天 鼓 ( てんこ )

●あらすじ
天から降ってきた鼓、その鼓をを見事に打ち鳴らす少年、天鼓。評判を聞きつけた帝はその鼓を召し上げようとするが、渡すのを拒み鼓を抱き山中へ逃げた天鼓は、探し出され呂水の江に沈められてしまう。 望み通り鼓を手にした帝だが、誰に打たせても音が出ない。帝は天鼓の父・王伯に鼓を打たせるようと勅使を遣わした。王伯は己の歎き悲しみを述べるが、促されて鼓を打つと、音が鳴る。その音を聞き、帝は哀れと涙を浮かべ、管弦講で天鼓の霊を弔うと約束して、王伯を家へ帰す。  天鼓が沈められた呂水の堤に鼓を置き、供養を始めると、天鼓の霊が現れ、供養に感謝して鼓を打ち、舞楽を奏し、やがて夜の明けると共に消えていく。

●宝生流謡本   内十六巻の五      四番目  (太鼓なし)
   素謡(宝生) : 季節=秋  場所=唐 土  稽古順=初奥  素謡時間=45分
   素謡座席順  シテ=前・天鼓の父王伯 後・天鼓
             ワキ=勅使

天 鼓(てんこ)    
国立能楽堂提供
 中国・後漢の時代、王伯・王母という夫婦に授かった子ども「天鼓」は、不思議な生い立ちでした。この子は、王母が、天から鼓が降って胎内に宿るという夢を見て授かりました。するとその後、本当に、妙なる音色をたてる鼓が天から降ってきました。天鼓は、この鼓とともに育ちます。
 その鼓の発する音は、大変に素晴らしく、人々を感動させ、悦びを導くものでした。そのうわさが皇帝の耳に入り、鼓を召しだすようにとの勅令がくだされます。ところが、天鼓はこれに応じずに鼓を持って隠れてしまいます。しかし、あえなく捕らえられ、呂水に沈められてしまいました。鼓は、宮殿に運ばれてさまざまの楽師が試みに打ちますが、主の天鼓を失ったためか、全く音を発しません。誰が打っても鳴らないため、皇帝は、天鼓の父・王伯に鼓を打たせよと、勅使を送って召しだします。王伯は、鼓が鳴らなければ自分も殺されるのを覚悟で宮殿に上がり、わが子への思いを胸に鼓を打ちます。すると、この世のものとは思われない音色が鳴り響きました。 感動した皇帝は、王伯に褒美を与えて帰し、天鼓の冥福を祈るため、呂水のほとりで管弦講をおこなうことにしました。講の当日、皇帝が呂水に御幸すると、天鼓の霊が現れ、懐かしい鼓を打ち、管弦に合わせて、ひとしきり喜びの舞を舞います。楽しげに舞う天鼓は、ほのぼのと夜が明け、空も白む頃に現か夢ともつかないようにして、消えていくのでした。 前半では、わが子である天鼓を失った王伯の、悲運の別れに対する情愛と嘆きを中心に描き、後半では一転して、天鼓という神秘的な存在の芸術に遊ぶ、自由闊達な精神を中心に描いています。前後で老人から子どもへ、シテが大きく入れ替わり、対比の妙があるところに、もう一つの天鼓である不思議な鼓をからませ、非常に魅惑的な芸術性の高い物語に仕上がっています。 「天鼓」とは、七夕の牽牛の別称でもあり、出生の不思議さを思えば、天鼓は、天上人の化身なのかも知れません。呂水に現れた亡霊は、怨恨や恩愛といった、この世の情念からかけ離れた精霊のように描かれています。
 作者 不明   場所 中国  季節 初夏   演能時間 約1時間10分  分類 4番目

■登場人物
前シテ・・王伯  面:小尉または阿古父尉   装束:尉鬘・無地熨斗目・水衣
後シテ・・天鼓  面:童子 装束:黒頭・縫箔または厚板・ 半切・法被または厚板壷折、唐団扇または童扇
ワキ・・・勅使    装束:厚板・大口・側次・男扇
アイ・・・勅使の従者   装束:素袍上下

■舞台展開
@勅使(ワキ)が登場して天鼓の出生と妙音を出す鼓の事で呂水に沈められた経緯を話す。その後鼓は音を出さず、父の王伯に打たせてみよとの宣旨を持って王伯の家に赴く旨を述べる。
A王伯(シテ)は老いた身に子に先立たれた悲しみを歎く。
B王伯は勅使からの宣旨を聞き、勅命にだに鳴らない鼓を父が打ってもだめだと断るが、我が子の形見に帝を拝もうと内裏に向かう決意をする。
C王伯は親子の離別の苦しみを訴えるが、勅使の強い勧めで父は鼓を打つ覚悟を決める。王伯が鼓を打つと不思議にも鳴り、これぞ親子の證だと涙に咽ぶ。
D勅使は鼓が鳴った褒美に寶を授け管弦講で天鼓を弔う約束をし、王伯を私宅に返す。
E中入・・・狂言方が悲しみに沈む王伯を連帰り、弔いの管弦講のことを報じる。
F天鼓を沈めた呂水の江の辺で亡き跡を弔う法要を始める。
G天鼓の亡霊が登場 弔いを喜び鼓を打ち、美しい音とともに手向けの舞楽を舞い、現か夢か分らぬままに消えうせる。

□前半では、わが子である天鼓を失った王伯の、悲運の別れに対する情愛と嘆きを中心に描き、後半では一転して、天鼓という神秘的な存在の芸術に遊ぶ、自由闊達な精神を中心に描いています。前後で老人から子どもへ、シテが大きく入れ替わり、対比の妙があるところに、もう一つの天鼓である不思議な鼓をからませ、非常に魅惑的な芸術性の高い物語に仕上がっています。
「天鼓」とは、七夕の牽牛の別称でもあり、出生の不思議さを思えば、天鼓は、天上人の化身なのかも知れません。呂水に現れた亡霊は、怨恨や恩愛といった、この世の情念からかけ離れた精霊のように描かれています。
□「天鼓」の名は、後漢書に「雷鳴とともに雉子に似た石が落ちた。大きさは一丈ほど。
名を天鼓といい、落ちた所に必ず大戦がある」とあり、又、王喬伝の項に「王喬が参内する度に門下の鼓がひとりでになり、王喬の死後は再び鳴ることはなかった」と二つの例が見えるといいます。仏説には天上の楽器として「天鼓」の名が見え、七夕の二星の牽牛の異名も「天鼓」だといいます。本曲にも「星も相逢う空なれや…二星の館の前に」と採られています。能にも、鳴らぬ鼓の「綾鼓」があります。
□本曲の前場は、我が子を失った老人の悲嘆が主題です。
天鼓は少年であり、その父が老人というのは常識的に見れば奇異に思われますが、能ではよく使われる手法で、珍しいことではありません。市井の人でありながら扮装も高貴な出で立ちです。面は小牛尉をかけ着付けは小格子厚板という装束を着ます。これらは神の化身の老人の出で立ちです。
老人の悲しみを純化させるための演出でしょう。
□後場は少年天鼓の舞が主題になります。
頭には黒頭(くろがしら・ライオンのたてがみ状の頭髪)を付け、扇の代わりに唐団扇(とううちわ)を持ちます。頭髪は、少年が亡霊であること、唐団扇は中国の話であることを示します。本曲は、遊狂物と呼ばれる作品です。舞いの面白さを主眼としています。前後を通して、理不尽に殺されながら、恨みの場面が無く、愁嘆場ながら、さわやかな作品です。
□中国や我が国の帝王の治世では、民を苦しめる残虐な行為が、日常茶飯事に行われていたように錯覚しがちです。帝王の時代には、民を哀れみ、安んずることを第一とする、尭、舜(中国古代の帝王)の政治理念がありました。臣下も、民も、常にこの物差しで偽政者を見守っていました。だんだん歪んで行く現代の民主主義と思うとき、逆に昔に憧れを覚えるのは危険でしょうか。

あさかのユーユークラブ 謡曲研究会 平成20年12月19日(金)


               天 鼓  (てんこ)

         季 秋      所 唐 土     素謡時間 45分
  【分類】四番目
  【作者】世阿弥元清   典拠:
  【登場人物】前シテ:老人王伯、後シテ:天鼓 ワキ:勅使

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ     詞「これは唐土後漢の帝に仕へ奉る臣下なり。さても此国の傍に。
         王伯王母とて夫婦の者あり。かの者一人の子を持つ。其名を天鼓と名づく。
         彼を天鼓と名づくる事は。彼が母夢中に天より一つの鼓降り下り。
         胎内に宿ると見て出生したる子なればとて。その名を天鼓と名づく。
         その後天より誠の鼓降り下り。打てばその声妙にして。聞く人感を催せり。
         この由帝聞し召され。鼓を内裏に召されしに。天鼓ふかく惜み。
         鼓を抱き山中に隠れぬ。然れどもいづくか王地ならねば。
         官人を以て捜し出し。天鼓をば呂水の江に沈め。鼓をば内裏に召され。
         阿房殿雲龍閣に据ゑ置かれて候。
         又その後かの鼓を打たせらるれども更に鳴る事なし。
         いかさま主の別を歎き鳴らぬと思し召さるゝ間。
         彼の者の父王伯を召して打たせよとの宣旨に任せ。唯今王伯が私宅へと急ぎ候。
シテ 一セイ上 露の世に。なほ老の身のいつまでか。又此秋に。残るらん。
    サシ上 伝へ聞く孔子は鯉魚にわかれて思の火を胸に焚き。白居易は子を先だてゝ。
         枕に残る薬を恨む。これ皆仁義礼智信の祖師。文道の大祖たり。
         我等が歎くは科ならじと。思ふ思に堪へかぬる。涙いとなき。袂かな。
     下歌 思はじと思ふ心のなどやらん。夢にもあらず現にも。なき世の中ぞ。悲しき/\。
     上歌 よしさらば。思ひ出でじと思寝の。/\。闇の現に生れ来て。
         忘れんと思ふ心こそ忘れぬよりは思なれ。唯何故の憂き身の命のみこそ。
         うらみなれ命のみこそうらみなれ。
ワキ    詞「如何に此屋の内に王伯があるか。
シテ    詞「誰にて渡り候ふぞ。
ワキ    詞「これは帝よりの宣旨にてあるぞ。
シテ    詞「宣旨とはあら思ひよらずや何事にて御座候ふぞ。
ワキ    詞「さても天鼓が鼓内裏にめされて後。いろ/\打たせらるれども更に鳴る事なし。
         如何さま主の別を歎き鳴らぬと思し召さるゝ間。
         王伯に参りて仕れとの宣旨にてあるぞ。急いで参内仕り候へ。
シテ    詞「宣旨畏つて承り候。勅命にだに鳴らぬ鼓の。老人が参りて打ちたればとて。
         何しに声の出づべきぞ。いや/\これも心得たり。勅命を背きし者の父なれば。
   カカル上 重ねて失はれんためにてぞあるらん。よし それも力なし。
         我が子の為に失はれんは。それこそ老の望なれ。あら歎くまじややがて参り候ふべし。
ワキ    上 いや/\左様の宣旨ならず。唯唯鼓を打たせんとの。
         そのためばかりの勅諚なり。急いで参り給ふべし。
シテ    上 たとひ罪には沈むとも。
         又は罪にも沈まずとも憂きながら我が子の形見に帝を拝み参らせん/\。
ワキ    詞「急ぐ間程なく内裏にてあるぞ。此方へ来り候へ。
シテ    詞「勅諚にて候ふ程に。これまでは参りて候へども。
       下 老人が事をば。御免あるべく候。
ワキ    詞「申す所は理なれども。まづ鼓を仕り候へ。鳴らずは力なき事急いで仕り候へ。
シテ    詞「さては辞すとも叶ふまじ。勅に応じて打つ鼓の。声もし出でばそれこそは。
         我が子の形見とゆふ月の。
   カカル上 上に輝く玉殿に。始めて臨む老の身の。
地   次第上 生きてある身は久方の/\。天の鼓を打たうよ。
地    クリ上 その磧礫にならつて。玉淵を窺はざるは。驪龍の蟠る所を知らざるなり。
シテ  サシ上 げにや世々ごとの仮の親子に生れ来て。
地     上 愛別離苦の思深く。恨むまじき人を恨み。悲しむまじき身を歎きて。
         我と心の闇深く。輪廻の波にたゞよふ事生々世々のいつまでの。
シテ    下 思のきづな長き世の、
地     下 苦の海に沈むとかや。
    クセ下 地を走る獣。空を翔る翅まで親子のあはれ知らざるや。況んや仏性。
         同体の人間此生に。
         此身を浮べずはいつの時か生死の海を渡り山を越えて。彼岸に至るべき。
シテ    上 親子は三界の首枷と。
地     上 聞けば誠に老心。別の涙の雨の袖。しをれぞ増る草衣身を恨みてもそのかひの。
         なき世に沈む罪科は唯命なれや明暮の。時の鼓の現とも思はれぬ。身こそ恨なれ。
地  ロンギ上 鼓の時も移るなり。涙を止めて老人よ。急いで鼓打つべし。
シテ    上 げに/\これは大君の。忝しや勅命の。老の時も移るなり。急いで鼓打たうよ。
地     上 打つや打たずや老波の。立ち寄る影も夕月の。
シテ    上 雲龍閣の光さす。
地     上 玉の階。
シテ    上 玉の床に。
地     上 老の歩も足弱く薄氷を踏む如くにて。心も危き此鼓。
         打てば不思議やその声の。心耳を澄ます声出でて。実にも親子のしるしの声。
         君もあはれと思し召して。龍顔に御涙を。浮べ給ふぞ有難き。
ワキ    詞「如何に老人。只今鼓の音の出でたる事。誠にあはれと思し召さるゝ間。
         老人には数の宝を下さるゝなり。又天鼓が跡をば。
         管絃講にて御弔あるべきとの勅諚なり。心やすく存じ。まづ/\老人は私宅へ帰り候へ。
シテ    詞「あら有難や候。さらば老人は私宅に帰り候ふべし。 
                中入り ワキ狂言セリフアリ
ワキ カカル上 さても天鼓が身を沈めし。呂水の堤に御幸なつて。おなじく天の鼓をすゑ。
    待謡上 糸竹呂律の声々に。/\。法事をなして亡き跡を御弔ぞ有難き。
         頃は初秋の空なれば。はや三伏の夏たけ。
         風一声の秋の空夕月の色も照りそいて。水滔滔として。波悠々たり。
後シテ 一声上 あら有難の御弔やな。勅を背きし天罰にて。呂水に沈みし身にしあれば。
         後の世までも苦の。海に沈み波に打たれて。呵責の責も隙なかりしに。
         思はざる外の御弔に。浮み出でたる呂水の上。曇らぬ御代の。有難さよ。
ワキ カカル上 不思議やな早更け過ぐる水の面に。化したる人の見えたるは。
         如何なる者ぞ名を名のれ。
シテ    詞「是は天鼓が亡霊なるが。御弔の有難さに。これまで現れ参りたり。
ワキ カカル上「さては天鼓が亡霊なるかや。
      詞「しからばかゝる音楽の。舞楽も天鼓が手向の鼓。打ちて声出づならば。
   カカル上 げにも天鼓がしるしなるべしはや/\鼓を仕れ。
シテ    詞 うれしやさては勅諚ぞと。夕月かゝやく玉座のあたり。
ワキ カカル上 玉の笛の音声すみて。
シテ    詞「月宮の、昔もかくやとばかり。
ワキ    上 天人も影向。
シテ    上 菩薩もここに。
シテワキ二人上 天くだります気色にて。同じく打つなり天の鼓。
地     上 打ち鳴らす其声の。/\。呂水の。波は滔々と。打つなり打つなり汀の声の。
         より引く糸竹の手向の舞楽は有難や。
                楽
シテ    下 おもしろや時もげに。
地     下 おもしろや時もげに。秋風楽なれや松の声。
          柳葉を払つて月も涼しく星も相逢ふ空なれや。烏鵲の橋の下に。
         紅葉を敷き。二星の。館の前に風冷かに夜も更けて。夜半楽にも早なりぬ。
         人間の水は南。星は北にたんだくの。
          天の海面雲の波立ち添ふや。呂水の堤の月に嘯き水に戯れ波を穿ち。
         袖を返すや。夜遊の舞楽も時去りて。五更の一点鐘も鳴り。
         鳥は八声のほの%\と。夜も明け白む。時の鼓。数は六つの巷の声に。
         又打ち寄りて現か夢か。又うち寄りて現か夢幻とこそなりにけれ。


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