熊 坂 (くまさか )

●あらすじ
都から東国へ修行に出た僧が赤坂の里に着くと、一人の僧から呼び止められる。その僧は、今日が命日の者を弔ってほしいと頼み、茅原の中の古墳を示したのち、自分の庵室へと案内する。その持仏堂には武具が並べてあり、絵像や木像もないので、旅の僧は不審に思って尋ねると、山賊や夜盗に襲われた人を助ける為の道具であると答える。そして、夜も更けたので休むように言って自分も寝室に入ったと見るや、その姿も庵室も消え失せ、旅の僧は草叢の松陰に座しているのだった。僧は夜通し回向をしていると、熊坂長範の霊が現れ、三条吉次一行を襲って牛若丸に討たれた様を再現して見せ、跡を弔って欲しいと頼み、松陰へと消え失せて行く。
                             
●宝生流謡本 (参考)  外二巻の二  四・五番目(切能) (太鼓あり)
    季節=秋  場所 美濃国(岐阜県)赤坂(現・岐阜県大垣市赤坂町青野) 作者 不詳
    素謡(宝生) : 季節=秋  素謡時間=38分
    素謡座席順   前シテ=僧  後シテ=熊坂長範  
               ワキ=僧

●解 説
「熊坂」は烏帽子折の続編です。東国を目指している僧(ワキ)が赤坂の宿に着くと、別の僧(シテ)が現われ、今日はある者の命日なので弔ってほしいと頼みます。誰の命日なのか聞いても教えてくれず、不審に思いながらも弔います。すると、別の僧(シテ)は自分の家に来るように誘うので、別の僧の家に行くと、仏像がなく、壁には長刀、鉄の棒、兵具がかけてあり、最初の僧(ワキ)が理由を聞くと、このあたりは盗賊が多く、盗賊に遭った人を助けるためだと答え、そうこうするうちに夜が更けて別の僧は寝室へ消えてしまうと、家はあとかたもなく消えてしまいます。
近くを通った所の者(アイ)に尋ねると、きっとそれは、牛若丸に切られて死んだ熊坂の長範の幽霊だろうと教えられた僧(ワキ)が弔っていると、熊坂の長範(後シテ) が現われ、三条の吉次兄弟が赤坂の宿に宝を持ってやってきたときに、他の盗賊とともに、宝を奪おうとしたところ、吉次兄弟といっしょにいた牛若丸に他の盗賊がつぎつぎに切られ、最後に自分が牛若丸のあいてをして切り伏せられてだんだん意識が無くなって行くところを再現してみせて消えてしまいます。
【内容について…ほかの能との比較】
熊坂のあらすじは、僧に扮した熊坂長範の亡霊が、旅の僧に牛若丸と戦い敗れた有様を見せ、回向を頼むというものである。「熊坂」にはいくつかの特徴的な点があるので、以下列挙する。
@シテとワキとの同装
 前場では熊坂は僧に扮しているので、ワキと同じ装いである。シテとツレが同装であることはたまに見られるが、シテとワキが同装であるものはほかにあまり例を見ない。僧が二人同じ場に現れることで、前場における熊坂扮する僧の不気味さを際立たせようとしているのかもしれない。
A同じ物語を描いた違う能の存在
 「熊坂」に描かれた牛若丸との戦いを、牛若丸の側から描いた能がある。「烏帽子折」である。これは金売りの吉次に同行した牛若丸が鏡の宿の烏帽子屋に泊まり、そこに襲ってきた熊坂一味を撃退するという話である。この話を「熊坂」では亡霊となった熊坂自身が語り、(夢幻能)、「烏帽子折」では人間として登場した熊坂が牛若丸と実際に戦ってみせるのである。同じ話を違うサイドから描き出すという手法は極めて稀であり、興味深い。また「熊坂」でも「烏帽子折」でも熊坂が薙刀を振るう勇ましいさまが描かれているが、どちらかというと、「烏帽子折」が「牛若丸との戦い」を前面に押し出したエンターテイメント的な要素が強いのに対し、「熊坂」は熊坂自身の内面を描き出すことが目的であるように思える。その証拠に、「烏帽子折」では牛若丸や熊坂の手下などが多数出てくるのに対し、「熊坂」ではその対極、最少となるシテとワキだけである。熊坂はあくまでワキに対して語り、戦いの様子を見せ、敗れて死ぬ哀愁を訴えるのである。その意味で、「熊坂」はより情緒的側面が強いと言える。この能の季節設定は秋、それがより哀愁を引き立てる。…と書いておきつつも、要するに「熊坂」は一人で薙刀振り回し、一人で勝手にやられちゃうという一人芝居をやっているわけである。
【熊坂長範について】
平安時代末期の大盗賊で実在の人物かどうかは不明。出身は、信州熊坂山、加賀国熊坂などの諸説がある。逸話に、七歳で寺の蔵から財宝を盗み、それ以来病み付きになったという。長じて、山間に出没しては旅人を襲い、泥棒人生を送った。また、熊坂にはさまざまな伝説がある。
@三国山
 三重県・岐阜県・滋賀県をまたぐ「三国山」の別名「熊坂山」とは、この長範が隠れ住んだという伝説からきている。
A「二村山峠地蔵尊」の伝説
 現在の福井県豊明市を、昔旅人が通りかかった。それを襲った長範はけさがけに切りつけ、旅人は息絶えてしまうのだが、ふと見ると切りつけたはずの旅人がいない。代わりに古くからこの山中に安置されているお地蔵さまが二つに切られて残されていたというのである。このことから、このお地蔵さまを「身代わり地蔵」と呼ぶようになったという。
B「毛替え地蔵」
 名古屋市天白区島田の島田地蔵寺に、通称「毛替(けがえ)地蔵」がまつられている。長範が馬を盗んでこのお地蔵さまに祈ると、不思議なことに黒い馬は白く、白い馬は黒い馬に毛が替わってしまった。そのため、人々に怪しまれずに馬を売ることができたというもの。この由来から、人々はこのお地蔵さまのことを「毛替地蔵」と呼ぶようになったという。今でも「髪の毛に関する御利益がある」としして、美しい髪を願う女性や、髪の毛が薄くなったと心配する中高年男性が、このお地蔵さまのもとへ訪れている。ある意味人類を救うお地蔵さまかもしれない。
熊坂長範にはさまざまな伝説があるが、ただの盗賊ではなく、義賊であったとするものが多い。前述の悪事も、後に悔い改め、最終的には仏門へ入ったとする説もある。牛若丸には実は斬られてはいなかったという説もあり、さまに謎めいた「怪盗」であったといえよう。
立命館大学能楽部の資料より抜粋


          源 義経関係謡曲 11曲
 
                                            小原 隆夫調べ
 コード   曲 目        概            要         稽古順  季節  謡時間
内12巻2 鞍馬天狗  1169花見と牛若丸天狗から兵法伝授11歳    入門    春   35分
外15巻4 烏帽子折  1174牛若丸赤坂ノ宿ニテ熊坂長範ヲ打つ16歳    入門    秋   48分
外02巻2 熊   坂  1174烏帽子折ノ後日物語16歳            入門    秋   38分
外07巻2 橋 弁 慶   1174京ノ五條ノ橋ノ上牛若丸ト弁慶戦う16歳     平物    夏   20分
内11巻2 八   島  1184源平合戦ノ義経弓流し26歳           入門    春   55分
外15巻2 正   尊  1185源 義経土佐坊正尊ヲ捕る(起請文)27歳    初序   秋   36分
内02巻5 船 弁 慶   1185静と義経の別れ、知盛幽霊と弁慶27歳    入門    秋   44分
外02巻3 吉 野 静   1185義経追ワレ吉野山ノ衆徒ヲヲ静ト忠信ニテ防グ   平物    春   22分
外08巻2 忠   信  1185義経ハ頼朝ニ追ワレ吉野山ヲ忠信ニテ防戦ス   平物    冬   16フン
内18巻2 安   宅  1187安宅ノ関ノ勧進帳義経29歳           中序    春   66分
外10巻3 摂   待  1187義経奥州ノ途中継信ニ母孫ニ接待サレル29歳 奥伝    春   82分

 
平成23年4月2日  あさかのユーユークラブ 謡曲研究会


                         熊 坂

    (くまさか)   外2巻の2       (太鼓なし)
         季 秋    所 前:美濃国赤坂  素謡時間 38分
  【分類】四五番目 (    )
  【作者】         典拠:
  【登場人物】前シテ:僧、後シテ:熊坂長範     ワキ:旅僧 

         詞 章                   (胡山文庫)

ワキ  次第上 憂しとは言ひて捨つる身の/\行方いつとか定むらん。
ワキ     詞「これは都方より出でたる僧にて候。われ未だ東国を見ず候ふ程に。
         只今思ひ立ち東国修行と志し候。
    道行上 山越えて。近江路なれや湖の。/\。粟津の森も見え渡る瀬田の長橋うち過ぎて。
         野路篠原に夜をこめて。朝立つ道の露深き。名こそ青野が原ながら。
         色づく色か赤坂の里も暮れ行く。日影かな/\。
シテ    詞 なう/\あれなる御僧に申すべき事の候。
ワキ    詞 こなたの事にて候ふか何事にて候ふぞ。
シテ    詞 けふはさる者の命日にて候弔ひて賜はり候へ。
ワキ    詞 それこそ出家の望なれ。さりながら誰と志して回向申すべき。
シテ    詞 たとひ其名は申さずとも。あれに見えたる一木の松の。少し此方の茅原こそ。
         唯今申す古墳なれ。往復ならねば申すなり。
ワキ     詞 あら何ともなや。誰と名を知らで回向はいかならん。
シテ    詞 よしそれとても苦しからず。法界衆生平等利益。
ワキ カカル上 出離生死を。
シテ    上 離れよとの。
地     上 御弔ひを身に受けば。/\。たとひその名は名告らずとも。受け喜ばゝ。
         それこそ主よ有難や。回向は草木国土まで。もらさじなれば分きてその。
         主にと心あてなくとも。さてこそ回向なれ浮まではいかゞあるべき。
シテ    詞「愚僧が庵室の候ふに。一夜を明して御通り候へ。
ワキ    詞 「さらばかう参らうずるにて候。いかに申し候。
         持仏堂に参り勤を始めうずると存じ候ふ所に。
         安置し給ふべき絵像木像の形もなく。一壁には大薙刀。柱杖にあらざる鉄の棒。
         其外兵具をひつしと立て置かれ候ふは。何と申したる御事にて候ふぞ。
シテ    詞「さん候此僧は未だ初発心の者にて候ふが。御覧候ふ如く此あたりは。
         垂井青墓赤坂とて。その里々は多けれども。間々の道すがら。青野が原の草高く。
         青墓子安の森繁れば。昼ともいはず雨のうちには。山賊夜盗の盗人等。
         高荷を落し里通ひの。下女やはしたの者までも。うち剥ぎとられ泣き叫ぶ。
         さやうの時にこの僧も。例の薙刀ひつさげつゝ。こゝをば愚僧に任せよと。
         呼ばはりかくればげには又。一度はさもなき時もあり。
         さやうの時はこの所の便にもなる物ぞかしと。悦びあへば然るべしと。
         思ふばかりの一念なり。
       下 なんぼうあさましき世を捨て者の所存候。
   カカル下 しせうなき手柄。
地     下 似合はぬ僧の腕立さこそをかしと思すらん。
         さりながら仏も弥陀の利剣や愛染は方便の弓に矢をはげ。多門は鉾を横たへて。
         悪魔を降伏し災難を払ひ給へり。
シテ    上 されば愛著慈悲心は。
地     上 達多が五逆に勝れ。方便の殺生は菩薩の。六度に優れりとか。
         これを見かれを聞き。他を是非知らぬ身の行方。迷ふも悟るも心ぞや。
         されば心の師とはなり。心を師とせざれと古き詞に知られたり。かやうの物語。
         申さば夜も明けなましお休みあれや御僧たちわれもまどろまんさらばと眠蔵に。
         入るよと見えつるが。形も失せて庵室も草むらとなりて松蔭に夜を明したる不思議さよ/\。
               中入り 
ワキ  待謡上 一夜臥す。牡鹿の角の束の間も。/\。寝られんものか秋風の。
         松の下臥夜もすがら。声仏事をやなしぬらん/\。
               出羽
後シテ   上 東南に風立つて西北に雲静ならず夕闇の。夜風烈しき山陰に。
地     上 梢木の間や騒ぐらん。
シテ    上 有明頃かいつしかに。
地   ノル上 月は出でても朧夜なるべし切り入れ攻めよと前後を下知し。
         弓手や馬手に心を配つて。人の宝を奪ひし悪逆。娑婆の執心これ御覧ぜよ。浅ましや。
ワキ    詞「熊坂の長範にてましますか。その時の有様御物語り候へ。
シテ    上 さても三条の吉次信高とて。毎年数多の宝を集めて。高荷を作つて奥へ下る。
       詞 「あつぱれこれを取らばやと。与力の人数は誰々ぞ。
ワキ カカル上 さて国々より集まりし。中に取りても誰がありしぞ。
シテ    詞「近江の国には河内の覚紹。詞「磨針太郎兄弟は。日本一の剛の者。表討には並なし。
ワキ カカル上 さてまた都のそのうちに。多き中にも誰がありしぞ。
シテ    詞「麻生の松若三国の九郎
ワキ カカル上 加賀の国には熊坂の。
シテ    詞 「この長範を始として。究竟の手柄のしれ者等。七十人は与力して。
ワキ カカル上 吉次が通る道すがら。野にも山にも宿泊に。目付を附けてこれを見す。
シテ    詞 「この赤坂の宿に着く。こゝこそ究竟の所なれ。退き場も四方に道多し。
         見れば宵より遊君すゑ。数百の遊時をうつす。
ワキ カカル上 夜も更け行けば吉次兄弟。前後も知らず臥したりしに。
シテ    下 十六七の小男の。
       詞 「目の内人に勝れたるが。障子の透間物間の。そよともするを心にかけて。
ワキ カカル上 少しも臥さでありけるを。
シテ    詞「牛若殿とは夢にも知らず。
ワキ カカル上 運の尽きぬる盗人等。
シテ    上 機嫌はよきぞ。
ワキ     上 はや。
シテ    上 入れと。
地   カケ上 云ふこそ程も久しけれ。/\。みなわれさきにと松明を。投げ込み/\乱れ入る。
         勢は妖疫神も。面を向くべきやうぞなき。然れども牛若子。
         少しも恐るゝ気色なく。小太刀を抜いて渡り合ひ。獅子奮迅虎乱入。
         飛鳥の翔の手をくだき。攻め戦へばこらへず。面に進む十三人。
         同じ枕に切り伏せられ。その外手負太刀を捨て具足を奪はれ這ふ/\遁げて。
         命ばかりを免るもあり。熊坂云ふやう。この者どもを手の下に。
         討つはいかさま鬼神か人間にてはよもあらじ。
         盗も命のありてこそあらしえうや引かんとて。
         薙刀杖につきうしろめたくも引きけるが。
シテ    下 熊坂思ふやう。
地     下 熊坂思ふやう。もの/\しその冠者が。斬るといふともさぞあるらん。
         熊坂秘術を奮ふならばいかなる天魔鬼神なりとも。宙につかんで微塵になし。
         討たれたるものどもの。いで供養に報ぜんとて。
         道より取つて返し例の薙刀引きそばめ。折妻戸をこだてに取つて。
         かの小男をねらひけり。牛若子は御覧じて。太刀抜きそばめ物あひを。
         少し隔てゝ待ち給ふ。熊坂も薙刀かまへ。互にかゝるを待ちけるが。
         いらつて熊坂早足を蹈み鉄壁も徹れと突く薙刀を。はつしと打つて弓手へ越せば。
         追つかけ透かさず込む薙刀に。ひらりと乗れば刃向になし。
         しさつて引けば馬手へ越すを。おつ取り直してちやうと切れば。
         中にて結ぶをほどく手に。却つて払へば飛び上つて。そのまま見えず形も失せて。
         此処や彼処と尋ぬる所に思ひもよらぬ後より。具足の透間をちやうと斬れば。
         こはいかにあの冠者に。斬らるゝ事の腹立ちさよと。云へども天命の。
         運の極ぞ無念なる。
地     上 打物わざにてかなふまじ。/\。
         手取にせんと薙刀投げ捨て大手をひろげてこゝの面廊かしこのつまりに。
         追つかけ追つつめ取らんとすれども陽炎稲妻水の月かや姿は見れども手に取られず。
         次第々々に重手は負ひぬ。猛き心力も弱り。弱り行きて。
シテ    上 此松が根の。
地     下 苔の露霜と。消えし昔の物語。末の世助けたび給へと。夕つけも告げ渡る。
         夜も白々と赤坂の松蔭に隠れけり松蔭にこそは隠れけれ。


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