花 月 (かげつ)

●あらすじ
九州筑紫の国、彦山(ひこさん:英彦山とも)の麓に住む人(男性)が、自分の七歳の息子が行方不明になったことをきっかけに出家し、諸国修行の旅に出ます。春の都に着いた僧は、清水寺にお参りします。 僧はそこで、清水寺の門前の人に会い、何か面白いものはないかと問いかけます。門前の人は、花月(かげつ)という少年が面白い曲舞(くせまい)などをすると紹介し、花月を呼び出し、一緒に小歌を謡います。その後花月は、桜を踏み散らす鶯を懲らしめるため、弓を射ようとしますが、仏教の殺生戒に従い、思いとどまります。さらに、門前の人の勧めを受けて花月は、清水寺の由来にまつわる曲舞を舞います。 花月をずっと見ていた僧は、自分の行方不明になった息子だと確信し、名乗りを上げます。喜びの父子対面を経て、花月は鞨鼓(かっこ:腰につける小さい両面太鼓)を打って舞い、七歳で天狗にさらわれてからの旅路を振り返る舞を見せた後、父の僧と一緒に仏道の修行に出ます。

●宝生流謡本      外三巻の四      四番目二番目    (太鼓なし)
    季節=春    場所=京都清水寺   作者=世阿弥の作
    素謡稽古順=入門   素謡時間=25分 
    素謡座席順   シテ=花月
               ワキ=旅僧

●みどころ
七歳で天狗にさらわれ、数奇な運命を辿ってきた少年、花月が主人公です。離れ離れになった父子の対面が物語の核心ですが、この曲の見どころはなんといっても花月少年の「芸尽くし」です。さらわれた後に諸国をめぐり、京の都へ辿り着いた花月は、さまざまに舞い謡う遊芸の少年になり、気の利いた物言いで人気を博していました。「恋は曲者」のはやり歌を謡ったり、清水寺の由来を物語る曲舞を見せたり、鞨鼓を打って舞ったり、諸国の山廻りの様子を振り返ったり……。
子別れという重たいテーマの雰囲気はなく、謡も舞もあくまでも軽やかで華やかです。可憐で利発な花月少年の魅せる遊芸を、存分にお楽しみいただけます。
またアイの「清水寺門前の者」の存在感も見逃せません。何かにつけ花月に絡み、その芸を次々と引き出します。一曲の進行を司る、これぞ間狂言の真骨頂というものを見せてくれます。

●観能記 能「花月」:喝食の芸づくし                  (壺 齋 閑 話)
 2007年5月4日 - 能「花月」は喝食の美少年に芸づくしを演じさせるというもので、小品ながら変化に富み、 祝祭的な雰囲気に満ちた華やかな能である。 喝食とは、 ... 能にはほかに、喝食を 主人公にした作品として、「自然居士」、「東岸居士」がある。  能「花月」は喝食の美少年に芸づくしを演じさせるというもので、小品ながら変化に富み、祝祭的な雰囲気に満ちた華やかな能である。 喝食とは、本来禅寺で修行する半俗半僧の少年をいった。大声を上げて食事を知らせたことからこう名付けられたが、時には説教に加わったり、芸能に従事したこともあったようだ。能にはほかに、喝食を主人公にした作品として、「自然居士」、「東岸居士」がある。 主人公の花月は天狗にさらわれたという設定になっている。天狗にさらわれたり、神隠しにあった子どもの話は、中世に大いに流行したものだ。この作品は、それを喝食の美少年に結びつけて、当時はやった芸能を次々と演じさせたものである。作者は不詳であるが、世阿弥の頃からある古い能のようである。世阿弥の作という説もある。 芸づくしは、小歌に始まり、弓の段、曲舞、羯鼓、山巡りと続き、短い作品ながら様々な見せ場が並んで、観客を飽きさせない。文句なしに面白い作品である。

●演能記      
粟谷能の会 :: 『花月』について 強制された少年のその後
今年の厳島神社御神能(平成17年4月16日)で『花月』を、平成3年の御神能以来14年ぶりに勤めました。今回は『花月』地謡への奉納参加者をつのり、23名という多数の参加をいただきました。前列10名、後列13名、最後に出られた3名の方が後座に座るという異例の事態となり、東京国立博物館蔵の「能狂言絵巻」を思い出すような光景となりました。 父が地頭を勤めるのに、こんなに多くては地謡が揃うかどうか心配でしたが、その不安も何のその、意外によく揃ったのには驚きました。父にどのようにすると揃うのか聞くと、低い調子で謡うと皆が自分勝手に謡い出す、すると収拾がつかなくなる、最初からかなり高めの音で謡うのだ、すると皆揃えようとしてうまくいく、と教えてくれました。 能『花月』の面は「喝喰」をかけます。「喝喰」は喝喰行者に似せて作った美青年の顔で銀杏型の毛描きが描かれているのが特徴です。今回使用した厳島神社蔵の「喝喰」はお世辞にも美青年とは言えない面で、少し失望してしまいました。神社には傑作な「喝喰」があるのですが、奉納ではなかなかそのような逸品は出てこないのが御神能の近況です。昔は楽屋を見渡すと、どれもこれも目を見張る面や装束が並び、それらに触れていると江戸時代にタイムスリップしたような感じで、貴重な体験をしました。管理する神社側の立場では、名品や逸品は大事にお蔵から出さずに保管し、いざという時だけ使うとの配慮になるのは仕方のないことですが、役者はどんな舞台でも最高の状態を望みますから、正直今回の「喝喰」は至極残念な思いが残りました。 (中略)
 花月は再会した喜びに羯鼓を打ち、山めぐりの模様を表すキリの仕舞所となります。以前はこの戯曲の主張が何であるかなど一切無視し、ひたすらシカケ・開き・サシと順番だけを追ってそれらの型をきっちりと美しくとだけ考えていたのですが、深く詞章を読み込めば、軽やかに鼻歌まじりに長閑に謡っているキリ部分が、なんと残忍な有り様の描写ではないか、と恥ずかしながら最近知ったのです。 七歳の時、筑紫彦山に登りその時に天狗にさらわれ、それからはあちこちの山々に連れて行かれ、非常に悲しい思いをしたと嘆き羯鼓を舞いますが、つづく謡の内容は陰湿で暗いものです。 まず筑紫彦山、泣きながら四王寺、それから讃岐松山、雪の降り積む白峯、伯耆の大山鬼ケ城、この名前を聞くと天狗よりも怖いと、話しの内容は拉致、拘束、稚児趣味の同性愛とみな強制されるものです。暢気に春爛漫で謡い上げる内容ではないのです。天狗とはまさに悪僧であり、山から山へと連れて行かれたとは、何人ものお相手をさせられたことで、ホモセクシャルなお稚児趣味の世界であり、花月は悪僧達の遊び道具という犠牲者なのです。父と再会出来たのだから簓(ささら)はもういらないと投げ捨て、父と仏道修業に専念しようとこの曲は終わります。 キリの内容はこのようなものですが、舞台に立つとそこまで落ち込んで演じることが私には出来ませんでした。そこが『花月』という曲の持つ特性でもあり魅力なのでしょうか。かわいい少年や熟年の方がやられたとき、素直な芸風が、鑑賞する方にはよいのだと思います。しかし反面やはり創作当時の作風・息吹を度外視してはどうだろうか、とも思い悩むところです。今回、小品でありながら根深いものを見つけてしまったようで結論が出ませんでした。 ただ、ワキが最後に少年花月を連れて帰る場面で、花月をおいてさっさと幕に入り退場しては連れて帰るという表現が充分出ないように思えました。いやいや、出家なのだから、自分の子どもを連れて帰るというのが表面に出ては恥ずかしい、あれでいいという意見もあるでしょう。しかし私はここでどうしても親子共に退場することに意味を感じたいと考えました。今回はワキに一ノ松で止まって待っていていただき、終曲してから同幕で退場したい旨を申し上げて対応して頂きました。これで親子再会、親子共に仏道修行へと向かう決意みたいなものがはっきりとし、ほのぼのとした明るさも表現出来ると思います。『花月』という小品、初めは小馬鹿にしていましたが、小馬鹿は自分であり、作品の読み込みを蔑ろにしてはいけないと花月が教えてくれたみたいです。読み込むことで面白さが増し、表現にもふくらみが出ることを、今回もまた思い知らされました。              
(粟谷明生記)

(平成21年1月23日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


       花 月    

            シテ=花月
            ワキ=旅僧

能の説明 舞台にはまず、花月を子どもの頃に失った父親がワキとして登場する。(以下、テクストは「半魚文庫」を活用)

ワキ次第 「風に任する浮雲の。風に任する浮雲の。とまりは いづくなるらん。
ワキ  詞「是は筑紫彦山の麓に住居する僧にて候。われ俗にて候ひし時。
      子を一人持ちて候ふを。七歳と申しし春の頃。何処ともなく失ひて候ふ程に。
      これを出離の縁と思ひ。かやうの姿となりて諸国を修行仕り候。
   道行「生れぬ先の身を知れば。生れぬ先の身を知れば。憐れむべき親もなし。
      親のなければ我が為に。心を留むる子もなし。千里を行くも遠からず。
      野に臥し山にとまる身のこれぞ真の住家なる。これぞ真の住家なる。
    詞「急ぎ候ふ程に。是ははや花の都に着きて候。まづ承り及びたる清水に参り。
      花をも眺めばやと思ひ候。

そこへ狂言方が露払いとして現れ、先導される形でシテの花月が現れる。この後も、狂言は節目節目で物語の進行役をつとめ、曲の進行をすピーディーに運ぶ役目を見事に果たす。
シテの扮装は、前折烏帽子に少年の面、水衣のいでたちである。面は喝食面という特有のもので、前髪とえくぼを描き、少年の初々しさを強調している。
花月は名乗りを上げ、自分の名の由来を語った後、ささらをすりながら小歌を謡う。この小歌は当時の流行歌をそのまま取り入れたものと思われ、閑吟集にも収録されている。内容が男色を思わせることから、この曲自体が男色趣味の作品だときめつけられるもとともなっている。

狂言   「定めて今日は清水へ御参なきことはあるまじく候。御供申し彼の人に見せ申し候。
シテ   「そも/\これは花月と申す者なり。或人我が名を尋ねしに答へて曰く。
      月は常住にしていふに及ばず。さてくわの字はと問へば。春は花夏は瓜。
      秋は菓冬は火。因果の果をば末後まで。一句のために残すといへば。人これを聞いて。
地    「さては末世の香象なりとて。天下に隠もなき。花月とわれを申すなり。
狂言   「なにとて今までは遅く御出で候ふぞ。
シテ   「さん候今まで雲居寺に候ひしが。花に心を引く弓の。春の遊の友達と。
      中たがはじとて参りたり。
狂言   「さらばいつもの如くに歌を謡ひて御遊び候へ。
シテ 小謡「こしかたより。
地    「今の世までも絶えせぬものは。恋といへるくせもの。げに恋はくせもの。
      くせものかな。身はさら/\/\。さらさら/\に。恋こそ寝られね。

時はあたかも春、鶯が花を散らすので、シテはささらを弓に持ち替えて打ち落とそうとする仕草をする。一曲の見せ場弓の段である。だが、花月は殺生戒をば破るまじといって断念する。

狂言   「あれ御覧候へ鴬が花を散らし候ふよ。
シテ  詞「げに/\鴬が花を散らし候ふよ。某射ておとし候はん。
狂言   「急いで遊ばし候へ。
シテ   「鴬の花踏み散らす細脛を。大薙刀もあらばこそ。花月が身に敵のなければ。
      太刀刀は持たず。花は的射んがため。又かゝる落花狼藉の小鳥をも。
      射て落さんがためぞかし。異国の養由は。百歩に柳の葉をたれ。
      百に百矢を射るに外さず。われまたは花の梢の鴬を。射て落さんと思ふ心は。
      その養由にも劣るまじ。あらおもしろや。
地    「それは柳これは桜。それは雁がねこれは鴬。それは養由これは花月。
      名こそはるとも。弓に隔はよもあらじいでもの見せん鴬。いでもの見せん鴬とて。
      履いたる足駄を踏んぬいで大口のそばを高く取り狩衣の袖をうつ肩ぬいで。
      花の木蔭に狙ひ寄って。よつぴきひやうと。
      射ばやと思へども仏の戒め給ふ殺生戒をば破るまじ。

続いてクセの部分があり、シテは舞いながら、清水寺の演技を語る。田村における清水寺縁起と同じような内容である。

狂言   「言語道断面白き事を仰せられ候。また人の御所望にて候。
      当寺のいはれを曲舞につくりて御謡ひ候ふ由を聞しめして候。
      一節御謡ひ候へとの御所望にて候。
シテ  詞「易きこと謡うて聞かせ申さうずるにて候。
   サシ「さればにや大慈大悲の春の花。
地    「十悪の里に香しく。三十三身の秋の月。五濁の水に影清し。
   クセ「そも/\この寺は。坂の上の田村丸。大同二年の春の頃。草創ありしこの方。
      今も音羽山。嶺の下枝の滴に。濁るともなき清水の。流を誰か汲まざらん。
      或時この瀧の水。五色に見えて落ちければ。
      それを怪しめ山に入り。その水上を尋ねるに。こんじゆせんの岩の洞の。
      水の流に埋もれて名は青柳の朽木あり。その木より光さし。異香四方に薫ずれば。
シテ   「さては疑ふ所なく。
地    「楊柳観音の。御所変にてましますかと。
      皆人手を合はせ。猶もその奇特を知らせて給べと申せば。朽ち木の柳は緑をなし。
      桜にあらぬ老木まで。皆白妙に花咲きけり。さてこそ千手の誓には。
      枯れたる木にも。花咲くと今の世までも申すなり。

シテを見ていたワキは、この少年が自分の探し求める子であることに気づき、シテに呼びかける。両者は互いに父子であることを確認し喜び合う。

ワキ  詞「あら不思議や。これなる花月をよくよく見候へば。
      某が俗にて失ひし子にて候ふはいかに。名のつて逢はゞやと思ひ候。
      いかに花月に申すべきことの候。
シテ   「何事にて候ふぞ。」
ワキ   「御身はいづくの人にてわたり候ふぞ。」
シテ   「これは筑紫の者にて候。
ワキ   「さて何故かやうに諸国を御廻り候ふぞ。」
シテ   「われ七つの年彦山に登り候ひしが。天狗に捕られてかやうに諸国を廻り候。
ワキ   「さては疑ふ所もなし。これこそ父の左衛門よ見忘れてあるか。
狂言   「なう/\御僧は何事を仰せられ候ふぞ。
ワキ   「さん候この花月は某が俗にて失ひし子にて候ふ程に。さてかやうに申し候。
狂言   「げにと御申し候へば。瓜を二つに割つたるやうにて候。この上はいつものやうに八撥を御打ち候ひて。うちつれだつて故郷へ御帰り候へ。

物着を挟んで羯鼓の舞がある。羯鼓とは鼓に似た楽器で、手の代わりに撥でたたいて音を出す。シテは物着においてこの羯鼓を腹の上に結わえつけ、それを二本の撥でたたきながら舞うのである。

シテ 物着「扨もわれ筑紫彦山に登り。七つの年天狗に。
地    「とられて行きし山々を。思ひやるこそ悲しけれ。
   羯鼓「とられて行きし山々を思ひやるこそ悲しけれ。まづ筑柴には彦の山。
      深き思を四王寺。讃岐には松山降り積む雪の白峯。さて伯耆には大山/\。
      丹後丹波の境なる鬼が城と。聞きしは天狗よりもおそろしや。
      さて京近き山々/\。愛宕の山の太郎坊。比良の峰の次郎坊。
      名高き比叡の大獄に。少しこゝろのすみしこそ。月の横川の流なれ。
      日頃はよそにのみ。見てや止みなんと眺めしに。葛城や。高間の山。
      山上大峰釈迦の嶽。富士の高嶺にあがりつつ。雲に起き臥す時もあり。
      かやうに狂ひめぐり心乱るゝこのさゝら。
      さら/\さら/\とすつては謡ひ舞うては数へ。
      山々嶺々里々をめぐり/\てあの僧に。逢ひ奉る嬉しさよ。
      今よりこのさゝら。さつと捨てゝさ候はゞ。あれなる御僧に。
      連れまゐらせて仏道の。つれ参らせて仏道の。
      修行に出づるぞ嬉しかりける。修行に出づるぞ嬉しかりける。

シテは天狗にさらわれて諸国の山を巡った話をすると、父親に再会できた喜びを表し、最後には親子そろって修行の旅に出るのである。


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