宝生流謡曲 「山 姥」

●あらすじ
都に山姥の山廻りの曲舞(くせまい)で有名な百万(ひゃくま)山姥と呼ばれる白拍子がいました。
ある時百万山姥が、信濃国善光寺に参詣を思い立ち、従者を連れて旅に出ます。途中越後の上路(あげろ)という山路にさしかかったところで急に日が暮れてしまい、途方に暮れていると一人の女が現れ、一夜の宿を提供するからと山中の我が家へ一行を案内します。家に着くとその女は、実は自分が山姥の霊であることを明かし、百万山姥が曲舞で名を馳せながら、その本人を心に掛けないことが恨めしい、と言います。ここで百万山姥の曲舞を聞いてこの妄執を晴らしたい、と歌の一節を所望してその姿を消します。百万山姥が約束通り、山姥の曲舞を始めると真の山姥が姿を現します。そして本当の山姥の生き様を物語り、山廻りの様を見せますが、いつしか峰を翔リ、谷を渡って行く方知れず消え失せます。               
(「宝生の能」平成13年10月号より)

●宝生流謡本      内十五巻の四    四・五番目略脇(太鼓あり)
   季節=不定  場所=越中国境川  稽古順=初奥    素謡時間57分
   素謡座席順  ツレ=遊君       作 者=世阿弥元清(禅竹氏信?作)
            シテ=前・女 後・山姥     
            ワキ=従者    

●謡蹟めぐり  
「山姥」の舞台は新潟県青海町です。本曲のワキとツレの一行の歩いた道を辿ってみる。
善光寺へお参りするため京都を出発した一行は滋賀県の琵琶湖を船で渡り、福井県敦賀市の有乳山、福井市の玉江の橋、福井県芦原町の汐越の松、石川県小松市の安宅の松、富山県小矢部市の砺波山を経て、越中と越後の境を流れる境川に着く。親不知の難所の近くである。現在は北陸から善光寺に行くには直江津から信越線経由が普通と思われるが、往時はこの親不知の難所を避けて上路の山を越えたのであろうか。境川からは山道となるので、一行は乗り物を降り歩いて上路(あげろ)の山に向う。 境川は、新潟県・富山県県境にある。境川を遡ると上流は上路川となり、やがて上路の里に着きここで山姥に巡り会うこととなる。現在は山姥の里とも呼ばれているようである。山姥神社と称する小さな祠があり、近くには山姥が後に里人となって住んだという、山姥日向ぼっこの岩がある。 山姥日向ぼっこの岩は新潟県青海町上路にある。また、昭和59年に建てられた立派な「山姥の里」の碑もあり、碑の台座には謡曲山姥の一節、「春は梢に咲くかと待ちし花を尋ねて山廻り、秋はさやけき影を尋ねて月見る方にと山廻り、冬は冴え行く時雨の雲の雪を誘ひて山廻り」が刻まれている。 山姥の碑は、新潟県青海町上路にある。本曲の主舞台山姥の洞は白鳥山の山頂に近い中腹にある由だが、険しい山路を6キロとのこと、訪ねるのは断念した。謡曲史跡保存会が立てた駒札には「白鳥山の山頂近くに山姥が住んだ「山姥の洞」があり、大きな「踊り岩」に覆われていて、満月の夜、その上で山姥が舞う姿が遙か麓から眺められたといいます。」と記されている。

●山姥の伝説
「山母」、「山姫」、「山女郎」とも呼ばれ、宮崎県真幸町の「ヤマヒメ」は、洗い髪して、よい声で歌うという。岡山県の深山に存在する「ヤマヒメ」は、二十歳ほどの女性で、眉目秀麗で珍しい色の小袖に黒髪、出会った猟師が鉄砲で撃ったが、弾を手で掴んで微笑んだと伝えられる。 東海道や四国、九州南部の山地には、山姥と供に山爺がいるとか、山姥と山童が一緒に居ると伝え、山姥を「山母」、山爺を「山父」と呼ぶこともある。静岡県磐田郡の某家に来て休んだ「ヤマババ」は、木の皮を綴ったものを身にまとった柔和な女で、釜を借りて米を炊いたが、二合で釜が一杯になったという。特に変わったところもなかったが、縁側に腰掛けたときに床がミリミリと鳴ったという。

●参 考
八丈島でいう「テッジ」 は、神隠をしたり、一晩中、あらぬところを歩かせたりするが、親しくなるとマグサを運んでくれたりする。行方不明の子供を三日も養ってくれたこともある。体に瘡が出、乳を襷のように両肩に掛けると云う。説話では、山姥に襲われるのは牛方や馬方、おけ屋、小間物屋などの旅職人とか振売の徒であり、山道を歩き、山人との接触の多い彼らが、この話の伝搬者であったものと考えられる。牛に魚を積んで運ぶ男が、峠で山姥に遭遇し、追いかけられる『牛方山姥』や『食わず女房』、山姥に追いかけられた人間が、天から現われた鎖を上って逃げ、それを追って鎖を上って来た山姥が、そば畑に落ちて死ぬ『天道さんの金の鎖』などでは、山姥は、人を取って喰うとする恐ろしい化け物である。一方、木の実拾いにでかけた姉妹が出会う『糠福米福(米福粟福)』の山姥は、継母にいじめられる心優しい姉には宝を、意地の悪い本子である妹には不幸をもたらし、『姥皮』では、人間に福を授ける存在として山姥が登場する。高知県では、山姥が家にとり憑くとその家が急速に富むという伝承があり、なかには山姥を守護神として祀る家もある。

●演能記  <観世流>
平成19年12月16日、東京・観世能楽堂で開催された梅若研能会例会にて、能『山姥』を勤めさせて頂きました。この公演に向けて稽古を進めている最中にブログでこの曲について あれこれと考えを巡らせました。以下はその時の記事を再構成したものです。
そもそも『山姥』って何なのでしょう。得体の知れない魑魅魍魎もたくさん跋扈している能の世界の中でも、山姥はみんなが知っているようでいて、じつは実体は捉えどころのないシテの代表格なのではないでしょうか。よく能の入門書では『山姥』の事を「大自然の象徴」のような、雄大な、人間よりも幾廻りも大きな、超自然的な造形のような説明がなされたりしていると思いますが、そして稽古をしている感じでは、確かに大きな存在として舞う事が求められてもいるのですが、本文をよく読み込むと。じつはそれほど大きなものとも思えない。少なくとも山姥を、人間を超越した存在と見る事が必ずしも正しいとは言い切れないように思います。そりゃ、人間の目に見えず、山から山へと巡る姿はその超人的な能力を表しているのですが、やはりこの曲に描かれているのは、山姥の内面であるはずです。そこには葛藤があり、悩みがあり。山姥はより人間的なものとしてこの曲の中に描かれています。『山姥』について考えるにあたって、例によって研能会の当該公演にお出まし頂ける方の便宜のために鑑賞のポイントなども同時にご紹介して参ります。
囃子方が幕から、また同時に地謡が切戸口から登場し、それぞれが所定の位置に座着くと、大小鼓はすぐに床几に腰掛け、次いで笛が鋭く「ヒシギ」を吹き、ツレとワキの登場音楽である「次第」が演奏されます。「次第」は大小鼓が拍子に合わない手を打つ登場音楽で、役者の登場音楽としては非常に用途が広いものです。ですから演奏の「位」…速度や印象も千差万別。『山姥』はツレ遊女とそのボディガードのような従者の登場を囃すので、位はサラリと打たれます。
「次第」の中の決められた手組を聞いて幕が上げられ、ツレとワキ、そしてワキツレの順で橋掛りに登場します。ツレは連面と称される小面を掛け、襟は赤一枚、着付は白地摺箔、紅入唐織を着て紅入鬘帯を頭に締めています。なおツレは摺箔の模様は金を避けて銀のものを用い、唐織も通例は段ではなく赤地のものを選びます。襟が必ず一枚なのもシテがしばしば襟を二枚重ねるのに対して位を一段下げるための処置ですが、しかし『山姥』の前シテのようにシテが無紅の時は、シテも金ではなく銀模様の摺箔を用いますし、しかも『山姥』の前シテは山里に住む女という、やや位が低い役で、こういう場合はしばしばシテも襟を一枚だけ用いますから、単純に比較はできにくいのですが。    (以下略)            
(観世流 梅若研能会 ぬえの会 能楽師)

(平成23年10月21日 あさぁのユーユークラブ 謡曲研究会)


     山  姥   脇 能(太鼓あり)      四・五番目か脇 能

        ツレ  遊 君
        前シテ 女             季 不 定
        後シテ 山 姥
        ワキ  従 者           所 越中国境川

 次第
ワキ  「善き光ぞと影頼む。善き光ぞと影頼む仏の御寺尋ねん。
ワキ 詞「これは都方に住まひする者にて候。又これに渡り候御方は。
     百萬山姥と隠れなき遊君にて御座候、かように御名を申す謂れは。
     山姥の山廻りするといふ事を、曲舞に作り御謡ひあるにより。
     京童百萬山姥と申し慣わして候。
     またこの度善光寺へ御詣りありたき由仰せ候程に。それがし御供申し。
     ただ今信濃の国へと急ぎ候  
ワキ  「都を出でてさざ波や。志賀の浦舟焦がれ行く、末は有乳の山越えて、
     袖に露散る玉江の橋、かけて末ある越路の旅、思ひやるこそ遥かなれ。
ワキ 上「梢波立つ塩越の。梢波立つ塩越の。安宅の松の夕煙。
     消えぬ憂き身の罪をきる弥陀の剣の砺波山。雲路うながす三越路の。
     国の末なる里とえば。いとど都は遠ざかる。
     境川にも着きにけり境川にも着きにけり。
ワキ 詞「御急ぎ候ほどに。これは早越後越中の境川に御着きにて候。
     しばらくこれに御座候ひて、なほなほ道の様体を御尋ねあらうずるにて候。
                        シカシカ
ツレ 詞「げにや常に承る。西方の浄土は六十万億土とかや。
     これは又弥陀来迎の真路なれば。上路の山とやらんに参り候べし。
ツレ 下「とても修行の旅なれば。乗物をばこれに留め置き。徒跣にて参り候べし。
     道しるべしてたび候へ。
                        シカシカ
ワキ 詞「あら不思議や。暮れまじき日にて候が、俄に暮れて候よ。さて何と仕り候べき。
シテ 詞「なうなう旅人お宿参らしようのう。これは上路の山とて人里遠き所なり、
     日の暮れて候へば、わらはが庵にて一夜を明かさせ給ひ候へ 
ワキ 詞「あら嬉しや候。俄に日の暮れ前後を忘じて候。やがて参ろうずるにて候。
シテ 詞「今宵のお宿参らすること、とりわき思ふ子細あり、
     山姥の歌の一節謡ひて聞かさせ給へ、年月の望みなり鄙の思ひ出と思ふべし、
シテ  「そのためにこそ日を暮らし、御宿をも参らせて候へ、
     いかさまにも謡はせ給ひ候へ。
ワキ 詞「これは思ひも寄らぬ事を承り候ものかな、さて誰と見申されれて、
     山姥の歌の一節とはご所望候ぞ
シテ 詞「いや何をか包み給ふらん、あれにまします御ことは、
     百萬山姥とて隠れなき遊女にてはましまさずや、まづこの歌の次第とやらんに
シテ  「よしあしびきの山姥が山廻りすると作られたり、あら面白や候
シテ 詞「これは曲舞によりての異名。
     さてまことの山姥をばいかなる者とか知ろしめされて候ぞ 
ワキ 詞「山姥は山に住む鬼女とこそ曲舞には見えて候へ   
シテ 詞「鬼女とは女の鬼とや、よし鬼なりとも人なりとも山に住む女ならば、
     わらはが身の上にてはさむらはずや、
シテ  「年頃色には出ださせ給ふ、言の葉草の露ほども、御心には掛け給はぬ、
シテ 詞「恨み申しに来りたり、
シテ 下「道を極め名を立てて、世上万徳の妙花を開く事、この一曲の故ならずや、
     しからばわらはが身をも弔ひ、舞歌音楽の妙音の、声仏事をもなし給はば、
     などかわらはも輪廻を免れ、帰性の善所に至らざらんと
シテ  「恨みを夕山の、鳥獣も鳴き添へて、声を上路の山姥が、霊鬼これまで来りたり。
ツレ 上「ふしぎの事を聞くものかな。さては真の山姥ノ。これまで来たりたまへるか。
シテ 詞「我国々の山廻り。今日しもここに来るは。我が名の徳を来かん為なり。
     謡い給いてさりとては。我が妄執を晴らし給え。
ツレ 上「この上はとかく辞しなば恐ろしや、もし身のためや悪しかりなんと、
     憚りながら時の調子を、取るや拍子を進むれば
シテ 詞「暫させ給へとてもさらば、暮るるを待ちて月の夜声に、
     謡ひ給はば我もまた、まことの姿を現はすべし、
シテ 上「すはやかげろふ夕月の。
シテ 上「さなきだに、暮るるを急ぐ深山辺の、  
地謡  「暮るるを急ぐ深山辺の、雲に心をかけ添へて、この山姥がひと節を、
     夜すがら謡ひ給はば、その時我が姿をも、現はし衣の袖継ぎて、
     移り舞を舞ふべしと、
     言ふかと見ればそのままかき消すように失せにけり、かき消すように失せにけり。
                          (中入)
ツレ 上「あまりの事の不思議さに、さらにまことと思ほえぬ、鬼女が言葉を違へじと
  待謡
ワキ  「松風ともに吹く笛の、松風ともに吹く笛の、声澄みわたる谷川に、
手まづ遮る曲水の、月に声澄む深山かな月に声澄む深山かな。
後シテ上「あら物すごの。深谷やな。あら物すごの深谷やな。
     寒林に骨をうつ。霊鬼なくなく前生の業を怨む。深野に花を供ずる天人。
     返す返すも幾生の善を悦ぶ。いや善悪不二。何を怨み。
     何をか悦ばんや。
シテ 詞「萬箇目前の境界。懸河渺々として。
シテ 上「巌峨々たり山又山
シテ 上「いづれの工か青巌の形を。削りなせる。水また水。
     誰が家にか碧譚の色を染め出せる。
ツレ  「恐ろしや月も木深き山陰より、そのさま化したる顔ばせは、
     その山姥にてましますか
シテ 詞「とてもはや穂に出で初めし言の葉の、気色にも知ろし召さるべし、
     我にな恐れ給ひそとよ。    (とツレへツメ)
ツレ  「この上は恐ろしながらうば玉の、
     暗紛れより現はれ出づる、姿言葉は人なれども
シテ 詞「髪には棘の雪を頂き     
ツレ  「眼の光は星の如し
シテ  「さて面の色は
ツレ  「さ丹塗りの
シテ  「軒の瓦の鬼の形を。     
ツレ  「今宵初めて見ることを
シテ  「何に喩へん
シテ ツレ「古の。          
地謡  「鬼ひと口の雨の夜に。鬼ひと口の雨の夜に。
     神鳴り騒ぎ恐ろしき。その夜を思ひ白玉か    
     なにぞと問ひし人までも。わが身の上になりぬべき。 
     憂き世語りも恥かしや。憂き世語りも恥かしや。   
シテ 詞「春の夜のひと刻を千金に替へじとは、花に清香月に陰。
     これは願ひのたまさかに、行き逢ふ人の一曲のその程もあたら夜に、
     はやはや謡ひ給ふべし    
ツレ  「げにこの上はともかくも、言ふに及ばぬ山中に
シテ 詞「一声の山鳥羽を叩く。    
ツレ   「鼓は滝波
シテ   「袖は白妙        
ツレ   「雪を廻らす木の花の
シテ  「難波のことか
ツレ  「法
シテ  「ならぬ                
地謡  「よしあしびきの山姥が、 
     よしあしびきの山姥が山廻りするぞ苦しき。
地謡  「それ山といつぱ。塵泥より起こつて、天雲掛かる千丈の峰、     
     海は苔の露より滴りて、波濤を畳む万水たり。
シテ 上「一洞空しき谷の声、梢に響く山彦の、
地謡  「無声音を聞く便りとなり、声に響かぬ谷もがなと、望みしもげにかくやらん、
シテ 上「殊にわが住む山家の景色、山高うして海近く、谷深うして水遠し
地謡  「前には海水々として、月真如の光を掲げ、
     後には嶺松巍々として風常楽の夢を破る
シテ 下「刑鞭蒲朽ちて蛍空しく去る
地謡  「諌鼓苔深うして、鳥驚かずともいひつべし。
地謡  「遠近の。たつきも知らぬ山中に。おぼつかなくも呼子鳥の。
     声凄きおりおりは。抜木丁々として。山更にかすかなり。
     法性峯聳えては。上求菩提をあらわし無明谷深き粧いは。
     下化衆生を表して金輪際に及べり。そもそも山姥は。
     生所も知らず宿もなし。ただ雲水を便りにて   
     至らぬ山の奥もなし 
シテ  「しかれば人問にあらずとて    
地謡  「隔つる雲の身を変へ。仮に自性を変化して  
     一念化性の鬼女となつて目前に来れども
     邪正一如と見る時は。色即是空そのままに 
     仏法あれば世法あり。煩悩あれば菩提あり、
     仏あれば衆生あり。衆生あれば山姥もあり    
     柳は緑  花は紅の色々        
地謡  「さて人間に遊ぶこと。ある時は山賎の。樵路に通ふ花の蔭 
     休む重荷に肩を貸し。月もろともに山を出で。
     里まで送る折もあり。またある時は織姫の    
     五百機立つる窓に入つて。枝の鶯糸繰り          
     紡績の宿に身を置き。人を助くる業をのみ、賎の目に見えぬ 
     鬼とや人の言ふらん       
シテ  「世を空蝉の唐衣         
地謡  「払はぬ袖に置く霜は夜寒の月に埋もれ、
     打ちすさむ人の絶間にも。千声万声の。
     砧に声のしで打つは。ただ山姥が業なれや   
地謡  「都に帰りて世語りにせさせ給へと。
     思ふはなおも妄執か。ただうち捨てよ何事も 
     よしあしびきの山姥が山廻りするぞ苦しき
シテ  「あしびきの
地謡  「山廻り。             
シテ  「一樹の蔭一河の流れ、皆これ他生の縁ぞかし、
     ましてや我が名を夕月の。
     憂き世を廻る一節も、狂言綺語の道直に、讃仏乗の因ぞかし
     あら御名残惜しや。暇申して、帰る山の  
地謡  「春は梢に、咲くかと待ちし  
シテ  「花を尋ねて、山廻り      
地謡  「秋はさやけき影を尋ねて   
シテ  「月見るかたにと山廻り     
地謡  「冬は冴え行く、時雨の雲の  
シテ  「雪を誘ひて山廻り        
地謡  「廻り廻りて輪廻を離れぬ。妄執の雲の、塵積もつて 
     山姥となれる。鬼女が有様、見るや見るやと    
     今までここに、あるよと見えしが。山また山に   
     山廻り、山また山に山廻りして。行方も知らず。なりにけり 


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