ)山と大峰(おおみね)山の空中に橋を架けたとき、葛城の一言主神(ひとことぬしのかみ)(男神)は醜い容貌(ようぼう)を恥じて夜しか工事をせず、行者の怒りに岩屋に幽閉されたという伝説がある。能はそれを、容貌のコンプレックスに悩み、罪と苦悩を負った呪縛(じゅばく)の女神に仕立てた。
山中の雪に迷う山伏(ワキ)を、わが庵(いおり)に導いた女人(前シテ)は、火をもてなしつつわが苦しみを訴えて消える。本体を現した女神(後シテ)は、降る雪のなかに古雅な大和舞(やまとまい)の幻想を繰り広げる。冷ややかな雪と孤独の純潔、それに対照させたほのぼのとした心の温かさ。小品ながら佳作の能。               
Yahoo!百科事典[執筆者:増田正造]

●宝生流謡本     外七卷の四    三番目 (太鼓あり)
    季節=冬    場所=大和国葛城山(奈良県)  
    素謡(宝生) : 稽古順=入門  素謡時間=40分
    素謡座席順   シテ=前・里女 後・葛城の神  
               ワキ=羽黒山の山伏

●演能の記
「能を知る会」鎌倉公演で「葛城[かずらき]」を勤めさせて頂きました。 今回はその葛城のお話です。 葛城山に幾度も入山し通い慣れた山伏(ワキ)一行でしたが、あまりの大雪に大層難儀をします。そこへ葛城山に住むという女(前シテ)が現れ山伏達に宿を貸します。女は山で集めた木々「楚樹[しもと]」を焼いて山伏達をもてなします。
「楚樹結ふ 葛城山に降る雪は 間なく時なく思ほゆるかも」古今集の古歌の問答をしながらひと時を過ごします。体も暖まり後[ご]夜[や]の勤めを始めようとする山伏に、女は「三熱[さんねつ]の苦しみ」から救って欲しいと訴えます。神でなければある筈のない「三熱の苦しみ」という女を、山伏は不審に思い尋ねます。女は昔、役[えん]の行者[ぎょうじゃ]に言われた岩橋を掛けなかったために、その怒りをかい、蔦葛で身を戒められ、今も苦しんでいるのだと言います。そしてこの身を助けて欲しいと訴え消えます。  <中入>
 祈っている山伏の前に身を戒められた葛城の神(後シテ)が現れます。そしてとき放された喜びの舞を舞い、夜の明ける前に帰っていきます。 この能は少し変わった趣向になっています。神でありながら人間である役の行者に仕事を命じられ、なかなか完成しなかったために怒りをかい身を戒められてしまいます。その完成しなかった理由が自身の容貌を恥、人に見られない夜だけ仕事をしていたからなのです。鬼神をも使役したという行者ですが、神に仕事を命じる「人」と、容貌を恥じる「神」現代の私達には逆の関係のように思われます。そして行者の末流である山伏に救われるという不思議な因縁で幕を閉じます。 
今回は「大和[やまと]舞[まい]」という特殊演出のため、舞台中央奥に置く作り物やシテがかぶる笠、背負う芝には雪を被せ白銀の世界を演出します。また後半の作り物から現れるシテの周りの柱には蔦葛が絡まり、戒められている女神姿が浮き彫りとなります。 白銀の美しい世界に現れるのは美しい女神ではなくしこめの神、しこめの神が奏でる美しい「大和舞」。夜が明けて人目につく前に帰ってしまう女神の後に残るのは、月光に照らされた白銀の世界でした。 雪の葛城山を舞台に古代の「神」と「人」との隔たりがあまりない頃の、どこか牧歌的な、それでいてちょっとおしゃれな作品「葛城」。 月光に照らされる銀世界の女神に会いにいらっしゃいませんか!                 
 2006.12.21  奥川恒治記 

●曲目の解説                   
 葛城山に、神の古跡を訪ねて山伏一行が訪れる。降る雪に降り込められているところに、葛城山に住む女が現れ、自分の庵で一夜を明かすよう勧める。女は焚き火をして山伏をもてなす。女の言葉によって葛城山では「薪」を「しもと」と呼ぶことと、この古今集の和歌との関係の話をして「大和舞」が舞われた神代の昔を偲ぶ。山伏が仏事をしようとすると、女は自分には三熱の苦しみがあると言う。山伏が尋ねると、この女は岩橋を架けなかったために役行者に縛られた葛城山の神であると正体を語る。 女は山伏に祈り加持を依頼して姿を消す。山伏が祈ると、蔦・葛で縛られた葛城の神が現れ、高天原もここであるので岩橋を架けて通おうといい、岩戸の前で神楽歌を奏して大和舞を舞い神代の昔を再現する。月も雪もすべてが白く、照り返しによって顔も白く見えるのだが、葛城の神は顔がはっきりと見えることを恥じて、橋を架けることもせず夜の明ける前に姿を消す。
         
文・飯塚恵理人〔椙山女学園大学助教授〕〔'05/12/11 第1回名古屋公演 パンフレット掲載〕

●観能記  葛城(かずらき)
出羽国(山形県)の羽黒山から出た山伏が、大和国(奈良県)の葛城山へとやって来ます。折しも降りしきる雪に悩んでいると、一人の里女が現れ、彼女の庵に案内し、焚火をしてもてなしてくれます。そして、雪の中で集めて束にした木々の細枝を標〔しもと〕と呼ぶのだといい、「標結ふ葛城山に降る雪の、問なく時なく思ほゆるかな」という古歌もあると教えてくれます。山伏は好意を謝し、やがて後夜の勤行を始めようとすると、女は、お勤めのついでに加持祈祷をして、自分の三熱〔さんねつ〕の苦しみを助けて下さいと頼みます。山伏は不審に思って、その素性を尋ねると、自分は葛城の神であるが、昔、役〔えん〕ノ行者に命ぜられた岩橋を架けなかったため、不動明王の索に縛られ苦しんでいるといって消え失せます。           <中入>
そこへ麓の男がやって来たので、葛城山の岩橋の故事について尋ねます。その話を聞き、先程の女の事など思いあわせ、奇特なことと思い、夜もすがら女神のために祈祷します。すると、その修法にひかれて、葛城の神が現れ、三熱の苦を免れた喜びを述べ大和舞を舞い、明け方近くなると、岩戸の内へ姿を隠します。

●謡蹟めぐり               
葛城(かつらぎ)は、奈良盆地の南西部を指す地域の名称。古くからある名称で、明確な範囲・境界線を示すことは困難である。「葛木」という漢字をあてられる例もある。また、古くは「かづらき」であったという説もある。古墳時代でも有数の豪族であった葛城氏の勢力圏であったと考えられている。飛鳥時代の前半あたりには葛城県が、その後は葛城国が置かれたようである。令制国として大和国が置かれた際の葛上郡、葛下郡、忍海郡あたりが元の葛城国(葛城県)の範囲ではないかと考えられる。現在の行政区分に照らし合わせると御所市、大和高田市、香芝市、葛城市、北葛城郡の一部もしくは全域が想定される。またある一説によるとこの地が高天原であるとされている。
葛城市は奈良県の西北に位置し、北は大和郡山市で、東に大和高田市・橿原市に隣接し、西は金剛山地を越えて大阪府に接している。二上山 517m や 当麻寺がある。
葛城市役所 [新庄庁舎] 〒639-2195 奈良県葛城市柿本166番地
             TEL:0745-69-3001 FAX:0745-69-6456
[當麻庁舎] 〒639-2197 奈良県葛城市長尾85番地
TEL:0745-48-2811 FAX:0745-48-3200

平成21年9月18日 あさかのユーユークラブ謡曲研究会


                  葛 城 (かずらき)

         季 冬      所 大和国葛城山     素謡時間 40分
  【分類】三番目物 
  【作者】世阿弥元清   典拠:源平盛衰記か?
  【登場人物】前シテ:里女、後シテ:葛城の神  ワキ:羽黒山の山伏

         詞 章                           (胡山文庫)

ワキ、、次第上 神の昔の跡とめて。/\。かづらき山に参らん。
ワキ    詞「これは出羽の羽黒山より出でたる山伏にて候。我此度大峯葛城に参らばやと存じ候。
    道行上 篠懸の袖の朝霜おきふしの。/\。岩根の枕松が根の。
         やどりもしげき嶺つゞき。山又山を分けこえて。ゆけば程なく大和路や。
         葛城山につきにけり/\。
ワキ    詞「いそぎ候ふ間。ほどなく葛城山に着きて候。あら笑止や。
         また雪のふり来りて候。これなる木蔭に立ちよらばやと存知候。
シテ    詞「なう/\あれなる山伏は何方へ御通り候ふぞ。
ワキ    詞「此方の事にて候ふか。御身はいかなる人やらん。
シテ    詞「これは此葛城山に住む女にてさむろう。柴採る道のかへるさに。
         踏み馴れたる通路をさへ。雪のふゞきにかきくれて。家路もさだかにわきまへぬに。
       下 ましてや知らぬ旅人の。末いづくにか雪の山路に。迷ひ給ふはいたはしや。
       詞「見苦しく候へども。わらはが庵にて一夜を御あかし候へ。
ワキ    詞「うれしくも仰せ候ふものかな。今にはじめぬ此山の度々峯入して。
         通ひなれたる山路なれども。今の吹雪に前後を忘じて候に。御志ありがたうこそ候へ。
   カカル上 さて御宿はいづくぞや。
シテ    詞「この岨づたひのあなたなる。谷の下庵見苦しくとも。
         程ふる雪の晴間まで。御身を休め給ふべし。
ワキ    上 さらば御供申さんと。夕の山の常陰より。
シテ    上 さらでも険しき岨づたひを。
ワキ    上 道しるべする山人の。
シテワキ二人上 笠はおもし呉山の雪。靴は香ばし楚地の花。

   (小謡 肩上の笠には ヨリ  つきにけり マデ )

地     上 肩上の笠には。/\。無影の月をかたぶけ。擔頭の柴には不香の花を手折りつゝ。
         帰る姿や山人の。笠も薪も埋もれて。
         雪こそくだれ谷の道をたどり/\帰りきて柴の庵に着きにけり柴の庵につきにけり。
シテ    詞「暫く御休み候ひて。御篠懸をほされうずるにて候。
ワキ    詞「心得申し候
シテ    詞「余りに夜寒に候ふほどに。これなる標を解きみだし。火に焼きてあて参らせ候ふべし。
ワキ    詞「あらおもしろや標とは。此木の名にて候ふか。
シテ    詞「うたてやな此葛城山の雪の内に。結ひあつめたる木々の梢を。
         標と知し召されぬは御心なきやうにこそ候へ。
ワキ カカル上 あらおもしろやさてはこの。標といふ木は葛城山に。由緒ある木にて候ふよなう。
シテ    詞「申すにや及ぶ古き歌の言葉ぞかし。標を結ひたる葛なるを。
         この葛城山の名に寄せたり。これ大和舞の歌といへり。
ワキ カカル上 げに/\古き大和舞の。歌の昔を思ひでの。
シテ    上 をりから雪も。
シテワキ二人上 降るものを。
地     上 標結ふ葛城山に降る雪は。/\。間なく時なく。おもほゆるかなとよむ歌の。
         言の葉そへて大和舞の袖の雪も古き世の。
         よそにのみ見し白雲や高間山の峯の柴屋の夕煙松が枝そへて。
         焼かうよ松が枝そへてたかうよ。

   (独吟・仕舞 かづらきや ヨリ  休め給へや マデ )

    クセ下 かづらきや。木の間に光る稲妻は。山伏の打つ。火かとこそ見れ。実にや世の中は。
         電光朝露石の火の。光の間ぞと思へただ。
         わが身のなげきをも取り添へて思ひ真柴を焼かうよ。
シテ    上 捨人の。苔の衣の色ふかく。
地     上 法に心は墨染の。袖もさながら白妙の雪にや色をそみかくたの。
         篠懸もさえまさる標をあつめ柴をたき寒風をふせぐ葛城の。山伏の名にし負ふ。
         かたしく袖の枕して身を休め給へや御身を休め給へや。
ワキ    詞「あらうれしや篠懸を乾して候ふぞや。いそぎ後夜の勤を始めばやと思ひ候。
シテ    詞「御勤とは有難や。我に悩める心あり。御勤のついでに祈り加持して賜はり候へ。
ワキ 詞「そも御身に悩む事ありとは。何といひたる事やらん。
シテ    詞「さなきだに女は五障の罪ふかきに。法の咎の咒詛を負ひ。この山の名にしおふ。
         葛かずらにて身を縛めて。なほ三熱の苦あり。
   カカル上 此身を助けてたび給へ。
ワキ    上 そも神ならで三熱の。苦といふ事あるべきか。
シテ    詞「はづかしながら古の。法の岩橋かけざりし。其とがめとて明王の。
         策にて身をいましめて。今に苦絶えぬ身なり。
ワキ カカル上 これはふしぎの御事かな。さては昔の葛城の。神の苦尽きがたき。
シテ    上 石は一つの身体として。
ワキ    上 蔦かずらのみかかる巌の。
シテ    上 撫づとも尽きじ葛の葉。
ワキ    上 はひ広ごりて。
シテ    上 露に置かれ。
シテワキ  上 霜に責められ起きふしの。立居もおもき岩戸のうち。
地     下 明くるわびしき葛城の。神に五衰の苦あり祈り加持してたび給へと。
         岩橋のすゑ絶えて。神がくれにぞなりにける。/\
              。  中入。
ワキ 歌待上 岩橋の苔の衣の袖そへて。/\。法の筵のとことはに法味をなして夜もすがら。
         かの葛城の神慮。夜の行声すみて。一心敬礼。
後シテ出端上 われ葛城の夜もすがら。和光の影にあらはれて。五衰の眠を無上正覚の月にさまし。
         法性真如の宝の山に。法味に引かれて来りたり。よく/\勤めおはしませ。
ワキ カカル上 ふしぎやな峨々たる山の常陰より。女体の神とおぼしくて。
         玉のかんざし玉かづらの。なほ懸けそへて蔦かずらの。はひまとはるゝ小忌衣。
シテ    詞「これ見たまへや明王の。策はかかる身をいましめて。
ワキ カカル上 なほ三熱の神慮。
シテ     上 年経る雪や。
ワキ     上 標ゆふ。

   (囃子 葛城山の岩橋の ヨリ  入りたまふ マデ )

地     上 葛城山の岩橋の。夜なれど月雪の。さもいちじるき身体の。
         みぐるしき顔ばせの神姿ははづかしや。よしや吉野の山かずら。
         かけて通へや岩橋の。高天の原はこれなれや。
         神楽歌はじめて大和舞いざや奏でん。
シテ    下 ふる雪の。
地     下 標木綿花の。白和幣。
                序ノ舞
   (独吟・仕舞 高天の原の ヨリ  入りたまふ マデ )

地     上 高天の原の岩戸の舞。/\。天のかぐ山も向に見えたり。
         月白く雪白くいづれも白妙のけしきなれども。名に負ふかづらきの。
         神の顔がたち面なやおもはゆや。恥かしやあさましや。あさまにもなりぬべし。
         あけぬ先にと葛城の。/\夜の。岩戸にぞ入り給ふ。岩戸のうちに入りたまふ。


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