歌 占  (うたうら)

●あらすじ
伊勢の国二見が浦の神職渡会の某は、神に御暇を告げずに諸国を廻る旅に出かけたため、その報いからか急死してしまいます。しかし三日目には生き返り、そしてこの時から頭髪が真白になってしまいます。その後も渡会の某は諸国をさすらい、歌占を人に引かせて渡世としていました。 そして加賀の国白山の麓に来た時に、歌占がよく当たるということを聞きつけた里人と父を尋ね歩く子どもが見てもらいに来たので、それぞれに短冊を引かせたところ、なんとその子どもは我が子であることがわかります。 渡会父子は邂逅を喜び、一緒に伊勢の国に帰る事となります。そこで里人が別れを惜しんで地獄の有様を語ってほしいと頼むと、父親は少し神気に憑かれたかの様で、地獄の模様をクセ舞に作って謡いきかせ、謡い終ると共に狂気から覚め、親子は連れ立って伊勢の国へと帰って行きます。

●宝生流謡本      外五巻の四     四番目二番目    (太鼓なし)
    季節=夏      場所=加賀国白山の麓     作者=観世十郎元雅
    素謡稽古順=初奥   素謡時間=49分 
    素謡座席順   子方=渡會の子 幸若丸
              シテ=渡會 某
              ツレ=里人      (ワキはなし)

●解 説    
歌占は異様な雰囲気の能です。神道の覡(みこ)が、仏教の地獄に落ちる、神仏習合がこの能の奇異さを倍加しています。 まずシテの扮装に驚かされます。直面(ひためん。面をかけない素顔。若い男の面をかけることもある)に白髪、しかも長髪です。この男は地獄から生還し、その苦しみから白髪になったのです。彼は、伊勢国、二見浦の覡でした。神に暇乞いをせず回国の旅に出たため神の怒にふれ急死し、三日後に生き返りました。その間、地獄の苦しみを受けたのです。その後、歌占(和歌を短冊に書いて引かせ、歌意によって占う)をなりわいにする神子となって回国をつづけ加賀の国(石川県)白山の麓にやってきます。所の里人が、よく当たるという噂を聞き、父に生き別れたという子供を連れて占ってもらいに来ます。里人には病気の父がいます。 
占には「北は黄に南は青く東、白。西、紅に染色の山。」とありました。歌は仏説にいう須弥山(しゅみせん)のようすをうたったものでした。神子は須弥山について詳しく語り、この山は蘇命路ともいい、これは命の蘇る路と読め、父はすでに回復の道をたどっていると占います。次に子供の占には「鶯の卵の中のほとどきず。己が父に似て己が父に似ず」とありました。鶯は、「おう」とも読み、これはすでに父に会っている占だと判じます。然う斯うしているうちに神子は、この子供が我が子であることに気づき、互いに名乗り合い、再会を喜びます。里人は噂に聞いた神子の「地獄の曲舞」を所望します。神子はこれを舞うと神がついて狂乱になるが、帰国の名残にと舞います。この曲舞は、神子が神罰によって地獄に落ちた実際の体験を作ったものでした。酸鼻を極めた凄惨な地獄の有様を再現していると俄かに神がつき、責め苦しめます。白髪は逆立ち、玉の汗を流し、天に向かって叫び、地に倒れ伏し、舞い狂い、必死に神にお詫びを申し上げます。やがて神はその身から離れ、神子は狂乱から覚めます。神に許され、親子は連れだって故郷の伊勢の国へ帰っていきました。

□怪異な世界を垣間見たい、体験したいという願望は誰にしもあります。この能は、怪異の世界「地獄廻り」を眼目にしています。シテ渡会家次も異様な雰囲気です。家次は冥界と人との仲介者、覡です。彼は案内、断りなしに出奔します。親子再会の能は四番目、狂女物などに類曲が多く、親が子を尋ね、親の子に対する情愛を主題にしています。この能は子が親を訪ねます。他の能には例がありません。親子の情愛もごくあっさりと扱い人間臭を排しています。 (後略)金剛流

●「歌占」演能記@
「歌占」舞い終えました。お越しいただきましたお客様、どうもありがとうございました。昨日お弟子さんの稽古日だったので、何人かに感想をお聞きしました。 やはり関門は動きのない歌占いの場面だったようです。難解な言葉にへ理屈のような理論で推し進める歌占い。この歌占いは言葉を丁寧に語っても、その意味が伝わるわけではなく、逆に意味を伝えるのが目的ではないので、言葉のリズム、間を重視して全体の構成を立てたのですが、「何を言っているのかぜんぜんわからなく、眠くなってしまいました。」 (汗、涙、笑!)正直な感想だと思います。人を引き込むような語りではなかったことは事実です。これからの大きな課題です。 「演じているものが面白いと思ってやっていることは、観ている人は面白いとは思わない。」という言葉があります。まさしくこれですね。 装束については写真のように、翁烏帽子、狩衣、大口(袴)という神職姿の決まりにそった出で立ちでおこないました。 装束の選択肢は、この狩衣と大口の色の組み合わせと、狩衣の下に着る着付けの模様になるわけです。   (後略)
               
 観世流能楽師・柴田稔 Blogヨリ

●「歌占」演能記A
能が長い年月の風雪に耐え、今に伝えられているのは、能に関わる多くの人達の努力によって、ある様式美が確立されてきたからに他なりません。しかし今、様式がしっかり決まっているがために、逆に演者はその中でただ、形さえ演じれば足りると考えがちです。今回(平成十二年五月自主公演)の『歌占』という曲は、その様式美に頼るだけでは、観る人が理解するのに限界があるのではと感じるものでした。難解な言葉の群、そこに込められた宗教観や死生観。当時の人はわかって楽しめたものも、現代人の日常生活や常識、教養からはかけ離れ、私自身も理解に苦しむ作品内容です。演ずる者が作品を深く知る、このあたりまえの事、これが『歌占』に取り組む始めとなりました。『歌占』は歌による占い、地獄の曲舞、神懸かりの狂乱場面の三段構成で、そこに親子の邂逅をうまく入れて作られています。今回は個人的に全体のあらすじと、一番難解な「金土の初爻を尋ぬるに」以下の占いの段の現代語訳を作り当日配布しました。現代語訳を出すについては賛否両論あるでしょうが、あえて観る人の理解を助けることを優先しました。 (後略)
粟谷能の会 :: 『歌占』の難解さにひたる    喜多流能楽師 粟谷明夫

●くるしみ
この能の地獄描写は生々しく、恵心僧都源信が著した「往生要集」をもとに画いたという聖衆来迎寺の地獄絵、北野天神由縁起の地獄絵はよく知られているが凄惨なこれらの絵を彷彿とさせます。
斬鎚地獄―臼に入れられ体を切り刻まれる。日々に殺され生かされを繰り返される。
  剣樹地獄―樹木がすべて剣で、剣の生えた山があり、この木に登らされると体の節々が裂け、
       剣の山に登らされると体がばらばらになる。
  石割地獄―両方の崖から大石が落ちてきて罪人を打ち砕く
  火盆地獄―頭に火焔を載せられる。体の節々から火が吹き出る。
  紅蓮地獄―極寒のため皮膚が裂けて血まみれとなり連の花のようになる。

人間の苦しみは、限りないものですがよく言われている四苦八苦とは次のように表現されている。
 生・老・病・死 の四苦に加えて 愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦 を八苦と言う
 
平成20年12月19日(金) あさかのユーユークラブ 謡曲研究会


                  歌 占 (うたうら)

         季 夏      所 加賀国白山の麓    素謡時間 49分
  【分類】四番目・二番目物 
  【作者】世阿弥元清   典拠:前半分は伝説か 後半は平家物語
  【登場人物】 シテ:渡会 某、ツレ:里人 子方:里人 

         詞 章                  (胡山文庫)

ツレ 次第上 雪三越路の白山は。/\。夏かげいづくなるらん。
       詞「斯様に候ふ者は。加賀の国白山の麓に住まひする者にて候。
         さても此程いづくの者とも知らぬ男神子の。小弓に短冊を付け歌占を引き候が。
         けしからず正しき由を申し候ふ程に。今日罷り出で占をひかばやと存じ候。
         いかに渡り候ふか。歌占の御望みの由承り候。御供申さうずるにて候。
         まず此方へ渡り候へ
シテ一セイ上 神心。種とこそなれ歌占の。ひくも白木の。手束弓。
       詞「是は伊勢の国二見の浦の神職にて候    
    サシ上 それ歌は天地開けし始より。陰陽の二神天の巷にゆきあいの。
         さよの手枕結びさだめし。世をまび国を治めて。今も道ある妙文たり。
     下歌 占とはせ給へや歌占とはせ給へや。
      上歌 神風や 伊勢の浜荻名をかへて。/\。よしといふもあしといふも。
         同じ草なりと聞く物を。処は伊勢の神子なりと難波の事もとひ給へ人ごころ。
         ひけば引かるゝ梓弓。伊勢や日向の事もとひ給へ日向の事も問ひ給へ。
ツレ    詞「いかに申すべき事の候。見申せば若き人にて渡りこうが。何とて白髪とはなり給ひて候ぞ
シテ    詞「げに/\普く人の御不審にて候。これは伊勢の国二見の浦の神職なるが。
         われ一見の為に国々を廻る。ある時俄に頓死しぬ。又三日と申すによみがへる。
         それより斯様に白髪となりて候。是も神の御咎と存じ候ふ程に。
         当年中に帰国すべきとおこたりを申して候。
ツレ    詞「扨は其謂にて候か。さらば歌占を引き申し候ふべし。
シテ    詞「易き間の事まづ此方へ渡り候へ。一番に手に当たりたる短冊の歌を遊ばされ候へ。
         判じて参らせ候ふべし。
ツレ    詞「北は黄に。南は青く東白。西くれなゐのそめいろの山。斯様に候。
シテ    詞「これは須弥山を詠みたる歌にて候。さては父の事を御尋ね候な。
ツレ    詞「さん候親を持ちて候が。所労仕り候間。生死の境を尋ね申し候。
シテ    詞「委しく判じて参らせうずるにて候。
         それ今度の所労を尋ぬるに。辺涯一片の風より起つて。水金二輪の重結に現る。
         それ須弥は金輪より長じて。其丈十六万由旬の勢たり。四州常楽の波に浮み。
         金銀碧瑠璃玻球迦宝の影。五重色空の雲に映る。されば須弥の影映るによつて。
         南瞻部州の草木緑なりといへり。さてこそ南は青くとはよみたれ。
         こゝに父の恩の高き事。高山千丈の雲も及び難し。されば父は山。
         そめいろとは風病の身色。しかも生老病死の次第を取れば。
         西くれなゐとよみたるは。命期六爻滅色にて。すこし大事の所労にて。
         まことに命期の路なれども。但し此の染色の山々とは。声をかりたる色取りなり。
         文字には蘇命路なり。よみがえる命の道と書きなれども。
         また蘇命路に却来して。二度ここに蘇生の寿命の。種となるべき歌占の詞。
         たのもしう思しめされ候へ。
ツレ     詞「あら嬉しや。扨は苦しかるまじく候か。
シテ    詞「なか/\の事御心安く思しめされ候へ。
子方    詞「某も占を引かうずるにて候。
シテ    詞「易き間の事以前も申す如く。一番に手に当りたる短冊の歌を御読み候へ。
         判じて参らせうずるにて候。
子方    詞「鴬の。かひこの中の子規。しやが父に似てしやが父に似ず。かように候。
シテ    詞「これも父の事を御尋ね候ふな。
子方    詞「さん候、
シテ    詞「鴬にあう言葉の縁なり。かひごのうちの時鳥と言へり。
         是ははや逢ひたる占にて候ふ物を。
子方    詞「いや逢はねばこそ占を引き候へ。
シテ    詞「さりとては占に偽よもあるべからず。鴬の子なりけり時鳥とも云へり。
         時も卯月程時も合ひに合ひたり。や。今啼くは時鳥にて候ふか。
子方    詞「さん候子規にて候。
シテ    詞「おもしろし/\。たうあん黄舌の囀。鴬のこは子なりけり子なりけり。さておことは誰そ
子方    詞「伊勢の国の者。
シテ    詞「在所は。
子方    詞「二見の浦。
シテ    詞「父の名字は。
子方    詞「二見の太夫度会の何某。
シテ カカル上 さて其父は。さておことの幼名は。
子方    上 幸菊丸と申すなり。
シテ    上 こはそも神の引合か。これこそ父のなにがしよ。
子方    上 不思議や父にてましますかと。云はんとすれば白髪の。
シテ    上 身は白雪の面忘れ。
子方    上 されども見れば我が父の。
シテ    上 子は子なりけり。
シテ子方 上 子規の。

   (独吟 程へて今ぞ ヨリ  不思議なる マデ )

地     上 程へて今ぞ廻り逢ふ。占も合ひたり親と子の。二見のうらかたの。正しき親子なりけるぞ。
         げにや君が住む。越の白山知らねども。古りにし人の行くへとて。四鳥の別親と子に。
         二たび逢ふぞ不思議なる/\。
ツレ    詞「かゝる不思議なる事こそ候はね。さては御子息にて候べきか。
シテ    詞「さん候神の御引合と存じ候ふ程に。やがて伴ひ帰国せうずるにて候。
ツレ    詞「あら御名残惜しや候。又承り候へば。地獄の有様を曲舞に作りて御謡ひある由申し候程に。
         お謡ひあつて御聞かせ候へ。
シテ    詞「易き御事にて候さりながら。此うたひを謡ひ候へば。少し神気になり候。
         しかれども方々名残の一曲に
       上 現なき有様見せ申さん。
地  次第上 月の夕の浮雲は。/\後の世の迷なるべし。
     クリ上 昨日もいたづらに過ぎ。今日も空しく暮れなんとす。無常の虎の声肝に銘じ。
         雪山の鳥啼いて。思ひを肝に銘じ。雪山の鳥鳴いて。思いを傷ましむ

   (独吟 一生は唯夢の如し ヨリ  迷なるべし マデ )
   (囃子 一生は唯夢の如し ヨリ  帰りける マデ )

シテ サシ上 一生は唯夢の如し。誰か百年の齢を期せん。
地     下 万事は皆空し。何れか常住の思をなさん。
シテ    上 命は水上の泡。風にしたがつて江めぐるが如し。
地     上 魂は籠中の鳥の。開くを待ちて去るに同じ。消ゆるものは二たび見えず。
         去るものは重ねて来らず。

   (囃子 須臾に生滅し ヨリ  帰りける マデ )

    クセ下 須臾に生滅し。刹那に離散す。恨めしきかなや。釈迦大士の慇懃の教を忘れ。
         悲しきかなや。閻魔法王の。呵責の詞を聞く。名利身を扶くれども。
         未だ北亡の煙を免れず。恩愛心を悩ませども。誰か黄泉の責に随はざる。
         これがために馳走す。所得いくばくの利ぞやこれに依つて追求す。所作多罪なり。
         暫く目を塞いで。往事を思へば。旧遊皆亡ず。指を折つて。故人を数ふれば。
         親疎多くかくれぬ。

   (仕舞 時移り事去つて ヨリ  迷なるべし マデ )

         時移り事去つて。今なんぞ。渺茫たらんや人留まりわれ往く誰か又常ならん。
シテ    上 三界無安猶如火宅。
地     上 天仙尚し死苦の身なり。況んや下劣。貧賎の報においてをや。
         などか其罪かろからん死に苦を受け重ね。業に悲しみ猶添ふる。斬鎚地獄の苦は。
         臼中にて身を斬る事。截断して血狼藉たり。一日の其うちに。万死万生たり。
         剣樹地獄の苦しみは。手に剣の樹をよどれば。百節零落す。
         足に刀山踏むときは。けんじゅ共に解すとかや。石割地獄の苦は。
         両崖の大石もろ/\の。罪人を砕く次の火盆地獄は。かうべに火焔を戴けば。百節の骨頭より。
         焔々たる火を出す。ある時は焦熱大焦熱の。焔に咽びある時は。
         紅蓮大紅蓮の氷に閉ぢられ。鉄杖頭を砕き。火燥足裏を焼く。
シテ    上 飢ゑては。鉄丸を呑み。
地     上 渇しては。銅汁を飲むとかや。地獄の苦は無量なり餓鬼の。苦も無辺なり。
         畜生修羅の悲しみは。われらにいかで優るべき。身より出せる科なれば。
         心の鬼の身を責めて。かように苦をば受くるなり。
         月の夕の浮雲は後の世の迷なるべし。
地     上 後の世の。闇をば何と。照すらん。
地   ノリ上 胸の鏡よ心濁すな心濁すな。
シテカカル上 あら悲しや唯今参りて候に。これ程はなどやお責あるぞ。あら悲しや/\。
ツレ    上 不思議やな又彼の人の神気とて。面色変りさも現なきその有様。
シテ    上 五体さながら苦しめて。
ツレ    上 白髪は乱れ逆髪の。
シテ    上 雪を散らせる如くにて。

   (仕舞 天に叫び ヨリ  帰りける マデ )

ツレ    上 天に叫び。
シテ    上 地に倒れて。
地     上 神風の一もみ揉んで。/\。時しも卯の花くだしの五月雨も降るやとばかり。
         面には白汗を流して袂には。露の繁玉。時ならぬ霰玉散る。足踏はとう/\と。
         手の舞笏拍子。打つ音は窓の雨の。
         震ひ戦き立ちつ居つ肝胆を砕き神の怠申し上ぐると見えつるが。
         神は上らせ給ひぬとて。茫々と。狂ひさめて。いざや我が子ようち連れて。
         思ふ伊勢路の古里に又も帰りなば二見の浦。又も帰らば二見の。
         浦千鳥友よびて伊勢の国へぞ帰りける伊勢の国へぞ帰りける。


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