野 守 (のもり)

●あらすじ
出羽国の羽黒山の山伏が大峰葛城山へ参る途中、大和国春日の里を通りすがりますが、ちょうど一人の野守の老人がやって来たのに出会ったので、近くにあったいわれのありげな池について尋ねます。老人はそれは野守が姿を写すので「野守の鏡」といっているが、本当の野守の鏡は、昼は人、夜は鬼となってこの野を守っていた鬼神の持つ鏡のことだと答えます。更に、古くから歌に詠まれている鷂の鏡の伝説までも語り、山伏が真の野守の鏡が見たいと言うと、鬼神の鏡は人間が見れば恐ろしかろうと、せめてこの水鏡を見なさいと言って塚の中に姿を消します。 土地の人から先の老人が野守の鬼の化身であろうと聞かされて山伏は、この奇特を喜んで塚の前で祈ります。すると鬼神が鏡を持って現れ、天地四方八方を写して見せた後、大地を踏み破って奈落の底へ入って行きます。                       
(「宝生の能」 平成10年2月号より)

●宝生流謡本     外五巻の五    切能  (太鼓あり)
参 考  季節=春   場所=大和国春日野(奈良県)  作者=世阿弥
      素謡(宝生) : 稽古順=入門   素謡時間=36分
      素謡座席順   シテ=前・野守の翁  後・鬼
                 ワキ=羽黒山の山伏

●観能記  宝生会月並能        
 (11 Feb 2001 Kodak DC4800記より抜粋)
夜会ファンではお馴染みの「野守が見てるよ〜」の野守ですね。 更に、今日は、後見に佐野登さん、地謡に渡邊他賀男さんと波吉雅之さんが出演されてるんです。槲3人が同じ舞台上に存在してるんです。夜会をドキドキ思い出しつつ槲3人一堂に会してる〜とか思いながら見ちゃいましたー。槲にこだわり続けるわけじゃないんだけど、知ってる人が出てる能の方が楽しいし、眠くならないし 渡邊さん、波吉さんは夜会のときと似た印象。佐野さんはちょっと違う感じがしました。
印象が違って感じたのは着物の着付方が関係してる? 佐野さんは襟をすごくゆるく着付けてました。粋な着付けというか。でも、表情も違うような。眼光の雰囲気とか。色が白くなったような感じもするし 波吉さんは夜会の時と同じようなやわらかい印象。そこでそのまま『空からアスピリン』を詠んでも違和感ないような。わたし以外のほかのお客さんは違和感バリバリでしょうけどさ。(^^;; とかいう前に今日のお客さんは夜会を知らない人が 98%って感じでした。 渡邊さんは、夜会の時から気になっていたんだけど、遠目に見ると金泥の目のように見えるんですが、今日もそうでした。ちょっと神秘的な雰囲気、とでもいうか。金泥っぽいつっても、恐い感じじゃなくてあったかい感じなんですけどね。至近距離でお見かけしたことがないので、なぜ遠目にそう見えるのかはわからないのですが、ひょっとして酒豪? とか想像してみたり。「神」秘 ってことでバッカスが住み着いてるとか。 佐野さんが従後見で、渡邊さんと波吉さんが地謡です。切戸口と鏡の間は裏側の楽屋で繋がっています。後見は舞台で仕事をしたり、シテが橋掛りから戻るのを鏡の間で迎えたり(切戸口から楽屋通って先に揚幕の前にいって平伏して迎えるそうです)、見えないところを走り回っているようです。 始めに後見の二人が橋掛かりから作り物を持ってきて大小前に置きました。この作り物は「塚」を表現してるようです。 それと、「巴」「東北」の時は囃子方の後ろに人が控えているんですが、「野守」の時は誰もいませんでした。鼓や笛の後ろに居る人はなんと言う名前で何のためにそこに居続けてるのかな? 「巴」「東北」の時は、小鼓の後ろの人はずーっと居続けないで、しばらくすると切戸口から下がってしまうんですよ。また出て来りはするんですけど。「野守」の時はなんで居ないの? とか、分からないことだらけー。 始めにワキの山伏が登場して、それから、前シテの老翁が登場して「野守の鏡」について尋ねたら、老翁が、ホントの野守の鏡は鬼神の持つ鏡で「はし鷹の野守の鏡」のいわれを語り、山伏が、そのホントの野守の鏡を見たいというと、水鏡を見よといって塚の中に入っちゃいます。 で、ここで間狂言があるんだったかな。
間狂言の間に塚の中でシテは着替えるのでした。従後見の高橋さんと言うすっごく体格の良い人がまず塚に入ってて、そこにシテが入って、佐野さんが表から着せ付ける、という感じ。シテが塚に入るだいぶ前から、塚の後ろで着替えの準備をしていたりしました。奈落がなくて舞台の上で何でもやってしまうのって、不思議だけどちょっと新鮮。この塚の中での着替えはとても大変そうでした。ボリュームのある能の豪華な衣装を狭い塚の中できっちり着付するんだから大変ですよね。山伏が祈っていると、鬼神が鏡を持って塚の中から現れて鏡に天界から地獄まで四方八方を映して見せてから、大地を踏み破って奈落へと帰っていくんですが、もちろんいわゆる舞台の奈落はないので、橋掛かりから退場、だったかな。大地を踏み破って奈落へと帰っていく雰囲気として床を力強く蹴るんですが、床が踏み抜けるんじゃないかつーくらい床を蹴ってました。うとうとしていた人ももすっかり目が覚めたんじゃないかな。鬼神が橋掛かりから退場した。これで終演ですね。
後見は能によって作業内容(?)がすごく違うんですね。今日の3つの能の中で、「野守」の従後見が一番動き回っていたかな。 えっと、それと、鬼神の赤い髪の後ろに一筋の白い髪の束があったんですけど、この後頭部の一握りの白い毛は「差毛(さしげ)」と言うそうですが、意味は分からない。全部真っ赤でないところにどんな意味があるんだろ? とかなんとか、疑問だらけの初めての能鑑賞でした。  
シテ:前田 晴啓  ワキ:森 常好
大鼓:柿原 光博、小鼓:幸 正昭、太鼓:大江 照夫、笛:中谷 明   間:善竹 十郎、
後見:渡邊 三郎・本間 英孝・佐野 登・高橋 亘
地謡:波吉 雅之・朝倉 俊樹・渡邊 他賀男・小倉 敏克・亀井 保雄・金井 章・
三川 淳雄・當田 孝道
今日は宝生会月並能で、以下わたしの知り得た範囲の知識で書いてるので、勘違いや書き間違いがたくさんあるかも。間違いや誤字を発見された方はお知らせくださいませ。訂正いたします。 今日の演目は、能「巴」、狂言「文荷(ふみにない)」、能「東北(とうぼく)」。ここで20分の休憩があって、能「野守」の順。   (野守(のもり)は観世・金春・宝生・金剛・喜多で演じている)          

●能 野守(のもり)             ゆげひ的雑感
能『野守』では後シテは鬼神です。しかし、私は「野守」という鬼や神のことを聞いたことがないんですね。平安時代では端午節会(たんごのせちえ)といって、菖蒲や薬玉で邪気払いをしていたのです。つまりは病気予防の習慣だったんですね。「遊猟」というのは中国伝来の行事で、薬となる若角を取るための鹿狩や若菜摘みをする行事のことです。その中で額田王は、袖を振られる…つまり呼びかけられているんですね。それを野守に見られないかどうか心配している、という趣の和歌です。これは大海人皇子(後の天武天皇)の和歌に返した歌で、額田王に関するいろいろな疑惑の原点になってるわけですが、ここでは詳しく述べません。 ここに野守が出てきます。「標野」というのは、立入禁止の標を立てた野のことで、つまり天皇の直轄地でした。そのため、番人である「野守」が警護していたのです。この和歌から、野の中であればどこにでも出現しそうな野守のイメージが伝わってきます。 (中略)
 野に精通し、ふと現れては消えていく野守。人間離れした存在に思えたのでしょう。そのため、能では野守の尉の正体は、天上界・地獄道を含めた全てを映し出す鏡を手にした鬼神として登場するのです。しかしワキの山伏が「恐ろしや打ち火輝く鏡の面に。映る鬼神の眼の光。面を向くべき様ぞなき」と怖がると「恐れ給はば…」と帰ろうとする心優しい鬼神です。  (2002/11/24)

(平成21年5月15日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


             野 守

         野守(のもり)  外五巻の五     (太鼓あり)
         季 春      所 大和国春日野  素謡時間 36分
  【分類】切 能 (    )
  【作者】        典拠:
  【登場人物】前シテ:野守の翁、後シテ:鬼    ワキ:羽黒山の山伏 

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ  次第上 苔に露けき袂にや。/\。衣の玉を含むらん。
ワキ     詞「これは出羽の羽黒山より出でたる山伏にて候。
         われ大峰葛城に参らず候ふ程に。この度和州へと急ぎ候。
    道行上 この程の。宿鹿島野の草枕。/\。
         子に臥し寅に起き馴れし床の眠も今さらに。仮寝の月の影ともに。
         西へ行方か足曳の。大和の国に着きにけり/\。
シテ  一声上 春日野の。飛火の野守出でて見れば。今幾程ぞ若菜摘む。
    サシ上 これに出でたる老人は。この春日野に年を経て。山にも通ひ里にも行く。
         野守の翁にて候ふなり。有難や慈悲万行の春の色。三笠の山に長閑にて。
         五重唯識の秋の風。春日の里に音づれて。真に誓も直なるや。
         神のまに/\行きかへり。運ぶ歩もつもる老の。栄行く御影仰ぐなり。
     下歌 唐土までも聞えある。この宮寺の名ぞ高き。
     上歌 昔仲麿が。/\。我が日の本を思ひやり。天の原ふりさけ見ると詠めける。
         三笠の山陰の月かも。それは明州の月なれや。
         こゝは奈良の都の。春日長閑けき気色かな。/\。
ワキ    詞「いかにこれなる老人に尋ぬべき事の候。
シテ    詞「此方のことにて何事にて候ぞ。
ワキ    詞「御身は此処の人か。
シテ    詞「さん候是は此春日野の野守にて候。
ワキ    詞「野守にてましまさば。これに由ありげなる水の候ふは。
         名のある水にて候ふか。
シテ    詞 「これこそ野守の鏡と申す水にて候へ。
ワキ    詞 「あら面白や野守の鏡とは。何と申したる事にて候ふぞ。
シテ    詞 「われら如きの野守。朝夕影を映し程に。野守の鏡と申し候。
         又真の野守の鏡とは。昔鬼神の持ちたる鏡とこそ承り及びて候へ 
ワキ    詞「何とて鬼神の持ちたる鏡をば。野守の鏡とは申し候ふぞ。
シテ 詞「昔此野に住みける鬼のありしが。昼は人となりてこの野を守り。
         夜は鬼となつてこれなる塚に住みけるとなり。
         されば野を守りける鬼の持ちし鏡なればとて。野守の鏡とは申し候。
ワキ カカル上 謂を聞けば面白や。さてはこの野に住みける鬼の。持ちしを野守の鏡とも云ひ。
シテ    詞「又は野守が影を映せば。水をも野守の鏡と云ふ事。
ワキ カカル上 両説いづれも謂あり。
シテ カカル上 野守がその名は昔も今も。
ワキ    上 変らざりけり。
シテ    上 御覧ぜよ。
地     上 立ち寄れば。げにも野守の水鏡。/\。影を映していとゞなほ。
         老の波は真清水の。あはれげに見しまゝの。昔のわれぞ恋しき。
         げにや慕ひても。かひあらばこそ古の。野守の鏡得し事も年古き世の例かや。/\。
ワキ     詞「いかに申し候。箸鷹の野守の鏡の謂われ御物語り候へ
シテ    詞「語つて聞かせ申し候べし。昔この野に御狩のありしに。御鷹を失ひ給ひ。
         彼方此方を御尋ありしに。一人の野守参りあふ。
         翁は御鷹の行方や知りたると御尋ねありしに。かの翁申すやう。
         さん候これなる水の底にこそ。御鷹の候へと申せば。
         何しに御鷹の水の底にあるべきぞと。狩人ばつと寄り見れば。
   カカル上 げにも正しく水底に。
地     上 あるよと見えて白斑の鷹。/\。よく見れば木の下の水に映れる。
         影なりけるぞや鷹は木居に在りけるぞ。
       上 さてこそ箸鷹の。/\。野守の鏡得てしがな。思ひ思はず。
         よそながら見んと詠みしも木の鷹を映す故なり。真に畏き時代とて。
         御狩も繁き春日野の。飛火の野守出であひて。叡慮にかゝる身ながら。
         老の思出の世語を。申せばすゝむ涙かな/\。
地  ロンギ上 げにや昔の物語。聞くにつけても真の野守の鏡見せ給へ。
シテ    上 思ひよらずの御事や。それは鬼神の鏡なれば。いかにして見すべき。
地     上 さてや鏡のあり所。聞かまほしき春日野の。
シテ    上 野守といふもわれなれば。
地     上 鏡はなどか。
シテ    上 持たざらんと。
地     下 疑はせ給ふかや。鬼の持ちたる鏡ならば見たは。恐れやし給はん。
         真の鏡を見ん事はかなふまじろの鷹を見し水鏡を見給へとて塚の内に入りにけり。
         塚の内にぞ入りにける。
                中入り
ワキ カカル上 かゝる奇特にあふ事も。これ行徳の故なりと。思ふ心を便りにて。
         鬼神の住みける塚の前にて。肝胆を砕き祈りけり。
       下 われ年行の功を積める。その法力の真あらば。鬼神の明鏡現して。われに奇特を見せ給へや。
       上 南無帰依仏。
                出端
後シテ   上 有難や。天地を動かし鬼神を感ぜしめ。
地     上 土砂山河草木も。
シテ    下 一仏成道の法味に引かれて。
地   ノル上 鬼神に横道曇りもなき野守の鏡は現れたり。
ワキ カカル上 恐ろしや打火輝く鏡の面に。映る鬼神の眼の光。面を向くべきやうぞなき。
シテ    詞「恐れ給はゞ帰らんと。鬼神は塚に入らんとすれば。
ワキ    上 暫く鬼神待ち給へ。夜はまだ深き後夜の鐘。
シテ    下 時はとら臥す野守の鏡。
ワキ    上 法味にうつり給へとて。
シテ    上 重ねて数珠を。
ワキ    上 押しもんで。
地     上 大嶺の雲を凌ぎ。/\年行の功を積む事。一千余箇日。屡々身命を惜まず採果。
         汲水にひまを得ず。一矜伽羅二制多伽。三に倶利伽羅七大八大金剛童子。東方
               舞働
シテ    上 東方。降三世明王もこの鏡に映り。
地     上 又は南西北方を映せば。
シテ    下 八面玲瓏と明かに。
地     上 天を映せば。
シテ    上 非想非々想天まで隈なく。
地     上 さて又大地をかがみ見れば。
シテ    下 まづ地獄道。
地     下 まづは地獄の有様を現す一面八丈の。浄玻璃の鏡となつて。罪の軽重罪人の呵責。
         打つや鉄杖の数々悉く見えたりさてこそ鬼神に横道を正す。
         明鏡の宝なれ。すはや地獄に帰るぞとて。大地をかつぱと蹈みならし。
         大地をかつぱと蹈破つて。奈落の底にぞ入りにける。


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