和布刈(めかり)

●あらすじ
 長門国(山口県)早鞆の明神には、毎年12月大晦日に神職が海中に入り、海底の海布(め)を刈り、神前に供える神事がある。今日はその当日、神職達がその用意をしていると、そこへ漁翁と海女が来て、神前に供物を供え、神代は海陸の隔てがなかったが、火々出見尊が豊玉姫との約束に背いたため姫は龍宮へ戻り、それ以来、海陸の境ができたが、今日の神事には海中に陸路を造るのだと語り、海女は天女、翁は竜神の化身と明かし波の中に消える。やがて海女は天女となって現れ舞を舞い、翁は竜神の姿を現し潮をしりぞけたので、神職達は海底に容易に入ることが出来、海布を刈ったという。 神殿に見立てた小宮が一畳台上に据えられるが、神職は台上から海底を松明で照らし海布を刈る。

●宝生流謡本(参考)      外二巻の一    脇能    (太鼓あり)
       季節=秋     場所=長門国早鞆(福岡県)   
       素謡(宝生)  : 稽古順=入門   素謡時間48分 
       素謡座席順   ツレ=女 
                 シテ=前・老翁 後・竜神
                 ワキ=早鞆神主 

●解 説 謡曲(和布刈)
早鞆(はやとも)明神(門司)の和布刈神事は毎年師走・晦日の寅ノ刻にとり行われています。 神官が神事に望もうとしていると、海女と漁翁が神前に供物を奉げているのを見つけました。 神官が問うと「昔、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)が豊玉姫のお産を垣間見たことから、海と陸との通い道が断 たれたが、早鞆の神事の日は、神慮によって海蔵の宝も意のままになる」と話し、二人は「龍女(天津乙女)と龍神であ る」と言い残し、海女は雲に乗り漁翁は波間へと消えました。神事が始まると、松風の音と共に妙音が響きわたり龍女が現れて天女の舞を舞い、海からは龍神が現れ海底をうが ちて潮を退けて、海の道を開けました。 神官は松明を灯し、和布(わかめ)を鎌で刈ってもどると、暫らくして潮が満ち 元の荒海となり、龍神は竜宮へと去って行きました。これによると、ヒ コホホデミ命=龍神、豊玉姫=龍女=天女=天津乙女であるといって居ます。また、龍神の宮=龍宮、海と陸の通い道=早鞆=和布刈であるとも言っています。よって、「海」とは関門海峡の東側、「陸」とは西側を象徴しています。 さらに、豊玉姫=龍女ですから龍女国=龍城国は関門海峡の東側にあることになります。 また、豊玉姫=天女ですから、天氏=アメ氏の娘で天照大神の一族です。よって豊玉彦、豊玉姫の一族とはアメ氏(=天子)の一族だったのです。
神武天皇について考察した時、「神武天皇軍は最初、天神の子の稲飯命、三毛入野命が居る内は「天神の子」の軍であったが亡くなってからは「日の神の子」の軍になった」部分の理由が解りませんでしたが、此処に来てやっと解りました。つまり、神武天皇の兄で天神の子の稲飯命、三毛入野命とはアメ氏の一族であり、神武天皇は葦原中国に降臨した一族のため「天神の子」ではなく、「日の神の子」であるため、兄達が亡くなると、天神軍ではなく、日の神の軍となったのだと考えるとつじつまがあいます。さらに豊玉彦の「豊国」とはアメ氏の国=天照大神の国=「天神の国」と言うことにもなります。 たさらに、天神の子の稲飯命、三毛入野命が亡くなった時、常世に逝ったり、周防に逝ったりした理由もこれで解りました。つまり、亡くなって豊国=天の国に帰ったのです。

●脇 能
脇能(わきのう)とは、能における神をシテとする曲。正式には翁の次に演じられ、翁の脇と言う意味から脇能または脇能物と言う。五番立においては初めに演じられることから初番目物や一番目物と言われる。多くは天下の太平を寿ぐ、目出度い内容である。使用する扇は神扇(かみおうぎ)と言われる。(白骨に妻紅=観世)

●主な脇能
『高砂』『老松』『大社(大蛇)』『岩船』『右近』『絵馬』『賀茂(加茂)』『呉羽』『志賀』『西王母』 
『玉井()』『竹生島』『鶴亀』『難波』『白楽天()』『氷室』『放生川』『和布刈』『養老』の19曲
外に能(謡曲)では、修羅能(二番目物)と鬘能(三番目物)・雑能(四番目物)・切能(五番目物)に分類する事が出来ます。能(謡曲)では、一つの曲が三番目物と四番目物に扱われる事があります。

●観能記
国立能楽堂で年末に相応しい能を観ました。『和布刈(めかり)』は、私のような素人にぴったりの能でした。 前回の『井筒』は動きが少なく、何を言っているのか聞き取れなくて、ついつい眠気が・・・。ものの本には、「難解にして、上級向き。しかし「動かぬ故に能という」能の醍醐味にあふれています」と書いてありますが、その通り、素人にはつまりませんでした。 『和布刈』はいろいろな登場人物が出てきて、舞などの動きが多く、楽しい能でした。これから能を観ようという人にはお勧めです。 内容は、和布刈神社の神事を描いた作品です。福岡県に和布刈神社があるそうですが、和布刈神事をこの神社と山口県の早鞆神社の両方で今もやっているそうで、どちらがモデルかわからないそうです。 和布刈神事は12月晦日の寅の刻(午前4時)に行われ、その時刻になると竜神の守護で波が引き、海中に神主が潜って、和布(わかめ)を刈り神前に供えるというものだそうです。 能では最初に神主と従者が現れ、神前に捧げものをすると、海女と漁翁が現れます。(従者を演じている人は若い人で、ずっと座ったまんまで、微動ともせず、大変だなぁと余計なことを思ったりしました。) 二人は海神を畏れ敬う者だと述べ、早鞆神社に祀られている火々出見尊と豊玉姫にまつわる神話を語り、いつしか海女は天に翁は海中に消えます。 その後、鱗の精(アイ)が祝言の小舞を舞い、次に龍女が現れ、天女の舞を舞います。この場面は見物です。 和布刈神事の時刻になると、龍神が沖から現れ、海の潮を引く奇跡を現し、それを見計らって神官が松明を振り立てながら和布を刈ります。 次から次へといろいろな人物が現れ、飽きさせない能です。 囃子方の打楽器の奏者の方の掛け声で気づいたのは、太鼓の人の声は甲高い、ということです。だからなんだと言うわけではないのですが、ちょっと奇異に感じました。まあ、素人の思ったことですから、なんのことはないのですが・・・。
 音痴じゃなければ、謡いや仕舞を習いたいところです。 能がわからなくても、面と装束を見るだけでもいいですよ。私は龍神が頭につけているものが気になってしょうがなかったですが・・・。

●和布刈神社@
「豊玉姫は関門海峡に宮(豊浦宮)を持ち、宮は龍宮とも呼ばれた」を立てました。龍宮、龍、龍女国、珠、海境(うなさか、かいきょう)、釣り、鯛(臺)、丕基(引島、ヒヒキ灘)、和布、葦、豊浦、海神、住吉大神、潮満つ珠、潮引き珠、周防(すわ)、穴門、東の毛人55か国、速吸之門、曲浦、ヒコホホデミ、ウカヤフキアヘズ命、新羅脱解王、安曇磯良、塩土老翁、大国主、事代主、武内宿禰、神武天皇、波速崎、などです。 この中でまず「和布刈」について調査してみます。何故最初に取り上げるかと言うと、和布刈神社から、穴門、豊浦宮、満珠干珠島、丕基島、周防、速吸の門、波速崎、曲浦、鯛釣り岩、壇の浦、遠の海、逆見海、丕基灘など、豊玉姫に関係するキーワードのほとんど全てを、ここから一望できるからです。 記紀の作者は、この場所を視点に据えて記述した、としか思われません。
所在地 福岡県北九州市門司区門司3492
能『和布刈』ゆかりの神社 「春の野に出でて摘む若菜 生ひ行く末の程もなく 年は暮るれど緑なる 和布刈の今日の神祭 心を致し様々に 君の恵みを祈るなり」
交通 ・西鉄バス「和布刈神社」
 
平成21年4月2日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会


                  和布刈   (めかり)

      季 秋      所 加賀国篠原     素謡時間 30分
  【分類】脇 能
  【作者】不明    典拠:和布刈の神事に記紀の神話
  【登場人物】前シテ:老翁、後シテ:龍神  ワキ:隼友神主  ツレ:女

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ  次第詞「抑これは長門の国隼友の明神に仕へ申す神職の者なり。
         さても当社に於て。御祭さま%\御座候ふ中にも。
         十二月晦日の御神事をば。和布刈の御神事と申し候。今夜寅の時に至つて。
         龍神潮を守護し。浪四方に退いて平々たり。其時神主海中に入つて。
         水底の和布を刈り神前に供へ申し候。殊に当年は奇得の奇瑞御坐候ふ間。
         いよ/\信心を致し。御神事を執り行はゞやと存じ候。
    サシ上 有難や今日隼友の神の祭。年の極の御祭と言つぱ。又新たまの年の始を。祝ふ心は君が為。

   (小謡 春の野に出でて ヨリ  恵を祈るなり マデ )

     上歌 春の野に出でて摘む若菜。/\。生ひゆく末のほどもなく。
         年は暮るれど緑なる和布刈のけふの神祭。心をいたしさまざまに。
         君の恵を祈るなり/\。
シテツレ一声上 天地の。開けし御代に久方の。神と君との。御影かな。
ツレ    上 けふに廻るも早鞆の。
    二人上 共に暮れ行く。年なれや。
シテ サシ上 それ秋津洲のうちにおきて。神所の御祭さまざまなれども。
    二人上 此早鞆の神の祭。世界わたづみ隔なくて。蘊藻の礼奠感応の。
          みるめうきめの花も咲く波をかざしの手向草。塵に交はる神慮。誓に漏るゝ方もなし。
     下歌 歩を運ふ此神にいざ結縁をなさうよ。

   (小謡 所は早鞆の ヨリ  花の手向なれ マデ )

     上歌 所は早鞆の。
ツレ    上 所は早鞆の。
   二人上 ゆきゝの舟も楫を絶え。数々の捧げ物海士のしわざに至るまで。かひあるべしや志。
         それこそ花の手向なれ/\。
ワキ カカル上 不思議やな夕影過ぐる神の御前に。手向を捧ぐる人影は。そもやいかなる人やらん。
ツレ    上 これは賎しきあま少女の。数にはあらぬうき身なるば。手向を捧ぐるばかりなり。
シテ    詞「われは又年経て住める此浦の。漁翁の罪を恐るゝ故。賎しき者はき身を。
         浮べんために候ふなり。
ワキ    上 なか/\なれやうろくづ魚類までも。誓に漏れぬ此浦の。
シテ    上 海士の漁火焦るとも。和光の影は曇なく。
地     下 明かなれや天地の。開けし神代の如くにて。すなほなるべき人心。
         いやましの瑞験現れにけるぞありがたき。

   (小謡 海原や博多の海も ヨリ  詠みし心もことわりや マデ )

      上 海原や博多の海も程近く。/\。汐引島も見渡る。速鞆の友千鳥沖の鴎の群れ立つや。
         春秋の雲居の雁も留め得ぬ。誰が玉章の。
         門司の関守と詠みし心もことわりや/\。
    クリ上 それ地神第四の御代火々出見の尊。豊玉姫と契をなし。海陸の隔なかりしに。

   (独吟 その御産の時 ヨリ  心の如くなるべし マデ )

シテ サシ上 その御産の時豊玉姫。尊に向ひ宣はく。
地     下 産期に於て我が姿を。敢へて見給ふ事なかれと。御約諾の詔。互に堅く誓い給う。
    クセ下 然れども時至り。さすがに御気色いぶかしく思しけるかとよ。
         かいまみさせ給ひしを。いとあさましと恨みかこち。長く海路の通を。
         たち隠す波の玉の御子を。捨てつゝ豊玉姫は龍宮に入り給ふ。其後潮さしひきの。
         朝暮の時はありながら。人畜類の生を背き。境をさかりにき。
シテ    上 然れば神代の昔より。
地     上 此隼友の神祭。神慮普き誓なれや。上は非想の雲の上。下は下界の龍神まで。
         渇仰の心中。真に深き蒼海を。陸地になして此国の。長門の通隔もなき。
         海蔵の御宝も。心の如くなるべし。
  ロンギ上 げにや心の如くにて。/\。此結縁もさま%\の人の願のなかるべき。
シテツレ二人上 今は何をか包むべき。我が住む方は久方の。
地     上 天つ少女の雲の袖。
シテツレ二人上 かざしの花の手向草。
地     上 色こそ変れ。
シテツレ二人上 わたづみの。
地     上 花は波路の底よりも。龍宮の捧げ物。天地とともに渇仰の。天つ少女は雲にのれば。
         翁は老の波に隠れ入り給ひけりや隠れ入らせ給ひけり。  
                 来序中入。  天女出端、
地     上 汀に神幸なり給へば。/\。虚空に音楽松風に和して。皎月照らし。
         異香薫ずる龍女は波もかざしの袖をかへすも立ち舞ふ。袖かな。天女舞。
地  ノル下 さる程に/\。和布刈の時到り虎嘯くや風速鞆の。
         龍吟ずれば雲起り雨となり。潮も光り。鳴動して沖より龍神現れたり。
                 早笛、
      上 龍神即ち現れて。/\。
シテ   上 和布刈の処の水底を穿ち。
地     上 払ふや潮背にこゆるぎの磯菜摘むめざし濡すな沖に居れ波沖に居れ波と夕汐を退け。
         屏風を立てたる如くに分れて。海底の砂は平々たり。
                 舞働。
ワキ    上 神主松明振り立てゝ。
地     上 神主松明振り立てゝ。御鎌を持つて岩間を伝ひ。伝ひ下つて。
         半町ばかりの海底の和布を刈り。帰り給へば程なく跡に潮さし満ちてもとの如く。
         荒海となつて。波白妙のわたづみ和田の原。天を浸し。
         雲の浪煙の。波風海上に収まれば。波風海上に。収まれば蛇体は。
         龍宮に飛んでぞ。入りにける。


あさかのユーユークラブindexページに戻る

郡山の宝生流謡会のページに戻る
この
ページのトップに戻る

謡曲名寄せに戻る