三 輪(みわ)

●あらすじ
大和国三輪の里に住んでいる玄賓僧都のもとに、毎日樒・閼伽水を持って罪の救済を乞う女がいました。この女が、秋も夜寒になったので衣を一重頂けませんかと言うので、僧都は自分の衣を一重渡す。僧都は女性に「貴方の住処はどこですか」と問います。女性は「我が庵は三輪の山もと恋しくは訪ひきませ杉立てる門」と詠まれた杉立てる門を記しに訪ねてきてくださいと言って消え失せます。僧都が、三輪の神垣の内にある二本の杉に行ってみると、先般 女性に与えた衣がかかっていました。するとそこへ三輪の神が現れ三輪の神話を物語り、神楽を舞い、天の岩戸伝説を語る。そして夜の明けるのと共に三輪の明神は僧の夢から消え 僧は覚めるのでした。

●宝生流謡本     内十八巻の一      四番目  (太鼓あり)
           季節=秋  場所=大和国三輪(奈良県)  作者=
   素謡(宝生)  : 稽古順=初伝の序  素謡時間=40分
   素謡座席順   シテ=前・里女 後・三輪の神
              ワキ=僧玄賓

●参 考
樒・(しきみ) :モクレン科の常緑小高木 葉は長楕円形。春に花が咲く。有毒。葉は抹香用。
閼伽水   :仏前に供える水や花。それを入れる容器。

●能解説
青山能 「三輪」 [2007年 11月 29日]    観世流能楽師 柴田 稔 
能「三輪」はどういう能なのだろう、なかなかうまく説明できません。三輪明神の話だ、といってしまえばそれまでなのですが、能「三輪」の前シテは質素な里女、後シテは巫女がでてきます。
これだけだと、三輪明神は女なのかと思ってしまいます。いえいえ決して女などではありません。
 明神というくらいだから男に決まっていますし、三輪明神は日本神話に出てくる「大物主」のことで、「大物主」は自分を三輪山に祭るように命じた、これから三輪山が神体となり三輪山崇拝が始まったとされます。 なぜ能「三輪」は女しか出てこないのでしょうか。ワキの玄賓(げんぴん)僧都の前に、鄙びた女性が現れ、秋寒い一夜の出会いがあり、女は僧都から衣を一枚もらってこの作り物の中に消えてゆきます。 後はこの作り物が杉の神木となり、この中から三輪明神が巫女の姿となって現れます。しかも烏帽子を着て、この巫女は男装しているのです。つまり祝子(ほうりこ)が現れたということなのです。 これからこの祝子は太古の神婚説話を語り舞い、夜な夜な女のもとにかよう男は実は、三輪の神木の杉の木に住む蛇神であったことが説かれ、この作り物はその蛇神の住処に変身してしまいます。そのあと祝子の姿となった巫女が神楽を舞うのです。神楽の後は太古の世界へと遡ってゆきます。天照大神が岩戸に隠れ、八百万の神たちが嘆くあの世界です。
 このとき巫女は天照大神に変身し、この作り物を岩戸に見立て、岩戸を少し開くさまを見せます。能「三輪」はなんとも不思議な世界です。これを一口で説明できません。しかもこの作り物がこれほどまでに重層性をもった存在になっているのです。

●史蹟めぐり記
三輪明神 大神神社        
住所:奈良県桜井市三輪1422  2005年11月17日 木曜日
祭神 大物主大神(おおものぬしのおおかみ)
配祀 大己貴神(おおなむちのかみ)  少彦名神(すくなひこなのかみ)
三輪明神 大神神社は我が国最古の神社で三輪山は、奈良盆地をめぐる青垣山の中でもひときわ形の整った円錐形の山であります。古来より神の鎮まりますお山として、『古事記』や『日本書紀』には、御諸山(みもろやま)、 美和山(みわやま)、三諸岳(みもろのおか)と記され、大物主神(おおものぬしのかみ)の鎮まりますお山、神体山として信仰され、 三諸の神奈備(みもろのかむなび)と称されています。 高さ467メートル、周囲16キロメートル、南は初瀬川(はせがわ)、北は巻向川(まきむくがわ)の2つの川によって区切られ、その面積はおよそ350ヘクタールとなっています。 山内の一木一草に至るまで、神宿るものとして、一切斧(おの)をいれることをせず、松・杉・檜などの大樹に覆われています。
由 緒
遠い神代の昔、大己貴神(おおなむちのかみ)【大国主神(おおくにぬしのかみ)に同じ】が、 自らの幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)を三輪山にお鎮めになり、大物主神(おおもの ぬしのかみ)【詳しくは(やまとのおおものぬしくしみか たまのみこと)】の御名をもってお祀りされたのが当神社のはじまりであります。それ故に、本殿 は設けず拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し、三輪山を拝するという、原初の神祀りの様が伝えられて おり、我が国最古の神社であります。大三輪之神(おおみわのかみ)として世に知られ、大神をおおみわと申し上げ、神様の中の大神様 として尊崇され、各時代を通じ、朝野の崇敬殊に篤く、延喜式内社・二十二社・官幣大社として最 高の待遇に預かり、無比のご神格がうかがわれます。 つまり大和の国の周囲を垣のように取り巻いている青山のその東方の山上、三輪山にお祭りした神が、 三輪の神であり、これが大神神社ということであります。続いて、同じ『古事記』中巻の 神武天皇段に至って、三輪の神は「大物主神(おおものぬしのかみ)」であることが記されます。 また『日本書紀』には、同じ内容が書かれ、大国主神の別名である大己貴神(おおなむちのかみ) が、協力者の少彦名神(すくなひこなのかみ)がなくなられたので、嘆き悲しんでいるところへ、 海を照らしてやって来た神があり、この神は、大己貴神の「幸魂(さきみたま)・奇魂 (くしみたま)」であると言い、「日本国(やまと)の三諸山(みもろやま)に住みたい」と答える。 そして「この神が大三輪の神である」と記しています。続いて『日本書紀』の崇神天皇8年に、大田田根子(おおたたねこ)が三輪君族の始祖であり、 三輪の神が大物主神であることが示されています。 更に、平安中期の法典であります『延喜式』の巻8、祝詞篇の 「出雲国造神賀詞(いづものくにのみやつこかむよごと)」の中には、 「己(おの)れ命(みこと)の和魂(にぎみたま)を八咫(やた)の鏡に取り託(つ)けて、 (やまとのおおものぬしくしみかたまのみこと)と名を称えて、 大御和(おおみわ)の神奈備(かんなび)に坐せ」とあり、大物主神は詳しくは、 と言い、大御和の神奈備【三輪山】にお祀り申し上げたことが記載されています。いずれも、大和の東方に独座していた三輪山に、大物主神を祀ったことが記載されています。 国造りの神様として、農業、工業、商業すべての産業開発、 方除、治病、造酒、製薬、禁厭、交通、航海、縁結びなど、 世の中の幸福を増進することを計られた人間生活の守護神として 尊崇されています。そのご神威は、全国にわたり、古くは朝廷の鎮護として尊崇され、 崇神天皇の時代には、その子供の大田田根子(おおたたねこ)をして 厚く祭らせられ、長く朝廷の加護を受けました。 平安時代には、大神(おおみわ)祭、鎮花(はなしずめ)祭、 三枝(さいくさ)祭が朝廷のお祭りとして絶えることなく斎行され、 臨時の奉幣も多く、神領を寄せられ、神階は最高位の正一位となり、 延喜の制には官幣の大社として、祈年(としごい)・新嘗(にいなめ) ・月次(つきなみ)・相嘗(あいなめ)のお供物に預かり、 のちに大和国一之宮となり、二十二社の一社に列しました。 中世になると、神宮寺であった大御輪寺や平等寺を中心にして三輪流神道が広まり、 広く全国に普及、人々に強い影響を及ぼしました。近世に入ると、朱印領を寄せられ、三輪山は格別の保護を受け、 その御神徳とともに広く尊信されました。明治時代となり、神仏習合は廃されましたが、古来からの由緒によって、 官幣大社となりました。終戦後は、国家の管理を離れ、国造りの神様、我々の生活をお守りくださる神様としての 信仰が強く、近畿地方を中心に全国からの参拝があり、またご祈祷も多く、 信仰厚い人々に支えられ、社頭は賑わい今日に至っています。

(平成21年4月3日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                  三 輪 (み わ)

         季 秋      所 大和国三輪     素謡時間 40分
  【分類】四番目・略脇能 
  【作者】世阿弥元清   典拠:
  【登場人物】前シテ:里の女、後シテ:三輪明神   ワキ:玄賓僧都

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ    詞 「これは和州三輪の山陰に住居する。玄賓と申す沙門にて候。
         さても此程いづくともなく女性一人。毎日樒閼伽の水を汲みて来り候。
         今日も来りて候はゞ。いかなる者ぞと名を尋ねばやと思ひ候。
シテ  次第上 三輪の山本道もなし。/\。檜原の奥をたづねん。
    サシ上 げにや老少不定とて。世の中々に身は残り。幾春秋をか送りけん。
         あさましや成す事なくて徒らに。憂き年月を三輪の里に。住居する女にて候。
      詞「又此北山陰に玄賓僧都とて。貴き人の御入り候ふ程に。
         いつも樒閼伽の水を汲みて参らせ候。今日もまた参らばやと思ひ候。
ワキ カカル上 山頭には夜孤輪の月を戴き。洞口には朝一片の雲を吐く。
         山田もるそほづの身こそ悲しけれ。秋はてぬれば。訪ふ人もなし。
シテ    詞「いかに此庵室のうちへ案内申し候はん。
ワキ    上 案内申さんとはいつも来れる人か。
シテ カカル上 山影門に入つて推せども出でず。
ワキ    上 月光地に敷いて掃へども又生ず。
二人    上 鳥声とこしなへにして。老生と静かなる山居。
地     下 柴の編戸を押し開き。かくしも尋ね切樒。罪を助けてたび給へ。
地     上 秋寒き窓の内。/\。軒の松風うちしぐれ木の葉かきしく庭の西門は葎や。
         閉ぢつらん。下樋の水音も苔に。聞えて静かなる此山住ぞ淋しき。
シテ    詞「いかに上人に申すべき事の候。秋も夜寒になり候へば。御衣を一重たまはり候へ。
ワキ    詞「易き間の事この衣を参らせ候ふべし。
シテ    詞「あらありがたや候。さらば御暇申し候はん。
ワキ    詞「暫く。さて/\御身は何くに住む人ぞ住みかを御明し候へ。
シテ    詞「妾が住家は三輪の里。山本近き処なりしかも我が庵は。
         三輪の山本恋しくはとは詠みたれども。何しに我をば訪ひ給ふべきさりながら。
         なほも不審に思し召さば。
   カカル上 訪ひ来ませ。
地     上 杉立てる門をしるしにて。尋ね給へと言ひ捨てゝ。かき消すごとくに失せにけり。
                中入り
ワキ  待謡上 この草庵を立ち出でて。/\。行けば程なく三輪の里近きあたりが山陰の。
         松は常磐の色ぞかし。杉村ばからり立つなる神垣はいづくなるらん神垣はいづくなるらん。
ワキ カカル上 不思議やなこれなる杉の二本を見れば。ありつる女人に与へつる衣の懸かりたるぞや。
       詞「寄りて見れば衣の褄に金色の文字すわれり。読みて見れば歌なり。
       下 三つの輪は清く浄きぞ唐衣。くると思ふな。取ると思はじ。
後シテ   上 千早振る。神も願のあるゆゑに。人の値遇に。逢ふぞうれしき。
ワキ カカル上 不思議やなこれなる杉の木蔭より。妙なる御声の聞えさせ給ふぞや。
         願はくは末世の衆生の願をかなへ。御姿をまみえおはしませと。
         念願深き感涙に。墨の衣を濡らすぞや。
シテ    上 恥かしながら我が姿。上人にまみえ申すべし罪を助けてたび給へ。
ワキ    上 いや罪科は人間にあり。これは妙なる神道の。
シテ    上 衆生済度の方便なるを。
ワキ    上 暫し迷の。
シテ    上 人心や。
地     上 女姿と三輪の神。/\。ちわや掛帯引きかへて。唯祝子が着すなる。
         烏帽子狩衣。もすその上に掛け。御影あらたに見え給ふかたじけなの御事や。
地    クリ上 それ神代の昔物語は末代の衆生のため。済度方便の事業。品々もつて世の為なり。
シテ  サシ上 中にもこの敷島は。人敬つて神力増す。
地     下 五濁の塵に交はり。しばし心は足引の大和の国に年久しき夫婦の者あり。
         八千代をこめし玉椿。変らぬ色を頼みけるに。
    クセ下 されどもこの人。夜は来れども昼見えず。ある夜の睦言に御身いかなる故により。
         かく年月を送る身の。昼をば何と烏羽玉の夜ならで通ひ給はぬはいと不審多き事なり。
         唯同じくはとこしなへに。契をこむべしとありしかば。彼の人答へいふやう。
         げにも姿は羽束師の漏りてよそにや知られなん。今より後は通ふまじ。
         契も今宵ばかりなりと。懇に語れば。さすが別の悲しさに。
         帰る処を知らんとて。苧環に針をつけ。裳裾にこれを閉ぢつけて跡をひかへて慕ひ行く。
シテ    上 まだ青柳の糸長く。
地     上 結ぶや早玉の。おのが力にさゝがにの。糸くり返し行く程に。
         この山本の神垣や。杉の下枝に留りたり。こはそもあさましや。契りし人の姿か。
         其糸の三わけ残りしより。三輪のしるしの過ぎし世を語るにつ恥かしや。
地  ロンギ上 げに有難き御相好。聞くにつけても法の道なほしも頼む心かな。
シテ    上 とても神代の物語。くはしくいざや現し彼の上人を慰めん。
地     上 先は岩戸のさおの初め。隠れし神を出さんとて。八百万の神遊。
         是ぞ神楽の始なる。
シテ    上 千早振る。
                 神楽
シテ  ワカ上 天の岩戸を。引き立てゝ。
地     上 神は跡なく入り給へば。常闇の世と。早なりぬ。
シテ    下 八百万の神たち。岩戸の前にてこれを歎き。神楽を奏して舞ひ給へば。
地     上 天照大神其時に岩戸を少し開き給へば。又常闇の雲晴れて。
         日月光り輝けば。人の面白々と見ゆる。
シテ  ノル上 面白やと神の御声の。
地     上 妙なる始の。物語。
    キリ下 思へば伊勢と三輪の神。/\。一体分身の御事今更何と岩倉や。
         その関の戸の夜も明け。かく有難き夢の告。覚むるや名残なるらん/\。


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