西王母 せいおうぼ

●あらすじ                     
ところは中国、周の時代。穆王の治めるたいそうめでたい聖代を迎えて、君臣相和し、皆花の都に群れ来て参内し共に泰平を祝って大賑いです。そこへ、どこからとも知れず桃花の枝を肩にした若い女が現れます。そして、三千年に一度花咲き実を結ぶ仙桃が今花咲いたのも君の御威徳によるものであるから献上しよう、と言って宮殿へ赴きます。引見し、桃の謂れを聞いた帝王は、それは西王母の桃かと問います。女ははじめ答えませんが、やがて自分が西王母の化身であると明かし、後に真の姿で現れ仙桃の身をも捧げようと約束して天に上がります。帝王が管弦を奏して西王母の天降るのを待っていると、やがて侍女を従えた西王母が光輝く妙なる姿で現れ、仙桃の実を帝王に捧げ舞を舞います。喜びの酒宴に皆快く酔い、いつしか西王母は天上へと消えます。 
 (「宝生の能」平成13年4月号より)

●宝生流謡本     外五巻の一    脇能 (太鼓あり)
    季節=春  場所=唐土  
    素謡 :  稽古順=平物   素謡時間約=22分
    素謡(宝生)  : ワキヅレ=大臣
              シテ=前・後西王母
              ワキ=帝王

●参 考      西王母(せいおうぼ、さいおうぼ)
西王母は、中国で古くから信仰された女仙、女神。姓は楊、名は回。 九霊太妙亀山金母、太霊九光亀台金母、瑶池金母などともいう。王母は祖母の謂いであり、西王母とは、西方に住する女性の尊称である。すべての女仙たちを統率する。東王父に対応する。  日本画に描かれた西王母と武帝周の穆王が西に巡符して崑崙に遊び、彼女に会い、帰るのを忘れたという。また前漢の武帝が長生を願っていた際、西王母は天上から降り、仙桃七顆を与えたという。 現在の西王母のイメージは、道教完成後の理想化された姿である。本来の姿は「天詞ワ残(疫病と五種類の刑罰)」を司る鬼神であり、『山海経』によると、「人間の女の顔に獣(虎の類か)の体、蓬髪(乱れた髪)に玉勝(宝玉の頭飾)を付ける。虎の牙を持ち、よく唸る。咆哮は千里にとどろいて、あらゆる生き物をおびえさせ、蛇の尾を振ればたちまち氾濫が起きる。西王母には大黎、小黎、青鳥という三羽の猛禽が従っており、王母の求めに応じて獲物を捕らえ、食事としてささげる。」 という、凄まじい怪物である。『荘子』によれば、西王母を得道の真人としているし、『淮南子』では、西王母が持していた不死の薬を、恒娥が盗んで月へと逃げたと記している。
人間の非業の死を司る死神であった西王母であったが、「死を司る存在を崇め祭れば、非業の死を免れられる」という、恐れから発生する信仰によって、徐々に「不老不死の力を与える神女」というイメージに変化していった。やがて、道教が成立すると、西王母はかつての「人頭獣身の鬼神」から「天界の美しき最高仙女」へと完全に変化し、不老不死の仙桃を管理する、艶やかにして麗しい天の女主人として、絶大な信仰を集めるにいたった。王母へ生贄を運ぶ役目だった怪物・青鳥も、「西王母が宴を開くときに出す使い鳥」という役どころに姿を変え、やがては「青鳥」といえば「知らせ、手紙」という意味に用いられるほどになったのである。漢末の建平4年(紀元前3年)、華北地方一帯に西王母のお告げを記したお札が拡散し、騒擾をもたらしたという記述が、『漢書』の「哀帝紀」や「五行志」に見える。 周の穆王の元に美しい貴女が、帝の威徳によって咲いたという三千年に一度開花結実する桃の花の枝を献上しに現れる。 この女は西王母の化身であり、桃の実を持って来るために一度天上へ帰って行く。 帝が管弦を奏させて西王母の来臨を待っていると極楽の鳥である孔雀と鳳凰と迦陵頻伽が飛び交う中から西王母が降りて来る。 桃を捧げた西王母は美しく舞いながら天上へ帰って行く。

●謡蹟めぐり  西王母伝説                   
 (平19・3高橋春雄氏記)
もともとこの曲は『唐物語』の中の西王母伝説がベースになっているとのこと、佐成謙太郎著「謡曲大観」に原文が載っている。およその意味が汲み取れたが私には難しい。何かもう少し読み易いものはないかと、インターネットで「西王母」と検索したらなんと37万件も出て来た。拾い読みしてみたがなかなか面白い。「桃源郷」という言葉がこの伝説から生まれたこと。西王母に対して東王父なる男性の支配者がいたこと。七夕伝説にも関連があること。七夕の織女が西王母で往時国の根幹の紡織を司り、また牽牛は東王父で農耕社会を司るといった解釈等々。 謡本には「ありがたや三皇五帝の昔より、今この御代に至るまで・・」とあるだけで、その時の帝が誰であったかは明記されていない。しかし、狂言の詞には周穆王とある由である。しかし引用した「唐物語」の中では漢の武帝となっている。年表で調べてみると、周の時代というのは西暦紀元前一千年の時代であり、前漢の武帝は西暦紀元前百年の時代で、穆王のほうが九百年も古い時代の人である。周の穆王といえば「枕慈童」の慈童を召し使った人で、慈童は七百年のちの「魏」の文帝の時にその臣下と巡り合っている。 ウルムチの東110キロ。ボゴダ峰の中腹にある。ボゴダ峰の標高は5445メートル、また、天池の標高は1980メートル。水の色は青々としていて、万年雪を戴くボゴダ峰と、それに抱かれるように広がる湖の取り合わせには鮮烈な美しさがある。中国の神話にしばしば登場する女神に西王母がいる。住処は崑崙山。伝説に、周の穆王が西に巡狩した時、西王母は瑶池で宴を開きこれをもてなした、とあるが、地元では、その瑶池が天池であると言う。 前漢の五代皇帝[武帝]の陵墓で53年の歳月をかけて建造されたとの事です。高さ46m、底辺は230mで頂上は40mの台形をした巨大な陵墓です。 何もない、ただの草山でしたけど・・。武帝に仕えた[霍去病]の墓が茂陵博物館になっていて、 祁連山を模した陵墓は美しい庭園と巨大な16の石刻に囲まれています。


      (古代中国関係の謡曲 18曲)
                                       小原隆夫調べ
 コード     曲 目       概          説       場 所  季節  謡時間 
内20巻の1 邯  鄲  濾生が夢 50年の栄賀も一炊の夢    唐国   不   38分
外06巻の1 咸 陽 宮  秦ノ始皇帝 宮殿ニ燕国ノ刺客ニ襲ワレル  唐国   秋   23分
外03巻の1 項  羽  虞美人草ト項羽ノ物語り           唐国   秋   30分
外16巻の1 皇  帝  玄宗皇帝寵妃楊貴妃ヲ助ける       唐国   春   27分
外13巻の4 三  笑  三賢人ノ談笑                 唐国   秋   25分
外06巻の5 石  橋  大江定基ガ出家唐デ修行 (連獅子)   唐国   夏   25分
外10巻の5 鐘  馗  鐘馗ノ悪魔退治                唐国   秋   20分
外13巻の3 昭  君  美女昭君ノ異国ニ亡クナリ父母ニ嘆く     唐国   春   45分
内12巻の5 猩  々  猩々ガ親孝行ノ高風ニ福ヲ与える      唐国   秋   10分
外05巻の1 西 王 母  桃ノ精 御代ヲ寿ぐ               唐国  春   22分
内16巻の2 是  界  是界坊ノ野心比叡山ノ僧ニ打砕カレル    京都   不   32分
外15巻の1 張  良  張良黄石公ノ沓ヲ取リ兵法ヲ学ぶ      唐国  秋   25分
内04巻の1 鶴  亀  唐の玄宗帝新年春の節会事始め     唐国  春   10分
内16巻の5 天  鼓  帝ニ奉セシ天鼓ハ 王伯王母ガ鳴ラス     唐国  秋   45分
内19巻の5 唐  船  日本子ト 迎ニ来タ唐子ノ 情ケト帰国     福岡  秋   50分
内16巻の3 芭   蕉  唐ノ帝芭蕉ヲ愛シタ 芭蕉ノ精僧ニ語ル     唐国  秋   70分
外14巻の1 枕 慈 童  700年前ノ周王ニ使エタ仙家ノ慈童ニ逢ウ  唐国  秋  20分
内08巻の3 楊 貴 妃  玄宗皇帝ノ愛妃ノ魂パクヲ探す        唐国  秋   55分

平成24年7月20日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)

 


       西王母(せいおうぼ)  脇 能(太鼓あり)

                                    季 春
                                    所 唐 土  【作者】不詳
   【登場人物】
   シテ(前) 西王母  増女 鬘、鬘帯、箔、唐織着流、桃の枝
   シテ(後) 西王母  増女 鬘、鬘帯、黒垂、天冠、箔、長絹、色大口、腰帯、扇、太刀
   ツレ    侍女    小面 鬘、鬘帯、箔、唐織着流、桃の花実  
   ワキ    帝王    唐冠、色鉢巻、厚板、狩衣、白大口、腰帯、扇
   ワキツレ 大臣二人 洞烏帽子、厚板、赤地狩衣、白大口、腰帯、扇

ワキ  「有難や三皇五帝の昔より。今この時に至るまで。かかる聖主の例はなし。
ワキツレ「その御威光は日の如く。そのみ心はあめの如くに。豊にひろき御恵み。
ワキ  「天にかかやき。
ワキツレ「地にみちて。
地謡  「北辰を拱ずる数々の。北辰の拱ずる数々の萬天にめぐる星の如く。
     百官卿相雲客や。千戸万戸の旗をなびかし鉾を横だえ。四方の門べに群がりて。
     市をなし金銀珠玉。光をまじえ。光明赫奕として日夜の勝劣見えざりけり。
     かかる例は喜見城.その楽しみもいかならん.その楽しみも.いかならん。
シテ  「桃李物いわず.しもおのずから道をなし。貴賎まじわり。隙もなし。
     面白や四季折々の時を得て。草木国土おのずから。皆これ真如の花の色香。
     妙なる法の水の心。うるおう時やいたるらん。みちとせに咲く花ごころ。
     折しる春のかざしとかや。
 下歌 いざや君に捧げん.いざいざ君に捧げん。
 上歌 すめらぎのそのみ心はあまねくて。そのみ心はあまねくて。隙ゆく駒の法の道。
     千里のほかまで上もなき.道に至りて明らけき。霊山会上の法の場。
     廣き教えのまことある。君々たれば誰とても。いさみある世の。
     心かないさみある世の心かな。
     「いかに奏聞申すべき事の候。
ワキ  「奏聞とはいかなる者ぞ。
シテ  「これは三千年に一たび花さき實なる桃花なるが。今この時に當りて花咲く事。
     ひとえに君の威徳なればと。仰ぎて捧げ参らせ候。
ワキ  「そも三千年に花咲くとは。いかさま聞き及べる。その西王母の園の桃か。
シテ  「中々にそれとも今は物いわじ。
ワキ  「さればこそそれぞ殊さら名におゝ花の。
シテ  「桃李物いわず。
ワキ  「春いくばくのとし月を。
シテ  「送り迎えて.
ワキ  「この春は
地謡  「みちとせになるちょう桃のことしより。なるちょう桃の今年より。
     花咲く春にあう事も。ただこの君の四方の恵み。
     あつき國土の千千の種桃.花の色ぞ.妙なる。
     さては不思議や.久かたの。さてはふしぎや久かたの。
     天津乙女の目のあたり姿を見るぞふしぎなる。
シテ  「疑いの心なおきそ露のまに。宿るや袖の月の影。
     雲のうえまでその恵みあまねき色に移りきぬ。
地謡  「うつろう物は世の中の。人の心の花ならぬ。
シテ  「身は天上の。
地謡  「楽しみに。あけぬ暮れぬと送り迎う。年はふれど限りもなき。
     身の程も隔てなく。まことは我こそ西王母の。分身よまづ帰りて。
     花の實をも顕わさんと。天にぞあがりける.天にぞあがり.給いける。
                              <中入>
ワキ  「糸竹呂律の声々に。
ワキツレ「糸竹呂律の声々に。
ワキ  「調べをなして音楽の。
     声すみ渡る天津風。雲の通い路。心せよ雲の通い路心せよ。
地謡  「おも白や。面白や。かゝる天仙理王の。来臨なれば数々の。
     孔雀鳳凰.迦陵頻伽。とびめぐり声々に。たち舞うや袖の羽風。
     あまつ空の衣ならん.天の衣なるらん。
シテ  「色々のささげ物。
地謡  「色々の捧げ物の。中に妙に見えたるは.西王母のその姿。光り庭宇輝やかし。
     黄錦の御衣を着し。
シテ  「つるぎを腰にさげ。
地謡  「剱を腰にさげ。眞纓の冠をき。玉觴に盛れる桃を侍女が手より取りかわし。
シテ  「君にささぐる.桃實の。
地謡  「花の盃。とりあえず。
                              <中ノ舞>
地謡  「花も酔えるや盃の。花も酔えるや盃の。手まずさえぎる曲水の宴かや御川の水に。
     戯れ戯るるたおやめの。袖も裳裾もたなびきたなびく。
     雲の花鳥.春風に和しつつ。雲路にうつれば。王母も伴いよじのぼり。
     王母も伴い上るや天路の。行方も知らずぞ。なりにける


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