籠太鼓(ろうたいこ)

●あらすじ
 九州松浦の何某は、他郷の者と口論の末に殺害に及んだ家人、関清次を牢に閉じ込めますが、清次は牢を破って逃げてしまいます。そこで清次の妻が引き立てられ、夫の行方を厳しく詰問されます。しかし女が知らないと言い張るので、松浦は業を煮やして彼女を夫の代わりに牢に押し込めてしまいます。 見張りの者は、牢の傍らで一時(ひととき)ごとに太鼓を打って番をしています。ところが、女が狂気を起こしたようなので松浦が牢から出してやると、女はそこに掛けてあった太鼓を見つけて夫への想いを鼓に託して打ち、心も激しく乱れ舞います。そして、懐かしいこの牢を離れないと再び牢へ入ってしまうので松浦はその心情を哀れに思い、つにに夫婦ともの罪を許すことを約束し、神明に誓います。すると女は冷静になって初めて夫の居所を明かし、自ら夫を連れ戻して仲睦まじく暮らします。              
 (「宝生の能」平成13年5月号より)


●宝生流謡本(参考)     外一巻の四   四番目    (太鼓なし)
     季節=春    場所=肥前国松浦
     素謡(宝生) : 稽古順=入門   素謡時間30分 
     素謡座席順   シテ=前・関清次の妻            
                ワキ=松浦 某

●解 説
 関の清次は、他郷の者と口論し、殺害してしまいます。その罪科により、清次の主人、松浦の何某は、清次を籠に入れますが、清次は籠を破って逃げてしまいます。能「籠太鼓」はここから始まります。 清次の妻は召され、夫の居所を知らぬと言うと、夫の代わりの籠に入れられてしまいます。清次の妻の嘆きに籠の番人は狂気したと思い、松浦に報告します。松浦は夫の居所を言えば、本人を連れ戻し、代りに籠より出すと言いますが、妻が「たとい夫の在所を知りたればとて、あらわし夫を失うべきか。その上夫の在所を、夢現にも知らぬものを。(たとい夫の居所を知っていても、それを言って夫を殺されましょうか。その上本当に知らないのですから。)」という言葉を聞き、松浦自身で籠の戸を開き、「はやこれまでぞ疾く出でよ。(これまでだ。早く出なさい。)」と言います。
 妻はその言葉にも籠から出ず、夫婦の契りが薄い事を嘆きます。松浦は夫婦ともに助けるから出よと言いますが、妻は「かほどに情ましまさば、はじめよりかく憂き目を見せ給うべきか。(こんなに情があるならば、初めからこんなに辛い目にあわす筈がない。)」と信じません。妻の心は「さるにてもわが夫はいづくにあるやらん。のう、心が乱れさむろうぞや。」「涙に咽ぶ心かな。」と、いよいよ乱れます。籠にかけてある、時を知る合図の鼓を見つけ、心を慰めようと鼓を打ち、夫の事を思い、夫の身代わりであると、籠から出ないと思い舞います。 ついに松浦は、諏訪、八幡に誓い、夫婦ともに助けると言い、妻もこれを信じ、夫の在所をあかします。やがて隠れた夫を尋ね、元の如くに帰り、幾久しく二世の縁を結びました。 夫婦の愛、男女の愛をいう能としては、班女、花筐、船橋、女郎花、砧、柏崎、等、色々ありますが、相手を信じ、相手の立場を考える「熟した愛」とでも言うべき能は、この「籠太鼓」と思います。
 清次の妻の嘆きに籠の番人は狂気したと思いますが、その嘆きの言葉は「包めども、袖にたまらぬ白玉は、人を見ぬ目の涙かな。(隠しても、袖にたまりきれないで溢れるのは、夫にあえない悲しさの涙)」(古今集、安倍清行の歌より)。又、夫婦の契りが薄い事を嘆く言葉は、「無残やわが夫の、身に代りたる籠の内。出づまじや雨の夜の、盡きぬ名残ぞ悲しき。西楼に月落ちて、花の間も添い果てぬ、契りぞ薄き燈し火の、残りてこがるる影恥かしき我が身かな。(西楼に月落ち、花の間、共に短い間の喩)」です。心中思いやられます。 又、心を慰めようと鼓を打ち思い舞うところを「鼓之段」と言いますが、六つ(六時)、五つ(八時)、四つ(十時)、九つ(十二時)と時を知らせる鼓を打ちながら、「日も西山に近づく六つの鼓打とうよ」「五つの鼓はヤいつユわりの、契りあだなる妻琴との引き離れいづくにかノ」「四つの鼓はヤよユの中に、恋という事も恨みという事も、なき習いならばひとり物は思わじ。」「九つの夜半にもなりたりや。あら恋しわが夫の面影に立ちたり。ノこの籠出づる事あらじ。」と謡い舞いますが、かけことば、縁語、等を使いながら、また風情のある文章で、夫への思いを重ねます。優雅で遊び心もあり、能の一つの姿を感じます。
 私共兄弟は、一人も祖父を知りません。父照也は二十四歳の時、祖父隆一と別れておりますが、急死だったそうで、祖父の決まっていた能は、まだまだ若かった父が代役を勤めたそうです。その中にこの「籠太鼓」があったそうです。「熟した愛」と言いましたが、若い頃には似合わない能だと思うのですが、若いのになかなか落ち着いて良い出来であったと褒めていただいたと、祖母に聞かされた事があります。祖母は当然父の母であり、祖父の死後、心配が多かった時にさぞ安心し、また嬉しかった事だろうと思います。私も「籠太鼓」をやろうかという年代になり、改めて、既に亡き父や祖母を思い出します。
  (平成19年2月10日 上田観正会定式能 「籠太鼓」にむけて 上田拓司氏の記録より転記)

●旧跡 松浦の里を訪ねて
 関清次の墓が佐賀県浜玉町(現在唐津市)岡口にあると知って数年前に訪ねたことがあったが、その時は結局見つけることが出来なかった。今回インターネットで調べてみると、「関の清治」の五輪塔が岡口橋の袂にあるようで、その伝説も謡曲のものとは異なり、次のように記されている。
 関の清治は大村の里(現在の五反田地区)豪族であるが、親友の浜窪治郎の密告のため牢獄に繋がれた。強力な彼は、牢を破って脱出し行方を暗ました。探索の手は厳しく、妻は狂死し、子は舌を噛み切って息たえた。これを聞き清治は自首して出たが、領主は妻子の者どもが死に至るまで清治の所在を白状しなかった貞節と孝行を称えて、その罪を許した。哀惜の情にたえず、清治は自らの刃に伏してその後を追った。時人塔を建てて霊を弔った。程なくその側に一本の松が芽生えた。葉が三つあるので「三つ葉の松塚」「関清治松」と言う。 

●浜玉町の歴史と伝説
 浜玉町は唐津市に隣接し、佐用姫伝説で有名な領布振山(鏡山)も近い。佐用姫伝説は「俊寛」の項で説明したのでそちらを参照願いたい。鏡山からは本曲にも謡われる「松浦川」も望むことが出来る。 また、清次の墓を訪ねる際に思いがけず、玉島神社の近くで神功皇后が、 新羅出兵の時に玉島川で釣りをされ、戦勝を占ったという「神后御立岩」を発見した。皇后はこの岩の上に登り、針を曲げて釣針を造り飯粒を餌として「この度の戦さ我に運あらば釣針を呑め」と勝敗を占ったところみごとな鮎がつれたという。そこで鮎という字は、この地で生まれたと言われている。この時皇后はその魚を「めづらしき物」と仰せられ、この故事によりこの地を梅豆羅国(めづらのくに)といい、それが訛って松浦(まつら)になったと言われる。          
(平19・8記)

あさかのユーユークラブ謡曲研究会 平成20年9月19日(金)


籠 太 鼓

      籠太鼓 (ろうたいこ) 外一巻の四     (太鼓なし)
      季 春      所 肥前国松浦     素謡時間 30分
  【分類】四番目物 
  【作者】世阿弥元清   典拠:不明
  【登場人物】 シテ:関 清次の妻、 ワキ:松浦 某 

         詞章                    (胡山文庫)

ワキ    詞「是は九集松浦の何某にて候。さても某召し使い候関の清次と申す者。
         他郷の者と口論し。念なう敵をば討って候。
         さりながら科人の事にて候間牢者させて候。彼の者大剛の者にて候間。
         番の事堅く申し付けばやと存じ候。
                 ワキ狂言セリフアリ
シテ    詞「科人を召し籠めらるる上は。わらはまでの御罪科は余りに御情なうこそ候へ。
ワキ     詞「いかに女。さても汝が夫の清次。今夜牢を破って失せぬ。
         夫婦の事なれば知らぬ事はあるまじまつすぐに申し候へ。
シテ    詞「もとより賤しき者の異なれば。我が身の助かり候をこそ悦び候ばけれ。
         わらはには何とも知らせず候。
ワキ    詞 「いやいや何と申すとも知らぬ事はあるまじ。まずまず落居を聞かん程。
         夫の代りに牢者させ。
   カカル上 其の在所をたださんと。
地     上 今の女を引き立てて。/\。急ぎ籠者(ろうしゃ)になすべしと。
         さもあらけなき人心。情けなしとは思へども殺害の科(とが)を遁(のが)れ得ぬ。
         報いの程ぞ無慙(むざん)なる報いの程ぞ無慙なる。
ワキ    詞 「やあいかに汝は女に向ひ何事をいたすぞ。その覚悟なるによつて。
         清次をも牢より逃いてあるぞ。所詮今よりは牢に鼓をかけて。
         一時ずつ時を打って番を仕り候へ。
シテ  サシ上 げにや思ひ内にあれば色は外にぞ見えつらん。包めども。袖にたまらぬ白玉は。
         人を見ぬ目の。涙かな
                 ワキ狂言セリフアリ
ワキ     詞 「やあいかに女。何故狂気してあるぞ。
シテ    詞 「何故狂気するぞと承る。
   カカル上 人の心の花ならば。風の狂ずる故もあるべし。況や偕老同穴(かいろうとうけつ)と。
         契りし夫(つま)も行方知らで。残る身までも道せばき。なほ安からぬ籠の中。
         思ひの闇のせん方なさに。物に狂ふは僻事(ひがこと)か。
ワキ   詞「げにげに夫の別れ籠者の思ひ。一方ならぬ身の歎きに。
         物に狂ふは理なりさりながら。いづくに夫の在り所を。知らせばやがて呼びとって。
         汝を牢より出だすべし真つすぐに申し候へ。  
シテ    詞「これは仰せとも覚えぬものかな。たとひ夫(つま)の在り所を知りたればとて。
         あらはし夫を失ふべきか。その上夫の、在り所を。
         夢現(ゆめうつつ)にも、知らぬものを。
ワキ カカル上 優しき女のいひ事かなと。
       詞「手づから牢の戸を開き。はやこれまでぞとく出でよ。
シテ    詞「御志は、有難けれども。夫(つま)に代れるこの身なれば。
         この牢の中をば出づまじや。
   カカル上 これこそ形見よなつかしや。

    ( 小謡 無慙やわが夫の ヨリ  恥ずかしき我が身かな マデ )

地     上 無慙やわが夫(つま)の。身に代りたる牢の内。出づまじや雨の夜の。
         尽きぬ名残ぞ悲しき。西楼(せいろう)に月落ちて。花の間も添ひ果てぬ。
         契りぞ薄き燈火(ともしび)の。残りてこがるる影恥ずかしき我が身かな。
ワキ    詞「言語道断。かかる優しき事こそ候はね。此上は夫婦ともに助くとくとく出で候へ。
シテ    詞「かほどに情ましまさば。始めよりかく憂き目を見せ給ふべきか。
   カカル下 さるにても我が夫(つま)はいづくにあるやらん。
       上 なふ心が乱れさむらふぞや。
   一セイ上 乱るるは。柳の髪か春雨の。
地     上 涙に咽ぶ。心かな。
                イロエ
シテ    詞「なふなふこれなる鼓は、何の為に懸けられて候ぞ。
ワキ    詞「あれこそ時を知る。相図(あいず)の鼓候よ。

    ( 囃子 面白し ヨリ  あらなつかしのこの牢 マデ )

シテ    詞「面白し面白し。異国にも、さる例(ためし)あり。
         かやうに鼓を懸けて時を守りし事もあり。その心を得て古き歌に。
   カカル下 時守の打ちます鼓声聞けば。時にはなりぬ。君は遅くて。
地     下 遅くも君が
       上 来んまでぞ。
                カケリ
シテ    詞 「なふこの鼓を打って心が慰みたう候。
ワキ    詞 「安き間の事いかやうにも打ちて慰め候へ。
シテ    上 鼓の声も音(ね)にたてて。
地     上 鳴く鶯の青葉の竹。
シテ    上 湘浦(しょうほ)の浦や。娥皇女英(がこうじょえい)。
地     上 諫鼓(かんこ)苔むすこの鼓。
シテ    上 現もなやななつかしや。

    ( 独吟・仕舞 鼓の声も ヨリ  あらなつかしのこの牢 マデ )

地     上 鼓の声も時過ぎて。鼓の声も時過ぎて。日も西山(せいざん)に傾けば。
         夜の空も近づく六つの鼓打たうよ。五つの鼓は偽りの。契りあだなる妻琴の。
         引き離れいづくにか。
         わが如く忍びねのやはらやはら打たうよや やはらやはら打たうよ。
         四つの鼓は世の中に。四つの鼓は世の中に。恋といふ事も。
         恨みといふ事も。なき習ひならば独り物は思はじ。
シテ    上 九つの。
地     上 九つの。夜半にもなりたりや。あら恋し我が夫(つま)の。面影に立ちたり。
         嬉しやせめてげに。身代りに立ちてこそは二世のかひもあるべけれ。
         この牢出づる事あらじ。なつかしのこの牢や、あらなつかしのこの牢。
ワキ    詞 「此上は八幡も御知見(ごちけん)あれ。夫婦ともに助くるぞ早とく出で候へ。
シテ    詞 「げにこの上は御偽り
       詞 「はよもあらじ。まことは夫(つま)の、在り所。
          筑前の宰府(さいふ)に知る人あれば。そなたへ行きてや候らん。
ワキ カカル上 いしくも隠さず申したり。
       詞 「しかも今年は、我が親の。十三年に、当たりたれば。
    カカル上 咎ありとても助け舟の。
シテ カカル上 松浦の川や西の海。
ワキ     上 彼の国近き。
シテ    上 極楽の。
地   カケ上 弥陀誓願(みだせいがん)の誓ひかや。科を助くる憐みの、あら有難の御慈悲や。
     キリ下 やがて時日(ときひ)を移さず。やがて時日を移さず。
         隠れし夫(つま)を尋ねつつ。もとの如くに帰りゐて。結ぶ契りの末久に。
         松浦の川や二世の縁。げに有難き心かな、げに有難き心かな。


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