石 橋(しゃっきょう)

●あらすじ
中国・インドの仏跡を巡る旅を続ける寂昭法師[大江定基]は、中国の清涼山(しょうりょうぜん)[現在の中国山西省]にある石橋付近に着きます。そこにひとりの樵の少年が現れ、寂昭法師と言葉を交わし、橋の向こうは文殊菩薩の浄土であること、この橋は狭く長く、深い谷に掛かり、人の容易に渡れるものではないこと[仏道修行の困難を示唆]などを教えます。そして、ここで待てば奇瑞を見るだろうと告げ、姿を消します。 寂昭法師が待っていると、やがて、橋の向こうから文殊の使いである獅子が現われます。香り高く咲き誇る牡丹の花に戯れ、獅子舞を舞ったのち、もとの獅子の座、すなわち文殊菩薩の乗り物に戻ります。

●宝生流謡本  外六巻の五    四・五番目  (太鼓あり)
    季節=夏   場所=唐土清涼山  
    素謡(宝生) : 稽古順=初序  素謡時間25分
    素謡座席順   ツレ=樵童
              シテ=獅子(素謡では出なし)   
              ワキ=寂昭法師

●解 説@
『石橋』 (しゃっきょう)          出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
能の作品の一つ。獅子口(獅子の顔をした能面)をつけた後ジテの豪壮な舞が見物、囃子方の緊迫感と迫力を兼ね備えた秘曲が聞き物である。なお後段の獅子の舞については古くは唐楽に由来し、世阿弥の時代には、猿楽や田楽にとりいれられていた。

石橋  形式  現在能  能柄<上演時の分類>  五番目物
現行上演流派   観世・宝生・金春・金剛・喜多
シテ<主人公> 獅子  (文殊菩薩の使いである霊獣)
その他おもな登場人物  寂昭法師
季節  春 または 初夏   場所  唐の国、清涼山の麓
本説<典拠となる作品>  『十訓抄』ともいわれるが不明

概要
仏跡を訪ね歩いた寂昭法師(ワキ)は、中国の清涼山の麓へと辿り着いた。まさに仙境である。更に、ここから山の中へは細く長い石橋がかかっており、その先は文殊菩薩の浄土であるという。法師は意を決し橋を渡ろうとするが、そこに現われた樵(前シテ)は、尋常な修行では渡る事は無理だから止めておくように諭し、暫く橋のたもとで待つがよいと言い残して消える。ここまでが前段である。 中入に後見によって、舞台正面に一畳台と牡丹が据えられ、後段がはじまる。「乱序」という緊迫感溢れる特殊な囃子を打ち破るように獅子(後シテ)が躍り出、法師の目の前で舞台狭しと勇壮な舞を披露するのだ。これこそ文殊菩薩の霊験である。 小書(特殊演出)によっては、獅子が二体になることもある。この場合、頭の白い獅子と赤い獅子が現われ、前者は荘重に、後者は活発に動くのがならいである。前段を省略した半能として演じられることが多い。まことに目出度い、代表的な切能である。
石橋は歌舞伎にも取入れられ、石橋物と呼ばれる作品群を形成するに至っている。演目としては、『石橋』(初期の作品でごく短いもの)・『相生獅子』(二人で獅子の舞を見せる華やかなもの)・『連獅子』(獅子の組合わせを親子に設定し物語性を持たせたもの)等多数。いずれも牡丹の前で獅子の舞を見せるが、連獅子では間狂言を挟むなど大作となっている。

●演能記
能 石橋 (しゃっきょう)    
平成22年度「鎌倉能舞台」
仏跡を訪ねて入唐した寂照法師は清涼山に至り有名な石橋を見る。自然の流れが岩を貫流し、谷の深さは数千丈、長さ三丈余、幅一尺足らずの橋の向こうは文珠菩薩の浄土。暫く拝んでいると、文珠の愛獣獅子が現れ、満開の牡丹に狂い舞う奇瑞を見る。
 絢襴たる作り物。能の中で最も豪華で迫力ある大曲の一つです。
演者から一言 前シテは「童子」と「老人」の二通りの演出があります。本来は童子ですがやりやすいのは老人の方。師匠曰く、難しい童子でやるから重習なんだ!との事。
 後シテは本来赤い獅子ですが、小書で人数が増えるとツレが赤、シテは白になります。 通常七段。大獅子九段。師資(もろすけ)十二段と、小書によって舞の長さが変わっていきます。

●石橋(しゃっきょう)            
日本大百科全書(小学館)
能の曲目。五番目物。めでたく1日の催しを締めくくる祝言能。五流現行曲。入唐した寂昭法師(ワキ)は清涼山に至り、石橋を目前にする。この世から文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の浄土に架かる橋である。現れた山の童子(前シテ。老翁の姿にも)は、橋を渡ろうとする寂昭に、名ある高僧でも難行苦行のすえでなければ渡れなかったととどめ、自然が出現させた石橋の神秘を物語る。そして奇跡を予言して消える。仙人(アイ狂言)が出て橋の由来を述べ、獅子の出現を予告する。前シテをツレに扱い、アイ狂言を省く流儀もある。獅子(後シテ)が出て、牡丹(ぼたん)の花に戯れつつ豪快に舞い、万歳千秋をことほぐ。獅子の出を囃す「乱序(らんじょ)」の囃子も、豪壮ななかに深山の静寂の露のしたたりを表現する譜が加わるなど、特色がある。「獅子」の舞は能のエネルギーの端的な主張であり、技術的な秘曲で、伝承がとだえたため江戸時代に苦心のすえに復興されたもの。『望月(もちづき)』『内外詣(うちともうで)』でも舞われるが、それは中世芸能としての獅子舞の扱いであり、『石橋』の獅子が本格である。赤と白の夫婦獅子、あるいは親子獅子の出る演出のバリエーションが多く、前シテを省いて、ワキの登場のあと、すぐに獅子が出る略式上演も広く行われている。      「執筆者:増田正造 」

●清涼山
清涼山は五台山 (中国)の別名です。この外中国の南京市の山に、清涼山公園が現存する。日本のgoo 地図に、「福島県郡山市熱海町安子島清涼山」の地名があり、額取山連山の山麓一帯で熱海町の疎水事務所付近から車で行ける。山道を約4km位歩けば夏出や長橋の村落にも行くことが可能です。

●石橋物
能の『石橋』に取材した歌舞伎舞踊の一系統。たいていは「〜獅子」とよぶところから、「獅子物」ともいう。年代の古いものほど能の影響は少なく、趣向と詞章の一部を借りただけで極端に歌舞伎化されているが、新しくなるにしたがい能に近づいている。野郎歌舞伎の初期から行われ、元禄期(1688〜1704)には水木辰之助や早川初瀬が演じたという記録があるが、現存する最古の曲は1734年(享保19)3月江戸・中村座で初世瀬川菊之丞が踊った『相生獅子』で、同じ菊之丞の『枕獅子』、初世中村富十郎の『執着獅子』がこれに続く。いずれも女方が傾城に扮し手獅子を持って踊るという趣向であったが、江戸中期以後は立役の演目になり、四天の衣装で獅子の強さを強調して演ずる『二人石橋』『雪の石橋』などが生まれ、明治期には能の演出を多く取り入れた『連獅子』『鏡(かがみ)獅子』などがつくられた。曲はいずれも長唄(ながうた)。なお、「獅子物」という呼称では、能の『石橋』とは別に、民間芸能の獅子舞を舞踊化した『越後獅子』『角兵衛』『鞍馬獅子』『勢獅子』などもある。   
[ 執筆者:松井俊諭 ]

平成24年11月16日 あさかのユーユークラブ  謡曲研究会 


           石 橋
 
         石 橋 (しやくきよう)  外六巻の五   (太鼓あり)
         季 夏      所 :唐土清涼山  素謡時間 25分
  【分類】四五番目 (    )
  【作者】        典拠:
  【登場人物】 シテ:獅子 ツレ:樵童 ワキ:寂照法師 

         詞 章                     (胡山文庫)

ワキ    詞「これは大江の定基といはれし寂昭法師にて候。われ入唐し渡天佛跡を拝み。
         育王山より始めてかなたこなたを拝み廻りて候。
         これはまた清涼山に到りて候。これに見えたるが石橋にてありげに候。
         暫く人を待ち委しく尋ね。此橋を渡らばやと存じ候。
シテ 一セイ上 松風の。花を薪に吹き添へて。雪をも運ぶ。山路かな。
シテ  サシ上 山路に日暮れぬ樵歌牧笛の声。人間万事様々の。世を渡りゆく身の有様。
         物毎に遮る眼の前。光の影をや送るらん。
     下歌 余りに山を遠くきて雲又跡を立ち隔て。
     上歌 入りつる方も白波の。/\。谷の川音雨とのみ聞えて松の風もなし。
         げにや謬つて半日の客たりしも。今身の上に知られたり/\。
ワキ    詞 「いかにこれなる山人に尋ぬべき事の候。
ツレ    詞 「此方の事にて候か何事を御尋ね候ふぞ。
ワキ    詞 「これなるは承り及びたる石橋にて候ふか。
ツレ    詞 「さん候これこそ石橋にて候へ。向は文殊の浄土清涼山。よく/\おん拝み候へ。
ワキ    詞 「さては石橋にて候ひけるぞや。さあらば身命の仏力にまかせて。
         この橋を渡らばやと思ひ候。
ツレ    詞 「暫く。そのかみ名を得給ひし高僧たちも。難行苦行捨身の行にて。
         こゝにて月日を送り給ひてこそ。橋をば渡り給ひしにか。
   カカル上 獅子は小虫を食はんとても。まづ勢をなすとこそ聞け。
         我が法力のあればとて。行く事難き石の橋を。たやすく思ひ渡らんとや。
         あら危しの御事や。
ワキ カカル上 謂を聞けばありがたや。唯世の常の行人は。左右なう渡らぬ橋よなう。
ツレ     詞「御覧候へ此瀧波の。雲より落ちて数千丈。瀧壺までは霧深うして。
         身の毛もよだつ谷深み。
ワキ カカル上 巌峨々たる岩石に。僅にかゝる石の橋の。
ツレ    上 苔は滑りて足もたまらず。
ワキ    上 渡れば目もくれ。
ツレ    上 心もはや。
地     上 上の空なる石の橋。/\。まづ御覧ぜよ橋もとに歩み望めば此橋の。
         おもては尺にも足らずして。下は泥梨も白波の。虚空を渡る如くなり。
         危しや目もくれ心も。消え%\となりにけり。
         おぼろけの行人は。思ひもよらぬ御事。
地   クリ上 それ天地開闢のこの方。雨露を降して国土を渡る。
         これ即ち天の。浮橋ともいへり。
ツレ  サシ上 そのほか国土世界に於て。橋の名所様々にして。
地     下 水波の難を遁れ。万民富める世を渡るも。即ち橋の。徳とかや。
    クセ下 然るに此。石橋と申すは人間の。渡せる橋にあらず。おのれと出現して。
         つゞける石の橋なれば石橋と名をなづけたり。その面僅に。
         尺よりは狭うして。苔はなはだ滑かなり。其長さ三丈余。
         谷のそくばく深き事。千丈余に及べり。上には瀧の糸。雲より懸りて。
         下は泥梨も白波の。音は嵐に響き合ひて。山河震動し。
         天つちくれを動かせり。橋の景色を見渡せば。雲に聳ゆる粧の。
         たとへば夕陽の雨の後に虹をなせるすがた。又弓を引ける形なり。
ツレ    上 遥に臨んで谷を見れば。
地     上 足冷ましく肝消え。進んで渡る人もなし。
         神変仏力にあらずは誰か此橋を渡るべき。
         向は文殊の浄土にて常に笙歌の花降りて。
         笙笛琴箜篌夕日の雲に聞え来目前の奇特あらたなり。しばらく待たせ給へや。
         影向の時節も。今いくほどによも過ぎじ。
                  中入り 獅子舞
地   ノル上 獅子団乱旋の舞楽のみぎん。/\。
         牡丹の花房にほひ満ち/\たいきんりきんの獅子頭。
         打てや囃せや。牡丹芳牡丹芳黄金の蕊。現れて。花に戯れ枝に伏し転び。
      上 げにも上なき獅子王の勢靡かぬ草木もなき時なれや。
         万歳千秋と舞ひ納め。万歳千秋と舞ひ納めて。獅子の座にこそ。なほりけれ。


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