道成寺 (どうじょうじ)

●あらすじ
紀伊の国、道成寺では、春爛漫のある日、再興した釣り鐘の供養が行われることになりました。住職は、訳あって女性が来ても絶対に入れてはならぬ、とお触れを出しますが、一人の白拍子の女が供養の舞を舞わせてほしいと寺男(能力〔のうりき〕)に頼み込み、供養の場に入り込みます。 女は独特の拍子を踏み、舞いながら鐘に近づき、ついに鐘を落としてその中に入ってしまいました。ことの次第を聞いた住職は、道成寺にまつわる恐ろしい物語を語り始めます。それは、昔、真砂(まなご)の荘司(しょうじ)の娘が、毎年訪れていた山伏に裏切られたと思い込み、毒蛇となって、道成寺の鐘に隠れた男を、恨みの炎で鐘もろとも焼き殺してしまったというものでした。
 女の執念が未だにあることを知った僧達は、祈祷し、鐘を引き上げることが出来ましたが、鐘の中からは蛇体に変身した女が現れます。争いの末、毒蛇は鐘を焼くはずが、その炎でわが身を焼き、日高川の底深く姿を消していくのでした。

●宝生流謡本   内十九巻の四      四番目  (太鼓あり)
    季節=春  場所=紀伊国道成寺(和歌山県)  作者(年代) 不詳(室町時代後期)
    素謡(宝生) : 稽古順=別伝  素謡時間=22分
    素謡座席順   ワキヅレ=従僧 二人
               シテ=前・白拍子 後・蛇 体  
               ワキ=道成寺の僧   

●解 説 @
曲趣には、この曲は能では存在しているが、素謡ではうたはないことになっている。能も伝授物であって大曲である。とされているが、故湯浅広平氏によると、四番目ものの中でも執心の強い特殊なもので、至難の曲である。シテは美しい白拍子あるが、妖気が漂っている感じで位、調子、緩急、心持に変化がある。ワキは道成寺の従僧であるから、どっしりしている。語りは特に難しい。地も緩急があり、容易には謡えない。能も伝授物で大曲である。と聞きました。   
(小原隆夫記)

●解 説 A
『道成寺』 (どうじょうじ) は、紀州道成寺に伝わる、安珍・清姫伝説に取材した能楽作品。観世小次郎信光作といわれる『鐘巻』を切り詰め、乱拍子を中心に再構成したものという。後にこの能の『道成寺』を元にして歌舞伎の『娘道成寺」や浄瑠璃の『道成寺』、琉球組踊の『執心鐘入』などが作られた。
道成寺  形式  複式現在能  能柄<上演時の分類>  四・五番目物、鬼女物
シテ<主人公>  白拍子(実は女の怨霊) その他おもな登場人物  道成寺の住僧、能力
本説<典拠となる作品> 大日本国法華経験記  道成寺縁起など
安珍・清姫伝説の後日譚に従い、白拍子が紀州道成寺の鐘供養の場に訪れる。女人禁制の供養の場であったが、白拍子は舞を舞い歌を歌い、隙をみて梵鐘の中に飛び込む。すると鐘は音を立てて落ち、祈祷によって持ち上がった鐘の中から現れたのは白拍子が蛇体に変化した姿であった。蛇は男に捨てられた怒りに火を吹き暴れるが、僧侶の必死の祈りに堪えず川に飛び込んで消える。
 小鼓との神経戦である乱拍子(間をはかりながら小鼓に合わせ一歩ずつ三角に回る。大きな間をとるので、ラジオ放送では放送事故 - 無音時間過長 - になったこともある)から一転急ノ舞になる迫力、シテが鐘の中に飛び込むや鐘後見が鐘を落とすタイミング、鐘の中で単身装束を替え後ジテの姿となる変わり身と興趣が尽きない能である。

●能のみどころ
道成寺は、能のなかでも大曲のひとつです。この曲の見せ場のひとつである乱拍子は、シテと小鼓で演じられ、15分ほども両者の息使いだけで間を合わせ、続けていく難所です。この場では、小鼓はシテに向かい合うように座り直し、集中した世界を創っていきます。他に、特殊で華やかな囃子の手も多く、道成寺ならではの見せ場がたくさんあります。 最大の山場ともいえる鐘入りは、落ちてくる鐘に、シテが飛び込む大変危険な演技です。鐘はとても重く、タイミングが合わないと、大きなケガを負い、死に至るような危険もはらんでいます。鐘入りで鐘の綱を手放す「鐘後見(かねこうけん)」は、シテに次いで重い役割といえ、力量のあるベテランが務めることになっています。後場への面・装束の付け替えは、シテが鐘の中で、たったひとりで行います。後見なく、ひとりで装束替えを行うものは、現存する曲では道成寺ただひとつです。そのほか、シテは、鐘の中で、地謡に合わせて鐘を揺らす、鐃?(にょうばち)を鳴らすといった特殊効果を務めなければなりません。 「道成寺」は、鐘にまつわる物語であり、始め鐘後見によって鐘が吊り上げられ、曲中、鐘入りがあり、また鐘楼へ戻るといった具合に、ある意味、鐘が主役を担っています。一般に、舞台を水平に使う能の中で、「道成寺」は、空間の垂直性に目を向けた、新たな試みともいえるのです。

●「道成寺」の安珍と清姫伝説
 能「道成寺」は現行の能の中でも大曲の部類に入り、また位の高い作品として扱われている。静と動のコントラストが激しく、また鐘の作り物など、舞台の演出も派手で、緊迫感に溢れた作品であるが、演じ方がまずいと散漫に流れ、観客をいらいらさせたりしかねない。能楽師にとってはむつかしい作品とされ、したがって一定の成熟を経た節目の時期に始めて演ぜられる。 作者は観世小次郎信光。信光は紀州道成寺に伝わる「安珍と清姫伝説」をもとに「鐘巻」という作品を書いたが、後にその一部を省略して現行のような形になった。 安珍と清姫の伝説は10世紀の始めに成立し、今昔物語集などにも取り上げられている。14世紀の末には、「道成寺縁起」としてほぼ今日に伝わる形に完成された。それは次のような話である。「延長六年(929)、奥州から熊野詣に来た修行僧安珍は、真砂庄司の娘清姫に一目惚れされた。清姫の情熱を断りきれない安珍は、熊野からの帰りに再び立ち寄ることを約束する。だが約束の日に安珍が来ないので、清姫は旅人の目もかまわず安珍を追い求める。清姫の怨念を恐れた安珍は、舟で日高川を渡り道成寺に助けを求めた。道成寺の僧は安珍を鐘の中にかくまう。安珍を追う清姫はついに大蛇となって日高川を渡り、道成寺にたどり着く。そして安珍が隠れている鐘に巻きつくと、その怒りの炎で鐘を焼き、中にいた安珍をも焼き殺してしまう」(道成寺縁起より) 信光は安珍と清姫の名を出してはいないが、恐らく「道成寺縁起」を題材に使ったのであろう。ただ「安珍と清姫伝説」をそのまま作品にしたのではなく、その後日談という形にとらえなおした。道成寺では清姫によって焼かれた鐘を再興し、その供養を行う段に至った。ついてはこの鐘がかつて女人の怨念によって焼かれたことを反省し、供養には女人禁制を誓うのであるが、そこに清姫の亡霊が現れて、この鐘にかつての怨念を再びぶつけるという設定である。 舞台にはまず狂言方が現れ、舞台中央に置かれた鐘の造りものを天井に吊り上げる。鐘は人がゆうに入れるほどの大きさであり、それが天井からぶら下がった姿は、なかなか迫力にとんでいる。 なお、能楽舞台の天井についている吊りもの用の鈎は、この曲のほかには使われることがない。ワキの僧は狂言方に向かって、供養には女人禁制の旨を言いつける。

●白河市安珍堂
歌舞伎の演目「娘道成寺」の伝説で名高い「安珍」は、白河市萱根の生まれと伝えられています。安珍の死を悼み里人は今に伝わる「安珍念仏踊り」によってその冥福を祈りました。明治40年に市内の僧が安珍供養塔(安珍経文之塚)を建立し、昭和60年3月には道成寺の好意により安珍座像が郷里の根田に里帰りしています。

(平成21年2月20日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


        道成寺       四番目(太鼓あり)

        シテ 前・白拍子 後・蛇体    季 春
        ワキ 道成寺の僧         所 紀伊国道成寺 
        ワキヅレ 従僧 二人

ワキ詞  「これは紀州道成寺の住僧にて候。さても当寺に於てさる子細有つて。
      久しく撞鐘退転仕りて候ふを。この程再興し鐘を鋳させて候。
      今日吉日にて候ふ程に。鐘の供養をいたさばやと存じ候。
      いかに誰かある。鐘を鐘楼へ上げてあるか。
              シカシカ
   狂言「さん候はや鐘楼へ上げて候ふ御覧候へ。

ワキ  詞「今日鐘の供養を致さうずるにて有るぞ。又さる子細ある間。
      女人禁制にて有るぞ。かまへて一人も入れ候ふな。其分心得候へ。
              シカシカ
   狂言「畏つて候。
そこへ清姫の幽霊たる白拍子に扮したシテが現れ、狂言方に向かって鐘の供養を見せてくれという。狂言方は、僧の言いつけどおり最初は断るが、女の舞を見たさに、ついにその願いを許してしまう。

シテ次第  「作りし罪も消えぬべし。作りし罪も消えぬべし。鐘の供養に参らん。
     詞「これは此国のかたはらに住む白拍子にて候。
     詞「さても道成寺において鐘の供養のまします由承り及び候程に。
       結縁の為参らばやと思ひ候。
    道行「月は程なく入りしほの。月は程なく入りしほの。煙みちくる小松原。
       急ぐ心かまだ暮れぬ。日高の寺に着きにけり。日高の寺に着きにけり。
     詞「これは此国のかたはらに住む白拍子にて候。
       鐘の供養のまします由承り候程にこれ迄参りて候。急ぎ候ふ程に。
       結縁の為そと拝ませて給はり候へ。
              シカシカ
シテ    「日高の寺に着きて候。やがて供養を拝まうずるにて候。いかに申し候。
    狂言「誰にて渡り候ふぞ。
シテ    「これは此国の辺に住む女にて候ふが。
       鐘の供養の由承り候ふ程にこれ迄参りて候。そと拝ませて給はり候へ。
    狂言「シカジカ。

シテ   「これは此国の傍に住む白拍子にて候。さても道成寺において。
      鐘の容疑にそと舞をまひ候ふべし。供養を拝ませて給はり候へ。
   狂言「シカジカ。
シテ   「あら嬉しや涯分舞をまひ候ふべし。
   物着「嬉しやさらば舞はんとて。

シテ   「あれにまします宮人の。烏帽子を暫し仮に着て。既に拍子を進めけり。
シテ次第 「花の外には松ばかり。花の外には松ばかり暮れそめて鐘や響くらん。
地 次第 「花の外には松ばかり。花の外には松ばかり暮れそめて鐘や響くらん。

(乱拍子)ここでシテの舞う舞は乱拍子という特異なもの。長い静止の間に身をくねらすような動作を挟み、それを何度も繰り返しながら、30分以上もかけて一回転するのである。
身をくねらせるのは、蛇の動作を示唆するのであろう。とにかく、静止の状態が大半という、およそ舞らしくない舞なので、演じ方がまずいと、惨憺たる状態になる。演者の集中力と高い技能が要求される部分である。

シテワカ 「道成の卿。承り。始めて伽藍。橘の。
      道成興行の寺なればとて。道成寺とは。名づけたりや。
地    「山寺のや。

(急ノ舞)ここで、それまでの静は一転して急ノ舞に変わる。この激変も、曲の見所である。シテは、鐘の下に潜ると、両手で鐘を支え、ついには落ちてきた鐘の中に姿を隠す。

シテ   「春の夕ぐれ。来てみれば。
地    「入相の鐘に花ぞ散りける。花ぞちりける花ぞ散りける。
シテ   「さるほどに/\。寺々の鐘。
地    「月落ち鳥鳴いて霜雪天に。満汐ほどなく日高の寺の。
      江村の漁火。愁に対して人人眠ればよき隙ぞと。
      立舞ふ様に狙ひよりて。撞かんとせしが。思へば此鐘恨めしやとて。
      龍頭に手をかけ飛ぶとぞみえし。ひきかづきてぞ失せにける。

  (狂言「シカジカ」)
女の怨念によって鐘が落ちたのを見た狂言は、慌てふためいていいわけをする。僧は、女人禁制のいわれについて改めて語る。

ワキ  詞「言語道断。か様の儀を存じてこそ。固く女人禁制の由申して候ふに。
      曲事にてあるぞ。此鐘に付いて。
      女人禁制と申しつる謂の候を語って聞かせ申し候べし。

ワキツレ 「いや何とも存ぜず候。
ワキ   「さらば其謂を語つて聞かせ申し候ふべし。
ワキツレ 「懇に御物語り候へ。

ワキ  語「むかし此処に。まなごの庄司と云ふ者あり。
      彼の者一人の息女を持つ。又其頃奥より。
      熊野へ年詣する山伏のありしが。庄司が許を宿坊と定め。
      年々来りしに。庄司娘を寵愛の余りに。あの客僧こそ。
      汝がつまよ夫よ。妻よなんどと戯れしを。
      をさな心に誠と思ひ年月を送る。又ある時かの客僧。
      庄司がもとに泊まりしが。彼の女申すよう。
      いつまでわれおば捨て置き給ふぞ。急ぎつれてお下りあれと申す。
      客僧大きにさわぎ。夜にまぎれ忍び出で此寺に来り。
      かようかようの仔細により。まっぴら助けてくれよと申す。
      およそに隠しては悪しかりなんと思い。撞鐘をおろし其内に隠す。
      さて彼の女は山伏を。遁すまじとて追つかくる。
      をりふし日高川の水以ての外に増りしかば。
      川の上しもをかなたこなたへ走りまはりしが。
      一念の毒蛇となつて。川を易易と泳ぎ渡り此寺に来り。
      こゝかしこを尋ねしが。鐘のおりたるを不審に思い。
      龍頭をくはへ七まとひ纏ひ。尾にて叩けば。
      鐘はすなはち湯となつて。山伏即座にうせぬなんぼう。
      恐ろしき物語にて候ふぞ。
ワキツレ 「言語道断。かゝる恐ろしき御物語こそ候はね。
ワキ   「その時の女の執心残つて。また此鐘に障碍をなすと存じ候。
      我人の行功もかやうのためにてこそ候へ。
      涯分祈つて此鐘を。再び鐘楼へ上げうずるにて候。

ワキツレ 「尤もしかるべう候。
      僧たちは、女の怨念を調伏せんと、数珠を摺りながら名号を唱える。

ワキ   「水かへつて日高川原の。真砂の数は尽くるとも。
      行者の法力尽くべきかと。
ワキツレ 「みな一同に声をあげ。
ワキ   「東方に降三世明王。
ワキツレ 「南方に軍荼利夜叉明王。
ワキ   「西方に大威徳明王。
ワキツレ 「北方に金剛夜叉明王。
ワキ   「中央に大日大聖不動。
ワキ、ワキツレ「動くか動かぬか索の。曩謨三曼陀縛曰羅赦。
      旋多摩訶路遮那。娑婆多耶吽多羅相ア満。聴我説者得大智慧。
      知我身者即身成仏と。今の蛇身を祈るうへ。何の恨か有明の。
ワキ   「撞鐘こそ。
地    「すはすは動くぞ祈れたゞ。すはすは動くぞ祈れたゞ。
      引けや手ん手に千手の陀羅尼。不動の慈救の偈明王の火焔の。
      黒烟を立てゝぞ祈りける。
      祈り祈られつかねど此の鐘響き出で。つかねど此の鐘響き出で。
      引かねど此鐘躍るとぞ見えし。程なく鐘楼に引きあげたり。
      あれ見よ蛇体は。現れたり。

(イノリ)やがて引き上げられた鐘の下から、蛇体に変じた女が現れる。般若の面に蛇の文様をあしらった白い衣である。(鐘の中にいた間に物着)
蛇体の女に向かって、僧たちは数珠を摺り続け、名号を浴びせかける。その法力によって、蛇体の女はついに調伏され、自ら猛火となって我が身を焼き、橋掛かりの奥へと消え去っていく。

地  キリ「謹請東方青龍清浄謹請西方白体白龍謹請中央黄体黄龍
      一大三千大千世界の恒沙の龍王哀愍納受哀愍じきんのみぎんなれば
      いづくに大蛇のあるべきぞと。
      祈り祈られかつぱと転ぶが又起き上つて忽ちに。
      鐘に向つてつく息は猛火となつてその身をやく。
      日高の川浪深淵に飛んでぞ入りにける。
      望足りぬと験者達はわが本坊にぞ帰りける我が本坊にぞ帰りける。


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