松  尾 (まつのお)

●あらすじ
時の天皇に仕える臣下は、ある日思い立って京都の西山、松尾の明神に参詣する。山の姿や社殿を眺めていると、たまたま一人の男を連れた老人が現れ、ねんごろにいろいろと明神の御神徳を説き聞かせる。そして今日参詣して下さってまことに有難い、是非今宵の夜神楽と拝んでほしいと言って姿を姿を消した。夜になって臣下が待っていると、松尾明神が現れ神舞を舞い千代万代までも幾久しい目出度い御代を寿ぎ、再び姿を消すのである。          
(謡本を意訳)

●宝生流謡本      外七巻の一   脇 能    (太鼓あり)
    季節=秋   場所=山城国松尾   作者=不明
    素謡稽古順稽古順=入門   素謡時間=34分 
    素謡座席順   ツレ=男
              シテ=前・老翁 後・松尾明神
              ワキ=臣下

●松尾 まつのお
      松尾大社 京都市西京区嵐山宮ノ前町   
 (平19・6 高橋春雄記)
 舞台は松尾大社である。この社は賀茂神社と並び京都最古の神社といわれる。現在の松尾大社の後方にある松尾山中頂上近くにある巨岩を信仰の対象とし、一帯の住民の守護神としたのが神社の起源とされているようである。朝鮮から渡来した秦氏がこの地に移住し、農業や林業を興したが、大宝元年(701年)に現在の地に社殿を建立し、一族が社家をつとめたという。中世以降、醸造の神様として、全国の酒造家などから信仰を集めている。これは、天平5年(733年)に社殿背後より泉が湧き出たとき、『この水で酒を醸すとき福が招来し家業繁栄する』との松尾の神の御宣託があったことに由来しているという。社殿には沢山の酒樽が寄進されている。また亀がこの社の神使とされ、松尾山から流れた渓流が「霊亀の滝」となり、霊亀の滝の近くに「亀の井」と名付けられた霊泉がある。酒造家はこの水を持ち帰り、醸造時に混ぜて使うという。また、この水は長寿の水として知られているようで、多くの人がこの水を汲みに訪れているようである。

●歴 史
 当社の背後の松尾山(223m)に古社地があり、山頂に近い大杉谷に磐座とされる巨石がある。5世紀ごろ、渡来人の秦氏が山城国一帯に居住し、松尾山の神(大山咋神)を氏神とした。大山咋神については、『古事記』に「亦の名は山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し、亦葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用つ神ぞ」と記されており、古事記が編纂されたころには有力な神とされていたことがわかる。 大宝元年(701年)、勅命により秦忌寸都理(はたのいみきとり)が現在地に社殿を造営し、山頂附近の磐座から神霊を移し、娘を斎女として奉仕させた。以降、明治初期に神職の世襲が禁止されるまで、秦氏が当社の神職を務めた。秦氏は酒造の技術も日本に伝えたことから、中世以降、松尾神は酒造の神としても信仰されるようになった。 平安遷都により、皇城鎮護の神として崇敬されるようになり、「賀茂の厳神、松尾の猛神」と並び称された。『延喜式神名帳』では「山城国葛野郡 松尾神社二座」として名神大社に列する。また、二十二社上七社の一社ともなった。
近代社格制度のもと、明治4年(1871年)に松尾神社として官幣大社に列格し、戦後は別表神社となった。 昭和25年(1950年)に松尾大社に改称。 本殿は、大宝元年秦忌寸都理が勅命を奉寺じて創建以来、皇室や幕府の手で改築され、現在のものは室町初期の応永四年(一三九七)の建造、天文十一年(一五四二年)大修理を施したものです。 建坪三十五坪余、桁行三間・梁間四間の特殊な両流造りで、松尾造りと称せられています。

●松風苑(三つの庭)
 当代庭園学の第一人者重森三玲氏が心血を注いで造られたもので、明治以後における現代最高の芸術的作品として知られています。 三庭に用いた二百余個の石はすべて徳島県吉野川の青石(緑泥片岩)です。 昭和四九年四月着工、五十年五月完成。 思ったより狭い所で敷地一杯が庭なので全体を写すのは困難でした。
磐座の庭(上古風)
 古代祭祀の場であった松尾山中の神蹟に因む作品唯一大空に向かっている様で開放感があります。
蓬莱の庭(鎌倉風)
 波乱重畳の鎌倉期の特色を今にいかした回遊式庭園。 石と池の存在感と配置の妙をご覧ください。
曲水の庭(平安風)
 当社の最も栄えた王朝の盛事を偲ぶよすがとしての創作。 枯山水かなと思っていたのですが、そ 
 うではなくて、水が流れており、個人的な意見ですが、作者の凝集された強い思い入れと熱意、 
 執念に圧倒され、我々凡人は少し離れた処からホッとして見てみたい気がします。

●松尾大社(まつのおたいしゃ)
[ 日本大百科全書(小学館) ] .
 京都市西京区嵐山(あらしやま)宮町に鎮座。祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)、中津島姫命(なかつしまひめのみこと)(市杵島(いちきしま)姫命)の二柱を祀(まつ)る。大山咋神は『古事記』に「葛野(かどの)の松尾に坐(いま)す鳴鏑(なりかぶら)に成りませる神」とある。本社の創祀(そうし)は文武(もんむ)天皇701年(大宝1)に秦忌寸都理(はたのいみきとり)が社殿を初めて造営したというが、秦氏以前からこの地に奉斎神があったようである。秦氏は養蚕や機織(はたおり)の技術に優れ、山城(やましろ)(京都府)地域の開発に貢献した氏族である。『延喜式(えんぎしき)』の名神(みょうじん)大社で、臨時祭の祈雨の奉幣にあずかり、二十二社奉幣の上七社に加えられている。一条(いちじょう)天皇以後、行幸啓も多く、866年(貞観8)には正一位に累進し、賀茂が東の厳神(げんしん)というのに対して、松尾は西の猛霊(もうれい)とよばれて尊崇された。貞観(じょうがん)年間(859〜877)から始まったといわれる松尾祭(まつおさい)には、山城国司、葛野郡司らも参候した。江戸時代には、累代の徳川将軍家から九百余石の朱印を安堵(あんど)され、社運が隆盛となった。1871年(明治4)官幣大社に列した。本社は酒造の神としての信仰が厚く11月上卯(かみのう)日には醸造の平安を祈る上卯祭、4月中酉(なかのとり)日にはその完了を感謝する中酉祭が行われる。社の背後の雷峰(いかずちみね)、松尾山を含む約12万坪(3960アール)が境内で、その全域が風致地区に指定されている。現今の例祭は4月2日で、4月20日以後の第2日曜には神輿(みこし)の出御祭、そののち21日目に還御祭がある。松尾七社とよばれる大宮社、四大神社、衣手(ころもで)社、三宮(さんのみや)社、宗像(むなかた)社、櫟谷(いちだに)社、月読(つきよみ)社の各社の神輿(月読社は唐櫃(からびつ))の還御には葵(あおい)の蔓(つる)で飾るところから葵祭ともよばれている。
本殿(国重要文化財)は正面三間、側面四間の身舎と、さらに正面三間の向拝よりなる両流(りょうながれ)造で、1397年(応永4)造営、1550年(天文19)の再建と伝えられている。宝物の男神坐像(ざぞう)二体、女神坐像一体は、いずれも平安時代の作で、国重要文化財に指定されている。重森三玲(しげもりみれい)作(1975)の昭和の新庭園「松風苑(しょうふうえん)」は有名である。 京の洛西地区の総氏神そして醸造の祖神。 阪急・嵐山線「松尾」駅舎を出たすぐ前に赤い大きな鳥居が見え、酒の神様を奉っている神社らしく、大きな徳利が鳥居の横にある。木立に覆われた参道を進むと榊が吊り下げられている二の鳥居。正面の楼門をくぐると、そこには一ノ井川が流れていて、4月中旬頃は川添いをはじめ境内には八重や一重やシロヤマブキなど約3000株のヤマブキが咲きみだれることで知られている。

平成24年11月16日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会


            松 尾

         松 尾(まつのお)  外七巻の一     (太鼓あり)
         季 秋      所 山城国松尾  素謡時間 34分
  【分類】脇 能 (    )
  【作者】        典拠:
  【登場人物】前シテ:老翁、後シテ:松尾明神 ワキ:臣下 ツレ:男

         詞 章                      (胡山文庫)

ワキ  次第上 四方の山風静かにて。/\梢乃秋ぞ久しき。
ワキ     詞 「抑も是は当今に仕え奉る臣下なり。さても西山松の尾の明神は。
          霊神にて御座候へども。朝に隙なき身なれば。未だ参詣申さず候間。
          この度君に御暇を申し。唯今間の尾の明神に参詣仕り候。
    道行上 嵯峨の山 御幸絶えにし芥川の。/\。千代のふる道跡ふりて。
          行くへただしき天雲の大井の入江霧こめて。上は嵐の山風の。
          声も通い手松の尾の。神の宮居に着きにけり/\。
                 真ノ一セイ
シテツレ  上 秋風の。声吹きそへて松の尾の。神さびわたる。気色かな。
シテ  サシ上 有難や和光同塵の斎垣の内には。年を迎えtr般若の真文を講じ。
シテツレ  上 又理生方便の社の前には。日を遂ふて如在の霊殿を仰ぐ。神明の納受疑いなく。
          摂取の願望おのおの成就円満の霊地。今に始めぬ神拝なれども。
          誠に貴き。社内かな。
     下歌 時しも今は長月の紅葉も四方の気色ひて。

  ( 小謡 春見しは ヨリ  心かな マデ )

      上歌 春見しは花の都乃雲霞。
ツレ     上 春見しは花の都乃雲霞。
シテツレ  上 立や日数もうつり来て。今も時なる秋の空曇らぬ月の都路に。
          往き来も繁き諸人乃。秋ゆたかなる心かな。/\。
ワキ     詞「いかにこれなる老人に尋ぬべき事の候。
シテ    詞「老人とは此方の事にて候か。まづ御姿を見連れば。
         此のあたりはては見馴れ申さぬ御事なり。都よりの御来訪にて御座候か。
ワキ    詞「げによく見てあるものかな。都より始めて当社参詣の者なり。  
         山の姿神館の面白さに眺め居て候。当社の御謂われ委しく申し候へ。
シテ    詞「さん候此の山林は。皆神の御敷地なり。真に御代千秋の君が住む。
         都は間近き神前にて。
ツレ カカル上 向かう梅津の秋の葉は。河水に浮かむ綾錦。
シテ    詞「織りなす雲も小倉山。しぐるる頃の朝な朝な。
ワキ カカル上 昨日は薄きもみじ葉の。
シテ    上 今日は濃染めの色深き。        
ワキ    上 西紅の峯続き。
シテ    上 さりながら四方の。
シテワキ  上 錦なれごも。
地     上 松の尾乃山は梢の。秋なして。/\。唯時雨れのみ年経るや。
         霜の後。雪の冬木になるまでも。時知らぬ常磐木の。

  ( 小謡 幾久し ヨリ  頼もしや マデ )

         幾久し神松の。落葉ばかりは塵の世に。交わる誓い頼もしや。
地   クリ上 それ天は陽を以て徳とし。地は陰を以つて。用とす。

  ( 囃子 然れば神は ヨリ  めでたかりける マデ )

シテ  サシ上 然れば神は人天百王の守護神として。
地     上 本地寂光の都を出で給い。此の閻浮提ひ示現し。
         五衰の睡りを無上正覚の月なさまし。
シテ    下 国土豊かに民あつかれと。
地     下 安全を守りおはします。
    クセ下 和光同塵は。結縁の御始め。八相成道は利物の終りを見する御誓い。
         げひ目前にあらたなり。仏は又常住。不滅の相を現し。
         有無中道を離れて。人を済度の方便これもつて同じ悲願なり。
         神といひ佛といひ只これ。水波の隔てにて。
         本地垂跡とあらはれ三世了達の知惠を以て現当二世までの道を照らし給へり。
         さればにや此の社。いづくもといひながら。殊に所も九重の。
         雲居の西の山の端を。照らすや光も夕月の。空冴えて嵐山の。
         峯には実相の声満ちて。聞法の頼りのみ。大井の波のおとまでも。
         常楽我浄の結縁をなす心なり。

  ( 小謡 梅津桂の ヨリ  色ぞ久しき マデ )

シテ    上 梅津桂の色々に。
地     上 日も茜さす紫野。北野平野や加茂貴船。祇園林の秋の風稲荷の山のもみじ葉の。
         青かりし恵みも様々に。誓いの色はかはれども。此の神はわきて世の。
         月常住の地をしめ王城を守る神徳の。久しき国に跡垂れて。
         慈尊三会の暁を。松の尾乃神垣かはらぬ色ぞ久しき。
    ロンギ上 げにや誓いの秋久に。/\。代々を守りの御神徳猶行く末ぞ頼もしき。
シテツレ  上 時しも今日の御神拝。有難しとも木綿四手の。
         神の夜神楽面々に神をすずしめ申さん。
地     上 偖は時しも夜神楽の。声も普き数々に。
シテツレ  上 すはや照りそふ夕月の。
地     上 庭ビの光。
シテツレ  上 榊葉を        
地     上 謡ふ乙女の袖はえて。花の裳裾も色々に。
         紅葉をかざし松の尾乃神の告を都人夜を拝み給えとよ。神楽を拝み給えとよ。
               中入り
  ( 囃子 げに今とても ヨリ  めでたかりける マデ )

ワキ  待謡上 げに今とても神の代の。/\。誓いは尽きぬしるしとて。
         神と君との御恵み。誠なりくりありがたや誠なりけり有難や。
後シテ   上 それ千秋の松が枝には。萬歳の緑常磐にて。御代を守り乃後影山。
         君安全に民栄え。五日の風も枝をならさぬ。松の尾乃神とは我が事なり。
地      上 八乙女の。袖もかざしの玉かづら。
シテ    上 かけてぞ祈るたま松の。
地     上 光も散るや露もしやぬひの鈴もサアサツ乃。舞の袂は。おもしろや。
               神舞
  ( 独吟 秋の夜神楽 ヨリ  めでたかりける マデ )

地  ロンギ上 秋の夜神楽声澄みて。/\。神さび渡る深更乃朱の光は有難や。

  ( 仕舞 庭ビの影も ヨリ  めでたかりける マデ )

シテ    上 庭ビの影も明らけき。榊葉ニホふ妙文の。
         こや松の尾乃神風更け行く秋ぞ惜しまるる。
地     上 げに惜しむべし惜しむべし。今宵の時も逢いにあふ。
シテ    上 月の光も照りそふや。
地     上 朱の玉垣。
シテ    上 玉の扉。
地     上 さし布く袖の露かけて。光も散るなり小巳衣。立ち舞う花も白妙乃。
         雪を廻らし千早振る。神ぞ久しき松の尾の。おのづから長き夜の。
         神楽ぞめでたかりける/\。


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