氷 室 (ひむろ)

●あらすじ
舞台の上には氷室を表わす塚のようなものが置かれます。ワキが登場し、亀山院に使える臣下であり、丹波に下った帰りに、氷室山にやってきたのだと言います。氷室のいわれを聞こうと待っていると、青年を伴った氷室守の老人が現われ、氷を帝に献上することの始まりのエピソードや氷室の作る時の様子を見せます。 老人は、今夜、氷をお供えする神事があるので待っているように言って、氷室の中に消えてしまいます。夜になると、天女が出現し舞を舞い、続いて氷室の明神が氷室から現われ、氷を都に届けます。主に語りだけで話が進むので、初めて能を見る人には難しいかもしれませんが、語りの中に涼しさいっぱいという感じです。間狂言は、近くの神社の神職が雪を降らせて、雪を丸めるという設定で、これも涼しさをさそいます。暑い夏にはぴったりの曲目でしょう。 

●宝生流謡本(参考)   内十九巻の一    脇能  (太鼓あり)
    季節=夏    場所=丹波国氷室山(京都)
    素謡(宝生) : 稽古順=入門  素謡時間=42分  
    素謡座席順   ツレ=臣 下
              シテ=前・氷室守の男 後・氷室の神  
              ワキ=男   

●解 説 氷室(ひむろ)
氷室とは、日本古来の氷を蓄えておく場所のことで現在の冷蔵庫にあたる。それが存在した場所が地名として残っている場合もある。 製氷する技術が無かった時代には、冬場にできた天然の氷を溶けないように保管する必要があった。正確な記録は残されていないが、洞窟や地面に掘った穴に茅(かや)葺(ぶ)きなどの小屋を建てて覆い、保冷したとされる。氷室の中は地下水の気化熱によって外気より冷涼であるため、涼しい山中などではこの方法で夏まで氷を保存することができる。このように天然のものを保管するしかない時代、夏場の氷は貴重品であり、永らく朝廷や将軍家など一部の権力者のものであった。 歴史的には『日本書紀』第16代仁徳天皇六十二年の条に額田大中彦皇子(ぬかたのおおなかつひこのみこ)が闘鶏(つげ。現在の奈良県天理市福住町)へ狩りに出掛けたとき、光るものを発見したとの記述が最初の登場とされる。それがその後も『日本書紀』の孝徳紀に氷連という姓が登場し、朝廷のために氷室を管理した職が存在したことがうかがえる。例えば朝廷の要職を占めた家の一つ鴨縣主家(主に賀茂神社の神官を輩出した、亦元豪族か。賀茂神社祭神は鴨家の氏神)の家系図には氷連、氷室の記述が見られる。
 奈良で出土した奈良時代の長屋王の木簡から「都祁氷室(つげのひむろ)」と書かれたものも見つかっている。平城京では春日山に氷室が置かれ、宮中への献氷の勅祭を行った。平安京への遷都の後に奈良にあった氷室を祀(まつ)る形で設けられたのが現在奈良市春日野町にある氷室神社である。 その後も氷室とそれを管理する職は各時代において存在し(律令制においては宮内省主水司に属した)、明治時代になって消滅した。
 江戸時代には、毎年6月1日にあわせて、加賀藩から将軍家へ氷室の氷を献上する慣わしがあった。また土蔵造りの氷室が江戸市中にも作られるようになり、一般庶民に夏場の氷が供給されるようになった。江戸は玉川上水より水道水が飲み水として供給されていたが、夏場にはぬるくなってしまう。そのため、氷で冷やした水を売る水屋という商売が誕生した。ただし川から汲(く)んだ水に氷を入れたものであったため、衛生面の問題により高齢者の場合は腹をこわすことがよくあり、「年寄りの冷や水」という言葉が生まれた。 これを題材、題名とした能の演目がある。脇能物の荒神物のひとつ。

●現代の氷室開き
1月の最終日曜日に氷室小屋に雪がつめられ(氷室の仕込み)6月30日に雪を取り出す(氷室開き)そして、金沢市とその周辺では、7月1日に氷を模したと言われる氷室饅頭を食べ健康を祈る。昭和30年代に途絶えたが昭和61年(1986年)に復活した。 しかし、近年暖冬続きで雪不足に悩まされることが多いうえ、氷室小屋を保有する白雲楼ホテルが平成10年(1998年)に倒産したことから、行事の継続危機が訪れたが、破産管財人の許可が下り現在も行われている。 熊本県八代市では5月31日から6月1日にかけて八代神社(妙見宮)で氷室祭が行われる。この祭の日を俗に「こおっづいたち」(氷朔日か)と呼び、雪の塊を模した雪餅を食べる慣わしである。

●演能記    
前回、ぬえは過去に脇能を勤めたのは『高砂』の1回だけ、という話をしました通り、今回の『氷室』は ぬえにとってあまり慣れない脇能の上演です。ところが、先日の「狩野川薪能」で同じ脇能の『嵐山』を勤めたばかり。まさか1ヶ月も経たないうちに立て続けに脇能を2度も勤めるとは思いも寄りませんでした。。こんなこともあるのね〜。では例によって能『氷室』の舞台上の演技を台本を基にして解説してゆきたいと存じます。しばしお付き合いくださいまし〜(注=おワキの詞章は今回の上演に従って下掛り宝生流の本文に拠っています)
囃子方と地謡が座着くと、後見によってまず一畳台が大小前に出され、続いて引廻しを掛けた山の作物が一畳台の上に据えられます。こうして作物が舞台に出されると大小鼓は床几に掛けて、すぐに「真之次第」が演奏されます。 このあたり、同じ脇能ということで『嵐山』とまったく同一の舞台進行になります。本当に判を押したように同じなんですよ。おワキの勅使は紺地狩衣に白大口という装束で頭には大臣烏帽子をかぶり、赤色の上頭掛けが飾られています。ワキツレの随行員はワキと同装ながら狩衣の色は赤、上頭掛けの色は萌黄。おワキは登場の場面と舞台に入ってからの「速メ頭」で両袖を広げて伸び上がる型をし、やがて舞台に入った一同は向き合って「次第」を謡い、地謡が同じ文句を繰り返す「地取」を謡い、さらにワキ一同はもう一度文句を繰り返して謡う「三遍返シ」が謡われ。まったく『嵐山』と同じ装束、同じ型で、違うのは謡っている詞章ぐらいのものです。

ワキ、ワキツレ「八洲も同じ大君の。八洲も同じ大君の。御影の春ぞ長閑けき。
地謡「八洲も同じ大君の。御影の春ぞ長閑けき。
ワキ、ワキツレ「八洲も同じ大君の。八洲も同じ大君の。御影の春ぞ長閑けき。
「三遍返シ」のあとおワキは正面に向き直り、「名宣リ」を謡います。
ワキ「そもそもこれは亀山の院に仕へ奉る臣下なり。さても我丹後の国九世の戸に参り。
既に下向道なれば。これより若狭路にかゝり。津田の入江、青葉後瀬の山々をも一見し。それより都へ上らばやと存じ候。

勅使は丹後の九世戸に出かけていますが、九世戸とは有名な天橋立にある地名。この勅使は天橋立に観光に出かけたのかというと、じつはそうではなくて、ここには文殊菩薩信仰の霊場があるのです。その文殊信仰を扱ったのが、やはり脇能の稀曲『九世戸』で、おそらく勅使は文殊菩薩を拝する命を受けて丹後にやって来たのでしょう。その帰途、若狭、すなわち現在の福井県を通って、かつてその国府だった小浜市(例の米国大統領選挙に関連して有名になった、あの市)の名所を見物しながら都へ戻ろう、というのが勅使の旅行プランです。 (後略
観世流能楽師 ぬえ

(平成21年2月20日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                   氷  室  (ひむろ)  
1191              氷 室 (ひむろ)  

  氷 室(ひむろ)内十九巻の一   脇能    (太鼓あり)
          季 夏      所 丹波国氷室山  素謡 四十二分
【分類】脇能
【作者】宮増    典拠:氷室の事は日本書紀、大宝令延喜式等に見える
【登場人物】前シテ:氷室寺の翁、後シテ:氷室の神  ツレ:男  ワキ::臣下

   詞 章                   (胡山文庫

    次第
ワキ    上 八洲も同じ大君の。/\。御影の春ぞ長閑けき。
ワキ    詞「そも/\これは亀山の院に仕へ奉る臣下なり。
        我此度丹後の久世の戸に参り。既に下向道なれば。
        これより若狭路にかゝり。津田の入江青葉後瀬の山をも一見し。
        それより都に帰らばやと存じ候。
    道行上 花の名の。白玉椿千代経て。/\。緑にかへる空なれや。
         春の後瀬の山続く。青葉の木蔭分け過ぎて。雲路の末の程もなく。
         都に近き丹波路や。氷室山にも着きにけり/\。
シテツレ  上 氷室守。春も末なる山陰や。花の雪をも。集むらん。
ツレ     上 深山に立てる松蔭や。冬の気色を。残すらん。
シテ  サシ上 それ一花開けぬれば天下は皆春なれども。松は常磐の色添へて。
シテツレ  上 緑に続く氷室山の。谷風はまだ音さへて。
         氷に残る水音の雨も静かに雪落ちて。実に豊年を見する御代の。
         御調の道も直なるべし。
     下歌 国土豊に栄ゆくや千年の山も近かりき。

   ( 小謡 変わぬや ヨリ  まもるなり マデ )

     上歌 変わぬや氷室の山の深緑。
ツレ    上 氷室の山の深緑。
シテツレ  上 春の気色は有りながら。此谷陰は去年のまゝ深冬の雪を集め置き。
         霜の翁の年々に。氷室の御調(ミツキ)まもるなり/\。
ワキ    詞「いかにこれなる老人に尋ぬべきことの候。
シテ    詞「此方の事にて候ふか何事を御尋ね候ふぞ。
ワキ    詞「おことはこの氷室守にて有るか。
シテ    詞「さん候氷室守にて候。
ワキ    詞「さても年々に奉ぐる氷の物の供御。
         拝みは奉れども在所を見る事は今始めなり。さてさて如何なる構により。
         春夏まで氷の消えざる謂委しく申し候へ。
シテ    詞「昔御狩の荒野に。一村の森の下庵ありしに。頃は水無月半なるに。
         寒風御衣の袂に移りて。さながら冬野の御幸の如し。
         怪しみ給ひ庵の内を御覧すれば。一人老翁雪氷を屋の内にたたへたり。
         かの翁申すやう。それ仙家には紫雪紅雪とて薬の雪あり。
         翁もかくのごとしとて。氷を供御に備へしより。
         氷の物の供御は始りて候。
ワキ カカル上 謂を聞けば面白や。さて/\氷室の在所々々。上代よりも国々に。
         あまた替はりて有りしよなう。
シテ    詞 先は仁徳天皇の御宇に。大和の国闘鶏(ツゲ)の氷室より。
         供へ初めにし氷の物なり。
ツレ カカル上 又其後は山陰の。雪も霰もさえ続く。便の風をまつが崎。
シテ    詞 北山陰も氷室なりしを。
ツレ カカル上 又此国に所を移して。
シテ    上 深谷にさえけく
ツレ     上 谷風寒気も。
シテ    上 便ありとて今までも。
シテツレ  上 末代長久の氷の供御のため。丹波の国桑田の郡に。氷室を定め申すなり。
ワキ カカル上 げに/\翁の申す如く。山も処も木深き蔭の。日影もさゝぬ深谷なれば。
         春夏までも雪氷の。消えぬも又は理なり。
シテ     詞「いや処によりて氷の消えぬと承るば。君の威光も無きに似たり。
ワキ カカル上 唯よの常の雪氷は。
シテ     詞「一夜の間にも年越ゆれば。
ワキ カカル上 春立つ風には消ゆるものを。
シテ     上 されば歌にも。
シテワキ  上 貫之が。

   ( 小謡 袖ひちて ヨリ  雪ならん マデ )

地     上 袖ひちて。掬びし水の氷れるを。/\。春立つ今日の。
         風や解くらんとよみたれば。夜の間に来る。春にだに氷は消ゆる習なり。
         ましてや春過ぎ夏たけて。早水無月になるまでも。消えぬ雪の薄氷。
         供御の力にあらでは。如何でか残る。雪ならんいかでか残る雪ならん。
地   クリ上 夫れ天地人の三才にも。君を以て主とし。山海万物の出生。
         即ち王地の恩徳なり。

   ( 独吟 唐土長くかたく ヨリ  気色なりけり マデ )
   ( 囃子 唐土長くかたく ヨリ  めでたけれ マデ )

シテ  サシ上 唐土長くかたく。帝道遥に盛んなり。
地     下 仏日光ます/\にして。法輪常に転ぜり。
シテ    下 陽徳をりを。違へずして。
地     下 雨露霜雪の。時を得たり。
    クセ下 夏の日に。なるまで消えぬ冬氷。春立つ風や。よぎて吹くらん。
         げに妙なれや。万物時に有りながら。君の恵の色添へて。
         都の外の北山に。つぐや葉山の枝茂み。此面彼面の下水に。
         集むる雪の氷室山。土も木も大君の。御影にいかで洩るべき。
         げに我ながら身の業の。浮世の数に有りながら。御調にも取り別きて。
         なほ天照らす氷の物や。他にも異なる捧物。叡感以て甚だしき。
         玉体を拝するも。深雪を運ぶ故とかや。
シテ    上 然れば年立つ初春の。
地     上 初子の今日の玉箒。手に取るからにゆらぐ玉の。翁さびたる山陰の。
         去年のまゝにて降り続く。雪のしづくをかき集めて。
         木の下水にかき入れて。氷を重ね雪を積みて。
         待ち居れば春過ぎてはや夏山になりぬれば。

   ( 小謡 いとゞ氷室の ヨリ  気色なりけり マデ )

         いとゞ氷室の構へして。立ち去る事も夏陰の。
         水にも住める氷室守。
         夏衣なれども袖さゆる気色なりけり。
地  ロンギ上 実に妙なりや氷の物の。/\。御調の道もすぐにある都にいざや帰らん。
シテツレ  上 暫く待たせ給ふべし。とても山路の御序に。
         今宵の氷の御調供ふる祭御覧ぜよ。
地     上 そもや氷調の祭とは。如何なる事にあるやらん。
シテツレ  上 人こと知らね此山の。
地     上 山神木神の。氷室を守護し奉り。毎夜に神事有るなりと。
         言ひもあへねば山くれて。寒風松声に声立て時ならぬ雪は降り落ち。
         山河草木おしなべて。氷を敷きて瑠璃壇に。なると思へば氷室守の。
         薄氷を踏むと見えて室の内に入りにけり氷室の内に入りにけり。
          来序 中入 出羽
地、     上 楽に引かれて古鳥蘇の。舞の袖こそ。ゆるぐなれ。
          天女舞。
後シテ   上 曇なき。御代の光も天照らす。氷室の御調。供ふなり。
地、     上 供へよや。/\。さもいさぎよき。水底の砂。
シテ    上 長じては又。巌の陰より。
地、    上 山河も震動し天地も動きて。寒風しきりに肝をつゞめて。
         紅蓮大紅蓮の。氷を戴く氷室の神体さえ燿きてぞ顕れたる。

   ( 囃子 谷風水辺 ヨリ  めでたけれ マデ )

シテ    上 谷風水辺冴え凍りて。
地     上 谷風水辺冴え凍りて。
シテ    上 月も燿く氷の面。
地     上 万境をうつす。鏡の如く。
シテ    上 晴嵐梢を吹き払つて。
地     上 蔭も木深き谷の戸に。
シテ    上 雪はしぶき。
地     上 霰は横ぎりて。岩もる水もさゞれ石の。深井の氷に閉ぢ付けらるゝを。
        引き放し/\。浮び出でたる氷室の神風。あら寒や。冷やかや。
                 (ハタラキ 打上)
   ( 仕舞 賢き君の ヨリ  めでたけれ マデ )

シテ    下 賢き君の御調なれや。
地      下 賢き君の御調なれや。波を治むるも氷。水を鎮むるも氷の日に添へ。
         月に行き年を待ちたる氷の物の供。供へ給へや供へ給へと采女の舞の。
         雪を廻らす小忌衣の。袂に添へて薄氷を。
         碎くな/\解かすな解かすなと氷室の神は。氷を守護し。
         日影を隔て寒水をそゝぎ。清風を吹かして。花の都へ雪を分け。
         雲を凌ぎて北山の。すはや都も見えたり/\急げや急げ氷の物を。
         供ふる所も愛宕の郡。捧ぐる供御も日の本の君に。
         御調物こそ。めでたけれ。


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