通 小 町(かよいこまち)

●あらすじ
 京都洛北、八瀬の山里に一夏の間、僧が籠もり、仏道修行をしている。その僧のもとに毎日、木の実、薪を持ち訪れる里女がいる。 ある日、僧が女に声をかけると「小野とは言はじ薄生いたる市原野辺に住む姥ぞ」と謎めいた言葉を残し、回向を願って消え失せた。 僧は思いあたる。古物語に市原野辺で死んだ小野小町の髑髏の目の穴から薄が生え、その薄の風に鳴る音が「秋風の吹くにつけてもあなめあなめ小野とはいはじ薄生いけり」と聞こえたという。そこで僧は市原野に行き、小町のために読経し、弔う。小町の亡霊が現れ回向に感謝し、戒を授けて欲しいと願う。背後に忍び寄る深草少将の怨霊。煩悩の犬となり果て、なお小町に執心を持つ少将の霊は小町一人戒を受けようとするのを妨げ、小町の袖を取り引き留める。僧は少将に、罪障懺悔のため、小町のもとに百夜通いした有様を見せよと言う。少将は請われるままに、小町の嘘を信じ雨風の中通い詰め、恋の成就を目前にして喜ぶ様を見せる。やがて二人は僧の弔いによって成仏する。

●宝生流謡本      内十六巻の四   四番目    (太鼓なし)
    季節=秋   場所=前:山城国八瀬  後:山城国市原野   作者=観阿弥
    素謡稽古順稽古順=初伝中之分   素謡時間=35分 
    素謡座席順   ツレ=小野小町
              シテ=四位少将
               ワキ=山居の僧

●能のみどころ
世阿弥の芸談「申楽談義(さるがくだんぎ)」には、この曲の元になった「四位(しい)の少将」が、観阿弥作として出てきます。「四位の少将」とは深草の少将のこと。同書にはまた、金春権守(こんぱるごんのかみ)が演じた大和の唱導師の作品を観阿弥が改作した、と記されています。現行曲のなかでも、特に古作の曲のひとつです。短い曲ながら、小野小町と深草の少将との掛け合いで、執心のありさまを見せ、百夜通いを再現する後半部は、生き生きした型や所作が多く、見ごたえがあります。もとの百夜通いの伝説では、百夜目に男が来られなくなる運命が語られますが、能では、仏縁を得て終わるかたちにしています。また男の執心を扱う曲には、やりきれない陰鬱なものもありますが、この曲の主人公、深草の少将には、貴族的な育ちのよさというか、上品な一本気さも垣間見え、陰気さばかりではない風情があります。だからこそ、かえって哀れを誘うともいえます。


             
小野小町関係 5曲
                                           
小原隆夫調べ
 コード      曲 目       概           説      場 所  習順  季節  謡時間
内02巻4  卒都婆小町  小野小町が卒都婆と僧に昔を語る  山城国  奥伝   不   62分
内11巻3  鸚鵡小町   老女小町鸚鵡返しで和歌を返歌   近江国   奥伝   春   60分
内16巻4  通 小 町    深草少將恋い人のもとに99夜通う   山城国  初奥   秋   35分
内17巻3  関寺小町   老衰ノ小町ヲ関寺ニ招キ慰メル      近江国  三老女  夏
外06巻3  草 紙 洗    小野小町ト大伴黒主ノ和歌くらべ    京都    初序   夏   50分


■謡曲「七小町」
謡曲百番には「通小町」「卒塔婆小町」「関寺小町」「鸚鵡小町」が入っていますが、その他に「草紙洗小町」「雨乞小町」「清水小町」があり、この7つを「七小町」といいます。葛飾北斎も「七小町」を題材に浮世絵を制作しています。

●参 考       □NHK「歴史発見」小野小町伝説より
小町は仁明天皇の更衣で美人だった!この番組は平成4年に放送され5年に角川書店から単行本になっています。 井沢元彦さんと里中満智子さんが司会進行役をして山村美紗氏が解説されています。 この中で山村美紗氏は小野小町は仁明天皇の更衣で小野氏の出身の小野吉子であろうと考えておられます。仁明天皇の妻と言える女性は13人。小野吉子は『続日本後記』に承和9年(842年)正月8日、正六位上に任じられたと記されている女性で、正六以上は更衣に相当する位だそうです。 小町の町という名がつく他の女性は古今集の中であと二人あり、いずれも更衣なのだそうです。天皇の妻で女御より低い身分で常寧殿という建物の中を仕切って部屋を与えられたもので、その方形に仕切られた区画を町と言ったそうです。 そして小町は仁明天皇の寵愛をそれほど受けたわけではないが、天皇の死後も慕い続け貞節を守って他の男の誘いを断り続けたのではないかというのです。それは平安時代当時の恋愛観からすると変わっていると思われたのではないかと言い、そういう純粋性が、高慢というような伝説につながったと考えておられます。美人であったという伝説についてはおそらく、衣通姫(そとよりひめ)の流れという紀貫之の仮名序の意味は、歌が似ていると言うより美人の流れととるのが妥当という見解です。 小町が落ちぶれた、落魄したという伝説が生まれる背景には、その歌に「空しい、侘びしい、悲しい」という歌が多いところからくるのではないかというのです。小町の言う空しさは、愛する人が来ないことからくるものなのですが、それを経済的に苦しく老衰したときの落魄と取り違えたのではないかというのです。そして、更衣という身分の女性は、次の天皇が即して宮廷を追い出されても「更衣田」という田地を与えられるので経済的には安定していたはずだというのです。    
2003・7・19(土)

●解説深草少将
深草少将(ふかくさのしょうしょう)は、室町時代に世阿弥ら能作者が創作した、小野小町にまつわる「百夜通い」の伝説に登場する人物。欣浄寺(京都市伏見区)に屋敷があったともされる。
欣浄寺の池の横には「少将の通い道」とよばれるものがあり、訴訟を持っている者がここを通るとかなわないと言われる。その他、小野小町供養塔と並んで深草少将供養塔がある。また、随心院(京都市山科区)には、深草少将等が書いた手紙を埋めたとされる「文塚」等がある。小野小町を愛したといわれ、小町が私の元へ百日間通い続けたら結婚しようと言い、九十九夜通ったが、雪の降る日で、雪に埋まり凍死したとも言われている。
小町は「本より我は白雲の、かかる迷いのありけるとは」と言っています。つまり四位少将が自分を成仏させずに地獄まで追ってくるほどの執念をもっているとは知らなかったと言っているのです。『百夜通い』は小町の体の良い「断り」だったのでしょう。しかし一途に思い詰める四位少将は、「車で来られては人目に立つからやめて」(むちゃくちゃいやがられていることを悟るべきです、この時点で)と言われたら「輿車」に変え、山城の木幡の里には馬もいたけれど、裸足で蓑笠つけて、竹の杖をついて通ったと言います。雪の夜の寒さも耐え、雨の夜に鬼が出そうな恐ろしさも耐えて通ったのに、小町は、「月は待らん、月をば待つらん 我をば待たじ、虚言(そらごと)や」と私を待たずに月を待っていた、嘘つきだと責め立てます。そして、いよいよ百夜目に、身なりを整えカッコよく出かけたとここで「百夜通い」で百日目に自分がどうなったかは語られていません。そして、『飲酒戒を守ったから二人は仏道なりにけり』となっています。それにしてもここで語られる四位少将は死んでから、小町が自分を思ってなかったことが分かるわけで、小町にしてみたら今で言うところの「ストーカー」とかわらないと思っていたのでしょう。それを恨んで地獄でまで小町を成仏させずにいるのは情けないというか、男らしくないというか情けないヤツです。 小町が思わせぶりな『百夜通い』を男にさせて男を手玉に取る、美人を鼻にかけたイヤなやつだなとこの『百夜通い』の話を捉えていましたが、少なくともこの謡曲「通小町」から分かることは。これはストーカーの話です。小町は被害者です。

(平成23年12月16日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                    通小町 (かよいこまち)

         季 秋     所 前:山城国八瀬 後:同 市原野  素謡時間 35分
  【分類】四番目物 (修羅物)
  【作者】世阿弥元清   典拠:歌論議等にある百代通いか?
 【登場人物】 シテ:深草四位少将  ツレ:小野小町  ワキ:山居の僧 

   詞 章                                     (胡山文庫)

ワキ    詞「これは八瀬{やせ}の山里{やまざと}に一夏{いちげ}を送る僧にて候。
         こゝに何処{いづく}とも知らず女性一人毎日木の実妻木{つまぎ}を持ちて来り候。
         今日{けふ}も来りて候はゞ。いかなる者ぞと名を尋ねばやと思ひ候。
ツレ次第  上 拾ふ妻木{つまぎ}も焚物{たきもの}の。/\匂はぬ。袖ぞかなしき。
ツレ  サシ上 これは市原野{いちはらの}のあたりに住む女にて候。
       詞「さても八瀬{やせ}の山里{やまざと}に。貴{たつと}き人の御入{おんい}り候ふ程に。
         いつも木の実妻木{つまぎ}を持ちて参り候。・今日{けふ}もまた参らばやと思ひ候。
         如何に申し候。又こそ参りて候へ。
ワキ    詞「いつも来れる人か。今日}は木の実の数々{かず/\}・御物語{おんものがた}り候へ。

   (独吟 拾ふ木の実は ヨリ  花橘の一枝 マデ )

ツレ    上 拾ふ木の実は何々ぞ。
地     上 拾ふ木の実は何々ぞ。
ツレ    上 古{いにしへ}見馴れし。車に似たるは嵐にもろき・落椎{おちじひ}。
地     上 歌人{かじん}の家の・木{こ}の・実{み}には。
ツレ    上 人丸{ひとまる}の・垣穂{かきほ}の柿。山の辺の・笹栗{さゝぐり}。
地     上 窓の梅。
ツレ    上 園{その}の桃。
地     上 花の名にある桜・麻{あさ}の。
         苧生{をふ}のうら梨なほもあり擽{いちひ}かしひまてばしひ。
         大小柑子{かんじ}金柑{きんかん}。あはれ昔の恋しきは・花橘の一枝花橘の一枝。
ワキ    詞「木{こ}の・実{み}の数々は承りぬ。さて/\御身は如何なる人ぞ名を御名のり候へ。
ツレ    上 恥かしや己{おの}が名を。
地     上 恥ずかしやおのなを。小野とはいはじ。薄生ひたる市原野辺に住む姥{うば}ぞ。
         跡とひ給へ御僧とてかき消すやうに失せにけりかき消すやうに失せにけり。
ワキ    詞「かゝる不思議なる事こそ候はね。唯今の女の名を委しく尋ねて候へば。
         をのとはいはじ薄生ひたる。市原野に住む姥と申しかき消すやうに失せて候。
         こゝに思ひ合はする事の候。或る人市原野を通りしに。薄一村生ひたる蔭よりも。
      下 秋風{あきかぜ}の吹くにつけてもあなめあなめ。
      詞「小野とはいはじ薄生ひけりとあり。これ小野の小町の歌なり。
         さては疑ふ所もなく唯今の女性}は。小野の小町の幽霊と思ひ候ふ程に。
         かの市原野{いちはらの}に行き。小町の跡を・弔{とぶら}はゞやと思ひ候。
    待謡上 この草庵を立ち出でて。/\。なほ草深く露しげき市原野辺に尋ね行き。
         座具を展べ香を焼{た}き。
      下 南無幽霊成等正覚。出離生死頓生菩提。
ツレ  一声上 うれしの御僧の弔{とぶらひ}やな。同じくは戒授け給へ御僧{おそう}。
シテ    上 いや叶ふまじ戒授け給はゞ。恨み申すべしはや。帰り給へ。御僧達。

   (独吟 なほもその身は ヨリ  深草の少将 マデ )

地     上 なほもその身は迷ふとも。/\。戒力に引かれば。
         などか仏道}ならざらん・唯{たゞ}。共に・戒{かい}を受け給へ。
ツレ    上 人の心は白雲{しらくも}の。我は曇らじ心の月。
         出でて御僧に弔はれんと薄{すゝき}おし分け出でければ。
シテ    上 包めど我も穂に出でて。/\。尾花{おばな}招かば留{と}まれかし。
地     上 思は山のかせきにて。招くと更に留{と}まるまじ。
シテ    下 さらば煩悩{ぼんのう}の。犬となつて。打たるゝと離れじ。
地     上 恐ろしの姿や。
シテ    上 袂を取つて。引きとむる。
地     上 引かるゝ袖も。
シテ    上 ひかふる。
地     下 我が袂も。共に涙の露。深草の少将{せうしやう}。
ワキ    詞「さては小野の小町四位の少将にてましますかや。とてもの事に車の榻に。
         百夜{もゝよ}通ひし所をまなうで・御見{おんみ}せ候へ。
ツレ    上 もとより我は白雲の。かゝる・迷{まよひ}の有りけるとは。

   (連吟 思ひもよらぬ ヨリ  つらからじ マデ )
   (囃子 思ひもよらぬ ヨリ  なりにけり マデ )

シテ    詞「思ひもよらぬ車の・榻{しぢ}に。百夜通へと偽りしを。
       下 まことと思ひ。
       詞「暁毎{あかつきごと}に忍び車の榻に行けば。
ツレ    上 車の物見もつゝましや。姿を変へよといひしかば。
シテ    詞「輿車{こしぐるま}はいふに及ばず。
ツレ    上 いつか思{おもひ}は。
地     上 山城{やましろ}の木幡{こはた}の里に馬は有れども。君をおもへば徒歩跣足。
ツレ    詞「さてその姿は。
シテ    詞「笠{かさ}に・蓑{みの}。
ツレ    上 身の浮世{うきよ}とや竹の・杖{つゑ}。
シテ    詞「月には行くも暗からず。
ツレ    詞「さて雪には。
シテ    詞「袖を打ち払ひ。
ツレ    詞「さて雨の夜{よ}は。
シテ    下 目に見えぬ。鬼一口{おにひとくち}も恐ろしや。
ツレ    上 たま/\曇らぬ時だにも。
シテ    上 身一人{ひとり}に降{ふ}る。涙の雨か。   イロエ、
シテ    下 あら暗{くら}の夜や。
ツレ    上 夕暮{ゆふぐれ}は。一方{ひとかた}ならぬ。思{おもひ}かな。
シテ    上 夕暮は何と。
地     上 一方{ひとかた}ならぬ・思{おもひ}かな。
シテ    上 月は待つらん。
地     上 月をば待つらん。
シテ    上 我をば待たじ。空言{そらごと}や。

   (独吟 あかつきは ヨリ  なりにけり マデ )

地     上 暁{あかつき}は。/\。数々多き。思かな。
シテ    上 我が為ならば。
地     上 鳥もよし鳴け。鐘も唯鳴れ。夜も明けよ唯一人寝ならば。つらからじ。

   (独吟 かやうに心を ヨリ  なりにけり マデ )

シテ    下 かやうに心を。尽{つく}し尽して。
地     下 かやうに心を尽し尽して。榻{しぢ}の数々。
         よみて見たれば。九十九夜なり今は一夜ようれしやとて。
         待つ日になりぬ。急ぎて行かん。姿は如何に。
シテ    下 笠も見苦{みぐる}し。
地     下 風折烏帽子{かざをりゑぼし}。
シテ    下 蓑{みの}をも・脱{ぬ}ぎ捨て。
地     下 花摺衣{はなすりごろも}の。
シテ    下 色重{いろがさね}。
地     下 裏紫{うらむらさき}の。
シテ    下 藤袴{ふぢばかま}。
地     下 待つらんものを。
シテ    下 あら急がしや。すは早今日{けふ}も。
地     下 紅{くれなゐ}の狩衣{かりぎぬ}の。衣紋{えもん}けたかく引きつくろひ。
         飲酒{おんじゆ}は如何に。月の・盃{さかづき}なりとても。
         戒{いましめ}ならば・保{たも}たんと。唯一念の悟{さとり}にて。
         多くの罪を滅{めつ}して小野の小町も少将も。
         共に仏道{ぶつだう}なりにけり/\。


あさかのユーユークラブindexページに戻る

郡山の宝生流謡会のページに戻る

このページのトップに戻る

謡曲名寄せに戻る