女郎花 (おみなめし)

●あらすじ
 石清水八幡宮に参詣する僧。途中咲き乱れる女郎花に惹かれ花を手折ろうとすると花守の老人に止められる。老人は女郎花の事を語り石清水八幡宮へ僧を案内し、更に男塚・女塚の前で「我こそ小野頼風の幽霊」と名乗り塚の中に姿を消す。 僧が弔っていると頼風と妻の幽霊が表れ夫を恨み川に身を投げた有様と地獄の責め苦を目の当たりに見せ僧に成仏を頼み消え失せる。 女郎花を主題とした秋の名曲です。

●宝生流謡本   内十七巻の二   四番二目番目 (太鼓あり  作者=世阿弥元清)
   素謡 : 季節=秋  場所=山城国男山   稽古順=入門    素謡時間50分 
   素謡座席順     ツレ=都の女   
                シテ=前・老翁 後・小野頼風  
                ワキ=旅僧  

●演能紀                         
喜多流能楽師 粟谷明生
喜多流自主公演(平成13年11月25日)で『女郎花』を勤めました。女郎花で思い出すのは、中学生のころ漢字の読み方テストで女郎花が出たときに、得意になって「おみなめし」と書いて、しっかり×をもらったことです。「先生、お能ではおみなめしと読むのですが・・・」と言ったところ、 先生は「お能はそうかもしれないけれど、読み方はおみなえしですよ」と教えてくださったのですが、×には違いなく、がっかりしたことを覚えています。 お能では「おみなめし」と読みますので、お間違いのないようにして下さい。女郎花=おみなめしは、おみな=女、めし=召しで、女が身を投げる前に着ていた(召していた)衣を土中に埋めたところ、その衣が朽ちて花が咲き出たため、その花を女郎花と言うようになったということのようです。女郎花は秋の七草の一つで、茎は細長く、その先がいくつかに分かれ、黄色い可憐な花をつけます。曲の中では、この女郎花、頼風が近寄ると「怨みたる気色」でくねり、離れると「もとの如し」でシャキッとします。男の私の感覚では、頼風が近づけば嬉しくて元気になり、離れると寂しくて萎れてしまうと思うのですが、本当の女心とは近寄るとすねる、この花のようでいいのと、女性から教えられました。「くねる」は風に吹かれてたわむのほか、すねる、怨むという意味がありますから、この女郎花の怨みの深さ、頼風にすねてみせる女のかわいらしさが見え、普通とは違う風情になるのでしょう。
能『女郎花』は、このような女郎花の花のイメージを一曲の中に通しながら、女郎花にまつわる古歌の論争、石清水八幡宮への信仰に、舞台の多くを費やし、そして中入り直前にようやく、男塚、女塚を紹介して、男と女の悲しい恋の結末へと物語を進めています。それだけに、男と女が共に身を投げ、成仏できずに邪婬の責め苦があるといいながらも、さほど深刻にならず、この曲のありどころを不明瞭にしています。戯曲の組み立てそのものが手ぬるいといえるかもしれません。
後シテの装束を見ても、戦陣の物語ではないのですが、平家の公達のような格好をしています。喜多流は長絹の肩脱ぎ姿で、面は中将です。「肩脱ぎ」は舞を舞うときや修羅や邪婬に苦しめられている風情を表すときに使いますが、今回はもちろん後者の意味です。しかしこの美しい公達姿、邪婬の悪鬼が身を責めてというには、余りにもスマートです。観世流では単衣狩衣を着るぐらいですから、頼風という男、身分も高く上品なイメージなのでしょう。『通盛』も後場、夫婦で登場するのは似ていますが、シテは梨打烏帽子に太刀をつけての修羅の業に苦しむ公達武者の定型パターンがあって、その苦しむ様がそれなりに想像できますし、『船橋』も、二人の仲を反対する親が、橋の板間を外して橋を渡る男を殺し、女もまた急に消えた男を捜しながら共に川に落ちて死んでしまうという悲劇的な内容で、怨みは強く、かける面も怪士系の恐ろしい顔ですから、川に沈んだ苦しさを表現しやすいのですが、『女郎花』の二人の場合は、これら二曲に比べ、人格描写が曖昧で緩いように思え、地獄に落ちて苦しむ様を表現するのが難しいところです。(後略)

●女郎花 (おみなめし)
 九州松浦湾の僧が都見物を思い立ち上洛する道中、故郷の宇佐八幡と御一体である岩清水八幡宮に参詣しようと、男山の麓迄きます。おりしも秋のこと女郎花が咲き乱ています。男山の女郎花は、古歌にも読まれた由緒ある名草なので、一本手折り土産にしようと立ち寄ると一人の老人が現れそれをとめます。二人は花を折る事の可否を、互いに古歌を引いて論じ合います。
 僧は諦めて立ち去ろうとすると老人は僧を引きとめ古歌を知っている風流なお人だと褒め、八幡宮の社前に案内し更に麓の男塚、女塚を案内し、これは小野頼風夫妻のお墓であると仄めかして消えうせます。(中入)
 旅の僧は土地の人から 詳しく頼風夫妻の話を聞きその所で読経していると、塚から頼風夫妻の亡霊が現れ、女はもとは都の者で頼風と契りましたが、その心を疑って放生川に身を投げます。女の亡がらを土中に埋めると、その塚から女郎花の花が咲き出し、頼風はそれを哀れに思い、同じく川に身を投げます。 頼風の亡がらを埋めた所が男塚であると、物語今は共に邪淫の悪鬼に責められていると、僧に成仏を願います。
演者から一言
 後シテが結構情け無い(女々しい)男の役ですが、狩衣風折烏帽子と言う装束ですからそれなりに颯爽と舞わなければならないのが難しいですね。ツレもただ軽いだけではシテの邪魔になるのでバランス感覚が求められます。

●能『女郎花』ゆかりの地を訪ねて
平成13年11月8日、『女郎花』ゆかりの地、八幡市の石清水八幡宮、松花堂庭園を訪ねてみました。京阪電車、八幡市駅下車、目の前に男山山上行きのケーブルがあります。本来は40分程度徒歩にて、一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居と参拝しながらが登るところに御利益もあるのでしょうが、今回は時間の都合上、登りはケーブル、下りは徒歩としました。この男山ケーブルは4分で山上まで運んでくれ早くて楽です。
八幡市駅より待機する男山ケーブルは単線行き違い方式の運転で、途中に高さ50メートルの日本一の橋脚があります。山上駅に着きますと、左手側に展望台がありました。早速行って見ると正面は高速道路建設中、右には淀の競馬場と昔を偲ぶ景色ではありませんでしたが、「鳩の峯越し来てみれば三千世界もよそならず」の言葉通り眺望はすばらしく、淀川、木津川、山崎、天王山、遠くに京都も見えそうで感激しました。

●参 考 女郎花の形態
沖縄をのぞく日本全土および中国から東シベリアにかけて分布している。夏までは根出葉だけを伸ばし、その後花茎を立てる。葉はやや固くてしわがある。草の丈は60-100cm程度。8-10月に黄色い花を咲かせる。日当たりの良い草地に生える。手入れの行き届いた、ため池の土手などは好適な生育地であったが、現在では放棄された場所が多く、そのために自生地は非常に減少している。 日本では万葉の昔から愛されて、前栽、切花などに用いられてきた。漢方にも用いられる。
生薬は、全草を乾燥させて煎じたもの(敗醤)には、解熱・解毒作用があるとされる。また、花のみを集めたものを黄屈花(おうくつか)という。これらは生薬として単味で利用されることが多く、あまり漢方薬(漢方方剤)としては使われない(漢方薬としてはヨク苡仁、附子と共に調合したヨク苡附子敗醤散が知られる)。
       秋の七草 = 萩 薄 桔梗 撫子 葛 藤袴 女郎花

(平成21年2月20日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


詞 章
              女郎花(おみなめし)
                                        季 秋     所 山城国男山
   【分類】二・四番目物 (雑能)
   【作者】世阿弥元清   典拠 不 明
   【登場人物】前シテ:尉、後シテ:小野頼風の霊 ワキ:旅僧 ツレ:都の女 

【あらすじ】(仕舞の部分は下線部です。)
九州松浦潟の僧が都見物を思い立ち上洛して来ます。その途中、故郷の宇佐八幡と御一体である石清水八幡宮に参詣しようと、男山の麓まで来かかります。折しも秋なので、野辺には女郎花が美しく咲き乱れています。男山の女郎花は古歌にも詠まれたほどの由緒のある名草なので、一本手折って土産にしようと立ち寄りますと、一人の老人が現れて、それを止めます。二人は花を折ることの可否を、たがいに古歌を引いて論じ合います。僧があきらめて立ち去ろうとすると、老人はいろいろ古歌を知っている風流な人だとほめ、八幡宮の社前に案内し、さらに麓の男塚・女塚にも連れて行って、これは小野頼風夫婦の墓であると教え、今は誰も弔う人がないと嘆き、自分がその頼風である、とほのめかして消え失せます。

    詞章                                            (胡山文庫)

ワキ    詞 「是は九州松浦方より出でたる僧にて候。我未だ都を見ず候程に。
         この秋思い立ち都に上に候」
    道行上 住み馴れし松浦の里を立ち出でて。/\。
         末しらぬいの筑紫潟いつしか跡に遠ざかる。旅の道こそ遙かなれ
      詞 「急ぎ候程に。これははや津の国山崎とかや申し候。又向いに拝まさせ給うは。
         石C水八幡宮にて御入り候。我が国の宇佐の宮と御一体にて候程に。
         参らばやと思い候。又これなる野辺に女郎花の今を盛りと咲き乱れて候。
         立ち寄り眺めばやと思い候」
   カカル上 さても男山麓の野辺に来てみれば。千草の花盛んにして。
         色をかざり露を含んで。虫の音までも心あり顔なあり。
         野草花を帯びて蜀錦を連ね。桂林雨を払って松風を調む。
      詞 「此の男山の女郎花は。古歌にも詠まれたる名草なり。
        これも一つは家土産なれば。花一本を手折らんと。」
   カカル上 此の女郎花のほとり立ち寄れば
シテ    詞 「なう其の花な折り給いそ。花の色はむせる粟の如し。俗呼ばつて女郎とす。
         戯れに名を聞いてだに偕老を契るといへり」
      下 ましてやこれは男山。名を得て咲ける女郎花の。多かる花に取り分きて。
         など情なく手折り給う。あら心なの旅人やな
ワキ    詞 「偖御身は如何なる人にてましませば。
         これ程咲き乱れたる女郎花をば惜しみ給うぞ。」
シテ    詞 「惜しみ申すこそ理りなれ。此の野辺の花守にて候」
ワキ    詞 「たとい花守にてもましませ。御覧候へ出家の見なれば。
         佛の手向けと思し召し一本御免し候へかし」
シテ    詞 「げにげに出家の御身なれば。佛に手向けと思うべけれど。
         彼の菅原の神木にも。折らで手向けよその外古き歌にも」
      下 折り取らば手ぶさにけがる立てながら。
      詞 「三世の佛に花奉るなどと候へば。殊更出家の御身にこそ。
         猶も惜しみ申すべけれ」
ワキ カカル上 さように古き歌を引かば。何とて僧正遍昭は。
         名にめでて折れるばかりぞ女郎花とは詠み給いけるぞ
シテ    詞 「いやさればこそ我落ちふきと人に語るなと。深く忍ぶの摺衣の。
         女郎と契る草の枕を。並べしまでは疑いなければ。
         その語喩えを引き給はば。出家の身にては御誤り」
ワキ カカル上 かように聞けば戯れながら。色香にめづる花心
       詞 「ちかく申すによしぞなき。暇申して帰るとて」
   カカル上 本来し道に行き過ぐる
シテ    詞 「おう優しくも所の古歌をばしろしめしたり」
   カカル下 女郎花うしと見つつぞ行き過ぐる。男山にし立てりと思えば
地     下 優しの旅人や。花は主ある女郎花。よし知る人の名にめでて。
         ゆるし申すなり一本折らせ給えや
地     上 なまねき立てる女郎花。うしろめたくや思うらん。
         女郎と書ける花の名に誰偕老を契りけん。彼の邯鄲の仮枕。 
         夢は五十の哀れ世のためしも真なるべしやためしも真なるべしや
ワキ    詞 「此の野辺の女郎花に眺めいりて。八旛宮に参らず候
シテ    詞 「此の尉こそ唯今山上する者にて候へ。
         八幡えの御道知るべ申し候べし此方え御入り候へ
ワキ カカル上 聞きしに越えて貴く有難かりける霊地かな。
シテ    上 山下の人家軒を並べ
シテワキ  上 和光の塵も濁り江の。川水に浮かむうろくづは。げにも生けるを放つかた。
         深き誓いもあらたにて。恵みぞしげき男山。栄行く道の。有難さよ。
地     下 頃は八月半の日。神の御幸なるお旅所を伏し拝み
地     上 久方の 月の桂の男山。/\。さやけき影は所から。
         紅葉も照り添いて日もかげろうの石C水。苔の衣も絶えなれや。
         三つの袂に影うつる。しるしの箱を納もなる。法の神宮寺有難かりし霊地かな
      下 岩松聳つて。山聳え谷廻りて諸木枝を連ねたり。鳩の嶺越し来てみれば。
         三千世界もよそならず千里同じ月の夜の。朱の玉垣御戸代の。
         錦かけまくも。忝けなしと伏し拝む
シテ    詞 「これこそ石C水八幡宮にて御入り候へ。よくよく御拝み候へ。
        はや日の暮れて候へば御暇申し候べし
ワキ    詞 「なうなう女郎花と申す事は。此の男山につきたる謂われにて候か
シテ    詞 「あら何ともなや。前に女郎花の古歌を引いて。
         戯れを申して候も徒事にて候。女郎花と申すことは。
         此の男山につきたる謂われにて候へ。
         又此の山陰に男塚女塚とて候を見せ申し候べし。此方に御入り候へ。
         これなるは男塚。又これなるは女塚。この男塚女塚について。
         女郎花の謂われの候。これは夫婦の人の土中にて候」
ワキ    詞 「偖其の夫婦の人の国やいずく。名字はいかなる人やらん」
シテ    詞 「女は都の人。男は此の八幡山に」        
      上 小野の頼風と申しし人
地     上 恥ずかしや古えを。語るもさすがなり。申さねば又亡き跡を誰か稀にも弔いの。
         便りを思い頼風の更け行く月にこがくれて
         夢の如くに失せにけり/\
<中入>
旅の僧は土地の人から、詳しく頼風夫婦の話を聞き、その夜はその場所で読経をすることにします。僧が回向をしていると、塚から頼風夫婦の亡霊が現れます。女はもと都の者で、頼風と契りましたが、その心を疑って放生川に身を投げます。女の亡骸を土中に埋めると、その塚から女郎花が咲き出します。頼風はそれを哀れんで、同じく川に身を投げました。その亡骸を埋めたところが男塚であると物語り、今はともに邪淫の悪鬼に責められている、と僧に成仏を願います。

ワキ  待謡上 一夜臥す牡鹿の角の塚の草。/\陰より身えし亡魂を。
         弔う法の声立てて。南無出離生死頓証菩薩。
後シテ   上 おう広野(コウヤ)人稀なり。我が古墳ならで又何者ぞ。
ツレ     上 屍を争う猛獣は。禁ずるに能わず。
シテ    上 なつかしや。聞けば昔の秋の風
ツレ    上 裏紫か葛の葉の
シテ    上 帰らばつれよ。妹背の波
地     上 消えにしたまの女郎花。花の夫婦は現れたり。あら有難たの。後法やな。
ワキ カカル上 影の如くに亡霊の。現れ給うふしぎさよ
ツレ    上 わらはは都に住みし者。彼の頼風に契りをこめしに。
シテ    詞 「少し契りのさはりある。人まを真と思いけるか
ツレ    上 女心のはかなさは。都を独あくがれ出でて。猶も恨みの思い深き。
         法生川に身を投ぐる。
シテ    詞 「頼風これを聞きつけて。驚き騒ぎ行き見れば。
       上 あえなき死骸ばかりなり
ツレ    上 泣く泣く死骸を取り上げて。此の山本の土中に籠めしに
シテ    詞 「其の塚より女郎花一本生い出でたり。

    (独吟・仕舞 頼風心に思うやう カラ  跡弔むらいて賜び給え マデ)
    (囃子 頼風心に思うやう カラ  罪を浮かめて賜び給え マデ)

   カカル下 頼風心に思うやう。偖我が妻の。女郎花になりけるよと。なお花色も懐かしく。
         草の袂も我が袖も。露ふれそめて立ち寄れば。此花恨みたるけしきにて。
         夫の寄れば靡きのき又立ちのけばもとの如し
地     下 ここによつて貫之も。男山の昔を思って女郎花の一時を。
         くねると書きし水茎の跡の世までもなつかしや
地   クセ下 頼風その時に。かのあわれさを思ひ取り。むざんやな我故に。
         よしなき水の泡と消えて。徒らなる身となるも。ひとえに我が咎ぞかし。
         しかじ憂き世に住まぬまでぞ。同じ道にならんとて。
シテ    上 続いてこの川に身を投げて。
地     上 ともに土中に篭めしより。女塚に対してまた男山と申すなりその塚はこれ主は我.
         幻ながら来たりたり。跡弔むらいて賜び給え.跡弔むらいて賜び給え。
シテ    上 あら閻浮。
地      上 恋しや.

    (仕舞 邪淫の悪鬼は身を責めて カラ  罪を浮かめて賜び給え マデ)  

    キリ上 邪淫の悪鬼は身を責めて。邪淫の悪鬼は身を責めて。
         その念力の。道もさがしき剣の山の。上に恋しき人は見えたり嬉しやとて。
         行き登れば。剣は身を通し。磐石は骨を砕く。こはそもいかにに恐ろしや。
         剣の枝のたわむまでいかなる罪の。なれる果ぞや.よしなかりける。
         花のひと時を。くねるも夢ぞ女郎花。露の台や花の縁に。
         浮かめて賜び給え.罪を浮かめて賜び給え。


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