望 月 (もちづき)

●あらすじ
信濃の国の住人安田庄司友春は、従兄の望月秋長と口争いの末殺害されました。友春の家臣小沢刑部友房は、自分も狙われているということを耳にしたので、一時難を避けるため守山の宿に足を留め、ここに甲屋という旅宿を設けて暮らしています。そこに夫が討たれた後、頼りとする術がないので一子花若と流浪の旅を続ける友春の妻が来かかり宿をとったところ、宿の亭主が昔の家来の小沢刑部友房であることを知り、再会を喜びます。そこへ偶然、主人友春の敵である望月秋長が宿泊します。そこで友房は今宵こそは仇を討たねばならぬと心に定め、なにくわぬ顔で望月を歓待し、花若の母を盲御前に仕立てて花若とともに座敷に出し、曲舞を謡わせたり、花若に八撥を打たせたりした末、自分も獅子舞を舞います。そして望月が居眠ったすきを見ておどりかかり、花若と二人で敵討ちを成し遂げます。           
(「宝生の能」平成13年3月号より)

●宝生流謡本     内十七巻の五      四五番目  (太鼓あり)
   季節=春  場所=近江国守山  作者=
   素謡(宝生)  : 稽古順=初序  素謡時間=40分
   素謡座席順    子方=庄司の子花若
              ツレ=安田庄司の妻
              シテ=小澤刑部友春  
              ワキ=望月秋長

●謡蹟めぐり  望月 もちづき
守山の宿、甲屋の址 滋賀県守山市守山町 
(平11・9記)
琵琶湖の南岸、琵琶湖大橋のあたりが守山市、往時「守山の宿」があったところで、ここの守山町中央通り下村氏宅前に「甲屋之址」の碑が建っている。この「甲屋之碑」を訪ねて守山市の中山道守山宿とおぼしきあたりを随分歩き廻ったことを思い出す。案内絵図を頼りに確かにこのあたりにあるはずと思って探すのだが、なかなか見つからない。 結果的にはこの碑の前に自動車がとまっていたため、なかなか見つからなかったのである。駒札に「謡曲「望月」と甲屋」と書いてあるのを見つけ、漸く車の陰に碑のあるのを発見した次第である。駒札に書かれた説明によると、甲屋は徳川の末期頃まであったが、火災のため焼け、その址に碑が建てられ由緒を物語っているとのこと。
 江戸時代、江戸日本橋から守山まで67の宿場が定められたというが、守山は東下りの第1番目の宿場で、「京立ち守山泊まり」で旅人に知れわたっていたとのことである。現在でも往時を偲ばせる町並みや、道標が残っている。守山宿の中心部の三叉路に建っているもので、「右、中山道並美濃路 左、錦織寺四十五町このはまみち」と刻まれたおり、真宗木辺派本山錦織寺参詣の道しるべとして西念寺講中が延亭元年(1744)に建てたものという。

●演能の記
粟谷能の会粟谷新太郎一周忌追善(2000年3月5日)で『望月』を勤めました。『望月』は、獅子舞をベースにした仇討ち物語で、能としては珍しく一句の拍子謡の歌唱部分がなく、会話の台詞しかありません。安宅同様、直面物(ひためんもの)の芝居的な要素が多い曲と言えます。『井筒』(いづつ)、『野宮』(ののみや)、『定家』(ていか)に代表されるような幽玄としての要素が乏しいことから、作品としてこれから生き残る価値が無い等という人もいますが、私は『望月』のように、物語が分かり易く、獅子舞という見せ場があり、特に子方が活躍するこの曲は観客が存分に楽しめるものと信じ、決して廃れるとは思いません。一日の観能の最後に何と無く気持ちがほっとする、このようなものもあっていいのです。 しかし、それには子方が立派に勤めることが必要とされますので、その役割は重要です。子供を子方から一人前の能楽師に育てること、これは親としての勤めでありますが、周りの環境の力もまた大きな支えとなります。子供の成長過程に於いて、今この小さな役者に何が必要かを考え、その年齢にふさわしい曲目を選曲してあげること、これは大事な事なのです。大人の勝手な演能スケジュールに振り回される事を良しとしたくありません。子方の修行過程をむやみに変えるような無謀な計画、それがもし成功したとしても、私は慎むべきではと考えます。周りが優しく暖かく見守ってあげなければ子供は上手く育たないでしょう。そして親は子供のふさわしい時期に、たとえその機会が無くても、共に勤めるだけの力をつけておくこと、それができない様では父親として能楽師として、悲しく恥ずかしいことであると教えられてきました。 
(中略)  私は『望月』の子方は八歳から十歳の間に六回勤めており、今回は自分の経験を基に息子に教える事としました。例えば最初の橋掛りにおけるツレとの連吟(連吟=二人以上で同時に謡う)。ここでの謡の音の高さが合わないと舞台の緊張は一瞬に解け、子方は登場したそうそう不安にかられ、声の張りは萎縮してしまいます。子方は子供の声の高さで体中を使っておもいきり大きな声で伸びやかに謡うのが身上ですから、ツレが位を保ちながらも上手に子方に合わせ誘導しなければならないのです。今回、ツレの長島茂さんには何度も念入りに、音あわせ に協力していただきました。その結果、子方が安心して大きな声が出せて良い成果をだしたと思っています。 今回舞台での見直しにつながったことですが、子供の頃より気になっていた事がありました。ワキ(望月秋長)が登場して、シテ(小沢友房)が子方(安田友春の子、花若)に望月が来たことを知らせます。それを聞き、子方が「何、望月と申すか」と勇む場面があります。従来の喜多流の演出では本舞台上に二つの部屋があるという設定で、ワキとアイ、ツレ(友春の妻)と子方という仇同士が直ぐ隣に座っているというなんともおかしな舞台風景になっています。私は子供の頃、こんなに直ぐ隣に望月がいて見えているのに、どうして急に驚いたように、「何、望月と申すか」と謡わなければならないのか、子供心にも腑に落ちなく違和感を覚えていました。そこで今回はワキとアイが宿を借り舞台に入った後はワキ座の奥に本舞台から外れて座って貰い、子方とワキのいるところとがはっきり分かれている形の演出にしました。そのほうが自然なはずです。 『望月』の子方にとって最も大変なのは羯鼓(かっこ)を打ちながら舞う場面です。笛に合わせて舞うのは難しく、重要な稽古のポイントですが、笛方と合わせるのは申合(もうしあわせ=リハーサル)一回だけです。最初は笛の部分を口で唱歌して稽古します。最近はテープがありますから、型ができあがりかけたら本番さながらにテープで練習することができますが、私の時は唱歌に合わせるだけでしたので、いざ申合という時にお稽古のように笛が聞こえてこないので、びっくりし困惑した思い出があります。それに本物の羯鼓は当日でなければ付けることができません。当日初めてこれが刀、これが羯鼓と見せられ、こう持つ、こう打つんだと教えられるのです。とにかく初演の時に面食らった色々なことは、今でも忘れられません。             
 (粟谷能の会より転写)

●「望月」の「甲屋」は「旅(は)籠屋(たごや)」の誤りか? 
国文学者の市村 宏先生が「宝生」複刊第1巻5号昭和27年8月1日発行7頁〜8頁に次の様に書いている。 『上代の旅は草枕であった。平安末期には、宿場の長者と言われる程「旅宿」が発達した。このような「旅宿」を貴人が馬に乗って投宿するとき、自己や従者の食糧は持参しても馬糧の代価は宿泊料と共に支払いした。馬糧の容器、飼葉桶を葉田子になり宿泊料を支払う宿が旅籠となった。庶人は木賃を払って自炊した。(はたごの古字は竹冠に兜)の字を「兜」と書写し誤りで「兜屋」が「甲屋」となり、現在の謡本になったのではないかと発表している。』

(私見) 「望月」の時代が、歴史的に詳しい年代は判らないが、鎌倉時代か室町時代以前ならば「はたご宿」に屋号はなかったと考える。                 
小原隆夫記

(平成21年2月20日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                  望 月  (もちずき)       (太鼓あり)

         季 春      所 近江国守山     素謡時間 40分
  【分類】四・五番目 (修羅物)
  【作者】       典拠:
  【登場人物】 シテ:小沢刑部友房、ツレ:安田荘司の妻 ワキ:望月秋長 子方:望月秋長

         詞 章                  (胡山文庫)

シテ    詞「是は信濃の国の住人安田荘司友春の御内にありし。小沢刑部友房にて候。
         さても頼みたてまつり候友春は。望月と口論し。やみやみと打たれ給い候。
         其の折節は都に候ひしが。此の由を聞き本国へ罷り下り候処に。
         路次にて某を狙ふ由告げ知らせ候間。此の守山の宿に留り。   
         甲屋の亭主となり。往来の旅人を留め申して身命をつぎ候。
         今日も旅人の御通り候はゞやと存じ候。
ツレ子方次第上 波の浮鳥住む程も。/\。した安からぬ心かな。
ツレ  サシ上 これは信濃の国の住人。安田の庄司友春と。いはれし人の妻や子にて侍ふ。
          さても夫の友春は。同国の住人望月の秋長に。あへなく討たれおはします。
         多かりし従類も散り%\になり。頼む木蔭も撫子の。花若ひとり隠し置かんと。
         敵の所縁の恐ろしさに。思子を伴ひ立ち出づる。
ツレ子方二人下 いづくとも定めぬ旅を信濃路や。
       上 月を友寝の夢ばかり。/\。名残を忍ぶ古里の浅間の煙立ち迷ふ。
         草の枕の夜寒なる。旅寝の床の憂き涙守山の宿に着きにけり守山の宿に着きにけり。
ツレ    詞「ようよう急ぎ候ふ程に。守山の宿に着きて候。此処にて宿を借らばやと思ひ候。
         まず此方へいかに此家の内へ案内申し候。
シテ    詞「誰にてわたり候ぞ。
ツレ    詞「これは信濃の国より上る者にて候。一夜の宿を御かし候へ。
シテ    詞「易き間の御事お宿参らせうぞるにて候。偖これはいづくより何方へ御通り候ぞ。
ツレ    詞「これは信濃の国より人を尋ねて都へ上り候
シテ    詞「女性女上揩フ人をも連れず。事に幼き人を伴い御旅御痛はしうこそ候へ。
         まづかう御通り候へ。旅人は信濃の国よりと仰せ候程に。
         よくよく見候へば友春の妻や子にて御入り候。
         軈て名のり御力をつけ申さばやと存じ候。これこそ古へ御内にありし。
         小沢刑部友房にて候。かひなき命ながらへ。三世の主君にあひ奉れば。
         嬉しさのなみだ覚えずこびれ候
ツレ    上 さては古への小沢刑部友房か。あら懐しやとばかりにて。
         涙にむせぶばかりなり。今は何をか包むべき。これは安田の庄司友春の。
         妻や愛子の果てなり。
子方    下 父に逢ひたるこゝちして。花若小沢に取りつけば。
シテ    下 別れし主君の面影の。残るも今は怨めしや。
子方    下 こはそも夢か現かと。主従手に手を取り交し。
地     上 今までは。行方も知らぬ旅人の。/\。三世の契の主従と。
         頼む情もこれなれやげに奇縁あるわれらかな/\。
ワキ  次第上 帰る嬉しき故里を。/\。誰憂き旅と思ふらん。
      詞「これは信濃の国の住人。望月の何某にて候。さても同国の住人。
         安田の庄司友春を。さる仔細候ひてあへなく討って候。此の由聞し召され候。
         率爾の振る舞いとや思し召しけん。本領悉く召し放されて候を。
         よき縁を持つて申し上ければ。本領悉く返し賜はり。 
         悦の色眉を開き。只今本国へまかり下り候。急ぐ間守山の宿に着きて候。 
         いかに誰かある。
               狂言シカ/\
ワキ    詞「此所に宿を取り候へ。又存ずる子細のある間。某が名字をば申し候な
               狂言シカ/\
シテ    詞「誰にて御座候ふぞ。
               狂言シカ/\
シテ    詞「安き間の事お宿まいらせうずるにて候。またあれなる御名字をば何と申し候ぞ。
               狂言シカ/\
シテ    詞「いやいや苦しからぬ事。こうこうず御通り候へ。
               狂言シカ/\
シテ    詞「言語道断。唯今此の家へ望月が着いて候。軈て此の由を花若殿に申さばやと存じ候。
         今夜此処に望月が着きて候。
子方    詞「何望月と申すか。
シテ    詞「暫く。程が近う候まづ此方へ渡り候へ。なうなう望月が着いて候。
ツレ     詞「我等こようの姿となる事もひとhrに彼の故なれば。いこゆうにも計らひて賜り候へ。
シテ    詞「仰せの如くこれは天の与ふる所にて候程に。軈て本意を達せうずるにて候さりながら。
         彼の者殊の外用心仕り候間。近づくべき便りなく候は如何に。
ツレ    詞「いかゆうにも思案をめぐらし候へ。
シテ    詞「今頃此宿にはやり候ふものは盲御前にて候。何の苦しう候ふべき盲に御なり候ひて。
         花若殿の御手を引かれ。座敷へ御出で候へ。某彼の者に酒を勧め候ふべし。
ツレ    上 嬉しやな望みし事のかなふよと。盲の姿に出で立てば。
地     上 彼の蝉丸の古。/\。たどりたどるも遠近の。道のほとりに迷ひしも。
         今の身の上も。思はいかで劣るべき。かゝる憂き身の業ながら。盲目の身の習ひ歌。
         きこしめせや旅人よ聞しめせや旅人。
シテ    詞「いかに誰か御いり候。
               狂言シカ/\
シテ    詞「是は此家の主にて候。余りに夜さむ候に。酒を持ちて参りて候。其の由御申し候へ。
               狂言シカ/\
ワキ    詞「此方へと申せ。
               狂言シカ/\
シテ    詞「是は此家の主にて候。余りに夜さむ候に。酒を持ちて参りて候一つ聞しめし候へ。
ワキ     詞「近頃祝着申して候。又あれなるは如何やうなるものにて候ぞ
シテ    詞「是は此宿にはやる盲御女にて候。かやうの御座敷へ罷り出で謡ふものにて候。
         何にても御所望候へ。
ワキ    詞「さあらば何ににても謡はせ候へ。
               狂言シカ/\
子方    詞「一万箱王が親の敵を討つたる処をうたひ候。
               狂言シカ/\
ワキ    詞「いや/\苦しかかぬ事謡はせ候へ。
               狂言シカ/\
ツレ子方サシ上 こゝに河津の三郎が子に一万箱王とて。兄弟の人のありけるが。
地     上 五つや三つの頃かとよ。父を従弟に討たせつゝ。既に。日行き時来つて。
         七つ五つになりしかば。いとけなかりし心にも。父の敵を討たばやと。
         思の色に出づるこそげに哀には覚ゆれ。
    クセ下 ある時おとゞひは。持仏堂に参りて。兄の一万香を焼き。花を仏に供ずれば。
         弟の箱王は。本尊をつく%\とまもりて。いかに兄御前きこしめせ。
         本尊の名をば我が敵。工藤と申し奉り。剣を堤げ縄を持ち。われらを睨んて。
         立たせ給ふが憎ければ。走りかゝりて御首をうち落さんと申せば。
         兄の一萬これを聞きて。
    サシ上 いはげなや。いかなる事ぞ仏をば。
地     上 不動と申し敵をば。工藤といふを知らざるか。さては仏にてましますかと。
         抜いたる。刀を鞘にさし。宥させ給へ南無仏。敵を討たせ給へや。
子方    詞「いざ討たう。狂言「おう討たうとは。
シテ  カケ詞「ああ暫く。何を御騒ぎ候ふぞ。八撥を打たうと申す事にて候
               狂言シカ/\
ワキ    詞「八撥を打たせ候へ。偖亭主に芸はなきか。
子方    詞「亭主には獅子を御所望候へ。
ワキ    詞「さあらば獅子を舞ひ候へ。
シテ    詞「某はまうたる事はなく候へともさらば拵えて参らうずるにて候。
         其内に幼きものに八撥を御打たせ候へ。
ワキ    詞「心得申し候。
               中入り
子方    上 吉野龍田の花紅葉
地     上 更級越路の。月雪
子方    上 獅子団乱旋は時を知る。
地     上 雨叢雲や。奏すらん。
               獅子舞
地     上 余りに秘曲の面白さに。/\。猶々めぐる盃の。
         酔も勧めばいとゞ猶眠もきたる。ばかりなり。さる程に/\。
         折こそよしとて脱ぎおく獅子頭又は。八撥打てや打てと。目を引き袖を振り。
         立ち舞ふけしきに戯れよりて。敵を手ごめにしたりけり。
ワキ    詞「そもそもあのれは何者ぞ
子方    詞「御身の打ちし友春が子に花若我ぞかし
ワキ    詞「偖亭主と身えしは誰やらん
シテ    詞「小沢刑部友房よ
ワキ    詞「あら物ものしとひき立つる
シテ    詞「ひき据ゆる
ワキ    詞「ふれども切れども
ツレ子方  上 放さばこそ
地     上 此年月の怨の末。今こそ晴るれ望月よとて思ふ敵を討つたりけり。
  キリ下 かくて本望遂げぬれば。/\。かの本領に立ち帰り。
         子孫に伝へ今の世に。その名隠れぬ御事は。弓矢のいはれなりけり/\。


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