右 近 (うこん)

●あらすじ
初番目物(神祇物)ですが、シテが女神なので鬘物の風情があります。所は北野右近の馬場。桜の名所です。ある日常陸の国鹿島の神職一行(ワキ・ワキツレ)が都に上って右近の馬場の花見に来ます。そこには花見車の押し立てた人々で賑わっています。 在原業平の古歌を口ずさんでいると、その中の侍女(ツレ)を従えた上臈(前シテ)が業平の歌を返します。女は北野の桜の名所等を話す内に、私は桜葉乃神で、月の夜神楽を見せましょうと云って消えます。神職達が待っていると、軈て桜葉乃神(後シテ)が真の姿で現れ、御代を讃え、数々の舞を見せ、虚空遥かに上がって行きます。 女車の華やかさ、桜の明るさ、女神の神々しい美しさ。太鼓の響きにより和やかな優しさが味わえます。

●宝生流謡本      内十七巻の一     脇能    (太鼓あり)
    季節=春   場所=京都北野   作者=
    素謡稽古順=平物   素謡時間=35分 
    素謡座席順   シテ=前・上掾@ 後・桜葉の神
               ワキ=鹿島の神職

●観能記@  「右近」宝生流
  能「右近」      (平成18年4月7日・宝生能楽堂)
 シテ:田崎隆三  ツレ:高橋憲正・田崎甫  ワキ:宝生欣哉  アイ:山本則孝
 鹿島の神職の者が北野の右近の馬場に花をめでにやって来ると花見車に乗った上臈達に会う。業平の歌物語をし、花の陰に消えうせた女は夢中に桜葉の神となって現れ、優雅な舞を舞い、天に帰って行きます。 先ず、都へ上った鹿島の神職が右近の馬場に桜狩に出かけます。
  「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくは あやなく今日や詠め(ながめ)暮らさん」
という業平の歌を口ずさむと、二人の侍女を従え花見車を立てた美女(前シテ)が現われます。右近の馬場とは、北野天満宮の馬場のこと。後に出雲阿国が現われて、かぶきおどりを見せた、歌舞伎発祥の地でもあります。今夜の能は、なんだかめでたさが満載! 業平ゆかりの桜の馬場!
業平が好んで馬を走らせたゆかりの馬場。美しい花見車の女性は問いかけられた上記の歌に返す!
  「知る知らぬ何かあやなくわきていわん 思いの身こそ知るべなりしを」
桜葉の神と化神し中の舞・破の舞を舞い治める。ここが美しい!  能の醍醐味! 
伊勢物語 九十九 「ひをり(騎射)の日」の章からこう言う能が出来上がってします! まさに妄想の極み!しかし・・舞の美しさ絶品でありました。 今夜の鑑賞は<舞の優美と祝着!>これでした! どうも、わたしはもう少し物語性の強いものが良いな!

●観能記A 燭光能「右近」宝生流
毎年、5月20日、国宝瑞龍寺で「燭光能」が行われています。前田利長忌奉納なので、曜日に関係なく20日なのです。今までは、平日は時間が取れなくて、行くことができませんでしたが、今年初めて観に行きしました。 目の前に柱があって全体を写せませんでしたが、12名のお坊さんの読経がありました。その後引き続いて「燭光能」が行われます。光を落とし、障子から漏れる微かな光と蝋燭だけ。一気に幽玄の世界です。戸を背にして、囃子方。野尻哲雄(大鼓・・おおかわ) 麦谷暁夫(太鼓) 住駒幸英(鼓) 瀬賀尚義(笛)先生。
今日は、半能で「右近」。シテ 大坪喜美雄 ワキ 苗加登久治先生  地謡 金森秀祥 山崎健先生始め8名 都に上って名所の花を見物して回っていた鹿島の神主が、北野右近の馬場にも立ち寄って花を眺め入っていた。 辺りには都の人の花見車があちこちに止まっていて、昔、在原業平が女車を見て詠んだ歌を思い出した神主が「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくは、あやなく今日や眺め暮らさん」と口ずさんでいると、どこからかとても優雅な感じの女性が共の女達を連れて現れ、神主に言葉をかける。そして、右近の馬場が北野の神の御旅所であることや、花に車寄せて有り難い神徳を讃えた後、実は自分が桜葉の神であることをほのめかして、月の夜、神楽を待つようにと言って花の影に姿を隠す。神主がこの奇特を喜び有り難がっていると、桜葉の神が美しい本体の姿で現れ、神の恵みを寿ぎ神楽を奏して舞い祝い、やがて雲の羽風に吹かれて遙か天上に消え失せた。
何度も「能」を見たことはあるが、幽玄の世界という物の言葉だけだったように思う。蝋燭の光は、まさに幽玄の世界を演出する。しばらくは、その場に座っていたいほどだった。昔は、すべてこのような環境で行われていたのですから「幽玄」を五感で感じ取ることができたのでしょうね。半能ですから、30分くらいだったかな。毎年行われるので、時間の許す限り出かけたいと思いました。
これが終わった後、素人のコーラスが・・・。人間国宝の大坪先生やプロの先生方がえもいわせぬ素晴らしい世界を作り出されて、余韻に浸る暇もなく、下手な(人間国宝の後では多少上手でも)コーラスを聴かされては、つや消しも良いところ。誰の企画か知れないが、勘弁して・・・!
一生懸命されているのは判りますが、ここで発表しなくても、するところがいくらでもあろうから、分をわきまえて欲しい。

●演能記   
観世流能楽師 遠藤喜久
「右近」という曲は、九皐会ではちょっと上演頻度が少ない曲ですが、能になりますと、熊野でつかうような物見車の作り物の大道具が出来きて華やかな曲です。 右近の馬場というところがありました。能の物語はその右近の馬場をロケ地にしたストーリー。そしてそこに現れる女。それは桜葉明神の化身でした。右近の馬場、在原業平、桜葉明神という三つのキーワードがわからないと、このお話はわからないのです。右近とは、近衛府、ちかきまもりのつかさ。奈良時代末期以降の令下官の一つで、内裏の警護のお役目をしていたセクションとか。近衛大将といえば、大納言クラスといいますから、大変高い地位であります。 武官の最高位で、大納言、大臣、征夷大将軍が兼任することもあったということですね。で、左大将の方が地位が高く、摂関家が独占した。
北野天満宮に祀られ菅原道真公は、右大臣、右近衛大将にまで昇った。(ちなみに政敵と言われた藤原時平は、左大臣、左近衛大将であった。)で、右近の馬場とは、右近衛府の鍛錬所で、内裏の西側に位置していた。 ここに、菅原道真公亡きあと、この場所に祀って欲しいと神託が降りて、今日の北野天満宮が出来たと、由緒にあります。 ちなみに能「右近」の話の中で登場する在原業平は、道真の20歳年上。 同時代を生きた人です。道真が大宰府に流されたのは、業平が亡くなってだいぶ経ってからの話です。したがって今日の北野天満宮、道真公が祀られたのは、あとの話です。業平が歌を詠んだ頃は、もっと広い馬場に桜が咲き乱れていたのではないかと思われます。 で、それよりずっと後世に書かれたこの能ですが、道真公の話は語られず桜の名所として話が進みます。
さて右近の馬場は、今と変わらず桜の名所で、そこで、宮廷行事の騎射とか行われる。 見物人も大勢出ていたことでしょう。そこに来た在原業平が、物見車で来ていた車の、御簾からちらりと見えた女性に歌を読んでいます。
古今集に残された歌
「見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなく今日やながめくらさむ」
色々訳文がありますが、(御簾越しに見えたようで見えないあの人が恋しくなって、今日はぼんやり、物思いにふけって過ごすだろう。)その女性の返歌が、いいです。
「知る知らぬ何かあやなくわきていはむ思ひのみこそしるべなりけれ」
知っていようがいまいが、あなたの思いこそが恋の道しるべではないでしょうか? (後略)

(平成24年1月20日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                   右  近  (うこん)

         季 春      所 京都北野     素謡時間 35分
  【分類】脇能 )
  【作者】世阿弥本清   典拠:伊勢物語に拠る
  【登場人物】前シテ:上掾A後シテ:桜葉の神 ワキ:鹿島の神主 ツレ:侍女

         詞 章                       (胡山文庫)

ワキ  次第上 四方の山風のどかなる。/\雲井の春ぞ久しき。
ワキ    詞「そも/\これは鹿島の神職筑波の何某とは我が事なり。
         われ此度都に上り。洛陽の名花残なく一見仕りて候。
         また北野右近の馬場の花。今をさかりなるよし承り候ふ間。
         今日は右近の馬場の花を眺めばやと存じ候。
    道行上 雲の行くそなたやしるべ桜狩。/\。雨は降りきぬ同じくは。
         ぬるとも花の蔭ならばいざや宿らん松かげの。ゆくへも見ゆる梢より。
         北野の森もちかづくや。右近の馬場に着きにけり/\。
シテ  サシ上 春風桃李花の開くる時。人の心も花やかに。あくがれ出づる都の空。
         げにのどかなる時とかや。
シテツレ  上 見渡せば。柳桜をこきまぜて。錦をかざる。花車。
シテ    上 くる春ごとにさそはるゝ。
シテツレ  上 心もながき。気色かな。
地     下 花見車の八重一重。見えて桜の色々に。

   (小謡 ひをりせし ヨリ  つゞくらん マデ )

      上 ひをりせし右近の馬場の木のまより。/\。影も匂ふや朝日寺の。
         春の光も天満てる神の御幸のあとふりて。
         松も木高き梅がえの。立枝も見えて紅の。初花車めぐる日の。
         轅や北につゞくらん。/\。
ワキ カカル上 のどかなる頃は弥生の花見とて。右近の馬場の並木の桜の。
         かげふむ道に休らへば。
シテ    上 げにや遥に人家を見て。花あれば則ち入るなれば。
         木蔭に車を立てよせけり。
ワキ    詞「向を見れば女車の。処からなる昔語。思ひぞいつる右近の馬場の。
         ひをりの日にはあらねども。
      下 見ずもあらず。見もせぬ人の恋しくは。
      詞「あやなく今日や眺めくらさん。これ業平の此処にて。
         女車をよみし歌。今更思ひ出でられたり。
シテ    上 あらおもしろの口ずさみや。右近の馬場のひとりの日。
      詞「向に立てる女車の。処からなる昔語。恥かしながら今はまた。
         我が身の上に業平の。何かあやなく分きていはん。
   カカル上 思のみこそしるべなりしを。
ワキ    上 左様にながめし言の葉の。其旧跡もこゝなれば。
         今またかやうに言問ふ人も。いつ馴れもせぬ人なれども。
シテ    上 たゞ花故に北野の森にて。
ワキ    上 言葉をかはせば。
シテ    上 見ずもあらず。

   (独吟 見もせぬ人や ヨリ  上の空の心なれ マデ )

地     上 見もせぬ人や花の友。/\。知るも知らぬも花の蔭に。
         相宿して諸人の。いつしか馴れて花車の。榻立てゝ木のもとに。
         下り居ていざや眺めん。げにや花の下に。
         帰らん事を忘るゝは美景によりて花心。
         馴れ/\そめて眺めんいざ/\馴れて眺めん。
         百千鳥花になれゆくあだし身は。
         はかなき程に羨まれて上の空の心なれや上の空の心なれ。

   (独吟・連吟 げに名にしおふ ヨリ  尊かりける マデ )

地  ロンギ上 げに名にしおふ神垣や。
         北野の春も時めける神の名所のかず/\に。

   (囃子 眺むれば ヨリ  給ひけり マデ )

シテ    上 眺むれば都の空のはる%\と。霞み渡るや北の宮居。
         御覧ぜよ時をえて花桜葉の宮所。
地     上 花の濃染の色分けて。紅梅殿や老松の。
シテ    上 緑より明けそめて。一夜松も見えたり。
地     上 日影の空も茜さす。
シテ    上 紫野行しめ野ゆき。
地     上 野守は見ずや君が袖。古き御幸の見物とて。
         車も立つや御輿岡これぞ此神の御旅居の。
         右近の馬場わたり神幸ぞ尊かりける。
ワキ    詞「あらありがたの御事や。かくしも委しく語り給ふ。
         社々の御本地を。なほ/\教へおはしませ。
シテ    詞「まことは我は此神の。末社とあらはれ君が代を。守の神と思ふべし。
ワキ    上 よく/\聞けば有難や。守の神とはさて/\いづれの霊神にて。
         かやうにあらはれ給ふらん。
シテ    上 あら恥かしや神ぞとは。あさまには何と岩代の。
地     上 待つこと有りや有明の。/\。月も雲らぬ久方の。
         天照神にては。桜の宮と現れ。こゝに北野の桜葉の。
         神とゆふべの空晴れて月の夜神楽を待ち給へと花に隠れ。
         失せにけりや花に隠れ失せにけり。
                中入
   (囃子 げに今とても ヨリ  給ひけり マデ )

ワキ  待謡上 げに今とても神の代の。/\。誓は尽きぬしるしとて神と君との御恵み。
         誠なりけり有難や/\。
後シテ 出端上 天皇の賢き御代を守るなる。右近の馬場の春を得て。花上苑に明かにして。
         軽軒九陌の塵に交はる神慮。和光の影も曇なき。君の威光も影高く。
         花もゆるがず治まる風も。のどかなる代の。めでたさよ。
地     上 曇なき。天照神の恵を受けては。桜の宮居とあらはれ給ひ。
シテ カカル上 こゝに北野の神の宮居に。
地     上 花桜葉の神とあらはれ。曇らぬ威光を顕衣の。袖もかざしの。花盛。
                中ノ舞
地     上 月も照りそふ花の袖。/\。雪をめぐらす神かぐらの。
         手の舞足ぶみ拍子をそろへ。声すみわたる雲のかけはし。
         花に戯れ。枝にむすぼほれかざしも花の。糸桜。

   (仕舞 治まる都の ヨリ  給ひけり マデ )

シテ    下 治まる都の花盛り。
地     下 治まる都の花盛。東南西北も音せぬ浪の。花も色添ふ北野の春の。
         御池の水に。御影をうつし。うつしうつろふ。
         桜衣の裏吹きかへす梢にあがり。枝に木伝ふ花鳥の。とぶさにかけり。
         雲に伝ひ。遥に上るや雲の羽風。に上るや雲の羽風に神は上らせ給ひけり。


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