箙 (えびら)

●あらすじ
能「箙」は、「田村」、「八島」とともに勝修羅三番と呼ばれている。通常の修羅者が、戦で死んだ主人公の恨みをテーマにするのに対して、勝修羅は勇壮な戦いぶりを描いていることから、徳川時代には、一種の祝言能として、人気があった。田村が坂上の田村麻呂、八島が源義経といった歴史上の大英雄を主人公とするのに対して、箙は梶原源太景季という若武者を主人公とする。したがって他の二作に比べてやや、軽快な仕上げになっている。前半では、里人が現れて一の谷の合戦における、源太景季の戦いぶりと、その彼が箙に梅をさして戦ったことなどが語られる。後半ではその源太景季が梅の枝をさした箙を背負って現われ、勇壮なカケリを披露する。非常に単純な構成ながら、見所にとんだ作品である。

●宝生流謡本(参考)     外一巻の二   二番目    (太鼓なし)
    季節=春   場所=摂津国生田
    素謡 : 稽古順=平物   素謡時間40分 
    素謡座席順   シテ=前・男 後・源太景季        
               ワキ=旅僧
箙(えびら、英: quiver)とは、矢を入れて肩や腰に掛け、携帯する容器のこと。靫(うつぼ、ゆぎ)とも呼ばれる。

●観能記  青雲会能「箙」宝生流
2005年2月22日、水道橋宝生能楽堂において、宝生流若手勉強会「青雲会」が行われました。今回の演目は、舞囃子五番、仕舞が四番、能が一番で、能の題目は二番目物の「箙」でした。
私は仕事の都合で能以外、見られなかったのですが、シテは宝生流の若手の中でも将来を嘱望されている、佐野玄宜さんです。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、宝生流の中堅名手である佐野由於さんのご子息でもあります。今回は若手勉強会、という ことで無料の催しでした。そのためか、見所はどこも満杯でした。
「箙」は、修羅能という、世阿弥の完成した複式夢幻能形式の能のうち、殺生の罪を犯した武士等が、修羅道という地獄の一種に落ち、たまたまその墓の近くに来た僧侶にその闘争のありさまを見せ、後世の供養を頼む…というものです。「箙」の主人公は源氏の武士、梶原源太景季であり、彼が一の谷・生田の戦の際に一本の桜の花を手折って、矢を入れる筒の箙に挿し、戦った…という、風雅な故事を基にして作られています。作者は未詳ですが、世阿弥作の「八島」などに倣って作られたと考えられ、「田村」と共に“勝修羅(主人公が勝利する側)三番”と呼ばれています。まあ、武士が甲冑を着て、箙を装着した姿と言うのは、こんなイメージです。実際の能装束では、法被半切姿、というので出てくるのですが、当日の佐野さんのいでたちは、実に颯爽として若武者らしく、凛々しいものでした。まあ、舞台に梅の香が馥郁と香る…という域にまでは至っていませんでしたが…。私は彼を高校生の時から存じ上げているのですが、ややふっくらとした(^^)面立ちと体型にもかかわらず(?)とても立ち姿がきれいなんですよね。背筋がピン、と伸びているから、カマエがピシッと決まる。やはり、ご父君や指導に当たられたご宗家、高橋章先生など名手の血統が、よい意味で受け継がれているなぁ…と頼もしく思いました。ただ、前シテで登場したときは、相当緊張していたと思われ(直面なんですぐわかっちゃう)、最初のサシ謡も、かなり高調子になっていました。ここらへんは、場数を踏んでくると落ち着きが出てくると思うので、今後の稽古ご精進に期待したいと思います。宝生流は型が少なく、一つ一つの動きに芸術的な重みを求められるので大変だとは思いますが、応援していますので今後とも頑張ってほしいと思っています。


●演能記  能「箙」観世流
【分類】二番目物 (修羅能)  【作者】世阿弥   
【主人公】前シテ:里人、後シテ:梶原源太の霊
江戸時代に江戸幕府の式楽となった中で、武士達に最も好かれた能で、「箙」‘えびら’と呼びます。箙は、武士が矢を入れて携帯する容器のことで、うつぼとか、ゆぎとも呼ばれます。能の分類としては、「二番目物」で、「修羅能になります。この演目の作者は「世阿弥」といわれています。能「箙」の主人公は、源平の生田の合戦で活」躍した名将・梶原源太の亡霊です。前シテ:里人、後シテ:梶原源太の霊 となります。
『時は春、九州から都見物のために出てきた旅の僧が、須磨の浦の生田川のほとり(兵庫県生田の古戦場)に差し掛かります。旅僧は頭巾である角帽子と、質素な水衣をまとった質素な身なりです。そこには、武士の略礼装(素襖)を着た里人がひとり、じっと梅の花を眺め佇んでおりました。旅僧はその男に梅の名とその謂れを問いかけると、男は、この梅は‘箙の梅’と名づけられており、源平の合戦の時、源氏方の若武者梶原源太景季が折から咲き誇っていた梅の花を手折って、笠印の代わりに箙にさし、めざましい活躍をしたので、箙の梅の名が残ったといいました。さらに男は話を続けて、源義経が‘鵯越えの坂落し’をここ生田の森にて決行した際に、‘一の谷’に兵を集めていた平家と対決したといいます。源範頼を大将に五万余騎が攻撃を開始した際に、梶原源太も激しい合戦に加わりました。合戦の最中、生田の梅の花を一枝手折り、矢入れの器‘箙’に梅の枝を挿し、この梅を笠印として戦の手柄を取りました。梶原源太はこの梅を神木として崇め‘箙の梅’と名付け後世に伝えた、と語りました。旅僧は詳しく事情を知っている里人を不審がって訳を尋ねると、男は自分は梶原源太の霊だとこたえ消え去っていきました。それを聞いた旅僧は、奇特の思いに立ち去りかね、木陰で身を潜めていたところ、箙に白梅の枝を挿した若武者姿の梶原源太の亡霊が梅の前に現れ、一の谷の激しい修羅場の苦しみの合戦の様子を激しい舞で訴えました。刀を抜き、めざましい戦い振りを思い出したかのように舞い続けましたが、夜明けとともに亡霊は冥界へと消え去ってしまいました。』というストーリーです。
九州から都見物を志す一人の旅の僧が、早春の頃、須磨の浦の生田川のほとりに着きます。ちょうどそこに、色あざやかに咲いている梅の木があるので、来合わせた男に問うと、箙の梅だと答えるので、どうしてそういう名がついたのかと尋ねます。その男は源平の合戦の時、源氏方の若武者梶原源太景季が折から咲き誇っていた梅の花を手折って、笠印の代わりに箙にさし、めざましい活躍をしたので、箙の梅の名が残ったとその由来を語ります。さらに一ノ谷の合戦の様子を詳しく物語るので、僧が不審がると、男は自分は景季の亡霊だと名乗って、たそがれ時の梅の木陰に消え失せます。 土地の者から重ねて箙の梅の話を聞いた僧は、奇特の思いに立ち去りかね、木陰で仮寝をしていると、夢に武者姿の影季が現れ、修羅道での苦患を見せ、また往昔の合戦でのめざましい戦ぶりを見せたかと思うと、夜明けと共に回向を頼んで消え失せます。
時しも二月.上旬の空のことなれば。須磨の若木の桜もまだ咲きかぬるうす雪の.さえかえる波ここもとに。生田のおのずから盛りを得て。勝つ色見する梅が枝。一花ひらけては天下の春よと。いくさの門出を.祝う心の花も.咲きかけぬ。さるほどに味方の勢。六万余騎を二手にわけて。教頼義経の。大手からめ手の。海山かけて須磨の浦。四方を囲みて押し寄する。魚鱗鶴翼もかくばかり。うしろの山松に群れいるは。のこりの雪の白妙にねぐらをたたむ.真鶴の。翼をつらぬるその気色。雲にたぐえておびたたし。浦には海人さまさまの。漁父の舟影かず見えて。いさり焚火もかげろうや。嵐も波も須磨の浦.野にも山にも漕ぎ寄する。兵船はさながら。天の鳥舟もかくやらん。
(後略)

あさかのユーユークラブ 謡曲研究会 平成23年9月16日


        (えびら)   二番目    (太鼓なし)   
  
        シテ 前・男 後・源太景季         季 春
        ワキ 旅僧                    所 摂津国生田
                        
源義経‘鵯越えの坂落し’ゆかりの箙の梅 伝説 名将・梶原源太の亡霊
舞台にはまず、旅の僧が連れのもの二人とともに登場する。(以下は「半魚文庫」活用)

ワキ  次第上 春を心のしるべにて。春を心のしるべにて。憂からぬ旅に出でうよ。
ワキ     詞「これは西国方より出でたる僧にて候。我未だ都を見ず候ふ程に。
          此度都に上り洛陽一見と志し候。
     道行上 旅心。筑紫の海の船出して。筑紫の海の船出して。
         八重の潮路を遥々と分けこし方の雲の波。煙も見えし松原の。
         里の名問へば須磨の浦。生田の川に着きにけり。生田の川に着きにけり。
シテ  次第上 来る年の矢の生田川。流れて早き月日かな。
     サシ上 飛花落葉の無常は又。常住不滅の栄をなし。一色一香の縁生は。
         無非中道の眼に応ず。人間個々円成の観念。なほ以て至り難し。
         あら定めなの身命やな。
     下歌 人間有為の転変は。眼子の中に現れて。
     上歌 閻浮に帰る妄執の。閻浮に帰る妄執の。その生死の海なれや。
         生田の川の幾世まで夜の巷に迷ふらん。
         よしとても身の行方定ありとても終には夢の直路に帰らん夢の直路に帰らん。

僧は傍らの梅の由来を里人に尋ねる。里人は箙の梅だと答える。しかして、いわれらしきものはなく、自分がそう名づけたのだという。また箙とは、かの梶原源太景季の背負っていた箙のことであり、彼は一の谷の戦いに際して、その箙に梅の枝を刺したのだと説明する。

ワキ    詞「いかに申すべき事の候。これなる梅は名木にて候ふか。
シテ    詞「さん候これは箙の梅と申し候。
ワキ    詞「あらおもしろや箙の梅とは。いつの世よりの名木にて候ふぞ。
シテ    詞「いや名木ほどの事は候はねども。
        ただわたくしに申しならはしたる異名にて候。
ワキ    詞「よし/\わたくしに名づけたる異名なりとも。委しく御物語り候へ。
シテ    詞「そも/\この生田の森は。平家十万余騎の大手なりしに。
         源氏の方に梶原平三景時。
         同じき源太景季。色殊なる梅花の有りしを。一枝折つて箙にさす。
         此花則ち笠印となりて。景色あらはに著く。功名人に勝れしかば。
         景季かへつて此花を礼し。
   カカル上 則ち八幡の神木と敬せしよりこのかた。
         名将の古跡の花なればとて。箙の梅とは申すなり。
ワキ カカル上 実にや名将の古跡と云ひ名木と云ひ。名残つきせぬ年々に。
シテ    上 ふるはほどなき春雨の。ふるきに帰る名を聞けば。
ワキ    上 その景季の盛なりし。
シテ    上 若木の花のしらま弓。
ワキ    上 箙の梅の。
シテ    上 今までも。

  ( 小謡 名をとめし ヨリ  名こそ妙なれ マデ )

地     上 名をとめし。主は花の景季の。主は花の景季の。末の世かけて生田川の。
         身を捨てゝこそ。名は久しけれものゝふの。
         やたけ心の花にひく弓筆の名こそ妙なれや弓筆の名こそ妙なれ。

クセは長い居グセで、源太の亡霊である里人が、源太の勇壮な戦いぶりを語る。

    クリ上 さるほどに平家は去年播磨の室山。備中の水島二箇度の合戦に打ち勝つて。
         山陽道南海道。合はせて十四箇国のつはもの。都合十万余騎。
         津の国一の谷にぞ籠りける。

  ( 独吟 東は生田の森 ヨリ  天の鳥船もかくやらん マデ )

シテ サシ上 東は生田の森。西は一の谷をかぎつて。そのあひ三里が程は充ち満ちたり。
地     上 浦浦には数千艘の船をうかべ。陸には赤旗いくらも立てならべ。
         春風になびき天に翻るありさま。猛火雲を焼くかと見えたり。
シテ    上 総じてこの城の。前は海後は山。
地     上 左は須磨右は明石の。とよりかくより。行きかふ舟の。
         ともねの千鳥の声々なり。
    クセ下 時しもきさらぎ上旬の空のことなれば。
         須磨の若木の桜もまだ咲きかぬる薄雪のさえかへる浪こゝもとに。
         生田のおのづからさかりを得て。
         かつ色見する梅が枝一花開けては天下の春よと。
         軍の門出を祝ふ心の花もさきかけぬ。さるほどに味方の勢。
         六万余騎を二手に分けて。範頼義経の大手からめての。
         海山かけて須磨の浦。四方をかこみて押し寄する。
シテ    上 魚鱗鶴翼もかくばかり。
地     上 後の山松に群れゐるは。残りの雪の白妙に。ねぐらをたゝぬまなづるの。
         ちばさをつらぬるそのけしき。雲にたぐへておびたゞし。
         浦には海人さまざまの。漁父の船かげかず見えて。
         いさりたく火もかげろふや。
         あらしも波も須磨のうら野にも山にも漕ぎ寄する。兵船はさながら。
         天の鳥船もかくやらん。

一通り語り終わると、里人は自分が源太の幽霊だと断って消える。

地  ロンギ上 はや夕ばえの梅の花。月になりゆくかり枕。一夜の宿をかし給へ。
シテ    上 われはやどりも白雪の。花の主と思し召さばしたぶしに待ち給へ。
地     上 花の主と思へとは。御身いかなる人やらん。
シテ    上 今は何をか包むべき。われはこの世になき景の。
地     上 跡訪はれんといふ草の。
シテ    上 その景季が幽霊なり。
地     上 御身他生の縁ありて。一樹の蔭の花の緑に。鴬宿梅の木のもとに。
         宿らせ給へわれはまた世を鴬の塒はこの花よとて失せにけり
         この花よとてぞ失せにける。

中入間 アイが出てきて、一の谷の合戦に際しての、梶原源太景季の戦いぶりを語り、その際に箙の梅が旗印になったことなどを語る。
やがて、ワキの待歌にさそわれるように、武将姿になった源太景季があらわれる。

  ( 囃子 うば玉の ヨリ  給び給へ マデ )

ワキ 待謡上 うば玉の。夜の衣を返しつゝ。夜の衣を返しつゝ。
        更け行くまゝに生田川水音も澄む夜もすがら。
        花の木蔭に臥しにけり。花の木蔭に臥しにけり。
後シテ 上 魂は陽に帰り。魄は陰に残る。執心却来の修羅の妄執。
        去つて生田の名にしおへり。
地    上 地は〓鹿{たくろく}の河となり。
シテ   上 紅波楯を流しつゝ。
地    上 白刄骨を砕く苦。月をも日をも。手に取る影かや。
        長夜のやみ/\と眼もくらみ。
        心も乱るゝ。修羅道の苦御覧ぜよ。
ワキ   上 不思議やなそのさまいまだ若武者の。
        胡〓{やなぐひ:竹冠に録}に梅花の枝をさし。
        さも華やかに見え給ふは。いかなる人にてましますぞ。

  ( 囃子 今は何をか ヨリ  給び給へ マデ )

シテ    上 今は何をか包むべき。これは源太景季。他生の縁の一樹の蔭に。
        夢中の対面向顔をなす。御身貴き人なれば。法味を得んと魄霊の。
        魂にうつりて来りたり。跡とひ給へといはんとすれば。

キリの部分は源太の勇壮なカケリで、この曲最大の見所だ。

   カケリ詞「又嗔恚の敵の責。あれ御覧ぜよ御聖。
ワキ カカル上 げにげに見れば恐ろしや。剣は雨と降りかゝつて。
シテ    上 雲に日々来て地に動く。

  ( 仕舞 山も震動 ヨリ  給び給へ マデ )

ワキ    上 山も震動。
シテ    上 海も鳴り。
ワキ    上 雷火も乱れ。
シテ    上 悪風の。
地     上 紅焔の旗を靡かし紅焔の旗を靡かして。閻浮に帰る生田河の。
         浪をたて水をかへし。山里海川も。皆修羅道の巷となりぬ。
         是はいかにあさましや。

  ( 独吟 暫く心を ヨリ  給び給へ マデ )

シテ    上 暫く心を静めて見れば。
地     上 心を静めて見れば。所は生田なりけり。時も昔の春の。梅の花さかりなり。
         一枝手折りて箙にさせば。もとより窈窕たる若武者に。
         相逢ふ若木の花かづら。
         かくれば箙の花も源太も我さきかけんさきかけんとの。心の花も梅も。
         散りかゝつて面白や。敵のつはものこれを見て。あつぱれ敵よ遁がすなとて。
         八騎が中にとりこめらるれば。
シテ    上 兜も打ち落されて。
地     上 大童の姿となつて。
シテ    上 郎等三騎に後をあはせ。
地     上 向ふ者をば。
シテ    上 拝みち。
地     上 又めふり合へば。
シテ    上 車斬。
地     上 蜘蛛手かく縄十文字。鶴翼飛行の秘術を尽すと見えつるうちに。夢覚めて。
         しら/\と夜も明くれば。是までなりや旅人よ。いとま申して花は根に。
         鳥は古巣に帰る夢の鳥は古巣に帰るなり。よく/\弔ひて給び給へ。
  


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