善知鳥 (うとう)

●あらすじ
善知鳥(うとう) 能の曲目。四番目物。五流現行曲。喜多流は「烏頭」と表記する。生きるために犯す人間の罪の原点をえぐって、テーマ、詞章、演出ともに傑出する能だが、作者は不明。陸奥(みちのく)へ行脚(あんぎゃ)する僧(ワキ)が、地獄谷のある越中(えっちゅう)国(富山県)の立山(たてやま)で、もと猟師であった老人姿の亡者(前シテ)から故郷への伝言を託される。亡者の妻子(ツレと子方)に会った僧は、死者を弔う。後シテは猟師の亡霊で、子の鳴き声をまねて親鳥を殺し、親鳥の声で子鳥をとった報いに、亡者の目には妻子の姿が見えなくなる。殺生に日を送った悔恨。だがまた猟の興奮がよみがえる。杖(つえ)を振るって鳥を落とす写実的な演技はこの能独自のものである。鳥はそのまま地獄の化鳥となって襲いかかり、祈りの力も及ばず、亡者はまた暗黒の世界に消えていく。密漁の罪で殺された男を描く『阿漕(あこぎ)』の暗い海の鈍い強さの表現に対し、『善知鳥』は悽惨(せいさん)な鋭さに特徴がある。ウトウは北の海にすむ鳥の名で、北辺の砂浜の荒涼たるイメージも、この能の主題にふさわしい。なお棟方志功(むなかたしこう)にこの能に材をとった『善知鳥板画巻』の作品がある。 
Yahoo百科事典ヨリ[執筆者:増田正造]

●宝生流謡本  内十三巻の五   四番目  (太鼓ナシ) 場所=前・越中国立山 後・陸奥国外の浜
  素謡(宝生) : 季節=夏   稽古順=初奥   素謡時間=45分  
  素謡座席順    ツレ=安方の妻
             シテ=前・老翁 後・安方の霊    
              ワキ=旅僧

●解 説
 室町時代に、「立山地獄」の説話を題材とした謡曲「善知鳥」が作られました。(作者は『能本作者註文』などは世阿弥とするが詳細は不明) さらにこれを原作に「能−善知鳥」が上演され今日に至っています。特に、作中、亡者が形見の袖を渡す場面は、亡き人との再会を象徴する「片柚幽霊譚」として「立山曼荼羅」の地獄の場面に描かれたほか、各地霊場の伝承の中でも語られました。
 内容を概説しますと、 立山禅定の僧が猟師の亡霊に出会います。 この亡霊は、陸奥の外が浜出身の猟師で、生前「善知鳥」を捕まえた報いで立山地獄に堕ち、責め苦を受けているのだといいます。 猟師が、僧に形見の簑笠・麻衣を託し、地元の妻子に届けてくれるように哀願するので、僧はその後、外が浜に猟師の妻子を訪ね、形見の品を渡します。 妻子がこれを供養すると、猟師が現れ、生前の猟で犯した業と、地獄での責め苦の様子を見せるのでした。 以上が「 能 − 善知鳥」の内容ですが、立山地獄と外が浜といった、当時としては特異な地を舞台に、情愛の世界を、鳥の親子「うとう」・「やすかた」の情愛の深さと、猟師一家のそれを重ね合わせる手法で巧みに表現しています。この「善知鳥(うとう)」は、「阿漕」「鵜飼」と共に「三卑賤」と呼ばれ、卑しい者を描いた能とされていますが、親子の深い情愛を隠れたテーマとする曲です。うとうは、中型の海鳥で非常に親子の情愛が深い保護鳥。 古代人は、うとうが天空の神々より与えられた神意を地上の世界に使わし、人々を善へ導く聖なるものと考え、神使の象徴として「善知鳥」の字を充てた。
(青森市安方の善知鳥神社HPより)

●演能記 
  善知鳥は、親鳥が空で「うとう」と呼ぶと、隠れた雛が「やすかた」と応え、居場所を親に知らせます。これを利用して、猟師が「うとう」と呼びかけ、「やすかた」と答えた雛鳥を捕るのです。 旅の僧(ワキ)が青森県の外の浜に行く途中、富山県の立山に立ち寄りました。この立山は、死者の集まる霊山として信仰を集めていました。 僧は、山上の地獄さながらの有様におののきます。さて、僧の前に一人の老人(前シテ 松山隆雄)が現れました。 老人は、「陸奥へ行くのであれば、去年の秋に死んだ外ガ浜の猟師の家を訪ねて、蓑笠を手向けるよう伝えてほしい」と頼みます。 そして証拠にと、着ていた麻衣の片袖を解いて渡しました。僧は外の浜の猟師の家を訪ね、妻子に老人の伝言を語ります。 驚いた妻(ツレ 松山隆之)が形見の衣を取り出し、片袖を合わせてみるとぴたりと合いました。 やがて、僧が蓑と笠を手向けて回向していると、猟師の霊(後シテ)が現れました。 亡霊は、懐かしい妻子に会えた喜びに、我が子に触れようとしますが、前世の罪障に隔てられてしまいます。 絶望した亡霊は、報いを忘れて殺生に明け暮れ過ごした日々を語り、親子の愛情が深いと言われる善知鳥を殺した罪を懺悔します。 そして、地獄で化鳥となった善知鳥に追いかけられる責め苦の様を見せ、どうか自分を助けてほしいと僧に弔いを頼みつつ亡霊は消え失せるのでした。

●観能記
疾風怒涛期の短調交響曲の如き能「善知鳥」
 昨日は「観能の夕べ」第二夜、能「善知鳥(うとう)」が演じられました。「善知鳥」は、鳥獣を殺すことを生業としていた猟師が、死後に、殺生戒を犯した罪のため地獄で苦しむ様子を描いた、暗く、かつ、静と動の対照が印象深い劇的な曲です。救いや浄化で終わることが多い能の中ではかなり異彩を放っています。 猟師の亡霊は妻子のいる自分の家を訪ねて現れますが、子どもの髪を撫でて声をかけようとすると、煩悩の雲に遮られてか、子どもの姿は見えなくなってしまいます。この辺りの髪を撫でようとする所作やそれが叶わずに泣き出す型は、見ていて哀れを誘います。
 善知鳥は、親鳥が「うとう」と呼ぶと子鳥が「やすたか」と答えます。その習性を利用して親鳥の鳴き声をまねて子鳥をおびき寄せて獲っていた猟師の亡霊は、昔を思い出して猟の様子を再現して見せます。この「翔り(カケリ)」と称する猟の物真似の所作は、猟師が、いったんは逃がしてしまった鳥を、橋掛りからまたゆっくりと追い詰め、正面まで来て杖で激しく打ち据えて捕らえる様子を描いたものですが、シテの動きも囃子の音楽も、ゆっくりした「静」から突然激しい「動」へ移る対照が大変面白く、息つく暇無く舞台に引き寄せられます。 そこからは、地謡とシテの所作による地獄絵巻です。以下謡本の現代語訳を引くと、「善知鳥は現世では獲りやすかったが、地獄では化鳥となって罪人を追い立て、鉄の嘴(くちばし)を鳴らして羽ばたき、銅の爪を研いで、罪人の目をつかみ出し、身体を引き裂く。叫ぼうにも猛火に咽んで声も出ないのは鴛鴦(おしどり)を殺した報いだろうか、逃げようにも立てないのは羽抜鳥を殺した科であろうか。今や自分は雉(きじ)となって、空では鷹に、地では犬に追い責められて、心休まる暇もない。この身の苦しみを助け給え…」 このように謡う地謡が、大変劇的に地獄絵を描いていましたし、また、化鳥となった善知鳥に追い立てられ、笠をかざして逃げ惑うシテの姿が、地獄の恐ろしさを見事に象徴していました。こうして猟師の亡霊は、救いを求め咆哮しつつ去って行きますが、この最後の場面は、ドン・ジョヴァンニの地獄落ちのシーンを見ているような迫力でした。 能に、このような疾風怒涛期の短調交響曲のような、暗く劇的な曲があるとは、驚きでした。シテは広島克栄師が演じられました。
平成16年(2004)7月11日 http://www2s.biglobe.ne.jp/~ubukata/20040711.htmlヨリ

●善知鳥(うとう)
「善知鳥」は、生前鳥獣を殺傷した罪で成仏できない猟師の霊が、かつて子鳥と親鳥を引き離したために、死後わが子に近づくこともできず、地獄の苦しみを訴えて、僧に回向を求めるという内容の能で「鵜飼」「阿漕」とともに「三卑賤」と呼ばれている。
喜多流では「烏頭」(うとう)と表記している。

(平成23年6月17日 あさかのユーユークラブ 謡曲研究会)


                  善知鳥  (うとう)

         季 春      所 前:越中国館山 後:陸奥国外の浜   素謡時間 43分
  【分類】四番目 
  【作者】世阿弥元清   典拠:
  【登場人物】前シテ:老翁、後シテ:安方の霊  ツレ:安方の妻  ワキ:旅僧 

         詞 章                  (胡山文庫)

ワキ   詞「これは諸国一見の僧にて候。我いまだ陸奥外の浜を見ず候ふ程に。
   此度思ひ立ち外の浜一見と志して候。またよきついでにて候ふ程に。
       立山禅定申さばやと存じ候。急ぎ候ふ程に。これは早立山に着きて候。
         心静かに一見せばやと思ひ候。
   カカル上 さても我此立山に来て見れば。まのあたりなる地獄の有様。
         見ても恐れぬ人の心は。鬼神よりなほ恐ろしや。山路に分つちまたの数。
         多くは悪趣の険路ぞと。涙もさらにとゞめ得ぬ。
         慙愧の心時過ぎて。山下にこそは下りけれ/\。
シテ    詞「なう/\あれなる御僧に申すべき事の候。
ワキ    詞「此方の事にて候か何事にて候ふぞ。
シテ    詞 陸奥へ御下り候はゞ言伝申し候ふべし。外の浜にては猟師にて候ふ者の。
         去年の秋身まかりて候。されば其妻子の屋を御尋ねて。
         それに候ふ簑笠手向けてくれよと仰せ候へ。
ワキ    詞「これは思もよらぬ事を承り候ふものかな。
         届け申すべき事はやすきほどの御事にて候さりながら。
         上の空に申してはやはか御承引候ふべき。
シテ    詞「げに確かなるしるしなくてはかひああるまじ。や。思ひ出でたり有りし世の。
   カカル上 今はの時まで此尉が。木曽の麻衣の袖を解きて。
地     詞「これをしるしにと。涙を添へて旅衣。/\。立ち別れ行く其跡は。
         雲や煙の立山の木の芽も萌ゆる遥々と客僧は奥へ下れば。
         亡者は泣く/\見送りて行く方知らずなりにけり行く方知らずなりにけり。
                 中入り
ツレ    上 げにやもとよりも定なき世の習ぞと。思ひながらも夢の世の。
         あだに契りし恩愛の。別の後の忘れ形見。それさへ深き悲しびの。
         母が思を如何にせん。
ワキ    詞「いかに此屋の内へ案内申し候はん。
ツレ    詞「誰にて渡り候ふぞ。
ワキ    詞「これは諸国一見の僧にて候ふが。立山禅定申し候ふ所に。
         其様すさまじき老人の有りしが。陸奥へ下らば言伝すべし。
         外の浜にては猟師にて候ふ者の。去年の秋身罷りて候。
         其妻子の宿を尋ねて。それに候ふ簑笠手けてくれよと仰せ候ふ程に。
         上の空に申してはやはか御承引候ふべきと申して候へば。
         其解き召されたる麻衣の袖を解きて賜はりて候ふ程に。
         これまで持ちて参りて候。もし若し思し召し合はする事の候ふか。
ツレ    下 これは夢かやあさましや。四手の田長のなき人の。上聞きあへぬ涙かな。
       詞 「さりながら余りに心もとなき御事なれば。 
   ァカル上 いざや形見を簑代衣。まどほに織れる藤袴。
ワキ    上 頃も久しき形見ながら。
ツレ    上 今取りいだし。
ワキ    上 よく見れば。
地     上 疑も。夏立つ今日の薄衣。/\。一重なれども合はすれば。
         袖ありけるぞあらなつかしの形見や。やがて其まゝ弔の。
         御法を重ね数々の。中に亡者の望むなる。簑笠をこそ手向けけれ/\。
ワキ    下 南無幽霊出離生死頓証菩提。
後シテ 一声下 陸奥の。外の浜なる。呼子鳥。鳴くなる声は。うとふやすかた。
      上 一見卒塔婆永離三悪道。此文の如くば。たとひ拝し申したりとも。
         永く三悪道をば遁るべし。如何にいはんや此身の為。造立供養に預からんをや。
         たとひ紅蓮大紅蓮なりとも。名号智火には消えぬべし。焦熱大焦熱なりとも。
         法水には勝たじ。さりながら此身は重き罪科の。心はいつかやすかたの。
         鳥獣を殺しゝ。
地     下 衆罪如霜露恵日の日に照らし給へ御僧侶。
地     上 所は陸奥の。/\。奥に海ある松原の。下枝に交じる汐芦の。
         末引きしをる浦里の籬が島の苫屋形。囲ふとすれどまばらにて。
         月のためには外の浜心ありける。住居かなこゝろありける住居かな。
ツレ カカル上 あれはとも言はゞ形や消えなんと。親子手に手を取り組みて。
         泣くばかりなる有様かな。
シテ    上 あはれや実にいにしへは。さしも契りし妻や子も。今はうとふの音に泣きて。
         やすかたの鳥の安からずや。何しに殺しけん。我が子のいとほしき如くにこそ。
         鳥獣も思ふらめと。千代童が髪をかき撫でて。あらなつかしやと言はんとすれば。
地     上 横障の 雲の隔か悲しやな。/\。今まで見えし姫小松の。
         はかなや何処に木隠笠ぞ津の国の。和田の笠松や箕面の瀧津波も我が袖に。
         立つや卒塔婆のそとは誰簑笠ぞ隔なりけるや。松島や。
         小島の苫屋内ゆかし我は外の浜千鳥。音に立てゝ泣くより外の事ぞなき。
地   クリ上 往時渺茫としてすべて夢に似たり。旧遊零落して半泉に帰す。
シテ  サシ上 とても渡世をいとなまば。士農工商の家にも生れず。
地     上 又は琴碁書画をたしなむ身ともならず。
シテ    上 たゞ明けても暮れても殺生をいとなみ。
地     下 遅々たる春の日も所作足らねば時を失ひ。秋の夜長し夜長けれども。
         漁火白うして眠る事なし。
シテ    下 九夏の天も。暑を忘れ。
地     下 玄冬の朝も寒からず。
    クセ下 鹿を逐ふ猟師は。山を見ずといふ事あり。身の苦しさも悲しさも。
         忘れ草の追鳥高縄をさし引く汐の。末の松山風荒れて。袖に波こす沖の石。
         または干潟とて。海ごしなりし里までも。千賀の塩竃身を焦がす。
         報をも忘れける事業をなしゝ悔しさを。そも/\善知鳥。
         やすかたのとり%\に。品かはりたる殺生の。
シテ    上 中に無慙やな此鳥の。
地     上 愚かなるかな嶺の。木々の梢にも羽を敷き波の浮巣をもかけよかし。
         平砂に子を生みて落雁の。はかなや親は隠すとすれどうとふと呼ばれて。
         子はやすかたと答へけりさてぞ取られやすかた。
シテ    上 うとふ。        
地     上 親は空にて血の涙を。/\。降らせば濡れじと菅簑や。
         笠を傾けこゝかしこの。便を求めて隠笠。隠簑にもあらざれば。
         なほ降りかゝる。血の涙に。目も紅に染み渡るは。紅葉の橋の。鵲か。
地     上 娑婆にては。善知鳥やすかたと見えしも。/\。冥途にしては。
         怪鳥となり罪人を追つ立て鉄の。嘴を鳴らし羽をたゝき。
         銅の爪を磨ぎ立てゝは。眼をつかんで。
         肉を叫ばんとすれども猛火の煙にむせんで声を。
         あげ得ぬは鴛鴦を殺しし科やらん。遁げんとすれば。立ち得ぬは羽抜鳥の報か。
シテ    下 うとふは却つて鷹となり。
地     上 我は雉とぞなりたりける。遁れがた野の狩場の吹雪に。空も恐ろし。
         地を走る。犬鷹に責められて。あら心うとふやすかた。
         やすき隙なき身の苦を。助けてたべや。御僧助けてたべや。
         御僧といふかと思へば失せにけり。



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