安 宅 (あたか)

●あらすじ
平家討伐に大功績をあげながら、兄・頼朝と不仲となった源義経は、弁慶など腹心の家臣とともに山伏の一行に身を変えて都落ちし、恩人・藤原秀衡を頼るべく、奥州平泉を目指して旅を続けていました。その話を聞きつけた頼朝は、新しい関所をもうけ偽山伏の一行を捕縛するよう命令を下します。加賀の国安宅の関もその一つで、富樫の某という者が関守を務めていました。そこに義経一行がさしかかります。なんとしてもこの関所を通るため、弁慶は東大寺再建の寄付を募る山伏の一行だと偽ります。不審に思った富樫が、「東大寺の勧進聖(かんじんひじり)なら、勧進帳をもっているはず」と迫ると、弁慶は、間に合わせの巻物を、あたかも本物の勧進帳のように朗々と読み上げました。その気迫に、富樫は、一端は通行を許しますが、強力(ごうりき)に変装した義経を見咎めます。弁慶は、とっさの機転で、「お前のために疑われた」と義経を責め、金剛杖で打ち据えます。その迫力に押された富樫は、通行を許します。 やっとのことで関を通った一行の前に、富樫が追ってきて、非礼を詫び、酒宴となります。弁慶は、富樫の罠か、と疑いながら、座興に延年の舞を舞い、心を許さずに暇を告げ、一向は陸奥へ落ち延びていくのでした。

●宝生流謡本      内十八巻の二     四番目略二番目    (太鼓なし)
    季節=春   場所=加賀国安宅の関   作者=観世小次郎信光
    素謡稽古順=中伝序之分(三読物)   素謡時間=66分 
    素謡座席順   ツレ=同行山伏
              シテ=武蔵坊弁慶
              ワキ=富樫 某
              子方=源 義経

●解 説
作者(年代)  不詳(室町時代)   形式 一段劇能 現在能
能柄<上演時の分類> 四番目もの、侍もの  現行上演流派 観世・宝生・金春・金剛・喜多
富山県高岡市伏木にある義経と弁慶の像安宅(あたか)とは『義経記』などに取材した能楽作品である。成立は室町時代。作者不詳。一説に小次郎信光作者説があるが記録に残る最古の上演記録は寛正6年(1465年)で、信光の生年が宝徳2年(1450年)という最近の研究成果によると15歳の作ということになり不自然である。 如意の渡しでの話がもとになっていて義経主従が奥州に落ちる途中、安宅の関で関守にとめられ弁慶がいつわりの勧進帳(寺院などの建立にあたって寄進を集めるための公認の趣意書)を読んでその場を逃れた逸話を描く。後世、浄瑠璃、歌舞伎などに展開してゆく義経物(判官物とも)の代表的作品である。

●作品構成 能「安宅」                   
 壺 齋 閑 話より
観世小次郎信光の傑作、義経主従が山伏に変装して奥州に下向する逸話は『吾妻鏡』、『源平盛衰記』、『義経記』などに拠っているが安宅の関での勧進帳の読み上げはこの作品ではじめてみられ作者の創作と思われる。弁慶と富樫のやりとりの緊張感、勧進帳の読み上げの見事さ、一旦逃れられると思わせて足弱の山伏(実は義経)が見とがめられ弁慶が思い切り主を杖で打つ場面、最期の酒宴の場の弁慶の舞など見所が多い。中入りなしの一段ものだが、「安宅までの道行」「勧進帳読み上げ」「義経打擲(ちょうちゃく)」「難を逃れた主従の対話」「富樫が追ってきて酒宴になる」の五場にわけられよう。ここではこれにしたがってあらすじを解説する。なおこの能は、狂言方も終始劇の進行に参加する「アシライ間(アイ)」である。
安宅までの道行は。観世左近による『安宅』(昭和13年(1938年)1月)加賀の国安宅の関をあずかっている富樫何某が登場。義経一行が山伏姿で逃亡しているので、もし山伏が通ったら報告せよといいおいてワキ座に控える。一方、義経と弁慶、その他義経の家来、強力の総勢12人が山伏姿で橋懸(はしがかり)から登場。「旅の衣はすずかけの」という有名な謡を謡う。2月10日に都をでて逢坂関から近江にぬけ琵琶湖を船で海津までわたり、有乳山をこえて気比の海(今の福井県敦賀市)にたどりつき越前をとおって花の季節に加賀国安宅についたという謡である。その地でここに新しい関所ができ山伏を詮議しているという情報を聞き、どうして通ろうかという相談になる。打ち破って通ろうという強硬な意見に弁慶は「この関を打ち破るのは簡単だが、のちの行程を考えて今は事をおこさないのが上策」と進言する。義経は弁慶にまかせたと言う。そこで弁慶は義経に「強力の荷物を背負い、いちばん後ろからくたびれた様子でついてきてください」と言い、そして本物の強力に対して様子を探ってこいと命じる。もどってきた強力は「ものものしく関を固めています」と報告する。一行は荷物を背負って足痛げな義経を最後尾に、安宅の関にむかう。

●勧進帳読み上げ
初世梅若万三郎の得意曲として知られた関にさしかかると富樫が尋問をはじめる。弁慶は「われらは奈良東大寺の再建のために北陸道につかわされた僧である」と答える。そしてこの関で山伏に限って止めるのは、どういう次第かと問う。富樫は「頼朝と不仲になられた義経が奥州の藤原秀衡をたよって山伏の姿で下向している。それを阻むためだ」と答える。富樫の家来の太刀持ちが「昨日も山伏を3人斬った」と言う。弁慶は「斬られるならば最期のつとめをしよう」と、山伏の由来を語りはじめる。供の山伏もそれに唱和する。最後に「山伏を討てば熊野権現の仏罰があたる」とおどしをかける。富樫は、「まことの山伏ならば『勧進帳』をもっているであろう。それを読み聞かせてくれ」と言う。弁慶は「もとより勧進帳あらばこそ(もともと勧進帳などあるはずもない)」と独白、しかし持っていた巻物を出し勧進帳と称して高らかに読みはじめる。その内容は「聖武天皇最愛の夫人が建立せられた盧遮那仏の霊場(東大寺のこと)が絶えようとしていることを惜しみ、俊乗坊重源が諸国を勧進(寄付をつのること)してまわっている。もし一紙半銭[1]なりと奉れば、この世では無比の楽を得、来世では数千の蓮の上に座すことになる」というものである。その読み上げがいかにも見事であるので、関の人々はおどろきおそれて一行を通そうとした。最後に義経が通ろうとすると、富樫は「そこのもの とまれ」と命ずる。山伏一行はこの君をあやしまれては一大事と色めき立つが、弁慶は一同をとどめて「どうしてこの強力をとめるのか」とたずねる。富樫は「その強力が判官殿に似ているという者がいるのだ」と答える。それを聞いて弁慶は義経に向かい「今日のうちに能登の国まで行こうとしているのに、お前がよろよろと歩いているばかりに、人に怪しまれてしまうのだ。金剛杖でさんざんに打ち据える」と言って杖で義経を打つ。富樫が止めようとすると弁慶は「荷物をもっているものに目をつけるとは、盗人か」と悪態をつき、供の者たちも「強力に刀を抜くとは臆病者」と立ち向かう勢いである。その迫力におそれをなし富樫は「誤りであった、どうぞお通りください」と関を通してしまう。

●みどころ
「安宅」は、時系列で物語が進む「現在能」の代表作です。主従12人が偽山伏に扮して都を逃れて行きますが、一行を束ねる役割が弁慶で、主君の義経に扮するのは子方です。
この曲の最大の見せ場は、関所での富樫と弁慶との対決です。弁慶の勧進帳の朗読から義経殴打、山伏一同と富樫主従とのにらみ合いと、息もつかせぬ展開です。さらに、三読物の一つとされる勧進帳は、それ自体が謡の秘伝で、鼓との絶妙なせめぎ合いが面白く、聴かせ所でもあります。そして関所を無事に通過した後、義経が悲劇を語る場面もまた聴かせどころですが、そこへ、富樫が訪れ、最後には弁慶の機転と舞によって、ようやく窮地を脱することができるのです。終曲まで気の抜けない展開を、能の音楽的な面や舞踊的な面白さをも十分味わいながら、楽しめる作品です。歌舞伎十八番「勧進帳」のもとにもなっています。

(平成22年6月18日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


      安 宅         (太鼓なし)

                      季節=春   場所=加賀国安宅の関                 
           ツレ=同行山伏
           シテ=武蔵坊弁慶
           ワキ=富樫 某
            子方=源 義経

舞台にはまず、ワキの富樫と狂言が登場し、義経の逃亡をさえぎるために国々に関所が設けられたことを口上する。(以下テクストは「半魚文庫」を活用)

ワキ  詞「かやうに候ふ者は。加賀の国富樫の何某にて候。
      扨も朝頼・義経御中不和にならせ給ふにより。判官殿十二人の作り山伏となつて。
      奥へ御下向の由頼朝きこしめし及ばれ。国々に新関を立てゝ。
      山伏をかたく簡び{えらミ}申せとの御事にて候。
      さる間此処をば某承つて山伏を留め申し候。今日も固く申しつけばやと存じ候。
      いかに誰かある。
狂言   「御前に候。
ワキ   「今日も山伏の御通{おんとほり}あらばこなたへ申し候へ。
狂言   「畏つて候。

ついで義経主従が登場する。子方(義経)、シテ弁慶、山伏九人それに狂言合わせて12名だ。

シテツレ次第「旅の衣は篠懸の。旅の衣は。篠懸の露けき袖やしをるらん。
   サシ「鴻門楯破れ都の外の旅衣。日も遥々の越路の末。おもひやるこそ遥なれ。
シテ   「さて御供の人々には。
ツレ   「伊勢の三郎駿河の次郎。片岡増尾常陸坊。
シテ   「弁慶は先達の姿となりて。
ツレ   「主従以上十二人。いまだ習はぬ旅姿。袖の篠懸露霜を。今日分けそめていつまでの。
      限もいさや白雪の。越路の春にいそぐなり。
    歌「時しも頃は二月の。時しも頃は二月の。十日の夜月の都を立ち出でて。
      これやこの。行くも帰るも別れては。行くも帰るも別れては。知るも知らぬも。
      逢坂の山隠す。霞ぞ春は。恨めしき霞ぞ春はうらめしき。
   下歌「波路遥に行く舟の。波路遥に行く舟の。海津の浦に着きにけり。・
      東雲はやく明け行けば浅茅色づく有乳山。
   上歌「気比の海。宮居久しき神垣や。松の木芽山。なほ行くさきに見えたるは。
      杣山人の板取。河瀬の水の。麻生津や。末は三国の湊なる。芦の篠原波よせて。
      靡く嵐の烈しきは。花の安宅に着きにけり。花の安宅に着きにけり。

義経主従は、安宅に新関が設けられていることを知り、どうしたものかと、首をそろえて鳩首する。

シテ  詞「御急ぎ候ふほどに。これははや安宅の湊に御着にて候。
      しばらく此処に御休あらうずるにて候。
子方   「如何に弁慶。
シテ   「御前に候。
子方   「唯今・旅人の申して通りつる事を聞いてあるか。
シテ   「いや何とも承らず候。
判官   「安宅の湊に新関を立てて。山伏を固く簡ぶとこそ申しつれ。
シテ   「言語道断の御事にて候ふものかな。さては御下向を存じて立てたる関と存じ候。
      これはゆゝしき御大事にて候。まづ此傍にて暫く御談合あらうずるにて候。
      是は一大事の御事にて候ふ間。皆々心中の通を御意見御申しあらうずるにて候。
ツレ   「我等が心中は何程のことの候ふべき。たゞ打ち破つて御通あれかしと存じ候。
シテ   「暫く。仰の如くこの関一所打ち破つて御通あらうずるは易き事にて候へども。
      御出で候はんずる行末が御大事にて候。
      唯何ともして無異の義が然るべからうずると存じ候。
子方   「ともかくも弁慶はからひ候へ。

弁慶は義経を卑しい強力の姿に変装させることで、敵の目を欺き、何とか関所を通過しようと図る。

シテ   「畏つて候。某急度案じいだしたる事の候。
      我等を始めて皆々につくい山伏にて候ふが。何と申しても御姿隠れ御座なく候ふ間。
      此まゝにては如何と存じ候。恐れ多き申事にて候へども。御篠懸をのけられ。
      あの強力が負ひたる笈をそと御肩に置かれ。御笠を深々と召され。
      如何にもくたびれたる御体にて。我等より後に引きさがつて御通り候はば。
      なか/\人は思もより申すまじきと存じ候。
子方   「実にこれは尤もにて候。さらば篠懸を取り候へ。
シテ   「畏つて候。いかに強力。
狂言   「畏つて候。
シテ   「笈を持ちて来り候へ。
狂言   「畏つて候。
シテ   「汝が笈を御肩に置かるゝ事は。なんぼう冥加もなき事にてはなきか。
      先汝は先へ行き関の様体を見て。まことに山伏を簡ぶか。
      又さやうにもなきか懇に見て来り候へ。
狂言   「畏つて候。
シテ   「さらば御立あらうずるにて候。実にや紅は園生に植ゑても隠なし。
地    「強力にはよも目を懸けじと。御篠懸を脱ぎ替へて。麻の衣を御方にまとひ。
シテ   「あの強力が負ひたる笈を。
子方   「義経取つて肩に懸け。
ツレ  地「笈の上には・雨皮肩箱取りつけて。
子方   「綾菅笠にて顔をかくし。
ツレ  地「金剛杖にすがり。
子方   「足痛げなる強力にて。
地    「よろ/\として歩み給ふ御ありさまぞ痛はしき。
シテ  詞「我等より後に引き下つて御出あらうずるにて候。さらば皆々御通り候へ。
ツレ   「承り候。

関所を越えようとする一行を、怪しんだ富樫が止めにかかる。弁慶は、作り山伏を追及しているのなら、自分たちは通してもらいたい、なぜなら本物の山伏であるからと、屁理屈をいって通ろうとする。だが富樫は、一人も通さぬぞと両手を広げる。

狂言(従者)「如何に申し候。山伏達の大勢御通り候。
ワキ  詞「何と山伏の御通あると申すか。心得てある。なう/\客僧達これは関にて候。
シテ   「承り候。これは南都東大寺建立の為に。国々へ客僧をつかはされ候。
      北陸道をば此客僧承つて罷り通り候。先勧に御入り候へ。
ワキ   「近頃殊勝に候。勧には参らうずるにて候去りながら。
      これは山伏達に限つて留め申す関にて候。
シテ   「さて其謂は候。
ワキ   「さん候頼朝義経御中不和にならせ給ふにより。判官殿は奥秀衡を頼み給ひ。
      十二人の作山伏となつて。御下向の由其聞え候ふ間。国々に新関を立てゝ。
      山伏を固く簡ぴ申せとの御事にて候。さる間此処をば某承つて山伏を留め申し候。
      殊にこれは大勢御座候ふ間。一人も通し申すまじく候。
シテ   「委細承り候。それは作山伏をこそ留めよと仰せいだされ候ひつらめ。
      よも真の山伏を留めよとは仰せられ候ふまじ。
狂言(従者)「いや昨日も山伏を三人迄切つたる上は。
シテ   「さて其切つたる山伏は判官殿か。
ワキ   「あらむつかしや問答は無益。一人も通し申すまじい上は候。
シテ   「さては我等をもこれにて誅せられ候はんずるな。
ワキ   「なか/\の事。
シテ   「言語道断かかる不祥なる所へ来かゝて候ふものかな。此上は力及ばぬ事。
      さらば最期の勤を始めて。尋常に誅せられうずるにて候。皆々近う渡り候へ。
ツレ  地「承り候。

思わず邪魔が入り、弁慶は感極まったように大騒ぎをして、敵を威嚇しにかかる。

シテノツト「いで/\最後の勤を始めん。夫れ山伏といつぱ。役の優婆塞の行義を受け。
ツレ   「其身は不動明王の尊容をかたどり。
シテ   「兜巾といつぱ五智の宝冠なり。十二因縁ののひだをすゑて戴き。
シテ   「九会{くゑ}曼荼羅の柿の篠懸。
ツレ  地「胎蔵黒色のはゞきをはき。
シテ   「さて又八目の草鞋{わらんづ}は。
ツレ  地「八葉の蓮華を踏まへたり。
シテ   「出で入る息に阿吽{あうん}の二字をとなへ。
ツレ  地「即心即仏の山伏を。
シテ   「こゝにて討ちとめ給はん事。
ツレ  地「明王の照覧はかりがたう。
シテ   「熊野権現の御罰{ごばつ}を当らん事。
ツレ  地「立ちどころにおいて。
シテ   「疑あるべからず。
地    「オン阿毘羅吽欠{おんあびらうんけつ}と数珠さら/\と押しもめば。

弁慶たちの剣幕に驚いた富樫は、本物の山伏が諸国勧進をしているというなら、証拠の勧進帳を見せろとせまる。そういわれて弁慶は、笈の中から巻物を取り出し、それを広げると大声で読み上げる。

ワキ  詞「近頃殊勝に候。先に承り候ひつるは。南都東大寺の勧進と仰せ候ふ間。
      定めて勧進帳の御座なき事は候ふまじ。勧進帳を遊ばされ候へ。
      これにて聴聞申さうずるにて候。
シテ   「何と勧進帳を読めと候ふや。
ワキ   「なか/\の事。
シテ   「心得申して候。もとより勧進帳はあらばこそ。
      笈の中より往来の巻物一巻取りいだし。勧進帳と名づけつゝ。
シテ   「高らかにこそ読み上げけれ。夫れつらつらつら。
      惟{おも}ん見れば大恩教主の秋の月は。涅槃の雲に隠れ生死長夜の長き夢。
      驚かすべき人もなし。こゝに中頃帝おはします。御名をば。聖武皇帝と。
      名づけ奉り最愛の。夫人に別れ。恋慕やみがたく。涕泣眼{まなこ}に荒く。
      涙玉を貫く思ひを。善途に翻して廬遮那仏を建立す。かほどの霊場の。
      絶えなん事を悲しみて。俊乗房重源。諸国を勧進す。一紙半銭の。奉財の輩は。
      この世にては無比の楽に誇り当来にては。数千蓮華の上に坐せん帰命稽首。
      敬つて白すと天も。響けと読み上げたり。

弁慶の勢いに押された富樫は、ついに妥協して一行を通そうとする。ところがお供の強力の顔が義経に似ているからと、そのものを捕らえようとするのを、弁慶はあわてて引き返し、強力を散々に打擲する。こうすることによって、強力が卑しい身分のものであることを、強烈にアピールしようというのだ。

ワキ   「関の人々肝を消し。
地    「恐をなして通しけり。恐をなして通しけり。
ワキ  詞「急いで御通り候へ。
シテ  詞「承り候。
狂言   「如何に申し上げ候。判官殿の御通り候。
ワキ   「いかに是なる強力とまれとこそ。
ツレ  地「すは我が君をあやしむるは。一期の浮沈極りぬと。
    詞「みな一同に立ち帰る。
シテ  詞「あゝ暫く。あわてゝ事を仕損ずな。やあ何とてあの強力は通らぬぞ。
ワキ   「あれは此方より留めて候。
シテ   「それは何とて御とめ候ふぞ。
ワキ   「あの強力がちと人に似たると申す者の候ふ程に。さて留めて候ふよ。
シテ   「何と人が人に似たるとは。珍しからぬ仰にて候。さて誰に似て候ふぞ。
ワキ   「判官殿に似たると申す者の候ふ程に。落居の間留めて候。
シテ   「や。言語道断。判官殿に似申したる強力めは一期の思出な。腹立や日高くは。
      能登の国まで指さうずると思ひつるに。
      わづかの笈負うて後に下ればこそ人も怪しむれ。総じて此程。
      につくしにくしと思ひつるに。いで物見せてくれんとて。
      金剛杖をおつ取つて散々に打擲す通れとこそ。や。
      笈に目を懸け給ふは。盗人ざうな。
ツレ  地「かたがたは何故に。かたがたは何故に。かほど賎しき強力に。
      太刀刀ぬき給ふはめだれ顔の振舞は。臆病の至りかと。十一人の山伏は。
      打刀ぬきかけて。勇みかゝれる有様は。
      如何なる天魔鬼神も。恐れつべうぞ見えたる。

改めて富樫の疑念を払った一行は、めでたく関を通ることに成功する。そこで一向はしばらく休憩する。

ワキ   「近頃誤りて候。はやはや通り給へ。
シテ  詞「先の関をば早抜群に程隔たりて候ふ間。此処に暫く御休みあらうずるにて候。
      皆々近う御参り候へ。いかに申し上げ候。さても唯今は余りに難義に候ひし程に。
      不思議の働きを仕り候ふ事。これと申すに君の御運尽きさせ給ふにより。
      今弁慶が杖にも当らせ給ふと思へば。 いよいよあさましうこそ候へ。
子方  詞「さては悪しくも心得ぬと存ず。いかに弁慶。
      さても唯今の機転更に凡慮より為すわざにあらず。唯天の御加護とこそ思へ。
      関の者ども我を怪しめ。生涯限ありつる所に。とかくの是非をばもんだはずして。
      唯真の下人の如く。散々に打つて我を助くる。これ弁慶が謀にあらず八幡の。
地    「御託宣かと思へば忝くぞおぼゆる。

クセの部分はイグセで、頼朝の怒りを買った義経の不運を嘆く場面だ。

地  クリ「夫れ世は末世に及ぶといへども。日月はいまだ地に落ち給はで。
      たとひ如何なる方便なりとも。正しき主君を打つ杖の天罰に。当らぬことやあるべき。
子方 サシ「実にや視在の果を見て過去未来を知ると云ふこと。
地    「今に知られて身の上に。憂き年月の二月や。
      下の十日の今日の難を遁れつるこそ不思議なれ。
子方   「唯さながらに十余人。
地    「夢の覚めたる心地して。互に面を合はせつゝ。泣くばかりなる。有様かな。
   クセ「然るに義経。弓馬の家に生れ来て。命を頼朝に奉り。屍を西海の波に沈め。
      山野海岸に起き臥し明かす武士{ものゝふ}の。鎧の袖枕。
      かたしく隙{ひま}も波の上。ある時は舟に浮び。風波に身を任せ。
      ある時は山脊{さんせき}の。馬蹄も見えぬ雪の中に。
      海少しある夕波の立ちくる音や須磨明石の。とかく三年の程もなく。
      敵を亡ぼし靡く世の。其忠勤も徒らに。
      なりはつる此身の。そも何といへる因果ぞや。
判官   「実にや思ふ事。叶はねばこそ憂き世なれと。
地    「知れどもさすがなほ。思ひ返せば梓弓の。すぐなる。人は苦しみて。
      讒臣は。弥増に世に在りて。遼遠東南の雲を起し。西北の雪霜に。
      責められ埋る憂き身を。ことわり給ふべきなるに唯世には。神も。
      仏もましまさぬかや。恨めしの憂き世やあら恨めしの憂き世や。

弁慶の勇敢さに感心した富樫は、一向に酒を差し入れようという。弁慶もそれを快く受けて、富樫とともに酒盛りをする。

ワキ  詞「如何に誰かある。
狂言(従者)「御前に候
ワキ   「さても山伏達に聊爾を申して。余りに面目もなく候ふ程に。
      追つ付き申し酒を一つ参らせうずるにてあるぞ。汝は先へ行きて留め申し候へ。
狂言   「畏つて候。いかに申し候。先には聊爾を申して余りに面目もなく候ふとて。
      関守のこれまで酒を持たせて参られて候。
シテ  詞「言語道断の事。やがて御目に懸らうずるにて候。
               狂言シカジカ、
シテ  詞「実に/\是も心得たり。人の情の盃に。うけて心を取らんとや。
      これにつきてもなほ/\人に。心なくれそ呉織{くれはとり}。
地    「怪しめらるな面々と。弁慶に諌められて。此山陰の一宿に。
      さらりと円居{まどゐ}して。処も山路の菊の酒を飲まうよ。

キリは弁慶の勇壮な男舞だ。この日の演出ではその舞が延年の舞であった。

シテ   「おもしろや山水に。
地    「おもしろや山水に。盃を浮べては。流に引かゝる曲水の。
      手まづさへぎる袖ふれていざや舞を舞はうよ。本より弁慶は。三塔の遊僧。
      舞延年の時のわか。これなる山水の。落ちて巌に響くこそ。
地    「鳴るは瀧の水。
シテ  詞「たべ酔ひて候ふ程に。先達御酌に参らうずるにて候。
ワキ  詞「さらばたべ候ふべし。とてもの事に先達一さし御舞ひ候へ。
地    「鳴るは瀧の水。
シテ ワカ「鳴るは瀧の水。  男舞
地    「日は照るとも。絶えずとうたり。絶えずとうたりとく/\立てや。
      手束弓{たつかゆみの。心ゆるすな。関守の人々。暇申してさらばよとて。
      笈をおつ取り。肩に打ち懸け。虎の尾を履み毒蛇の口を。遁れたる心地して。
      陸奧の国へぞ。下りける。


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