邯 鄲(かんたん)

●あらすじ
能の曲目。四番目物。五流現行曲。作者不明。中国の『枕中記(ちんちゅうき)』の話を紹介した『太平記』が原典であろう。人生に迷う青年盧生(ろせい)(シテ)が、邯鄲の宿で女主人(アイ)の勧めるままに、一生を夢みるという仙人の枕を試みる。臥したとたんに勅使(ワキ)が彼を起こし、帝王の位が譲られたことを告げる。宿の寝室はそのまま玉座となり、美童や多くの廷臣が居並ぶ。盧生は50年の歓楽を舞う。一畳台に4本の柱と屋根のついた狭い作り物のなかで、のびのびと帝王の栄華を舞う至難の演技である。人々が消え、ふたたび枕する盧生。その瞬間に女主人が粟(あわ)の飯が炊けたことを告げる。盧生は50年の栄華も一炊(いっすい)の夢と悟って帰っていく。テーマ、演出ともに傑出する能の名作。長唄(ながうた)、常磐津(ときわず)、箏曲(そうきょく)、地歌(じうた)など、後世の邦楽に多くの派生曲がある。ジャック・コポーがこの能の翻案・上演を企画したこともあり、三島由紀夫はその『近代能楽集』の最初の作品として『邯鄲』を書き、文学座によって初演(1950)された。     
Yahoo 百科事典[執筆者:増田正造]より転載

●宝生流謡本     内二十巻の一    四五番目略脇能 (太鼓あり)
    季節=不定   場所=唐土 邯鄲の里
    素謡(宝生) : 稽古順=初序   素謡時間=38分
    素謡座席順   子方=舞人
              シテ=盧生
              ワキ=勅使
              ワキヅレ=大臣

●演能記 能「邯鄲」 
 過去・未来の真実を見ることが出来るという不思議な枕『邯鄲の枕』が大活躍します。 能「邯鄲」は現在能です。(ある人物の現実に起こった出来事や事件を再現する能のことです。)
人生に悩みを持つ青年・盧生(ろせい)は、真理を求めるため、高僧に会いに旅に出ます。かれは途中、邯鄲という里の宿屋で不思議な枕に出会い、少しの間昼寝をすることに。その夢に見たのは、心の中に抱いていた現世への野望でした。それは帝王になり、この世の最高の地位とすべての栄華を手に入れるというものです。雲の上に聳え立つ宮殿に住まいし、金・銀で彩られた庭や建物に囲まれ、身の回りには美女がひしめき合っています。そして五十年の月日が流れ最後に手に入れたものは、この歓楽を永遠のものにする、千年の寿命を保つ仙薬でした。盧生は歓喜の絶頂に達し、自ら喜悦の舞を舞います。しかし舞の途中、すべてのものが消え去り夢から覚めるのです。
五十年の栄華は粟飯ができるまでのわずかな時間の出来事で、夢の中の宮殿は元の粗末な宿屋に戻り、女房や更衣たちの声は松風の音と化したのです。「五十年の栄華は一睡の夢だ」、「夢のようにはかないのが世の中だ」と真理を悟った盧生は、高僧の教えにも勝るこの枕に感謝し、故郷に帰っていく、という話です。
「邯鄲」は人生の迷いの世界、夢の世界、悟りの世界と、三つの場面から構成されています。しかし舞台の景色は変りません。舞台はワキ座のところに『引き立て大宮』といわれる作り物が据え置かれています。はじめは一畳台の上に折りたたんだ状態で乗せて運び、舞台上で後見二人が息を合わせ、2本ずつ四方の穴に柱を突っ込んでお客様の見ている前で組み立ててゆきます。
 がたがた揺れずに、スッと立てるのには技が必要で、なかなかむつかしい仕事です。またお客様はこの組み立てる様子をとくと興味深くごらんになっているのでなおさらのことです。終演後、こんどは柱を穴から抜いて折りたたんで持ち帰るわけですが、これらの仕事はほんとうに後見の、ある時は若い人の腕の見せ所です。『引き立て大宮』に枕が置かれている時が宿屋、枕のないときが宮殿という設定です。              
2007年2月8日観世流能楽師 柴田 稔師 より転載

●旅行記 謡曲「邯鄲」の古跡
 私のお弟子さんに「山口眞智子」様がいらっしゃいます。今度の第29回清響会の発表会に、「邯鄲」のお能の太鼓を勤めて頂くことになっています。お稽古のとき、私は冗談で、能の古里巡りに「邯鄲」へ行きたいですね、と云いました。舞台は中国というだけで場所も知らず、古跡が在るのかも判りません。ほんの冗談だったのです。
 ところが彼女は旅行会社に相談して、謡曲「邯鄲」の古跡が残っていることを突きとめて、御主人と二人で中国の邯鄲市に旅行してきました。以下はお話を聞いての物語です。  さて、「邯鄲」は何処にあるのでしょう。北京の南西450キロ。特急で4時間半、高速道路も通じている、河北省邯鄲市は、人口800万の大都市。農村と工業都市とが混じる都市らしいです。邯鄲は春秋時代に晋の国に属し、戦国時代は趙の国の都でありました。秦の始皇帝も邯鄲で生まれています。漢の時代に中国五大古都の一つ、三国志の雄、曹操もここで16年暮らしています。三千年の悠久たる歴史と燦爛を誇る都市らしく、戦国時代の古城が残り、響堂山石窟には、北斎時代より彫り始めた仏像が五千体も眠り、宗の時代よりの磁州窯が有名。邯鄲の夢枕も、この磁州窯で焼かれた陶器製に間違いありません。  邯鄲市の北にあるこの「黄梁夢呂仙寺」は、邯鄲の夢枕の故事によって建てられた一組の道教建築群です。中に幾つもの廟があります。 さてこの「邯鄲の寝枕」の故事は、中国では「黄梁美夢」または「黄梁夢」と言わなければ通じないそうです。この故事は唐代に書かれた小説「枕中記」に出てくる話らしいです。  そのお話とは、「唐の時代、科挙試験で上京し、何回目かの落第を喫した盧生は、落ち込んでの帰り道、日が暮れたので邯鄲の、とある旅館に泊ります。旅館では粟のご飯を炊いていて、傍らに仙人の呂洞賓がいました。盧生は出世できない悩みを訴えます。呂洞賓は磁器の枕を渡し昼寝をさせます。盧生は夢の中でまず科挙試験に合格し、のち、金持ちの綺麗なお嫁さんをもらいます。また、皇帝のお目がねに叶い、総理大臣になります。子孫四世代とともに、人間の栄華福喜を五十年間極めます。この時、馬屋で驢馬が吼えるので、びっくりして夢から醒めると、これは一切がただ夢で、自分はやはり貧しい書生で、さきほど炊いていた粟のご飯はまだ煮えきっていません。盧生は人生の虚しさを悟り、出家して仙術を得て仙人になりました。」  このお話は、日本の謡曲「邯鄲」の話とは少しだけ違うようです。 黄梁とは、粟(あわ)のことです。黄梁夢呂仙寺境内には、八仙閣、呂祖殿、文昌殿、そして盧生殿などががあります。 邯鄲市のほかの旧跡も紹介しておきます。 邯鄲市の65キロの峰峰鉱区にある「響堂山石窟」です。中国北斎時代、紀元 550-577頃より彫り始め、石窟16座、仏像5000体あるそうです。 また「邯鄲博物館」には、磁州窯の、陶器枕のコレクションがあるそうです。 邯鄲市の中心部に、趙の武霊王が建てた古城「武霊叢台」があります。 この美しい石橋は「学歩橋」という変わった名前で、邯鄲市の沁川に掛かっています。戦国時代に造られました。こんな故事があるそうです。「趙の都の邯鄲の市民の歩き方が、とても綺麗だったので、燕の国の青年がはるばるやってきて、邯鄲人の歩き方を勉強したが、どうしても要領が得ず、かえって自分の歩き方も忘れて這って帰った。みだりに本文を捨てて、他人の真似をしようとすると両方とも駄目になってしまう」。邯鄲の歩みというので、盧生と関係があるのかと調べましたが、謡曲とは関係ありませんでした。
 彼女の話では邯鄲市には、壱千箇所以上の名所旧跡があるそうですが、そのほとんどが荒れ放題の手付かずだそうです。学歩橋の下の川は工業化の付けで悪臭ふんぷん、響堂山石窟の石仏はほとんど顔を壊されているし、邯鄲博物館には素晴らしい品が並んでいるのに、だれもお客がいない。実に残念であるとの事です。彼女の行程は、航空機で北京着。特急列車で邯鄲往復。北京と邯鄲の二都市の訪問でしたが、充分楽しい旅だったみたいです。羨ましいですね。我々も本当に能楽喧窮会で旅行に行って、黄梁夢呂仙寺で謡曲「邯鄲」を奉納してきたいですね。
  (旅行日 2002年4月 このホームページは金沢能楽会会員が作った個人ページから一部抜粋したものです。)

(平成21年8月14日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


         邯  鄲 (かんたん)

  【分類】四番目物 (雑能)
  【作者】不詳
  【主人公】シテ:盧生

【あらすじ】 
中国、蜀の国の盧生という青年が、人生に迷いを感じ、楚の国羊飛山に住む賢者に人生とは何か、問うてみようと旅に出ます。途中、邯鄲の里へ着き、一見の宿屋に泊まります。その宿の女主人は、かつて仙人の法を使う人を泊めたときにそのお礼にと不思議な枕をもらいました。その枕を使って寝ると、夢によって悟りを開くというのです。女主人は盧生の素性や旅の目的などを聞くと、食事の用意が出来る間、しばしその枕を試してみるように勧めます。そこで盧生も、その枕を借りて一眠りすることにします。うとうとすると起こす人がいます。楚の国の帝が位を盧生に譲るという勅使です。盧生は勅使に促されて、天にも昇る心地で輿に乗って宮殿に赴き、王位につきます。それから50年酒宴は続き、盧生も歓喜の舞をまい、栄華を極めた毎日を送ります。と、その時、宿の女主人が粟の飯が炊けたと起こしに来ます。目を覚ました盧生は、全ては夢であったのかと、しばらくは呆然としますが、人生何事も一炊の夢と悟り、不思議な枕に感謝しながら、自分の故郷である蜀の国へと帰っていくのでした。

   詞章                                      (胡山文庫)

次第
シテ    上 浮世の旅に迷い来て。/\。夢路をいつと定めん
   カカル上 是は蜀の国の傍らに。廬生といえる者なり
シテ    詞「我人間にありながら仏道をも願わず」
   カカル上 唯呆然と明かし暮らすばかりなり。
      詞「まことや楚国の羊飛山に。貴き知識のまします由承り及び候程に。
        身の一大事をも尋ねんため唯今羊飛山にえと急ぎ候」
    道行上 住み馴れし国を雲路の跡に見て。/\。
        山又山を越え行けばそことしもなき旅衣。野暮れ山暮れ里暮れて。
        名にのみ聞きし邯鄲の。里にも早く着きにけり/\
      詞「急ぎ候程に。邯鄲の里に着きて候。未だ日は高く候へども。
        此の所に旅宿しようずるにて候。」
       「いかに案内申し候  シカ/\
       「是は蜀の国より羊飛山にえ通る者にて候  シカ/\
       「我人間にありながら仏道をも願わず。唯呆然と明かし暮らす処に。 
       「まことや楚国の羊飛山に。貴き知識のまします由承り及び。    
       「身の一大事をも尋ねんため唯今羊飛山に罷り通り候  シカ/\
       「偖其の邯鄲の枕はいずくに候ぞ  シカ/\
       「さらば一睡まどろまうずるにて候  シカ/\
シテ    詞「偖はこれなるは聞き及びし邯鄲の枕なるべし。是は殊更門出の。
        世に試みに夢の告げ」
   カカル上 天の与うる事なるべし
地     上 一村雨の雨宿り。残る中宿に。仮寝の夢をみるやと
        邯鄲の枕に臥しにけり/\。
ワキ    詞「いかに廬生に申すべき事の候
シテ    詞「そも如何なる者ぞ
ワキ    詞「楚国の 帝の後位を。廬生に譲り申さんとの。
        勅使これまで参りたり」
シテ    詞「思いよらずや王位には。そも何故にそなはるべき」
ワキ    上 是非をばいかではかるべき
ワキ    詞「御御代を持ち給うべき。其の瑞相こそましますらめ
      上 はやはや輿に召さるべし
シテ    上 こはそも何と夕露の。
ワキ    上 光かかやく玉の輿
シテ    上 乗り習わぬ身の行くへ
ワキ    上 かかるべきとは思はずして
シテ    上 天にもあがる
シテ    上 心地して
地     上 玉の御輿に法の道。/\。栄華の花も一時の。
      下 夢とは白雲の上人となるぞふしぎなる。

    (小謡 有難の気色やな カラ  気色かな マデ)

地     上 有難の気色やな。/\。本より高き雲の上。月も光は明らけき。
        雲龍閣や阿房殿。光も満ち満ちてげにも妙なる有様の。
        庭には金銀の砂を敷き。四方の門辺の玉の戸を。入る人までも。
        光をかざるよそおいは。真や名に聞きし寂光の都喜見城の。
        楽みもかくやと思うばかりの気色かな。
        千顆萬顆の御宝の数の連ねて捧げ物。千戸万戸の旗のあし、
        天も色めき地に響く 籟の声もおびただし/\
シテ    上 東に三十余丈に
地     上 白銀の山を築かせては。黄金の日輪を出だされたり
シテ    上 西に三十余丈に
地     上 黄金の山を築かせては。白銀の月輪を出だされたり
        たとえばこれは。長生殿の中には。春秋を留めたり不老門の前には。
        日月遅しと云う心を学ばれたり
ワキズレ  詞「いかに奏聞申すべき事の候。御位につき給いてはなや五十年なり。
        然らば此仙薬をきこしめさば。御年一千歳まで保ち給うべしさる程に。
        天の濃漿やこうがいの盃。これまで持ちて参りたり
シテ    詞 そも天の濃漿とは
ワキズレ  詞「これ仙家の酒の名なり
シテ カカル上 こうがいの盃と申す事は
ワキズレ  詞「同じく仙家の酒の盃なり
シテ カカル上 寿命は千代ぞと菊の酒
ワキズレ  上 栄華の春も
シテ    上 萬年
ワキズレ  上 君も豊かに
シテ    上 民
シテワキズレ上 栄え 

    (独吟 国土安全長久の カラ  廻るそらぞ久しき マデ)

地     上 国土安全長久の。/\。栄華もいやましに猶喜びはまさり草の。
        菊の盃。とりどりにいざや飲もうよ。廻れや盃の。/\。
        流れは菊水の流に引かれたとく過ぐれば。手まづさえぎる菊衣の。
        花の袂をひるがえして指すも引くも光なれや。
        盃の影の。廻るそらぞ久しき

    (囃子 我が宿の カラ  覚めにけり マデ)

子方    上 我が宿の
地     上 我が宿の。菊の白露今日ごとに。幾代積りて渕となるらん。
        よもつきじ/\薬の水も泉なれば。
        汲めども/\いやましに出づる菊水を。
        飲めば甘露もかくやらんと。心も晴れやかに。
        飛び立つばかり有明の夜昼となきたのしみの。
        栄華にも栄曜にもげに此上やあるべき
シテ    上 いつまでぞ。栄華の春も。常磐にて
地     上 猶幾久し有明の月

    (連吟 月人男の カラ  ふしぎなりやはかりがたや マデ)

シテ    下 月人男の舞なれば
地     上 雲の羽袖を。重ねつつ。喜びの歌を

    (仕舞 謡う夜もすがら カラ  覚めにけり マデ)

シテ    下 謡う夜もすがら。
地     下 謡う夜もすがら。日はまた出でて。明きらけくなりて。
        夜かと思えば。
シテ    上 昼になり。
地     上 昼かと思えば。
シテ    上 月またさやけし。
地     上 春の花咲けば。
シテ    上 紅葉も色濃く。
地     上 夏かと思えば。
シテ    上 雪も降りつつ。
地     上 四季おりふしは目の前にて。春夏秋冬万木千草も。一時に花咲けり。
        面白や。不思議やな.
シテ  ノル上 かくて時過ぎ頃去れば。 /\。五十年の栄華も尽きて。
        誠は夢の内なれば。皆消え消えと失せ果てて。
        ありつる邯鄲の枕の上に。眠りの夢は。覚めにけり。

    (独吟 盧生は夢覚めて カラ  望みかなえて帰りけり マデ)

シテ    上 盧生は夢覚めて。
地     上 盧生は夢覚めて。五十の春秋乃。栄華も忽ちに唯呆然と。起き上がりて
シテ    上 さばかり多かりし。
地     上 女御更衣の声と聞きしは。
シテ    上 松風の音となり
地     上 宮殿楼閣は 
シテ    下 唯邯鄲の仮の宿
地     上 栄華の程は
シテ    上 五十年
地     上 偖夢の間は粟飯の
シテ    下 一炊の間なり
地     上 ふしぎなりやはかりがたや
シテ    下 つらつら人間の。有様を案ずるに
地     下 百年の歓楽も命終われば夢ぞかし。五十年の栄花こそ。
        身のためには是までなり。栄花の臨みも齢の長さも五十年の歓楽も。
        王位になれば是までなりげに。何事も一睡の夢 
シテ    下 南無三宝南無三宝
地     上 よくよく思えば出離を求むる。知識は此の枕なり。
        げに有難や邯鄲の。/\夢の世ぞと悟り得て。
        望みかなえて帰りけり  


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