車 僧 (くるまぞう)

●あらすじ
都の西嵯峨野のほとりに、いつも無牛の破れ車で往来しているため「車僧」と呼ばれている貴い僧がいました。ある日車僧が西山の麓へ来て雪景色を眺めていると、愛宕山の天狗の太郎坊が山伏姿で現れます。そして、この奇僧を自分の魔道へ誘因しようと、禅問答をしかけますが、軽くあしらわれてしまいます。そこで、自分の庵に来るよう言い捨て、黒雲に乗って飛び去ります。その後に、太郎坊に仕える溝越天狗が現れ、車僧を笑わせようとしますが叶わず、逃げて行きます。
さて、車僧が太郎坊を訪ねて行くと、太郎坊は大天狗の姿で現れます。そして、車僧に行比べをいどみます。車僧の乗った車は、太郎坊がいくら打っても動かないのに、車僧が払子を一振りするだけで山路を自在に疾駆します。太郎坊はその法力に驚き、車僧に敬意を表し合掌して消え失せます。(「宝生の能」平成 12年12月号より)

●宝生流謡本      外三巻の五     切能    (太鼓あり)
    季節=春   場所=山城国嵯峨野   作者=
    素謡稽古順=平物   素謡時間=33分 
    素謡座席順   シテ=前・山伏  後・天狗太郎坊
              ワキ=車僧

●能  車 増   金剛流
 シテ:田村 修 ワキ:野口能弘 アイ:吉住 講
 笛 :藤田次郎 小鼓:森 貴史 大鼓:大倉栄太郎 太鼓:大川典良
 後見:豊嶋訓三 山田純夫 見越文夫
 地謡:工藤 寛 坂本立津朗 元吉正巳 遠藤勝實 熊谷伸一 大川隆雄 榎本 健 見越文夫
この能の前場は、さしたる動き(型)はなく、禅問答を軸に展開されます。ワキは、車僧と渾名される禅僧、終止、椅子車と呼ばれる車に乗ったままでシテに応対し、悟りを開いた高僧の威厳を見せます。 シテはこの車僧を邪法に誘引しようと企む愛宕山の天狗、太郎坊。 いつも、引くべき牛のない車を、法力で動かして往来するので人は車僧と呼びます。今日は、嵯峨野のあたりまでやって来て、あたりの雪景色を眺めています。 怪しい山伏姿の太郎坊が問答をしかけます。
 太郎坊「浮世をば、何と廻るぞ車僧。まだ輪の内に在りとこそ見れ。」(この世を、悟り顔でよくも歩くものだ。まだ輪廻の迷いの世界を解脱もしていないのに)車僧「浮世をば、廻らぬものを車僧。乗りも得るべき輪があらばこそ。」(この世を廻り歩いてなどいないのだ。まず「輪(我)」という実体はないのだ。 実体、色、即ち空、この世の「色」は仮象なのだ。)太郎坊「そういう言葉の主は何だ」車僧「空洞に風が吹く如し。すべて空なり。」とてもかなわないと太郎坊は「我が住み家は、烈風吹き荒ぶ恐ろしい所だ。来られるものなら来てごらん」と言い残して、黒雲に乗って退散します。
 太郎坊に車僧を、なぶって来いと命ぜられたと、溝越天狗が現れます。名前の由来は、使いの途中溝があったので飛び越えた。我ながらよくも飛んだものだと感心していたら(天狗は空を飛ぶことができるもの)太郎坊に叱られ、以来こう呼ばれるようになったという小型増長慢。笑いは堕落、魔道誘引への人口とばかり、車僧をくすぐります。狂言一流の諧謔。思わず笑ってしまいます。
自若とした車僧の前に、これも退散します。やがて太郎坊が天狗の天性を現し、車僧に「行」くらべを挑みます。車僧は動じません。それならば雪の中に車を走らせて遊ぼうと車を打つが車は動きません。車僧は牛を打てといいます。打とうにも牛はいないのです。車僧は牛というのは悟りに引導する白牛のことだと佛子を上げて虚空を打ちます。
車は嵯峨の、小倉山、大堰川、嵐山をくまなく飛び翔ります。車僧の法力を見せつけられた太郎坊は「あら貴や恐ろしや」と合掌しつつ退散します。

●能楽師誕生!   宝生流
 平成20年1月19日(土)、宝生能楽堂で、藪克徳さんが能「車僧(くるまぞう)」のシテを舞われました。藪克徳さんは、小生が金沢で謡と仕舞を習っていた藪俊彦師のご長男で、宝生の家元に住み込み修行中の能楽師の「卵」です。今回、若手主体に演じられる宝生流の定例公演「五雲会」に初めてシテとしてデビューされたのです。藪先生ゆかりの方々が金沢や東京など各地から応援に駆けつけていました。 さて、演じられた能のタイトル「車僧」とは、文字通り「車に乗った僧侶」の意味です。この能の原典は明らかではないようですが、京都の太秦にあった海正寺という寺の開山、深山正虎(しんざんしょうこ)という禅僧がモデルになっているようです。「かげまるくん行状集記」というホームページによれば、深山禅師は、その俗姓・出身地は不明で、常に破れ車に乗って町におり、道行く子どもたちがその車を押したり引いたりしていました。そのため町の人は彼のことを「車僧」とか「破れ車」とか呼んだそうです。また七百年前のことをも語っていたので「七百歳」とも称された、とのことで、人々の目には傲岸で奇矯な人物と映ったようです。
 能「車僧」は、雪の嵯峨野が舞台です。いつも牛のいない破れ車に乗って往来しているので「車僧」と呼ばれている奇僧がいました(車僧はワキが演じます)。ある雪の日、車僧はいつものとおり車に乗り、嵯峨野から西山の麓へやって来て、四方の雪景色を眺めて楽しんでいます。するとそこへ、愛宕山の天狗が、山伏姿で現れ、この僧の奇行につけ込んで魔道に誘惑しようと、禅問答をしかけますが、軽くあしらわれてしまいます。そこで、自分は太郎坊だと名乗り、再度の挑戦を約して、雲に乗って飛び去ります(ここまでが前場)。やがて太郎坊は、今度は本来の大天狗の姿で現れ、行くらべを挑みます。ところが、車僧の乗った牛もつけていない車は、太郎坊がいくら打っても動かなかったのに、車僧が払子を一振りするだけで、自在に雪の山路を疾駆します。太郎坊はその法力に驚き、どう脅しても泰然自若としている車僧の態度に恐れ入り、仏法を妨げるのをあきらめ、ついには敬意を表して合掌して消え失せます。
 能がはじまり、ワキの車僧が車の作り物に座ると間もなく、舞台奥から「いかに車僧」と呼ばわる声がします。克徳さん演じる天狗の太郎坊です。凛と張った力強く若々しい声です。やがて山伏姿の太郎坊は舞台に進み出て、車僧と禅問答を交わします。前シテの山伏姿の天狗が直面(ひためん。=面を付けない素顔のまま)だったことも幸いでした。三〇歳代前半の若々しい素顔で登場した克徳さんは、まるで長く厳しい修行の地中から陽光の能舞台へ飛び出してきらきら輝く黄金の蝉のように見えました。溌剌とした所作がまぶしいばかりです。
 後シテの大天狗姿の所作も含めて、けれんみの無い、実直な型だと感じました。初々しい、若さの「徳」も感じました。きっと、父上の藪俊彦師や学生時代のクラブ活動以来ご指導されてきた寺井良雄師など、数多くの師たちの教えを忠実に厳格に守り通し、何百回とこの日のために稽古されたことでしょう。後シテの袖を返すシャープな動きやダイナミックな所作、それに良く通る謡の声は父上の舞台を彷彿とさせます。 しかし一方、舞台を拝見して、「車僧」はなかなか難しい曲だとも感じました。というのも、謡や所作自体はさほど技術的な困難さはないように見受けられましたし、現に、克徳さんの個々の所作や謡は見応え、聞き応えがあるものでした。しかし、禅問答の妙味とか、車僧に対して力の勝負を必死で挑むのに軽く跳ね返されてしまう天狗の滑稽さなど、恐らく詞章が求めている味わいを切り詰められた謡と所作だけで十全に表現し、見所にこの曲全体の面白さを味わわせるのは容易なことではないな、と感じたからです。 それにしても、この鮮やかなデビューは、克徳さんの今後を期待させてくれます。後シテとして天狗本来の姿で登場した克徳さんが橋掛から舞台へ移るやいなや、後見の佐野由於師と寺井良雄師が、心配で待ちかねたように飛び出して来たのは、先輩の親心と期待の表れでしょう。また、最前列に陣取った金沢からの大応援団からは、目には見えず耳には聞こえませんが、「克っちゃん先生、がんばれ!」の飛び切り熱い声援が発せられ、それは宝生能楽堂の場内に響き渡っていました。

(平成24年4月18日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                車  僧 

      車僧(くるまぞう)  外三巻の五     (太鼓あり)
     季 冬      所 山城国嵯峨野    素謡時間 十八分
  【分類】四五番目 (    )
  【作者】        典拠:
  【登場人物】前シテ:山伏、後シテ:太郎坊 ワキ:車僧 

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ  次第上 後の世かけて車僧。/\常寝の眠い つまで。
    道行上 降り曇る。空は小倉の嶺の 雪。/\。散るや嵯峨野の嵐山。
        瀧の響 も声そへて。重なる雲の大井川。筏の床の浮枕かたしく袖も白妙の。
        空も程なく めぐる日の。西山本に着きにけり/\。
      詞「暫く其処に車を立て。四方の景色を詠 めうずるに候。
シテ    詞「いかに車僧。
ワキ    詞「何事ぞ。
シテ    詞「浮世 をば。
ワキ    下 浮世をば。
シテ    下 浮世をば何と か廻る車僧。まだ輪のうちに。ありとこそ見れ。
ワキ    下 浮世をば廻らぬものを車僧。
      詞「乗りも得るべきわがあらばこそ。
シテ    詞「乗りも得るべきわがあらばこそと云ふは誰そ。
ワキ    下 空洞風涼し。
シテ    詞「我が名のみ高雄の山にいひ立つる。
ワキ    詞「人は愛宕の峯に住むな。
シテ    詞「さてお僧の住家は。
ワキ    詞「一 所不住。
シテ    詞「車は如何に。
ワキ    詞「火宅の出車。
シテ    詞「廻れど。
ワキ    詞「廻らず。
シテ    詞「押せど。
ワキ    詞「押されず。
シテ    詞「引くも。
ワキ    詞「引かれぬ。
シテ    詞「車僧の。

  ( 囃子 三界無安猶如火宅 ヨリ  失せにけれ マデ )

地     上 三界無安猶如火宅をば。出でたる三つの車僧かな。
        廻るも直なる道なりけりおう乗り得たり乗り得たり。
地     上 見聞く人。心空なる雲水の。/\。ふかだつ空も冷まじく。
嵐の声ゝに愛宕山。
        嶺どよむまで響き合ひて。車路はなけれども。我が住む方は愛宕山。
        太郎坊が庵室に。御入りあれや車僧と。
        呼ばはりて夕山の黒雲に乗りて上がりけり/\。
                 来序 中入り
後シテ サシ上 愛宕山樒が原に雪積り。花摘む人の跡だにもなし。
      詞「げに雪中に山路なし。さて車輪はいかに車僧。われ程貴き者あらじと。
        慢心の心路跡なからんや。然らば無着法欲心に。引くか移るか車僧。
      上 魔道にも心を寄せよ車僧。
地     上 善悪二つは両輪の如し。
シテ    上 仏法あれば世法あり。
地     上 煩悩あれば菩提あり。
シテ    上 仏あれば衆生もあり。
地     上 車僧あれば。
シテ    下 太郎坊の行者もあり。
地   ノル上 祈らば祈るべし行ぜば行徳も。劣るまじとよ/\いざ車僧行較べせん。
ワキ    詞「いかに汝妨ぐるとも。それには寄らじ争はじ。われはもとより不増不滅。
      上 あら面白の時節やな。
シテ    詞「げに面白き時節ならば。雪中の車を廻らし。嵯峨野の原にいざ遊ばん。
ワキ    詞「遊ばは?遊べいとゆふの。我が心をば引かれめや。
シテ    詞「などかは引かであるべきと。笞を振り上げ車を打つ。
ワキ    詞「おう車を打たば行くべきか。牛を打たば行くべしや。
シテ    詞「げに/\車は心なし。さて牛を打たんもあらばこそ。
ワキ    詞「愚や汝人牛の道。見えたる牛をばなど打たぬ。
シテ    詞「見えたる牛とはさていかにそも人牛は。
ワキ    詞「打つとも行かじ。
シテ    詞「さて御僧の打たば行くべきか。
ワキ    詞「中ゝの事。いで/\さらば露地の白牛を打つて見せんと。
   カカル上 払子を上げて虚空を打てば。

  ( 独吟・囃子 不思議やな ヨリ  失せにけれ マデ )

地     上 不思議やなこの車の。/\。ゆるぎ廻りて今までは。足弱車と見えつるが。
        牛も無く人も引かぬにやす/\と遣りかけて飛ぶ。車とぞなりにける。

  ( 独吟・連吟 小車の ヨリ  失せにけれ マデ )

   ロンギ上 小車の山の蔭野の道すがら。法の道の辺遊行して。貴賎の利益なすとかや。

  ( 仕舞 ところから ヨリ  失せにけれ マデ )

シテ    上 ところから。こゝは浮世の嵯峨なれや。雪の古道跡深き。車の轍は足引の。
        大雪にはよも行かじ。
地     上 げに雪山の道なりと。法の車路平かに。
シテ    上 行くか行かぬか此原の。
地     上 草の小車雨そへて。
シテ    上 打てども行かず。
地     上 とむれば進む此車の。法の力とて。嵯峨小倉大井嵐の。山河を飛び翅?つて。
        眩惑すれども騒がばこそ。真に奇特の車僧かな。あら貴や恐ろしやと。
        魔障を和らげ大天狗は。合掌してこそ失せにけれ。


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