半 蔀(はしとみ/はじとみ)

●あらすじ
京都、北山の雲林院に住む僧が、ひと夏かけた安居(あんご)の修行「夏安居(げあんご)とも九十日間籠もる座禅行」を全うする頃、毎日供えてきた花のために立花供養を行っていました。すると夕暮れ時に女がひとり現れ、一本の白い花を供えました。僧が、ひときわ美しく可憐なその花の名は何か、と尋ねると、女は夕顔の花であると告げるのでした。畳み掛けるように、僧が女の名を尋ねると、その女は、名乗らなくともそのうちにわかるだろう、私はこの花の陰からきた者であり、五条あたりに住んでいる、と言い残して、花の中に消えてしまいます。
里の者から、光源氏と夕顔の君の恋物語を聞いた僧は、先刻の言葉を頼りに五条あたりを訪ねます。そこには、昔のままの佇まいで半蔀に夕顔が咲く寂しげな家がありました。僧が菩提を弔おうとすると、半蔀を上げて夕顔の霊が現れます。夕顔の霊は、光源氏との恋の思い出を語り、舞を舞うのでした。そして僧に重ねて弔いを頼み、夜が明けきらないうちにと半蔀の中へ戻っていきます。そのすべては、僧の夢のうちの出来事でした。
夕顔は、光源氏の恋人のひとりです。京の五条あたりでふと目にとまった、身分もわからない、夕顔の花のように可憐なこの女性に、源氏はいたく心引かれ、情熱的に愛します。しかし、それも束の間、連れ出した先で、夕顔は物の怪に取り殺され、短い恋は終わりを告げてしまうのです。

●宝生流謡本   内十三巻の四      四番目  (太鼓なし)
     素謡(宝生) : 季節=秋  場所=京 都  稽古順=入門  素謡時間=30分
    素謡座席順   シテ=前・里 女 後・夕 顔  
               ワキ=雲林院の僧


               
源氏物語関係の謡曲7曲
                                      
小原隆夫記
 コード   曲 目      概           要     場所   季節 素謡時間
内4卷3  玉  葛  初瀬寺ニ参詣僧ガ玉葛ノ妄執ヲ供養 奈良   秋    40分
内5卷4  葵  上  葵ノ上ニ六条ノ御息所生霊トナリ嫉妬 京都   不    37分
内13卷3 半  蔀  雲林院で光源氏と夕顔の霊夢    京都   秋    30分
内14卷5 源氏供養 源氏物語54帖ノ紫式部ヲ供養     滋賀   春    46分
内20卷3 野  宮  葵ノ上ノ後日物語ヲ旅僧ニ語る     京都   秋    55分
外4卷5 須磨源氏  源氏物語の光源氏桐壷       兵庫   春    35分
外09卷3 胡  蝶  一条大宮ニテ胡蝶ノ精舞う       京都   春    35分

この能は、この源氏と夕顔の恋物語を基としていますが、物語を描くよりも、夕顔の花そのものの可憐さに、はかなく逝った夕顔の君のイメージを重ね、花の精のような美しい夕顔を造形しています。すべては僧の夢、という結末につながる、幻のようなしっとりした優美さが際立つ能です。

●観 能 記 録
能「半蔀」を観た。   武蔵大学謡曲部 能楽鑑賞の会」 2007年9月24日公演 於 矢来能楽堂
武蔵大学謡曲部は、創設50年以上にもなる由緒ある活動を行っている。今回、長年にわたって指導を行ってきた、永島忠侈さんから、後輩である古川充さんにそのバトンを手渡すこととなり、記念の会として開催された演目が源氏能「半蔀」であったので、拝見することにした。 演能の前に、武蔵大学人文学部教授・瀬田勝哉先生による解説があった。その中で今回特に注目すべき内容があったので「記録」しておく。 この「半蔀」という曲の謡には、「花」という単語がとても多く使われている。この作品が出来たと思われる時代は、生け花が流行し形態が確立され始めたころであり、その影響もあったと思われる、というお話。 「半蔀」は、仏に供えた花の供養をするという場面から始まる。なるほど、登場人物云々よりも、まず「花」ありきである。源氏物語の登場人物、夕顔が登場する能はこのほかに「夕顔」があり、以前からなんで夕顔だけ2本も能が作られたのか、不思議に思っていたのも事実。 まず花があって、その命のはかなさを主題とした上で、源氏物語の中でもそういった性格付けをされている夕顔というキャラクターを登場させるということであれば、なるほどと思えることも。 だから「半蔀」には、「夕顔」と違って男(光源氏)と死に別れて悲しいとか、つらいとか、「ありがち」な展開はない。「半蔀」の夕顔は、幸せだった思いを語って日の出と共に姿を消すのである。
 また、この「半蔀」には、実際に舞台の上に生け花を置く「立花供養」という特殊演出がある。生け花の歴史とあわせて考えると、これもまたとても興味深いところ。 話は多少逸れるが、私はもともと歌舞伎好きであるため、能を観る際も自分で舞台の上に大道具や背景を作りこみたいタイプである。よって、それを作るのが簡単な役者とそうでない役者がいる。 永島さんや古川さんは芸が丁寧なせいか割とそれがしやすいタイプの役者である。ちなみに永島忠侈さんは、かの「惚れ惚れした光源氏(須磨源氏)」をされた方。こっちが舞台空間に入り込んで、自分の世界をのびのびと展開しやすいタイプの役者なので、「また観たいな〜。」「次は○○の役のを観たいな〜。」という感じ。  さて、本編「半蔀」。シテは古川充さん。非常に真面目な方として有名である。スター性=輝く華があるというタイプではないが、最後まで力を抜かず、と言って力みすぎず、丁寧に丁寧に舞われる方で、芸も真面目である。 であるので、夕暮れ時にほろほろと咲き始める白い夕顔の花を想像するに難くなく、大輪ではないが夏の夕暮れの風に揺れる花をも容易に思い浮かべることが出来る。いよいよ夜が明け始めて、姿を消していくところも、ゆっくりしぼんでいくようで、こちらの呼吸も安定して集中して観られたので満足。 ただ時々、袖を返すときに上手くいかなかった場面もあったが、そこはちょっと強い風が吹いちゃった、ということで…(笑)
 「半蔀」は割とよく上演される演目である。若手からベテランまで演じ手も幅が広い。古川さんはまだまだ「若手」なので、これからまだ何度も「半蔀」を勤められると思うが、観客として年代ごとに同じ演目を観る上で楽しみな役者の一人にリストアップ、となった。 残念なことに、武蔵大学謡曲部は部員が減少し、休部の危機に瀕しているそうである。せっかく指導者が若返ったのにもったいない。後継となる学生が入部されることを強く願って。

平成20年6月21日(土) あさかのユーユークラブ 謡曲研究会 


             半 蔀 (はしとみ)

         季 秋      所 京都紫野    素謡時間 30分
   【分類】四番目物 
   【作者】内藤左衛門   典拠:源氏物語 夕顔の巻
   【登場人物】前シテ:里女、後シテ:夕顔  ワキ:雲林院の僧 

         詞章                         (胡山文庫)

ワキ    詞「これは都北山紫野。雲林院に住居する僧にて候。
        さてもわれ一夏の間花を立て候。はや安居も過方になり候へば。
        色よき花を集め。花の供養を執り行はばやと存じ候。
        敬つて白す立花供養の事。右非情草木たりといへども。
        此花広林に開けたり。
      上 豈心なしといはんや。なかんづく泥を出でし蓮。一乗妙典の題目。
        この結縁に引かれ。草木国土悉皆成仏道。
シテ    下 手に取ればたぶさに穢る立てながら。三世の仏に花奉る。
ワキ    詞「不思議やな今までは。草花りよようとして見えつる中に。
        白き花のおのれ独り笑の眉を開けたるは。いかなる花を立てけるぞ。
シテ カカル上 愚の御僧の仰やな。たそがれ時のをりなるに。
        などかはそれと御覧ぜざるさりながら。
        名は人めきて賎しき垣ほにかゝりたれば。知しめさぬば理なり。
        これは夕顔の花にて候。
ワキ    上 げに/\さぞと夕顔の。花の主はいかなる人ぞ。
シテ    詞「名のらずと終には知しめさるべし。われはこの花の蔭より参りたり。
ワキ カカル上 さては此世に亡き人の。花の供養に逢はんためか。
        それにつけても名のり給へ。
シテ    詞「名はありながら亡き跡に。なりし昔の物語。
ワキ カカル上 何某の院にも。
シテ    上 常はさむらふ真には。
地     上 五条あたりと夕顔の。/\。空目せしまに夢となり。
        面影ばかり亡き跡の立花の蔭に隠れけり/\。   中入。
ワキ カカル上 ありし教に従つて五条あたりに来て見れば。げにも昔の座所。
        さながらやどりも夕顔の。
      下 瓢箪しば/\空し。草顔淵が巷に滋し。
後シテ 一声上 藜じょう深く鎖せり。残星のざんせい新に窓を穿つて去る。
地     上 しうたんの泉の声。
シテ    上 雨原憲が樞を湿す
地     下 さらでも袖を湿すは廬山の雪の曙。

   (囃子 窓燈に向ふ ヨリ  なりにける マデ )

      上 窓燈に向ふ朗月は。/\。琴榻にあたり。しう上の秋の山。
        物凄の夕べや。

   (独吟 げに物凄き ヨリ  涙の留まらず マデ )

   ロンギ上 げに物凄き風の音。簀戸の竹垣ありし世の。
        夢の姿を見せ給へ菩提をふかくとむらはん。
シテ    上 山の端の心も知らで行く月は。
        上の空にて絶えし跡の又いつか逢ふべき。
地     上 山賎の垣は荒るときをり/\は。
シテ    下 哀をかけよ撫子の。
地     上 花の姿をまみえなば。
シテ    上 跡訪ふべきか。
地     上 なか/\に。
シテ    上 さらばと思ひ夕顔の。
地     下 草の半蔀おし明けて。立ち出づる御姿見るに涙の留まらず。

   (独吟・仕舞 其頃源氏の ヨリ  詠じおはします マデ )

    クセ下 其頃源氏の。中将と聞えしは。此夕顔の草枕。たゞ仮臥の夜もすがら。
        隣を聞けば三吉野や。御嶽精進の御声にて。南無当来導師。
        弥勒仏とぞ称へける。
        今も尊き御供養に其時の思ひ出でられてそぞろに濡るゝ袂かな。
        猶それよりも忘れぬは。源氏この宿を。見初め給ひし夕つ方。
        惟光を招きよせ。あの花折れと宣へば。
        白き扇のつまいたうこがしたりしに此花を折りて参らする。
シテ    上 源氏つく%\と御覧じて。
地     上 うち渡す遠方人に問ふとても。それ某花と答へずば。
        終に知らでもあるべきに逢ひに扇を手に触るゝ。契りの程の嬉しさ。
        折々尋ねよるならば。定めぬ海士の此宿の。主を誰と白浪の。
        よるべの末を頼まんと。一首を詠じおはします。折りてこそ。 序ノ舞
シテ  ワカ上 折りてこそ。それかとも見め。たそがれに。
地     上 ほの%\見えし。花の夕顔。/\。/\。

   (独吟・仕舞 終の宿は ヨリ  なりにける マデ )

シテ    下 終の宿は知らせ申しつ。
地     上 常にはとむらひ。
シテ    下 おはしませと。
地     上 木綿付の鳥の音。
シテ    下 鐘も頻に。
地     上 告げ渡る東雲。あさまにもなりぬべし。
        明けぬ先にと夕顔の宿明けぬ先にと夕顔のやどりの。
        また半蔀の内に入りて其まゝ夢とぞ。なりにける。


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